フランス女性作家と言えば、私の世代では、マルグリッド・デュラス(1914-1996 代表作;『ヒロシマ・モナムール』)やフランソワーズ・サガン(1935-2004 代表作;『悲しみよこんにちは』)が思い出されるが、本書のアニー・エルノー(1940-)は、前の二人と比べると、日本では2022年のノーベル賞受賞時までは影が薄かった(私も知らなかった)。だが本書を読んだ後では、彼女もまた「フランス正統派に属する女性作家」として、対等に論じられるべきとの思いを強く持つ。
女性作家の「フランス正統派」とは何か。それは女性としての揺るがない存在感だ。アメリカで騒ぎ立てられているフェミニズムなどは彼女等にとっては児戯に等しいと思われる。女は男と相対的な関係にあるのではなく、それ自身この世に屹立した存在である。女であることへの懐疑などいささかも持つ必要はない。シモーヌ・ド・ボーヴォワール(1908-1986)はサルトルとの関係においてのみ相対的であった。
本書のテーマは、肉体と精神の分離である。主人公は自身の精神の独立性は確固と保ったうえで、究極の肉体的快楽を男と共有したいと願っている。翻訳ではpassionを「情熱」とか「恋」に当てはめているが、タイトルの『シンプルな情熱』が示すように、どちらかといえば自己完結的な言葉である。男との恋愛関係において湧き上がる嫉妬心も、「自分の嫉妬は淡い特権のようなものだ」と楽しみつつ排除するゆとりを持つ。普通の恋愛小説のように、我を忘れて「恋に狂う」というストーリーに転じることはない。
男女の性愛の快楽の極みは、男は「征服」に、女は「屈服」にあることを彼女にはよく判っている。「男女対等」と言ったようなジェンダー的付け焼き刃ではない。歴史以前から存在する動物の類としての本能によるものだ。彼女とお茶を飲みながら男性同僚が語ったという、男が夫ある女と密会し、「夕方、彼女の家を後にすると、通りの大気を胸いっぱいに吸ったもんだよ。俺は男だっていう、すごい実感があったんだ」という述懐を肯定する。それを「男の快楽の源泉」として認めてやることに何の不都合もない。彼女の女性性は、セックスにおいて、愛人への服従の印としてフェミニンを全開する。男が男を振るまい、女が女を振る舞うことと、快楽の増進の間には正の関係がある。
多少ストーリーめいたことに触れれば、小説の背景は1989年のベルリンの壁の崩壊から、東欧革命、ソ連の崩壊に至る2年余の現代史の一大転換期である。東欧の高級外交官と読める、38歳のアラン・ドロン似の好男子で、妻子持ちの愛人[A]は、パリと祖国を往復して激務をこなしている。この東ヨーロッパの急変は、彼の生命の危機にも及ぶかもしれない大事件である。
教師で作家で離婚歴があり、二人の男児を学寮に住まわせているかなり年長の彼女は、この激動が世界に与える意味を十分理解している。だが二人の間でそんな世俗のことが話題になることはない。彼女が求めるのは男との至上の快楽的つながりだけだから。彼女から[A]への連絡は禁じられており、ただひたすらに連絡を待ち、高級車ルノー25に乗った[A]が不意に彼女の家を訪ねてきて、慌ただしく交接し、帰るのを見送るだけだ。彼女にとっての彼は「存在するか、しないか」の次元にある。短い逢瀬に自分の生の全てを「出費」する。不在の時はその出費の余韻に身を任せる。[A]との関係がほどなく終わることを予期している。
普通の小説読みはここで文句を言う。「男は仕事の合間に女と遊んでいるだけであり、恋愛ではない」と。だがこの小説はそんなことを書くためにあるのではない。作家である彼女は、性愛における赤裸々な真実を「暴露したい」。それだけだ。
男からの連絡が途絶えた最後の一年の間に彼女はこの物語を書き上げる。彼女にあるのは「驚きとある種の恥ずかしさ」だ。「実に様々な本が、書き手の対面を保ってくれる小説という形式を取らない限り日の目を見ない」、とするなら、書き手の体面を繕わないこれは小説ではない。
だが作者は最後にストーリーを書いてしまった、と私は読む。一年の空白の後の日曜日の夜に電話が鳴る。[A]だ。ひどく酔っていて、寝室に通じる階段を登るのも覚束ない。いつも見せる余裕がない。ここは初めて彼と世俗との関係を推し量るような記述である。飲酒運転による事故を心配し、彼女が車を運転して送って行く……それが彼との本当の最後になる、というこの本における唯一の物語部分を、彼女は「あの夜のことは私たちの物語のどこにも残っていない……それにもかかわらず、あの非現実的で、ほとんど無に等しかったあの夜のことこそが、自分の情熱の意味をまるごと明示してくれる。いわゆる意味がないという意味」と否定する。
[A]は「俺のことは書かないでくれよ」と言い残す。だが作家が書いたのは、彼についての本ではない。自分についての本でもない。「彼の存在が、存在であるというただそれだけのことによって私にもたらしてくれたものを……彼に向けられているものでない言葉に直しただけだ」と書く。彼女は「意味のない意味」としての人生で最高の贅沢をしたのである。
