アテナイを中心とする古代ギリシャの諸ポリスでの、男性に対する女性の社会的な位置関係を専門的に考察した稀な著作として評価したい。彼女達の地位や権利、職業に関する直接的資料は少なく、裁判での弁論やアリストファネス等劇作家の作品のセリフからの間接的な引用が多いが、それだけ女性は社会の表舞台に出て活動することが著しく制限されていた存在だったことが理解できる。ペリクレスによって堅固にされたアテナイの民主政は、当時のポリス間の対立やペルシャとの緊張した関係を考慮すれば必然的なことだったと思われるが、裏返せばそれは戦士達の男社会に理想的なメンズ・クラブであり、いきおい女性や市民以外の層の人々は社会からの疎外という割を食うことになる。戦に関わらない女性は戦士たる男子を産み、育てることに徹するというのが暗黙の至上命令で、たとえ能力があったとしても、家事や宗教行事以外のことに精を出すのはモラル違反だったようだ。著者はペリクレス自身の女性蔑視の発言へも言及している。
アテナイでの結婚は妻となる本人ではなく、夫になる男性と嫁の父、あるいはその後見人の間で結ばれる契約だったという事実も興味深い。また嫁が持ってくる持参金は離婚が生じた場合には、夫が妻の家に全額返金しなければならないという家同士の契約システムがユニークだ。離婚は夫の自由意志で手続きは不要だったが、この持参金返済の義務がその行使濫用に歯止めをかけていたようだ。積極的に社会的な活動に参加したのはむしろ市民権が与えられていない外国人の身分や売春婦、女奴隷だったという事実も当時の社会の縮図だったと言えるのではないだろうか。さまざまなイベントに参加したり、市場で物を売ったり、会合などの接客をした下層の彼女たちが戯曲などではかえって生き生きと描かれているのが象徴的だ。
最終章エピローグに総括されているように、ポリスの民主政は市民階級の権限を特権的に保護するものであり、彼らはその権利が多くの人々に拡散するのを嫌った。アテナイでの市民同士の夫婦に生まれた子のみが市民たる資格を持つという法律はまさにペリクレスによって提案されたものだが、それはポリス繁栄のためにより多くの男子を産まなければならない女性市民を従属的な立場に留めることをも意味している。尚巻末に事項小事典が設けられていて、本書に使われているギリシャ語の固有名詞や関連する事項について簡易な説明があり、初心者にも理解できるように工夫されている。
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古代ギリシアの女たち: アテナイの現実と夢 (中公文庫 さ 54-1) 文庫 – 2010/12/18
桜井 万里子
(著)
- 本の長さ294ページ
- 言語日本語
- 出版社中央公論新社
- 発売日2010/12/18
- ISBN-104122054184
- ISBN-13978-4122054189
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登録情報
- 出版社 : 中央公論新社 (2010/12/18)
- 発売日 : 2010/12/18
- 言語 : 日本語
- 文庫 : 294ページ
- ISBN-10 : 4122054184
- ISBN-13 : 978-4122054189
- Amazon 売れ筋ランキング: - 353,142位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- - 2,550位中公文庫
- カスタマーレビュー:
著者について
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カスタマーレビュー
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5 星
史料の深奥に目を凝らす
本の内容「紀元前5、4世紀、アテナイはスパルタと並ぶギリシア最強の国力を誇る繁栄のポリスであった。その文化遺産は、今日にいたるまで多大な影響をもっている。しかし、このアテナイ社会は徹底した男社会であり、女が自らを書き記した史料は皆無に等しい。本書は、繁栄の陰に隠され、社会的な自由を奪われて、抑圧の生涯を強いられたとされる女たちの誕生・結婚・離婚・姦通などのさまざまな事件を照射、検証し、実態とその社会を描く」(表紙カバー裏の文)壺絵などの図版が多かったのが良かったです。このような、史料のない世界を、想像で補える小説や漫画などと違う学問の世界で、ここまで形を持って描かれたことはすごい、と思う。あとがきの文より・・・「古代ギリシアの女たちが私たちに残してくれた直接のメッセージはあまりに少ない。中空の殻のまわりを巡りさまようようような思いのなかで、彼女たちが語りかけてくれないなら、こちらから近付くしかないと考えるようになった。意識と感性の感度を鋭くして。」・・・この、「意識と感性の感度を鋭く」という姿勢は、私たちが、学問に関わらなくとも、人と対するときに大切なことと肝に銘じたい。桜井万里子先生に敬意を表したいです。
