「24人のビリーミリガン」を読み終わって、続きが気になり
読み始めました。
間違えて「下」の方にレビューを書いてしまいましたが、
「24人の~」よりも、かなりえぐい表現がかかれていて
ビリーや仲間達のライマでの恐ろしい日常の事などが書かれていますが
そこでビリーの賢さと強さを知りました。
実話だと思うと、ぞっとしますがこのような現実があった事を知る事ができ
考えさせられ,よかったと思います。
「下」が早く読みたい!!
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ビリー・ミリガンと23の棺 上 (ダニエル・キイス文庫 6) 新書 – 1999/10/1
- 本の長さ375ページ
- 言語日本語
- 出版社早川書房
- 発売日1999/10/1
- ISBN-104151101063
- ISBN-13978-4151101069
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登録情報
- 出版社 : 早川書房 (1999/10/1)
- 発売日 : 1999/10/1
- 言語 : 日本語
- 新書 : 375ページ
- ISBN-10 : 4151101063
- ISBN-13 : 978-4151101069
- Amazon 売れ筋ランキング: - 145,059位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- - 1,084位英米文学研究
- - 12,188位新書
- - 31,717位ノンフィクション (本)
- カスタマーレビュー:
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トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
レビューのフィルタリング中に問題が発生しました。後でもう一度試してください。
2018年11月22日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
どこまでが事実で創作なのか疑問に思う部分もありますが、最後に自分の罪を償うべきだったと語り、自分を虐待した養父を許す所が印象的です。
2014年11月6日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
前作『24人のビリー・ミリガン』ではビリーを病の患者、もしくは被害者として捉えて、彼の抱えた困難を描くことに傾倒していたように感じます。
一方本作は原題の『The Milligan Wars』からわかるように、政治家・メディア・大衆などからのバッシングや施設での介護人による虐待、アメリカの司法制度といった外部との闘争と、病状そのものや義父による凄惨な虐待のトラウマなどの心の内部での闘争といった、彼を苦しめる闘争に主眼を置き、彼を闘争の参加者、「戦士」として描いています。
上巻は「地獄」と呼ばれる州立ライマ病院での生活をメインに描かれています。
自由のない拘束された環境の中で仲間たちとともに自由を勝ち取ろうと過ごす日々は映画の「ショーシャンクの空に」や、「大脱走」を彷彿とさせました。
前著よりもずっとエンタメ色が強いのではわたしは読みながら笑ってしまうようなシーンもありました。
目を覆いたくなるような愉快ではないシーンもありますが、幼児虐待を原因とする重度の解離性同一性障害を患ったビリーの戦いを一人でも多くの方に読んでいただきたいと思っています。
最期に、ビリーのように重度の解離性同一性障害患者に関するノンフィクション小説として『 17人のわたし ある多重人格女性の記録 』もお勧めします。
こちらの本は担当の精神科医が書いた小説ですので、司法制度に関する問題や政治的な要素が全く介入してこない、「患者と医者」だけのシンプルな形式なのでお勧めです。
一方本作は原題の『The Milligan Wars』からわかるように、政治家・メディア・大衆などからのバッシングや施設での介護人による虐待、アメリカの司法制度といった外部との闘争と、病状そのものや義父による凄惨な虐待のトラウマなどの心の内部での闘争といった、彼を苦しめる闘争に主眼を置き、彼を闘争の参加者、「戦士」として描いています。
上巻は「地獄」と呼ばれる州立ライマ病院での生活をメインに描かれています。
