オリバー博士の本は、主に二つの種類に分けることができて、数多くの症例を紹介して、博士の考えは控えめにする本と、
症例を紹介するのはほどほどにして、それらの症例に対する博士の考えを書き尽くすことに重きを置く本の二つがあると思います。
本書は明らかに後者のほう。つまり難しい医学的な話が山ほど出てくるのですが、そんなことが消し飛んでしまうほどに、
どうでも良くなるほど面白かった本です。個人的に注目したのは二点。
「トゥレット症候群の外科医」
「トゥレット症候群は千人に一人といわれ、ごく日常的にトゥレット症候群、それも重度の患者と出会うことがある。
トゥレットの作家、数学者、音楽家、役者、ディスクジョッキー、建設労働者、ソーシャルワーカー、機械工、運動選手など。
だが、はじめから問題外の職業もあり、たとえば安定した細かい正確な作業が必要とされる外科医などはその一つではないかと思いがちだ。
わたしもしばらく前まではそう感じていた。ところが、いまのわたしはトゥレット症候群の外科医をなんと五人も知っている」
・・・という前文とともに紹介されるカール・ベネット博士。カナダで開業したときには、「身体をよじる外科医だって!
そんな医者、だいじょうぶなのか!つぎはどんな変人が来ることやら」と、「疑いの眼差しを感じ」ていた博士が、
いかに彼の地で町の人たちの信頼を勝ち取っていったのか。
「休憩室での会話はどこの病院でも同じだ。医師たちは珍しい症例について話しあう。床になかば寝そべったベネット博士は、
片足で宙を蹴りながら、珍しい神経線維腫症の患者について話した。(中略)同僚たちは熱心に耳を傾けていた。
博士の異常な動作と、まったく正常な話しぶりとは極端に対照的だった。その場の情景は何だか奇妙だったが、
医師たちはすっかりなれていて、とくに目をひくこともないらしかった。だが、部外者が見たら、仰天しただろう」
こんなベネット博士が、ひとたび手術室でメスを握るや、別人のようになるのですから物凄い話です。
「火星の人類学者」
「三歳のとき、神経学者のところに連れていかれたテンプルは、自閉症と診断され、おそらく一生施設暮らしになるだろうと言われた。
この年齢でまったく言葉がないというのは、とくに悪い徴候だった。混沌と固着と暴力と交流不能、このほとんど理解不能な子供時代から、
テンプルはどうやって抜けだしたのだろう、わたしはいぶからずにはいられなかった。獰猛で絶望的な、
三歳のときに施設に収容されそうになった彼女が、どんなふうにしてこれからわたしが会おうとしている立派な生物学者、
技術者になったのだろう」
・・・という前文とともに紹介されるテンプル・グランディン。「『自閉症の変人がやってきてすべての施設を設計する、
そのことを不快に思うひとがいます。彼らは施設がほしいが、自分にはつくれない、そのことにいらだつのです。
けれども、トム(同僚の技術者)とわたしにはできます。わたしたちは、数十万ドルのサン・ワークステーションを頭の中にもっています」
と語り、「長年にわたって手がけた(プラントなどの)設計図をまとめた本を」オリバー博士に見せてくれるテンプル。
そんな彼女のお気に入りは、自宅にある「奇妙なもの」。「これは何なのですか?」と尋ねる博士に、
「『わたしの締め上げ機です。抱っこ機と呼ぶひともいますよ』と彼女は答えた。その装置には、分厚い柔らかなパッドにくるまれた
幅九十センチ、長さ百二十センチほどの重い木の板が二枚、斜めについていた。二枚はV字型になるように細長い底の部分が
蝶番でとめられて、ひとの身体がおさまる樋(とい)になっている。いっぽうのはしに複雑なコントロールボックスがあり、
頑丈なチューブで戸棚のなかのべつの機械につながっていた。テンプルはそちらの機械も見せてくれた。
『産業用のコンプレッサーです。タイヤに空気を入れるのに使うのと同じなんです』 『それで、これは何に使うのですか?』
『肩から膝まで、しっかりと心地よい圧力を与えてくれるのです』 とテンプルは答えた」
機械に抱かれるテンプルは、「見るからに穏やかになり緊張が解けてい」く・・・。
・・・本書は先述したように、多くの患者とその症例にスポットを当てる本ではなく、紹介する人数は少なめにして、
その患者と症例を深く深く掘り下げてゆく本です(だから面白くもあり、論考も多くなる)。
他にも「色盲の画家」をはじめ興味深い人たちが登場するので、絶対にオススメの本。
惜しむらくは、オリバー博士は2015年8月30日にお亡くなりになったこと。
もう二度と博士の新作を読むことができないのが残念でなりません。
このレビューが参考になれば幸いです。 (*^ω^*)
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火星の人類学者: 脳神経科医と7人の奇妙な患者 (ハヤカワ文庫 NF 251) 文庫 – 2001/4/15
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- ISBN-10415050251X
- ISBN-13978-4150502515
- 出版社早川書房
- 発売日2001/4/15
- 言語日本語
- 本の長さ409ページ
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登録情報
- 出版社 : 早川書房 (2001/4/15)
- 発売日 : 2001/4/15
- 言語 : 日本語
- 文庫 : 409ページ
- ISBN-10 : 415050251X
- ISBN-13 : 978-4150502515
- Amazon 売れ筋ランキング: - 117,940位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- - 111位ハヤカワ文庫 NF
- - 154位医学
- - 3,856位エッセー・随筆 (本)
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2016年4月3日に日本でレビュー済み
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2019年3月8日に日本でレビュー済み
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障害自体、障害を負った人、に対する考え方が変わるような本でした。これまでは、それは個性なのであるって言われてもなかなかピンとかなかったけれど、この本を読んだらたしかに障害は個性の一つであり、アイデンティティであるということが実感をもって感じられた。
