技術の進歩で人間の意識や感覚がどう変容していくか?といったテーマで展開される中短篇が4本。
中でも白眉は最後の「幻のクロノメーター」だろう。
著者のこれまでの作品の多くは、技術水準の面で現代から近未来のテクノロジーを前提にしたものだったが、本作は18世紀イギリスを舞台にクロノメーター開発に携わった時計職人を主役に据えたもので、過去の技術を対象にしている。
SFの仕掛けとしてもむしろ昔懐かしい類かと思うが、技術の進展が個々人に与える影響ではなく、社会にどんなインパクトを与えるのかを描くのが眼目なのだろう。もともとは大工にすぎない時計開発者と王室天文官との軋轢があり、新分野を開拓するパイオニアの奮闘が家政婦の少女の目から語られる。
かつての主だった時計職人への暖かい眼差しが、ストーリーを明るい基調で支えている。
表題作「リリエンタールの末裔」も同様にテクノロジーとしてはハンググライダーが登場する。被差別民である少年が富裕層にしか許されない「空を飛ぶ」行為に踏み出すことで、冷酷な海上都市の社会と向き合わなければならなくなる。
主人公が未知の世界に一歩を踏み出す高揚感がすがすがしく、冒険小説のような味わいがすばらしい。
本短編集は主役級の登場人物がみな何らかの形で新技術の開発に関わるので、小川一水あたりの作風に通じるものがある。『第六大陸』など、技術と社会の関係を描く作品を気に入った方なら、非常に楽しめるのではないかと思う。
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リリエンタールの末裔 (ハヤカワ文庫JA) 文庫 – 2011/12/8
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海洋黙示録『華竜の宮』が大反響! 今もっとも注目されているSF作家による 初の本格SF短篇集『華竜の宮』の世界の片隅で空を飛ぶのを夢見た青年の信念を描いた表題作、18世紀の魔都ロンドンを描く書き下ろし中篇等4作
彼は空への憧れを決して忘れなかった――長篇『華竜の宮』の世界の片隅で夢を叶えようとした少年の信念と勇気を描く表題作ほか、人の心の動きを装置で可視化する「マグネフィオ」、海洋無人探査機にまつわる逸話を語る「ナイト・ブルーの記録」、18世紀ロンドンにて航海用時計(マリン・クロノメーター)の開発に挑むジョン・ハリソンの周囲に起きた不思議を描く書き下ろし中篇「幻のクロノメーター」など、人間と技術の関係を問い直す傑作SF4篇。解説:香月祥宏 カバーイラスト:中村豪志
彼は空への憧れを決して忘れなかった――長篇『華竜の宮』の世界の片隅で夢を叶えようとした少年の信念と勇気を描く表題作ほか、人の心の動きを装置で可視化する「マグネフィオ」、海洋無人探査機にまつわる逸話を語る「ナイト・ブルーの記録」、18世紀ロンドンにて航海用時計(マリン・クロノメーター)の開発に挑むジョン・ハリソンの周囲に起きた不思議を描く書き下ろし中篇「幻のクロノメーター」など、人間と技術の関係を問い直す傑作SF4篇。解説:香月祥宏 カバーイラスト:中村豪志
- 本の長さ328ページ
- 言語日本語
- 出版社早川書房
- 発売日2011/12/8
- 寸法10.8 x 1.4 x 15.8 cm
- ISBN-10415031053X
- ISBN-13978-4150310530
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登録情報
- 出版社 : 早川書房 (2011/12/8)
- 発売日 : 2011/12/8
- 言語 : 日本語
- 文庫 : 328ページ
- ISBN-10 : 415031053X
- ISBN-13 : 978-4150310530
- 寸法 : 10.8 x 1.4 x 15.8 cm
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上位レビュー、対象国: 日本
