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人間の本性を考える ~心は「空白の石版」か (中) (NHKブックス) 単行本(ソフトカバー) – 2004/8/31
スティーブン・ピンカー
(著),
山下 篤子
(翻訳)
- 本の長さ300ページ
- 言語日本語
- 出版社NHK出版
- 発売日2004/8/31
- ISBN-104140910119
- ISBN-13978-4140910115
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登録情報
- 出版社 : NHK出版 (2004/8/31)
- 発売日 : 2004/8/31
- 言語 : 日本語
- 単行本(ソフトカバー) : 300ページ
- ISBN-10 : 4140910119
- ISBN-13 : 978-4140910115
- Amazon 売れ筋ランキング: - 311,627位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- カスタマーレビュー:
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トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
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2011年4月10日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
「空白の石板」と言うのは西洋の基本的な考え方の一つですね。人間は環境や教育で、何にでもなる、とでも言えば良いでしょうか?それに対して、著書は人間にはあらかじめ機能マップのような物を持っていて、それに適した時期・訓練をしないと取得しにくい能力も多々あるという見解だったと思います。
どのような人間を輩出したいのか、教育機関も良く考えて学習プログラムを作成していく時期に来ているかもしれません。いずれにせよ、人間の脳の機能的側面が解明されて、その活用の仕方や開発の仕方が進むことは、面白いことだと思います。
どのような人間を輩出したいのか、教育機関も良く考えて学習プログラムを作成していく時期に来ているかもしれません。いずれにせよ、人間の脳の機能的側面が解明されて、その活用の仕方や開発の仕方が進むことは、面白いことだと思います。
2009年1月18日に日本でレビュー済み
中巻では、人間に本性があると認めた場合に人が感じがちな恐怖と、
本書の核心ともいうべき、人の本性とは一体何なのか? について
触れています。
特に愛情や連帯感の進化については、いわゆる「利己的な遺伝子」とも
関連していて、多くの人にとっては抵抗感のある概念だと思いますが、
人の本性を理解した上で、親子・夫婦・友人とよりよい人間関係を
築いていくためにも、是非知っておいた方が良いと思います。
本書の核心ともいうべき、人の本性とは一体何なのか? について
触れています。
特に愛情や連帯感の進化については、いわゆる「利己的な遺伝子」とも
関連していて、多くの人にとっては抵抗感のある概念だと思いますが、
人の本性を理解した上で、親子・夫婦・友人とよりよい人間関係を
築いていくためにも、是非知っておいた方が良いと思います。
2011年4月29日に日本でレビュー済み
第10章のみのレビューである(そこしか今のところ読んでない)
人間の行為への遺伝子の影響を強調するとどうしても気になるのが自由意志と責任の問題である。遺伝子が人間の行為を100%決定するとしたら(ピンカーはそう考えてはいないが)もはや犯罪行為に対して「報復」という意味の刑罰を下すことはできないはずだ。彼に責任はない。90%ならどうだ、50%ならどうだ。ついついこういった問いが沸きあがってくる。挙句の果て「一体責任とはなんだろうか」という根本的問いにまでいきついてしまう。第10章「もしすべてがあらかじめ決定されているのならば・・・」はこういう問いに答えようとしている。
話のオチは、責任を課するというのは、犯罪者の行為に対する「報復」ではなく、再犯ないし他の人の犯罪の「抑止」だということである。「責任は、どんな抽象的な価値を備えているかは別として、すぐれて実際的な機能をもっている。有害な行動を防止するという機能である」87頁。
本人に自由意志があったかどうか(機械の中に幽霊があるかいなか)はどうでもいい問題のようである。刑罰は本人の行為に対するバツを目的とするのではなく、二度と同じことを繰り返さないよう抑止のために行われるのである(死刑に意義があるとしたら、他者の犯罪抑止という意味しかもちえないことになる)。「公的な処罰を受ける可能性があるということに反応できる、機能する脳システム」93頁を欠いている場合を除いて免責は許されない。
ヒューム、カント、サルトルも同じように考えたとピンカーは解釈している。すなわち「自由に選択されたものとみなされるべきである」86頁と考えていたということである。それって本当?
人間の行為への遺伝子の影響を強調するとどうしても気になるのが自由意志と責任の問題である。遺伝子が人間の行為を100%決定するとしたら(ピンカーはそう考えてはいないが)もはや犯罪行為に対して「報復」という意味の刑罰を下すことはできないはずだ。彼に責任はない。90%ならどうだ、50%ならどうだ。ついついこういった問いが沸きあがってくる。挙句の果て「一体責任とはなんだろうか」という根本的問いにまでいきついてしまう。第10章「もしすべてがあらかじめ決定されているのならば・・・」はこういう問いに答えようとしている。
話のオチは、責任を課するというのは、犯罪者の行為に対する「報復」ではなく、再犯ないし他の人の犯罪の「抑止」だということである。「責任は、どんな抽象的な価値を備えているかは別として、すぐれて実際的な機能をもっている。有害な行動を防止するという機能である」87頁。
本人に自由意志があったかどうか(機械の中に幽霊があるかいなか)はどうでもいい問題のようである。刑罰は本人の行為に対するバツを目的とするのではなく、二度と同じことを繰り返さないよう抑止のために行われるのである(死刑に意義があるとしたら、他者の犯罪抑止という意味しかもちえないことになる)。「公的な処罰を受ける可能性があるということに反応できる、機能する脳システム」93頁を欠いている場合を除いて免責は許されない。
ヒューム、カント、サルトルも同じように考えたとピンカーは解釈している。すなわち「自由に選択されたものとみなされるべきである」86頁と考えていたということである。それって本当?