自分の将来に不安を感じている若者は多い。その不安の多くは、良い仕事が見つからない、給料が上がらない、仕事量が多すぎる、といった仕事探しや仕事をしている中での実感が生み出しているものだと思う。またそれと同時に、格差の拡大、グローバル化と国際競争の熾烈化、AI等の技術進歩の脅威などの外部環境が不安を生み出す原因であることも考えられる。しかし、世の中には「若者は仕事を選り好みしているだけ」「今の若者はすぐ仕事を辞めて我慢強さがない」「うまくいかないのは自己責任」といった言説も広く流布しており、「不安」を生み出す原因を社会ではなく個人の能力に帰着させる意見も数多く存在する。格差についても、経済学者の研究の中には「実際は言われているほど格差は拡大していない」という結論を導いたものもあり、肌感覚とのズレが生じている。この「仕事」や「働き方」、「格差」については政府、研究者、メディア、ネットなど、様々な立場から非常に多くの意見が飛び交っている。いったい真実はどこにあるのだろうか。
本書は労働経済学者である著者がこの仕事に関する様々な不安の原因について、丹念にデータを分析しながら解説した本である。2005年に文庫化されたが、もともとは2001年に出版された本であるので、2019年現在に読んでみると、データが古くなっているところもあるが、ふわっとした印象論ではなく、全章を通して資料や表を引きながら説得力のある説明がなされている。本書は第24回サントリー学芸賞、第45回日経・経済図書文化賞を受賞しており、一般向けでありながら経済学的な視点で鋭い分析も交えつつ書かれており、非常に完成度の高い1冊である。
2001年に原書が書かれたということからもわかるように、本書が書かれた時代は「就職氷河期」真っただ中である。政府がバブル崩壊後の不良債権処理に手間取った結果、「失われた10年」と言われる不況期に突入するわけだが、その中でも最も就職状況が厳しい1990年代後半から2000年代前半に大学を卒業した世代が「就職氷河期」世代と言われる。本書は「若者」の雇用不安に焦点を当てて議論を展開しているが、本書の時代で言う「若者」はこの「就職氷河期」世代にあたる。本書を読むといかに「就職氷河期」世代が政府や社会から無視されてきたのかということがデータの裏付けをともなって理解することができる。
例えば、こうした議論がある。不況期において、企業は余剰な労働量を抑制する必要に迫られる。日本では解雇権濫用法理があるため解雇権の行使が難しいことと、解雇すると今まで行った人的投資が無駄になることを主な理由として、企業は不況期において中高年の雇用を切ることはほとんどない。代わりに「入り口」である新卒採用を抑制することで雇用の調整を行ってきたのである。つまり中高年の雇用という既得権が若者から仕事を奪ってきたのである。本書にはこのテーマに関する回帰分析の結果も掲載されており、雇用者に占める45歳以上の割合が1ポイント増加すると、雇用者に対するフルタイムの採用比率が0.0510減少するとなっている。しかも、この傾向は大企業ほど顕著になる。
このテーマに関連して、「パラサイトシングル」の問題が取り上げられている。「パラサイトシングル」は今年ネットで流行した「子ども部屋おじさん」とほぼ同義の言葉だが、「パラサイトシングル」という言葉が頻繫に使われていたときから「実家を出ていかず親のすねをかじるこうした若者が増えることで少子高齢化が加速する」といった文脈で用いられることが多かった。しかし、「パラサイトシングルが原因で色々な問題が起きる」のではなく、「色々な問題が起きた結果パラサイトシングルが増えた」という方が現実に近いことが本書を読むことでわかってくる。
