本書は、日本における地震予知(予測を含む)に関する研究とその実用化の試みの歴史を、学術的にも社会的にも、詳細な文献・資料を踏まえて、紹介・記録・検討しています。地震に関わる研究者や行政者はもちろん、度重なる震災にどう対処すればよいかを考えるすべての国民にとって、まことに貴重な力作です。文章はわかりやすく、非専門の人々にも読めます。
著者は、1967年に東大理学部物理学科地球物理コースを卒業し、朝日新聞社に入社、科学記者・編集委員などを歴任。2003年に退社し、東大大学院総合文化研究科科学史・科学哲学の博士課程に入学、2007年学術博士。2008年から6年間東大地震研究所にて特別研究員など。その経歴からわかりますように、地震(地球物理)の基礎素養を持ち、科学ジャーナリスト、編集者、科学史家、などとして研鑽・実績を積み、6年間の地震研究所での研究で本書を書き上げられたのです。
本書は、主要目次が示しますように、序章と終章の他、時期ごとの全8章からなります。各章は、時期を区切る大きな地震と、それに触発された地震予知研究の状況を記述しています。典型的には、大地震の被害状況と社会の反応、それに対応する研究者たちの研究考察と実践、大学/研究機関や行政による体制・計画づくり、その後の国内外のさまざまな地震に対する予知活動とその成否、いろいろな理論・仮説に対する学術的/社会的議論の動向、この時期の地震予知研究についての総括、といった順に整理して記述しています。各章ごとに引用文献が100~350つけられているという、驚くばかりの緻密さです。
私自身は地震(予知)の専門家ではありません。物理化学の出身、情報科学から、創造的問題解決の方法論へと進み、『TRIZホームページ』(1998年創設)の編集者をしています。東日本大震災の後で地震について学んで(特に力武常治著『地震予知―発展と展望』 書評をAmazonに投稿(2015. 4.20))、ホームページ上に特別ページをつくり、また2015年に日本地震予知学会の会員になりました。地震予知ができるとよいと願いつつ、どの方法がよいのかわからずに来ています。2週間前に、Amazonで、本書を知り、購入して、10日間で読み上げたところです。本当に感激です。8年前の出版ですから、もっと早くに知り、もっと早くに学んでおけばよかったと、反省しています。高価(税込み8,360円)ですが、それ以上の価値があります。(もし、「手が出ない」と思われたら、ご自分の地域や大学の図書館に蔵書購入依頼を出されるとよいでしょう。)
本書は非常に豊富な内容を含んでいますから、要約することはできません。ここには私が学び、考えたことをまとめておきたいと思います。
(0) Amazonサイトの(出版社による)本書の紹介文は次のようです。「明治初期に始まる日本の地震予知研究は、大地震のたびに関心の盛り上がりと失望を繰り返しながら、しかし一向にそのゴールが見えてこない。人々が地震予知の実現に大きな夢を抱き続けているのはなぜなのか。本書は地震学研究だけでなく、国や社会の対応などの側面も含め多様な角度からその謎に迫る」。改めて読み返して、この紹介文は本書を適切に反映していないと、私は思います。
「関心の盛り上がりと失望を繰り返し」ていることはそのとおりです。ただ、本書は「地震予知」を地震発生の長期/中期の予想と短期/直前の予知の両方を含めて扱っており、前者は随分明確になった、しかし、後者はまだまだ未解明であることを論述しています。科学として途中段階が随分明確になったが、短期・直前での確実な予知という最終ゴールはまだ見えないのが現状です。「人々が地震予知の実現に大きな夢を抱いている」のは、震災をなんとか減らしたいという実際上の切実な願いによります。失望してもなお夢(希望)をいだき続けているのは当然のことです。科学と本書が迫りたい「謎」は、短期/直前予知という「夢を実現する方法」です。
(1) 地震についての研究の目的は、①地震が、どんな仕組みで、いつ、どこで、どんな規模・形態で起こるかを、予め知り(予想・予知し)、そしてまた、②地震による災害(人的、物的、社会的)を防ぎ・軽減することです。①予知と②減災は車の両輪です。予知ができないでも、減災はある程度可能ですが効率が悪い。予知ができても、減災の体制が整っていなければ、効果がない。予知ができ、減災の備えがあれば、初めて効果的に減災ができる。
(2)地震予知①には、3つの基本的なアプローチがあります。
(A) (過去の、多数の)地震活動のデータに基づく予測。地震の場所・規模・時(年代)などから規則性を見出そうとする。地震の多様性・不規則性とデータの不足のために、かなり大きな幅(曖昧性)での予測しかできない。地震の長期/中期(数千年~数十年)予測に使われる。②減災のための、長期/中期の対策・整備のためには有効である。
(B) 何らかの前兆現象に頼る予知のアプローチ。短期/直前予知を期待し、直前の②減災に役立てようとする。(本震前の)前震、地盤の移動・隆起、歪の蓄積、地磁気・地電流の異常、発光現象、などさまざまなものが提案・検討されてきている。しかし、地震との十分な相関関係・因果関係が認められているものがまだ存在しない(後述)。
(C) 物理モデルに基づく予知のアプローチ。地下の断層の種々の性質に関して、何らかのモデル(仮説)をつくり、(室内実験やコンピュータシミュレーションで)その振る舞いを知り、実地状況に対応させようとする。モデルをつくる手がかりが乏しく、検証も難しい。
(3) 短期/直前の地震予知には、(B)の前兆現象のアプローチがやはり、期待される。だが、「前兆現象」と確認され、かつ予知に有効であるには、いくつもの条件がある。
「その現象Xが明確に観測(測定)でき、種々の人工・自然起因の類似現象(ノイズ)から区別でき、そのいくらかの後(数週~数分後)に地震が起こる」という(相関)関係があること。ただし、地震は多様だから、すべての地震が現象Xを起こすと仮定してはいけない(Xの出現確率が高いことが望ましいが、万能性を前提にしない)。一つの地震に対して、現象Xが複数の場所や装置で、ほぼ同時・同様に観測され、震源に近いほど強いこと。また、多数の別の地震に対して同様に観測され、その後に地震が起こった割合が高い(「空振り」の率が低い)こと。
