本書『スローターハウス ５（ファイブ）』は、著者によると「戦争小説」です。
「とにかく、わたしはこの戦争小説を書きあげた」（37頁）
読者は一種の「反戦小説」（12頁）にもなっていると感じます。
《一種の》と言うのは、反戦小説として読むことも可能、という意味です。
主人公の「わたし」はドイツのドレスデンで捕虜になったアメリカ兵。
アメリカに帰国後も、戦争の恐怖のトラウマで、半狂人のよう。
本当に戦争はイヤですね。
しかし、本書の中には、戦争反対という文字は一言もありません。
ヴォネガットは、戦争をくいとめるのは、たやすい作業だ、と書いています。
あれれ、逆じゃ？ 驚きました。
「戦争はいかなるときにもあり、それをくいとめるのは氷河をくいとめるくらいたやすい作業だ」（13頁）
「いかなるとき」とは、過去・現在・未来のいかなるとき、という意味でしょう。
そして、氷河をくいとめるのは、現代の科学技術をもってしても難しい。
地球の温暖化をくいとめるのさえ、今なお非常に困難な現状です。
「たやすい作業」と書いてはあるのは、ヴォネガット流の逆説的皮肉でしょう。
やめてほしい、皮肉は。誤解されるから。
本書は、「あらゆるできごとを行きあたりばったりに」（39頁）記述しています。
確かに、本書では、過去・現在・未来のできごとが時系列ではなく、
順序だてて記述するのでもなく、
過去・現在・未来の時間が行きつ戻りつしていて、けいれん状態。
誕生から始まり、死で終わるのが、普通の人間の直線的人生です。
「ビリー・ピルグリムが変えることのできないもののなかには、過去と、現在と、そして未来がある」（86頁）
「過去」を変えられないことは、誰でもわかります。
しかし、「現在」と「未来」は、個々人のイマジネーション次第で
いくらでも変えられるはず。
本書の主人公ビリーは「けいれん的時間」の中を旅行する旅人。
「ビリーは、けいれん的時間旅行者である」（39頁）
本書には「けいれん的空間旅行者」（89頁）も登場します。
「自分の誕生と死を何回見たかわからない」（39頁）とビリーは言います。
「わたしはしばらくのあいだ死にます――そしてまた生きるのですから」（191頁）
「誕生と死」は、普通の人間には人生に一回ぽっきりなのに。
「けいれん的時間」（39頁）とは、
支離滅裂に何度も起こる「けいれん」患者の夢の中の時間、のこと？
「わたし」は病気かも。頭が狂ってしまったのかも。そうね、・・・
主人公の「わたし」は、
「そういうものだ」とぶつぶつお経のように言い続けます。なむあみだぶー。
（37頁、44頁、50頁、53頁、55頁、
57頁、61頁、66頁、77頁、97頁、
109頁、112頁、114頁、122頁、124頁、
125頁、130頁、140頁、158頁、173頁、
181頁、191頁、192頁、199頁、207頁、
211頁、217頁、234頁、241頁、247頁、
248頁、249頁、264頁、266頁、269頁、
270頁、276頁、280頁、281頁）
「連禱のようにうんざりするほどくりかえされる『そういうものだ』（So it goes.）という言葉」（294頁、「訳者あとがき」より）
「そういうものだ」は、枕詞と反対です。
いろいろな「死」の《後に》必ず付いています。
死んでは生きる、の繰り返し。
死んだ（53頁）、死んでしまったねえ（211頁）
《そういうものよ》
とテイラー・スウィフトさんは今も歌っています。
「プーティーウィッ？」ということばもくりかえされます。（33頁、38頁、135頁、281頁）
小鳥たちの声の《オノマトペ》です。
「第二次大戦に関係のある何かと勘ちがいし、住所をつげた、『シュラハトホーフ＝フュンフ』」（207頁）
鳥語の《オノマトペ》みたいなドイツ語。
「老人はすさまじいおならを一発し、ついでげっぷをした」（249頁）
鳥も年をとれば、おならはするし、げっぷだってしますよね、きっと。
だから「プー」は、おなら、そして「ウィッ」は、げっぷ。
殺戮とは《そういうものなのか？》という鳥語の疑問文のように聞こえます。
「鳥は何というだろう？ 殺戮について何かいうことがあるとすれば、それはこんなものか、『プーティーウィッ？』」（33頁）
「それは、こう始まる――
聞きたまえ――
ビリー・ピルグリムは時間のなかに解き放たれた。
そして、こう終わる――
プーティーウィッ？」（37頁）
鳥のように大空を自由に飛べと「解き放たれた」のは、ビリー・ピルグリムだけではありません。
老鳥のおなら、ついでげっぷも「解き放たれた」のです。同時に。
始めが終わりなら、終わりは始め。
死は誕生。死と誕生は同時に起こる。死と誕生は等価。
半ボケのじいさんが死人を物語るとき、死人はよみがえって誕生します。
なむあみだー。
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