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2012年2月3日に日本でレビュー済み
SF短編4本を収録
小松左京賞でデビューした関係か、ハヤカワJA文庫に初登場
「リリエンタールの末裔」
『華竜の宮』と同じ世界を舞台にした作品
主人公の一族は背中に鉤腕を持つ一族
彼らはそれを利用し、体重の軽い少年期に植物で作った翼を用い空を飛ぶ遊びに興じる
主人公は成長し空を飛べなくなるが、その体験を忘れられずにいる
都市部に出稼ぎに来た主人公は格差や差別にさらされながらも、空を飛ぶ夢を追い続ける
中盤は重苦しい雰囲気ですが、ラストは爽やかでした
(ただし、その後に待ち受けている主人公の運命は相当過酷なものになるのかも・・・)
海洋SFを多く書いている著者ですが、今回は「空」でした
ちなみに、リリエンタールとは実在の人物で航空パイオニアの1人とのことです
「マグネフィオ」
昏睡状態の夫の内面を装置を用い視覚化しようとする女性とその女性に報われない想いを寄せている男性の話
特定のトリガーにより特定の触覚や視覚が鮮明に思い出される技術に話は着地する
香水(嗅覚)を題材にし、失踪した妻の思い出に浸る男性を描いた『美月の残香』は幻想的なミステリーでしたが、本著はその作品をSF的に仕立て直した感じでした
「ナイト・ブルーの記録」
既読の為、省略
「幻のクロノメーター」
18世紀のロンドンを舞台にした作品
航海用の高精度な時計開発の様子を描く
実在の時計職人ジョン・ハリソン 等が登場し、伝記的な要素も
SF的な仕掛けももちろん用意されています
小松左京賞でデビューした関係か、ハヤカワJA文庫に初登場
「リリエンタールの末裔」
『華竜の宮』と同じ世界を舞台にした作品
主人公の一族は背中に鉤腕を持つ一族
彼らはそれを利用し、体重の軽い少年期に植物で作った翼を用い空を飛ぶ遊びに興じる
主人公は成長し空を飛べなくなるが、その体験を忘れられずにいる
都市部に出稼ぎに来た主人公は格差や差別にさらされながらも、空を飛ぶ夢を追い続ける
中盤は重苦しい雰囲気ですが、ラストは爽やかでした
(ただし、その後に待ち受けている主人公の運命は相当過酷なものになるのかも・・・)
海洋SFを多く書いている著者ですが、今回は「空」でした
ちなみに、リリエンタールとは実在の人物で航空パイオニアの1人とのことです
「マグネフィオ」
昏睡状態の夫の内面を装置を用い視覚化しようとする女性とその女性に報われない想いを寄せている男性の話
特定のトリガーにより特定の触覚や視覚が鮮明に思い出される技術に話は着地する
香水(嗅覚)を題材にし、失踪した妻の思い出に浸る男性を描いた『美月の残香』は幻想的なミステリーでしたが、本著はその作品をSF的に仕立て直した感じでした
「ナイト・ブルーの記録」
既読の為、省略
「幻のクロノメーター」
18世紀のロンドンを舞台にした作品
航海用の高精度な時計開発の様子を描く
実在の時計職人ジョン・ハリソン 等が登場し、伝記的な要素も
SF的な仕掛けももちろん用意されています
2017年11月20日に日本でレビュー済み
オーシャン・クロニクルシリーズの「リリエンタールの末裔」を読みたかったのがきっかけ。嬉しい誤算だったのは、どの短編作品も掛け値なしに面白かったこと。個人的にはオールタイムベスト級である。また、「リリエンタールの末裔」や「幻のクロノメーター」は男が一生をかける夢や仕事についての物語であり、単純な行動ではあるが男としてこのような生き方に共感を覚える。特に「幻のクロノメーター」については、途中から登場する一つの石が人類の文明を変えてしまうようなものになり、自分の想像をはるかに越える展開にセンス・オヴ・ワンダーを感じた。ずるいくらい楽しませる作品である。
2013年7月14日に日本でレビュー済み
テーマは可視化、ないしは具現化かな、と、読みしなにはおもっていた。