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2013年12月23日に日本でレビュー済み
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2013年3月3日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
古代ギリシャを扱うとき、現代を中心にものを考えても的はずれなことも多い。
著者の現代からの視点でものを語ったところで、古代を見つめたことには全くならない。
著者は東大教授だそうですが、東大のレベル低下を見る思いです。
著者の現代からの視点でものを語ったところで、古代を見つめたことには全くならない。
著者は東大教授だそうですが、東大のレベル低下を見る思いです。
2010年11月5日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
本の内容
「紀元前5、4世紀、アテナイはスパルタと並ぶギリシア最強の国力を誇る繁栄のポリスであった。その文化遺産は、今日にいたるまで多大な影響をもっている。しかし、このアテナイ社会は徹底した男社会であり、女が自らを書き記した史料は皆無に等しい。本書は、繁栄の陰に隠され、社会的な自由を奪われて、抑圧の生涯を強いられたとされる女たちの誕生・結婚・離婚・姦通などのさまざまな事件を照射、検証し、実態とその社会を描く」(表紙カバー裏の文)
壺絵などの図版が多かったのが良かったです。
このような、史料のない世界を、想像で補える小説や漫画などと違う学問の世界で、ここまで形を持って描かれたことはすごい、と思う。
あとがきの文より・・・「古代ギリシアの女たちが私たちに残してくれた直接のメッセージはあまりに少ない。中空の殻のまわりを巡りさまようようような思いのなかで、彼女たちが語りかけてくれないなら、こちらから近付くしかないと考えるようになった。意識と感性の感度を鋭くして。」・・・この、「意識と感性の感度を鋭く」という姿勢は、私たちが、学問に関わらなくとも、人と対するときに大切なことと肝に銘じたい。桜井万里子先生に敬意を表したいです。
「紀元前5、4世紀、アテナイはスパルタと並ぶギリシア最強の国力を誇る繁栄のポリスであった。その文化遺産は、今日にいたるまで多大な影響をもっている。しかし、このアテナイ社会は徹底した男社会であり、女が自らを書き記した史料は皆無に等しい。本書は、繁栄の陰に隠され、社会的な自由を奪われて、抑圧の生涯を強いられたとされる女たちの誕生・結婚・離婚・姦通などのさまざまな事件を照射、検証し、実態とその社会を描く」(表紙カバー裏の文)
壺絵などの図版が多かったのが良かったです。
このような、史料のない世界を、想像で補える小説や漫画などと違う学問の世界で、ここまで形を持って描かれたことはすごい、と思う。
あとがきの文より・・・「古代ギリシアの女たちが私たちに残してくれた直接のメッセージはあまりに少ない。中空の殻のまわりを巡りさまようようような思いのなかで、彼女たちが語りかけてくれないなら、こちらから近付くしかないと考えるようになった。意識と感性の感度を鋭くして。」・・・この、「意識と感性の感度を鋭く」という姿勢は、私たちが、学問に関わらなくとも、人と対するときに大切なことと肝に銘じたい。桜井万里子先生に敬意を表したいです。
本の内容
「紀元前5、4世紀、アテナイはスパルタと並ぶギリシア最強の国力を誇る繁栄のポリスであった。その文化遺産は、今日にいたるまで多大な影響をもっている。しかし、このアテナイ社会は徹底した男社会であり、女が自らを書き記した史料は皆無に等しい。本書は、繁栄の陰に隠され、社会的な自由を奪われて、抑圧の生涯を強いられたとされる女たちの誕生・結婚・離婚・姦通などのさまざまな事件を照射、検証し、実態とその社会を描く」(表紙カバー裏の文)