2015年11月13日に日本でレビュー済み
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色々な人間がいるんだなぁ~・・自分の知らない世界があるという事を知って、呼吸が楽になった感じがした。
2014年10月14日に日本でレビュー済み
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テンプル・グランディン博士にとっての、人間社会で生きていくことの困難さが、ひしひしと、筆者とのやりとりから伝わってくる。
彼女がなぜ「火星の人類学者」のような気分になるのか。
筆者との別れ際に、なぜか必死の様相でグランディン博士が訴えたこと。
思わず涙が出そうになりました。
彼女がなぜ「火星の人類学者」のような気分になるのか。
筆者との別れ際に、なぜか必死の様相でグランディン博士が訴えたこと。
思わず涙が出そうになりました。
2014年12月15日に日本でレビュー済み
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人間の脳機能の多様性と複雑性、それらに基づく性格、感情、意思等を脳に障害を持った人々
との交流と観察を通して、いきいきと描写している。人間とはいかなる存在かに対する洞察に
読者を導くと思われる。
との交流と観察を通して、いきいきと描写している。人間とはいかなる存在かに対する洞察に
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2018年3月20日に日本でレビュー済み
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価格が価格だけに期待がなかった分、封を開けて、ページをめくって、写真どおりだったので、吃驚しました。信頼感が増しました。
2006年6月22日に日本でレビュー済み
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科学は、不確定な現象から「普遍的なシナリオ」を抽出・固定していく性質をもつ。一方で、個人個人が見ている現実は、あらゆる面において普遍化・固定化を寄せ付けない唯一無二のシナリオを持つ。
その点において、個人の見ている世界が「正常か異常か」を定量しようとする「科学的な」アプローチには、おのずと限界と矛盾が生じてくる。そもそも「正常と異常」という概念そのものが、意外に曖昧で脆いものなのではないか…
そんなことを、本当に深く考えさせられる。
一気に引き込まれ、頁をめくり続けた。読み終わって気づいてみると、自分の世界の見方、現実の見方、人間の見方を、根本から問い直すきっかけとなった本だった。
本気でお薦めです!
その点において、個人の見ている世界が「正常か異常か」を定量しようとする「科学的な」アプローチには、おのずと限界と矛盾が生じてくる。そもそも「正常と異常」という概念そのものが、意外に曖昧で脆いものなのではないか…
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一気に引き込まれ、頁をめくり続けた。読み終わって気づいてみると、自分の世界の見方、現実の見方、人間の見方を、根本から問い直すきっかけとなった本だった。
本気でお薦めです!
2008年3月25日に日本でレビュー済み
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映画化された『レナードの朝』の著者であるオリバー・サックスの著書。彼が実際にであった7人の患者についてのドキュメントを、数十ページごとの短編小説集のような構成で紹介している。自身を『火星の人類学者のよう』と表現し、一般社会になじめない自閉症の患者のほか、ある日突然色覚を失った画家やサヴァン症候群の少年、生来盲目だった患者がある日手術によって視力が回復した結果の顛末などが紹介されている。約400ページの分量で、高校生以上であれば数時間〜数日で読破可能。
おそらく、この内容を小説だといって読ませても、設定の荒唐無稽さによって誰も注目しないであろう。ところが、小説でさえあり得ないような展開が、実際に存在する人物による現実なのである。しかも、そのような原因がほんのわずかな障害や異常によって発生し、人の社会生活がこれほど不思議なものに変容することに驚く。さらには、一部の機能を代償に超人的な能力を獲得する脳のしくみにも驚く反面、失った機能によって普通の社会生活を送ることができなくなる苦悩についても考えさせられる。後天的に視力を回復した者の多くは視覚情報になじめずに精神に異常を来す者が多く、短命となると言う現象に、我々があたりまえと思って享受している生活のありがたみを再認識させられる。
難点は著者自身が述べているように、ドキュメンタリーでありながらも小説のような語り口であるために、脚色が加えられているのではないかと感じてしまう点。また、分量の割に脳科学的考証が少なく、かつ不明な点が多いとしているために、何故そうなるのかという読者の欲求が満たされない点。
本書は、ラマチャンドラン氏の『脳のなかの幽霊』や池谷裕二氏の脳科学についての書と併読することで、より面白さが増すはずである。上記問題点を考慮して星4つのでき。
おそらく、この内容を小説だといって読ませても、設定の荒唐無稽さによって誰も注目しないであろう。ところが、小説でさえあり得ないような展開が、実際に存在する人物による現実なのである。しかも、そのような原因がほんのわずかな障害や異常によって発生し、人の社会生活がこれほど不思議なものに変容することに驚く。さらには、一部の機能を代償に超人的な能力を獲得する脳のしくみにも驚く反面、失った機能によって普通の社会生活を送ることができなくなる苦悩についても考えさせられる。後天的に視力を回復した者の多くは視覚情報になじめずに精神に異常を来す者が多く、短命となると言う現象に、我々があたりまえと思って享受している生活のありがたみを再認識させられる。
難点は著者自身が述べているように、ドキュメンタリーでありながらも小説のような語り口であるために、脚色が加えられているのではないかと感じてしまう点。また、分量の割に脳科学的考証が少なく、かつ不明な点が多いとしているために、何故そうなるのかという読者の欲求が満たされない点。
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