自由のない拘束された環境の中で仲間たちとともに自由を勝ち取ろうと過ごす日々は映画の「ショーシャンクの空に」や、「大脱走」を彷彿とさせました。
前著よりもずっとエンタメ色が強いのではわたしは読みながら笑ってしまうようなシーンもありました。
目を覆いたくなるような愉快ではないシーンもありますが、幼児虐待を原因とする重度の解離性同一性障害を患ったビリーの戦いを一人でも多くの方に読んでいただきたいと思っています。
最期に、ビリーのように重度の解離性同一性障害患者に関するノンフィクション小説として『 17人のわたし ある多重人格女性の記録 』もお勧めします。
こちらの本は担当の精神科医が書いた小説ですので、司法制度に関する問題や政治的な要素が全く介入してこない、「患者と医者」だけのシンプルな形式なのでお勧めです。
2012年9月8日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
政治的圧力でアセンズ精神衛生センターからライマ病院に移された多重人格の主人公ビリー。
しかし、ライマ病院は患者を虐待し、薬で患者を廃人にし、絶望した患者は自殺するという精神病患者の捨て場のようなところだった。
ここで生き延びるためにビリーは多重人格を駆使して病院と対立します。
多重人格が彼の生き延びるための手段であることがよく分かる内容になっています。
ビリーに同情するところは多いのですが、ビリーも前作でもう少し遠慮するべきだったのではないでしょうか。
彼は自分が連続レイプ強盗犯であることを忘れているかのように病院からの外出の権利を主張します。
いくら多重人格で無罪になったとはいえ、犯罪者が市街地を自由に歩けばそれに反発する人がいるのも当然です。
それを考慮して、精神病院で数年間おとなしくしていれば、ここまで酷い目に合わなかったのではないかと思ってしまいます。
ところで、英語版Wikipediaによると、本書はまだアメリカで出版されていないそうです。ビリーがライマ病院で受けた扱いに関する裁判が係争中のためだとか。オハイオ州は虐待の事実を認めたくないのでしょうか。
しかし、ライマ病院は患者を虐待し、薬で患者を廃人にし、絶望した患者は自殺するという精神病患者の捨て場のようなところだった。
ここで生き延びるためにビリーは多重人格を駆使して病院と対立します。
多重人格が彼の生き延びるための手段であることがよく分かる内容になっています。
ビリーに同情するところは多いのですが、ビリーも前作でもう少し遠慮するべきだったのではないでしょうか。
彼は自分が連続レイプ強盗犯であることを忘れているかのように病院からの外出の権利を主張します。
いくら多重人格で無罪になったとはいえ、犯罪者が市街地を自由に歩けばそれに反発する人がいるのも当然です。
それを考慮して、精神病院で数年間おとなしくしていれば、ここまで酷い目に合わなかったのではないかと思ってしまいます。
ところで、英語版Wikipediaによると、本書はまだアメリカで出版されていないそうです。ビリーがライマ病院で受けた扱いに関する裁判が係争中のためだとか。オハイオ州は虐待の事実を認めたくないのでしょうか。
2013年3月10日に日本でレビュー済み
特に印象的だったのは2点。
'@ビリー・ミリガンが移送されたオハイオ州立ライマ精神障害犯罪者病院の非人道的な実態。今もこれに近い環境の病院が残っているような気がする。
'Aビリーが社会性を身につけつつある様子。
苛酷な環境ゆえ人格の統合がままならないビリーだが,限定的とはいえ他の患者たちとコミュニティを作り,信頼を得ていく様は感動的ですらある。
前作「24人のビリー・ミリガン」ではその驚異的な病状にスポットが当てられていたが,本書では24の人格を持つことはもはや当たり前のように描かれている。その上で,分裂と統合を繰り返しながらもビリーが人間らしく,力強く生きていく様を丁寧に描いている。
'@ビリー・ミリガンが移送されたオハイオ州立ライマ精神障害犯罪者病院の非人道的な実態。今もこれに近い環境の病院が残っているような気がする。
'Aビリーが社会性を身につけつつある様子。
苛酷な環境ゆえ人格の統合がままならないビリーだが,限定的とはいえ他の患者たちとコミュニティを作り,信頼を得ていく様は感動的ですらある。