「所得格差」が実際に生じているのかを判定するのは難しいが、本書では「所得格差」よりも「仕事格差」の方が大きな問題であると指摘している。AさんとBさんで同じ給料であるにも関わらず、Bさんだけが仕事量が多いというのは「所得格差」のデータには表れないが立派な「仕事格差」の一種である。また、仕事を通して様々なスキルを磨くことのできる労働につくことができる人もいるが、勤続年数を重ねてもスキルを上げることのできない労働につくしか選択肢のない人もおり、ここでも「仕事格差」が生じている。こうした「仕事格差」は本人の努力次第という「自己責任論」に帰着されがちだが、本当にそうだろうか。40歳時点でのホワイトカラー管理職へのなりやすさは、父親がホワイトカラーの管理職だったかどうかで決まってくるというデータがあり、両親の地位の再生産が行われているという厳しい現実がある。つまり、「能力主義」「実力本位」と言ってみても、どこまでが本人の能力に帰着できるのか判断するのは難しいのである。
また、新卒一括採用の問題もある。本書のデータにもあるように、新卒のタイミングで満足のいく就職ができなかった場合、その後の転職で満足のいく企業に入ることができた人は極めて少ない。日本では新卒一括採用のたった1回のチャンスをものにしないと逆転は不可能ではないがかなり難しいという現実がある。そして、新卒で満足のいく企業に入れるかどうかは、本人の努力ではなくマクロ経済の環境が大きな決定要因になる。つまり、卒業する前年度の景気が良かったかどうかで新卒の就職先がほとんど決まるのである。これは完全な「運」であり、「就職氷河期」世代は本人たちには全く非がないにもかかわらずババを引かされしまったのだ。
本書の後半では「幸せな転職」には何が必要かが述べられている。「幸せな転職」には会社の外にいて年に何回かだけ会うような知人や友人といった「弱いつながり(Weak Ties)」が重要であるという。そうした人々の話を聞き、その人たちの様子を観察することで自分だったらできそうかどうかを判断する材料にすることができる。これは職業紹介所や転職サイトの定量的な情報とは異なり、直に会ってコミュニケーションを取ってみることでしか得られない「裏話」的な情報で、こうした情報こそが「幸せな転職」には必要なのだという。
本書には「データは語る」という計量経済分析の結果と解説を載せたコラムもあり、社会人だけでなく経済学が労働問題の分析にどう使われているのか知りたい人(特に経済学部の学生)にもおすすめである。著者の説得力があり、わかりやすい説明もさることながら、若者に対するあたたかい目線を感じる文章もとても好感がもてる一冊である。
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仕事のなかの曖昧な不安: 揺れる若年の現在 (中公文庫 け 2-1) 文庫 – 2005/3/1
玄田 有史
(著)
仕事格差に直面する20-30代の真実とは? フリーターや若年失業が増えた背後には、中高年の雇用既得権を優先する構造問題があった。「働く」ことにつきまとう曖昧な不安に対し、いま一人ひとりに出来ることとは……。 揺れる時代と冷静にファイトするためのリアルなヒントあふれる一冊。サントリー学芸賞、日経・経済図書文化賞ダブル受賞作品。
- 本の長さ277ページ
- 言語日本語
- 出版社中央公論新社
- 発売日2005/3/1
- ISBN-104122045053
- ISBN-13978-4122045057
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登録情報
- 出版社 : 中央公論新社 (2005/3/1)
- 発売日 : 2005/3/1
- 言語 : 日本語
- 文庫 : 277ページ
- ISBN-10 : 4122045053
- ISBN-13 : 978-4122045057
- Amazon 売れ筋ランキング: - 168,096位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
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2020年4月13日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