壺絵などの図版が多かったのが良かったです。
このような、史料のない世界を、想像で補える小説や漫画などと違う学問の世界で、ここまで形を持って描かれたことはすごい、と思う。
あとがきの文より・・・「古代ギリシアの女たちが私たちに残してくれた直接のメッセージはあまりに少ない。中空の殻のまわりを巡りさまようようような思いのなかで、彼女たちが語りかけてくれないなら、こちらから近付くしかないと考えるようになった。意識と感性の感度を鋭くして。」・・・この、「意識と感性の感度を鋭く」という姿勢は、私たちが、学問に関わらなくとも、人と対するときに大切なことと肝に銘じたい。桜井万里子先生に敬意を表したいです。
「紀元前5、4世紀、アテナイはスパルタと並ぶギリシア最強の国力を誇る繁栄のポリスであった。その文化遺産は、今日にいたるまで多大な影響をもっている。しかし、このアテナイ社会は徹底した男社会であり、女が自らを書き記した史料は皆無に等しい。本書は、繁栄の陰に隠され、社会的な自由を奪われて、抑圧の生涯を強いられたとされる女たちの誕生・結婚・離婚・姦通などのさまざまな事件を照射、検証し、実態とその社会を描く」(表紙カバー裏の文)
壺絵などの図版が多かったのが良かったです。
このような、史料のない世界を、想像で補える小説や漫画などと違う学問の世界で、ここまで形を持って描かれたことはすごい、と思う。
あとがきの文より・・・「古代ギリシアの女たちが私たちに残してくれた直接のメッセージはあまりに少ない。中空の殻のまわりを巡りさまようようような思いのなかで、彼女たちが語りかけてくれないなら、こちらから近付くしかないと考えるようになった。意識と感性の感度を鋭くして。」・・・この、「意識と感性の感度を鋭く」という姿勢は、私たちが、学問に関わらなくとも、人と対するときに大切なことと肝に銘じたい。桜井万里子先生に敬意を表したいです。
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2018年3月19日に日本でレビュー済み
本レビュー執筆当時に存在していた本書のレビューがあまりにも、書いた本人が『的外れ』であり、内容を読んでいるのか大いに疑問なレビューで相手にしたくもないが、もはや本書の価値を不当に貶めているレベルなので、書くことにした。
近年、名著の文庫化が増えている。こういた文庫化で楽しみなことは『おまけ』である。単なる再販ではなく、補論を加えたことでより当時の社会の一端をうかがい知ることができる。改めて、古代ギリシアの女性の姿を限られた資料から浮かび上がらせた本書の意義は極めて大きいものといってよい。さらにあとがきには、本書出版以後の研究動向や本書の反省部分にも触れており、古代ギリシア史や女性の歴史に関心を抱くものは中公新書版を持っているものも買って損はないだろう。
近年、名著の文庫化が増えている。こういた文庫化で楽しみなことは『おまけ』である。単なる再販ではなく、補論を加えたことでより当時の社会の一端をうかがい知ることができる。改めて、古代ギリシアの女性の姿を限られた資料から浮かび上がらせた本書の意義は極めて大きいものといってよい。さらにあとがきには、本書出版以後の研究動向や本書の反省部分にも触れており、古代ギリシア史や女性の歴史に関心を抱くものは中公新書版を持っているものも買って損はないだろう。
2004年9月21日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
ジェンダーを問題にした、古代アテナイの論文として、卓抜である。
女性の地位の低さだけではなく、女性と祭祀、今までの研究におけるバイアスのあり方に言及している点は、特筆に価する。
性別による社会的役割にも言及しているので、女性だけの本ではない。
女性論から逆照射される、戦士としての男性論というのも見えるだろう。
巻末の注もアイウエオ順の辞書形式になっているので、ジェンダー論に関心はあるが、アテナイに関する文献は読みなれていない人にも、お勧め。
女性の地位の低さだけではなく、女性と祭祀、今までの研究におけるバイアスのあり方に言及している点は、特筆に価する。
性別による社会的役割にも言及しているので、女性だけの本ではない。
女性論から逆照射される、戦士としての男性論というのも見えるだろう。
巻末の注もアイウエオ順の辞書形式になっているので、ジェンダー論に関心はあるが、アテナイに関する文献は読みなれていない人にも、お勧め。