前作「24人のビリー・ミリガン」ではその驚異的な病状にスポットが当てられていたが,本書では24の人格を持つことはもはや当たり前のように描かれている。その上で,分裂と統合を繰り返しながらもビリーが人間らしく,力強く生きていく様を丁寧に描いている。
2014年7月4日に日本でレビュー済み
前作24人のビリーミリガンでは、極力私的な見方や感情を抑えて中立の立場から物事を伝えようという作者の立場を感じられました。
ですが、今作は脚色やビリー側の立場に立った私感が多く、フィクションとしか思えない場面が多々見受けられました。
特にご都合主義的に訪れる混乱期や、いかにも作り話めいたエピソード。さらに、起こってしまった事態に後付けで自分を擁護するような都合の良い事実を語ったりという場面。
被害者である、という色眼鏡を外し、一歩引いた目で見ると、物を盗む。敵対者に限らず、ビリー側に立ってくれている人に対しても扇動し、自分の思うように動くように仕向ける。その結果、相手をまずい立場に追いやってしまう可能性は想像すらしない。身分証の偽造。保身のための嘘等々の身勝手な行為を多々行ったにも関わらず、清廉潔白であるようなことを躊躇なく主張できてしまう。人に対する思いやりがかけた自己中心的な性格が浮かびあがってくるように思えます。
ビリーの負の面を問題視し、的確に指摘しているのが、ビリーと敵対しているように描かれた医師側だけというのも、負のカリスマ性の厄介な点を現しているのだと思えます。
同情出来る部分は多いとしても、狡猾で自分勝手な思惑で周囲の人間を操るビリーには嫌悪感しか抱きませんでした。身近にこんな人間がいなくて良かった
ですが、今作は脚色やビリー側の立場に立った私感が多く、フィクションとしか思えない場面が多々見受けられました。
特にご都合主義的に訪れる混乱期や、いかにも作り話めいたエピソード。さらに、起こってしまった事態に後付けで自分を擁護するような都合の良い事実を語ったりという場面。
被害者である、という色眼鏡を外し、一歩引いた目で見ると、物を盗む。敵対者に限らず、ビリー側に立ってくれている人に対しても扇動し、自分の思うように動くように仕向ける。その結果、相手をまずい立場に追いやってしまう可能性は想像すらしない。身分証の偽造。保身のための嘘等々の身勝手な行為を多々行ったにも関わらず、清廉潔白であるようなことを躊躇なく主張できてしまう。人に対する思いやりがかけた自己中心的な性格が浮かびあがってくるように思えます。
ビリーの負の面を問題視し、的確に指摘しているのが、ビリーと敵対しているように描かれた医師側だけというのも、負のカリスマ性の厄介な点を現しているのだと思えます。
同情出来る部分は多いとしても、狡猾で自分勝手な思惑で周囲の人間を操るビリーには嫌悪感しか抱きませんでした。身近にこんな人間がいなくて良かった
2009年3月22日に日本でレビュー済み
当時「アルジャーノンに花束を」でSFの中堅作家だったダニエラ・キイスが一躍ベストセラー作家になった「24人のビリー・ミリガン」の続編。ノンフィクションの形をとり、「多重人格」「精神異常にて無罪」との判決に世界中を驚愕させた作品。
「多重人格」は実際にありえるのか?その終結は…という風にして読み進めていくには面白い作品です。しかし、自分自身の権利を激しく主張し、そのためには「脱走」「武器の作成」さえ顧みない。作品中に被害者に対する罪悪感の念がまったく出てこない。たとえ人格が破壊されていようとも、思考は正常に働いているし抜け目がない。「精神異常者」としてより「サイコパス」の感が強かったです。
罪を「自分ではない人格」に着せようとも、それは貴方の一部分です。虐待を受けても心の中に深くしまいこみ、社会人として生きてる人もいるでしょう。罪をなにか他の物になすりつけ快適な治療・新しい人生を望む。「適切な治療を受けていれば、彼はすでに回復し、いまごろは働いて税金を払っているはずです」…その前に罪を償う場があってもよいはずです。
複数の女性に乱暴を働いたことにおけるペナルティ、精神異常と判決され、無罪になったことのペナルティ。それらは永遠について回り、けして快適な生活は送れないでしょう。
「罪を犯したのは「多重人格」せいなんだ。それを治療すれば普通の生活を送れるはずなのになんでこんな目に遭うんだよ?」というビリーの傲慢な主張がずっとついてまわっているようでビリー・ミリガン個人には深い嫌悪感を感じました。
このように淡々と事実の描写を連ね、悔恨の念のないビリーに接していて(作中ビリーの後悔の描写は皆無です)ダニエル・キイスはどう感じたのでしょうか?サイコパスはとても魅力的…といいますから…