民族の誇りを内包した背中の鉤腕をフルに利用した飛翔。脳の機能障害を補完するためにうみだされた、水盤上に脳波で描かれる磁石の花を見せる装置。無人探査機の触覚と感覚を超えて身体的にシンクロした科学者。天体と同レベルの精度でときを刻む時計を世に送り出す職人の生涯。
繊細で美しい機械を媒介に、感情や思い、願いを増幅させる人間たち。その具現化がここで追い求められたテーマであり、その中心を担うのが人間の叡智たる科学でありマシンであろう、そんなふうに読み進めていた。
すべてを読み終えて振り返ると、それら、物語のど真ん中に据えられたはずのマシンたちは実は一様に脇役であることに気づく。実際にマシンで実現したいものは、対人間であればいともたやすく日々のなかに埋没される感覚だったり、人間が創り出した虚栄心や競争だったり。マシンで補強してまで希求する人間の欠乏感が、すべての根っこなのかもしれないと。
喪うから、求める。
喪うことができるのはそもそも存在していたからであるが、関係や感情、思いを元に戻し得るかといえば、物理と違って常に質量保存の法則が及ぶべくもない。しいていえば可塑性・可逆性の問題であるはずなのだ。だがここにでてくる登場人物たちはみな一様に、とにかく足りないパーツを埋めればなんとかなる、と、単純な足し算を律儀に繰り返す。あるものはひたすらに時計を作り、あるものは死にゆくものを触り、という具合に。
科学をベースにしながらも上田作品が繊細でしなやかなのはおそらくは、そのせいであろう。優美に詳細に生み出された科学の粋を尽くしたマシンたちは、あえて人への随意性を要件とされずに、人に柔らかにおもねる。
さいごの短編は、ことさらに丁寧に読んでいただきたい。実際の人知と科学に、人とのつながりとファンタジーを詰め込んだ、まさに白眉。
硬質な骨組みにしなやかな肉をまとった、優しいマシンたち。
そうか科学はこんなにも、甘やかでいとおしい、あたしたちの隣人、だったのか。
民族の誇りを内包した背中の鉤腕をフルに利用した飛翔。脳の機能障害を補完するためにうみだされた、水盤上に脳波で描かれる磁石の花を見せる装置。無人探査機の触覚と感覚を超えて身体的にシンクロした科学者。天体と同レベルの精度でときを刻む時計を世に送り出す職人の生涯。
繊細で美しい機械を媒介に、感情や思い、願いを増幅させる人間たち。その具現化がここで追い求められたテーマであり、その中心を担うのが人間の叡智たる科学でありマシンであろう、そんなふうに読み進めていた。
すべてを読み終えて振り返ると、それら、物語のど真ん中に据えられたはずのマシンたちは実は一様に脇役であることに気づく。実際にマシンで実現したいものは、対人間であればいともたやすく日々のなかに埋没される感覚だったり、人間が創り出した虚栄心や競争だったり。マシンで補強してまで希求する人間の欠乏感が、すべての根っこなのかもしれないと。
喪うから、求める。
喪うことができるのはそもそも存在していたからであるが、関係や感情、思いを元に戻し得るかといえば、物理と違って常に質量保存の法則が及ぶべくもない。しいていえば可塑性・可逆性の問題であるはずなのだ。だがここにでてくる登場人物たちはみな一様に、とにかく足りないパーツを埋めればなんとかなる、と、単純な足し算を律儀に繰り返す。あるものはひたすらに時計を作り、あるものは死にゆくものを触り、という具合に。
科学をベースにしながらも上田作品が繊細でしなやかなのはおそらくは、そのせいであろう。優美に詳細に生み出された科学の粋を尽くしたマシンたちは、あえて人への随意性を要件とされずに、人に柔らかにおもねる。
さいごの短編は、ことさらに丁寧に読んでいただきたい。実際の人知と科学に、人とのつながりとファンタジーを詰め込んだ、まさに白眉。
硬質な骨組みにしなやかな肉をまとった、優しいマシンたち。
そうか科学はこんなにも、甘やかでいとおしい、あたしたちの隣人、だったのか。
2014年9月8日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
なんだか説明ばかりを長々と読んでいる感じで私にはあまり向いていなかった。