2012年7月19日に日本でレビュー済み
10年以上前に書かれた本にもかかわらず、
今読んでもほとんど違和感が無い点はすごい。
もちろんこの10年の間に社会の変化はあり
実情に合っていない気がする記述もあるが
概ね予言された方向性に向かっているのだと感じる。
そして哀しいかな、本書後半のキーワードとも云える
ウィーク・タイズ(弱い紐帯)が、読みながら現在、
うまくワークしていないと思えてしまう点は
現代社会の厳しさであろう。
今読んでもほとんど違和感が無い点はすごい。
もちろんこの10年の間に社会の変化はあり
実情に合っていない気がする記述もあるが
概ね予言された方向性に向かっているのだと感じる。
そして哀しいかな、本書後半のキーワードとも云える
ウィーク・タイズ(弱い紐帯)が、読みながら現在、
うまくワークしていないと思えてしまう点は
現代社会の厳しさであろう。
2006年6月5日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
不安には二種類ある「ハッキリとした不安」と「曖昧な不安」だ。ハッキリとした不安はリスクという言葉で置き換えられる。対象が見えているから、解決策を検討し実行することができる。しかし、「曖昧な不安」は厄介だ。不安の対象が見えていないため対策を立てることができない。無視を決め込んで次第に無気力感に侵されていくしか方法はないのだろうか。
本書ではそういった曖昧な不安をデータの分析を軸に解説していく。若年層の雇用を奪う中高年たち、格差の拡大の実際、フリーター、起業など。データ分析はリアルなようで実際読んでみると実感を持つのが難しい。ただ、感情論に走らず冷静に分析してくれるのでその点は良いと思った。
本書ではそういった曖昧な不安をデータの分析を軸に解説していく。若年層の雇用を奪う中高年たち、格差の拡大の実際、フリーター、起業など。データ分析はリアルなようで実際読んでみると実感を持つのが難しい。ただ、感情論に走らず冷静に分析してくれるのでその点は良いと思った。
2005年12月29日に日本でレビュー済み
中高年から職を奪って、若者にあたえようとするとうるとは?
現実「自殺者」は中高年のほうが多いのですけど、それにハローワークに行った所で、年齢制限に引っかかり、求職もままならない。若者の方が、どちらかといえば、優遇されていますよ。
これ以上職を中高年から奪ってどうする?町を見れば解かるではないか?中高年のなんと警備員。しかも道路工事の交通整理ががり、ガソリンスタンドのアルバイター。駐車場の掃除係。
本当の「敵」ははっきり言って、工場移転、産業空洞化を積極推進している企業側にあるのに。
現実「自殺者」は中高年のほうが多いのですけど、それにハローワークに行った所で、年齢制限に引っかかり、求職もままならない。若者の方が、どちらかといえば、優遇されていますよ。
これ以上職を中高年から奪ってどうする?町を見れば解かるではないか?中高年のなんと警備員。しかも道路工事の交通整理ががり、ガソリンスタンドのアルバイター。駐車場の掃除係。
本当の「敵」ははっきり言って、工場移転、産業空洞化を積極推進している企業側にあるのに。
2012年8月7日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
仕事にかんして
だれもが感じる不安を、とことん考えてみる。
仕事に疲れてしまった人ではなく、まだ考える与力のある人に
おすすめ。
文庫ですが、紙面はぎっちり感まんさい。
活字慣れしている方
肩に力を入れて読みたい方のほうがよいかな?
だれもが感じる不安を、とことん考えてみる。
仕事に疲れてしまった人ではなく、まだ考える与力のある人に
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文庫ですが、紙面はぎっちり感まんさい。
活字慣れしている方
肩に力を入れて読みたい方のほうがよいかな?