そのへんのところを「ビリー・ミリガンと私」とでも題してさらなる続編を書いてほしいなぁと思いました。
「多重人格」は実際にありえるのか?その終結は…という風にして読み進めていくには面白い作品です。しかし、自分自身の権利を激しく主張し、そのためには「脱走」「武器の作成」さえ顧みない。作品中に被害者に対する罪悪感の念がまったく出てこない。たとえ人格が破壊されていようとも、思考は正常に働いているし抜け目がない。「精神異常者」としてより「サイコパス」の感が強かったです。
罪を「自分ではない人格」に着せようとも、それは貴方の一部分です。虐待を受けても心の中に深くしまいこみ、社会人として生きてる人もいるでしょう。罪をなにか他の物になすりつけ快適な治療・新しい人生を望む。「適切な治療を受けていれば、彼はすでに回復し、いまごろは働いて税金を払っているはずです」…その前に罪を償う場があってもよいはずです。
複数の女性に乱暴を働いたことにおけるペナルティ、精神異常と判決され、無罪になったことのペナルティ。それらは永遠について回り、けして快適な生活は送れないでしょう。
「罪を犯したのは「多重人格」せいなんだ。それを治療すれば普通の生活を送れるはずなのになんでこんな目に遭うんだよ?」というビリーの傲慢な主張がずっとついてまわっているようでビリー・ミリガン個人には深い嫌悪感を感じました。
このように淡々と事実の描写を連ね、悔恨の念のないビリーに接していて(作中ビリーの後悔の描写は皆無です)ダニエル・キイスはどう感じたのでしょうか?サイコパスはとても魅力的…といいますから…
そのへんのところを「ビリー・ミリガンと私」とでも題してさらなる続編を書いてほしいなぁと思いました。
2008年12月11日に日本でレビュー済み
多重人格者ビリーの戦いと再生を描いたドキュメンタリーです。
主に政治的な目的によって精神病棟に監禁され治療という名の虐待を受けるビリーの姿が克明に記されている。確かにどんな環境でも戦おうとするビリーの不屈の精神は、看守をはじめとする権威を振りかざしたい人間にとっては目障りなものでしかないだろう。それを書き立てて民衆を煽るメディアのやり方も巧妙だ。
今の日本でも精神疾患を抱えていると思われる犯罪者の理解しがたい犯罪が起きている。けれども精神疾患を理由に不起訴処分になったとして、その人物が治療の効果があって自分の住む近くで自由に行動していると知ったらどう感じるだろうか。それをニュースで知ったとすれば、きっとビリーを精神病棟に留めておきたいと思った人々と同じ行動をするだろう。
精神疾患と犯罪という割り切れない問題について考えさせる本でもあった。
ビリーは自由になるという希望を失い死を願うことでようやくひとつの人格へと統合することができた。その時はじめて自分の病の原因を考察し、それを乗り越えることができたのだろう。
虐待者であった義父を最後には許したビリーの強さ、それまでの社会のすべての仕打ちに対して挫けなかったビリーと弁護士たちの働きが非常に興味深い。
特に身を守る術のない子供への虐待は重罪であると社会が認識すべきであるとも思った。
主に政治的な目的によって精神病棟に監禁され治療という名の虐待を受けるビリーの姿が克明に記されている。確かにどんな環境でも戦おうとするビリーの不屈の精神は、看守をはじめとする権威を振りかざしたい人間にとっては目障りなものでしかないだろう。それを書き立てて民衆を煽るメディアのやり方も巧妙だ。
今の日本でも精神疾患を抱えていると思われる犯罪者の理解しがたい犯罪が起きている。けれども精神疾患を理由に不起訴処分になったとして、その人物が治療の効果があって自分の住む近くで自由に行動していると知ったらどう感じるだろうか。それをニュースで知ったとすれば、きっとビリーを精神病棟に留めておきたいと思った人々と同じ行動をするだろう。
精神疾患と犯罪という割り切れない問題について考えさせる本でもあった。
ビリーは自由になるという希望を失い死を願うことでようやくひとつの人格へと統合することができた。その時はじめて自分の病の原因を考察し、それを乗り越えることができたのだろう。
虐待者であった義父を最後には許したビリーの強さ、それまでの社会のすべての仕打ちに対して挫けなかったビリーと弁護士たちの働きが非常に興味深い。
特に身を守る術のない子供への虐待は重罪であると社会が認識すべきであるとも思った。