さらに実用上望ましいのは、連続測定が可能で、地震発生の時、所、規模などに関する手がかりを含むこと。
これらの条件は、随分厳しい。「前震」でさえ事後の認識である(一つの地震(とその後の小さい余震)の後に、もっと大きい「本震」が来るのかどうかを、現状ではよく判断できない)。だから、現象Xを「前兆」として確立するには、多数の地震について観測しなければならず、当然長い年月を要する。「前兆現象」であることを明確にできるのは、(ある種の)地震のメカニズムが明確になり、現象Xとの因果関係が明らかにされたときである。
(4) 古くから様々な現象が「前兆現象」の候補として、提唱・研究されてきた。しかし、まだどれも真に「前兆現象」とは認められていない、と本書は言う。日本地震学会も、東日本大震災の後には、「前兆現象を使って地震を予知することは、現在不可能である。地震予知の研究には力点を置かない(忌避する)」という立場を採っている。本書は、「前兆現象に関しても従来からの多数の先行研究をよく参照せよ。(一般人の多くが地震予知に期待を寄せているが、)地震予知への楽観論を安易に流すな」と警告している。大いに注意するべきことと、思う。
(5) しかしそれでもやはり、「地震予知」は(科学としても、実用のためにも)追求するべき研究課題である。前記(3)の条件・要求を考慮しつつ、本当に役に立つ「前兆現象による地震予知」の方法を見出したい。
私は、電磁気的な現象が大きな候補であると思う。従来の研究の多くは、地殻/断層の力学的な面(広域分布、移動、隆起/沈降、圧力、歪、振動、形状、など)に焦点を当ててきた。それらは地震の長期/中期予測に重要な情報を与えたが、短期/直前予知には不向きである。電磁気的現象は、測定の多様性・瞬時性・高感度・(通信)操作性などに優れており、(TRIZが言うまでもなく)科学技術の主要な発展方向である。日本地震予知学会での諸発表を聞いて、新しい可能性がある、困難だが追求するべきだと、私は確信した。
ともかく本書は、多面的で豊富な情報を正確に伝えており、今後も繰り返し読んで、学び考えていきたいと、思っています。多くの読者の皆さんにぜひお薦めします。
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日本の地震予知研究130年史: 明治期から東日本大震災まで 単行本 – 2015/5/27
泊 次郎
(著)
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購入オプションとあわせ買い
期待と失望の繰り返し――
地震予知ははたしてできるのか?
地震学の発展と地震予知研究の変遷を克明に描くドキュメント
明治初期に始まる日本の地震予知研究は、大地震のたびに関心の盛り上がりと失望を繰り返しながら、しかし一向にそのゴールが見えてこない。人々が地震予知の実現に大きな夢を抱き続けているのはなぜなのか。本書は地震学研究だけでなく、国や社会の対応などの側面も含め多様な角度からその謎に迫る。
【関連書】 泊次郎『プレートテクトニクスの拒絶と受容』(東京大学出版会)
【主要目次】
序章 地震予知への願望――江戸時代までの地震学と地震予知
第1章 明治の日本地震学会と地震予知
第2章 濃尾地震と震災予防調査会
第3章 関東大震災と地震研究所
第4章 南海地震と地震予知研究連絡委員会
第5章 ブループリントと地震予知計画の開始
第6章 東海地震説と大規模地震対策特別措置法
第7章 阪神・淡路大震災と地震調査研究推進本部の設立
第8章 東日本大震災と地震学
終章 地震予知研究の歴史を振り返って
地震予知関係年表
地震予知ははたしてできるのか?
地震学の発展と地震予知研究の変遷を克明に描くドキュメント
明治初期に始まる日本の地震予知研究は、大地震のたびに関心の盛り上がりと失望を繰り返しながら、しかし一向にそのゴールが見えてこない。人々が地震予知の実現に大きな夢を抱き続けているのはなぜなのか。本書は地震学研究だけでなく、国や社会の対応などの側面も含め多様な角度からその謎に迫る。
【関連書】 泊次郎『プレートテクトニクスの拒絶と受容』(東京大学出版会)
【主要目次】
序章 地震予知への願望――江戸時代までの地震学と地震予知
第1章 明治の日本地震学会と地震予知
第2章 濃尾地震と震災予防調査会
第3章 関東大震災と地震研究所
第4章 南海地震と地震予知研究連絡委員会
第5章 ブループリントと地震予知計画の開始
第6章 東海地震説と大規模地震対策特別措置法
第7章 阪神・淡路大震災と地震調査研究推進本部の設立
第8章 東日本大震災と地震学
終章 地震予知研究の歴史を振り返って
地震予知関係年表
- 本の長さ686ページ
- 言語日本語
- 出版社東京大学出版会
- 発売日2015/5/27
- ISBN-104130603132
- ISBN-13978-4130603133
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商品の説明
著者について
泊 次郎:科学朝日副編集長/元朝日新聞大阪本社科学部長・編集委員
登録情報
- 出版社 : 東京大学出版会 (2015/5/27)
- 発売日 : 2015/5/27
- 言語 : 日本語
- 単行本 : 686ページ
- ISBN-10 : 4130603132
- ISBN-13 : 978-4130603133
- Amazon 売れ筋ランキング: - 763,026位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- - 941位地球科学 (本)
- カスタマーレビュー:
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