2002年8月7日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
中高年の既得権益に関する本書の内容は、間違いなく若年層には圧倒的な支持を得るだろう。 記載されている内容はデータの裏づけがあり確度も高いと思う。
中高年層が権益を掌握する社会では、本書或いは本書と同等の趣旨が 例えば著名経済誌等で明らかにされることがありえないのは当然か。
世界的に進行する少子高齢化とともに社会構造的問題の本質はひょっとするとここにあるかもしれない。
中高年層が本書を読んだ感想はいったいどうなるのだろうか。 開き直るか、逆ギレするか、なにせデータによる合理的な説明が本書にはある。
いずれにせよ若年層であれば、大いに共感し勇気付けられることは間違いない。
私も中高年層の影響を最小化するためのスキームを早く考えねば...。
中高年層が権益を掌握する社会では、本書或いは本書と同等の趣旨が 例えば著名経済誌等で明らかにされることがありえないのは当然か。
世界的に進行する少子高齢化とともに社会構造的問題の本質はひょっとするとここにあるかもしれない。
中高年層が本書を読んだ感想はいったいどうなるのだろうか。 開き直るか、逆ギレするか、なにせデータによる合理的な説明が本書にはある。
いずれにせよ若年層であれば、大いに共感し勇気付けられることは間違いない。
私も中高年層の影響を最小化するためのスキームを早く考えねば...。
2011年11月1日に日本でレビュー済み
「フリーターになるのはやる気のない奴だ」という批判や、「やりたいことを見つけてとにかく頑張れ」といった激励(?)を受けつつも、働くことに不安を抱く若者は多い。
では実際には、若者はどういった状況に置かれているのか。
データを元に分析してくれるのが本書である。
失業の状況や学歴、転職といったことに関するデータが豊富に載っているのは有難い。
イメージで持っていたものが「やっぱり正しかった」あるいは「直観に反するな」、どちらであっても、データを見ることは理解を深めるのに役立つ。
本書は、決して何かを悪として批判するタイプの本ではない。
しかし、淡々と事実を書くだけでもなく、どこかに若者への温かいまなざしがある。
それが集約されているのが最後の「十七歳に話をする」であろう。
ある意味では本書のまとめという意味もあり、ここだけでも是非読んでもらいたい。
もともと高校生向けの講演ということもあって、高校生でも十分読める部分になっている。
では実際には、若者はどういった状況に置かれているのか。
データを元に分析してくれるのが本書である。
失業の状況や学歴、転職といったことに関するデータが豊富に載っているのは有難い。
イメージで持っていたものが「やっぱり正しかった」あるいは「直観に反するな」、どちらであっても、データを見ることは理解を深めるのに役立つ。
本書は、決して何かを悪として批判するタイプの本ではない。
しかし、淡々と事実を書くだけでもなく、どこかに若者への温かいまなざしがある。
それが集約されているのが最後の「十七歳に話をする」であろう。
ある意味では本書のまとめという意味もあり、ここだけでも是非読んでもらいたい。
もともと高校生向けの講演ということもあって、高校生でも十分読める部分になっている。
2002年8月13日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
現代の経済学は、社会学的視点を抜きには語り得ない、ということがよく分かった。にしても、素晴らしい論文だと思う。
「高齢化社会、若年労働力の減少に危機感」などという記事を目にする割に、若年労働市場って明るさがない。何なんだ、これは!そんな苛立ちを解放してくれる。
今、団塊世代が定年を迎えつつある。この大量の高給取り達が、グループ終身雇用(出向、転籍を含めた大きな意味での終身雇用)の囲われた会社から出ていく今後(本書によると2010年あたり)、現在のような閉塞感に覆われた状況は変化するのだろう。
1990年代以降に辛酸をなめた世代は、どうなるのだろうか。「俺達のころは、おまえらみたいにおいそれと大企業に入れなかったんだ」などと言う世代になっていくのだろうか。それも経済学者の一部が言うように大企業が衰退してそんな時代はこないのだろうか。今後についても、いろいろと思索させてくれる材料を提供してくれる。
「高齢化社会、若年労働力の減少に危機感」などという記事を目にする割に、若年労働市場って明るさがない。何なんだ、これは!そんな苛立ちを解放してくれる。
今、団塊世代が定年を迎えつつある。この大量の高給取り達が、グループ終身雇用(出向、転籍を含めた大きな意味での終身雇用)の囲われた会社から出ていく今後(本書によると2010年あたり)、現在のような閉塞感に覆われた状況は変化するのだろう。
1990年代以降に辛酸をなめた世代は、どうなるのだろうか。「俺達のころは、おまえらみたいにおいそれと大企業に入れなかったんだ」などと言う世代になっていくのだろうか。それも経済学者の一部が言うように大企業が衰退してそんな時代はこないのだろうか。今後についても、いろいろと思索させてくれる材料を提供してくれる。