プライム無料体験をお試しいただけます
プライム無料体験で、この注文から無料配送特典をご利用いただけます。
非会員 | プライム会員 | |
---|---|---|
通常配送 | ¥410 - ¥450* | 無料 |
お急ぎ便 | ¥510 - ¥550 | |
お届け日時指定便 | ¥510 - ¥650 |
*Amazon.co.jp発送商品の注文額 ¥3,500以上は非会員も無料
無料体験はいつでもキャンセルできます。30日のプライム無料体験をぜひお試しください。
¥880¥880 税込
発送元: Amazon.co.jp 販売者: Amazon.co.jp
¥880¥880 税込
発送元: Amazon.co.jp
販売者: Amazon.co.jp
¥7¥7 税込
配送料 ¥350 6月9日-10日にお届け
発送元: はりはりや【商品説明をご確認の上ご注文お願いします】 販売者: はりはりや【商品説明をご確認の上ご注文お願いします】
¥7¥7 税込
配送料 ¥350 6月9日-10日にお届け
発送元: はりはりや【商品説明をご確認の上ご注文お願いします】
販売者: はりはりや【商品説明をご確認の上ご注文お願いします】
無料のKindleアプリをダウンロードして、スマートフォン、タブレット、またはコンピューターで今すぐKindle本を読むことができます。Kindleデバイスは必要ありません。
ウェブ版Kindleなら、お使いのブラウザですぐにお読みいただけます。
携帯電話のカメラを使用する - 以下のコードをスキャンし、Kindleアプリをダウンロードしてください。
サンプル サンプル
シンプルな情熱 (ハヤカワepi文庫) 文庫 – 2002/7/1
{"desktop_buybox_group_1":[{"displayPrice":"¥880","priceAmount":880.00,"currencySymbol":"¥","integerValue":"880","decimalSeparator":null,"fractionalValue":null,"symbolPosition":"left","hasSpace":false,"showFractionalPartIfEmpty":true,"offerListingId":"YvgTh0GmO0cVMALmiJDvgg%2FstWlrwptsUIoQ0hTW9k4Mgit2dzknn8Z3cM3CeS4TFeMo1ttZhDo7GHpUyDKmKNGvgGMkPeORkw01LGRBR5hm3Vnn5jX2k2tUuDF9fUhb","locale":"ja-JP","buyingOptionType":"NEW","aapiBuyingOptionIndex":0}, {"displayPrice":"¥7","priceAmount":7.00,"currencySymbol":"¥","integerValue":"7","decimalSeparator":null,"fractionalValue":null,"symbolPosition":"left","hasSpace":false,"showFractionalPartIfEmpty":true,"offerListingId":"YvgTh0GmO0cVMALmiJDvgg%2FstWlrwptseFybraUQ5%2B4lkO11wReVtVSgHBDtHCRc%2FyIWd%2B36jHs64WiLkFsAAHa2hPru6JUTGaXoCrzZmyr1Zjgwr7V0XgzxhE7zS2ZLK8RgD3aaq6TlbE5lHKizsqzLH8mPtBoFTxVvXQj6vGWhD%2BhMOlwa1A%3D%3D","locale":"ja-JP","buyingOptionType":"USED","aapiBuyingOptionIndex":1}]}
購入オプションとあわせ買い
年下男性との愛の体験を赤裸々に綴り衝撃を呼んだ、ベストセラー小説の映画化!
2021年7月2日(金)より、Bunkamura ル・シネマ他全国ロードショー
主演:セルゲイ・ポルーニン『ダンサー、セルゲイ・ポルーニン 世界一優雅な野獣』、レティシア・ドッシュ『若い女』
監督:ダニエル・アービッド
「昨年の九月以降わたしは、ある男性を待つこと──彼が電話をかけてくるのを、
そして家へ訪ねてくるのを待つこと以外何ひとつしなくなった」
離婚後独身でパリに暮らす女性教師が、妻子ある若い東欧の外交官と不倫の関係に。
彼だけのことを思い、逢えばどこでも熱く抱擁する。
その情熱はロマンチシズムからはほど遠い、激しく単純で肉体的なものだった。
自分自身の体験を赤裸々に語り、大反響を呼んだ、衝撃の問題作。
2021年7月2日(金)より、Bunkamura ル・シネマ他全国ロードショー
主演:セルゲイ・ポルーニン『ダンサー、セルゲイ・ポルーニン 世界一優雅な野獣』、レティシア・ドッシュ『若い女』
監督:ダニエル・アービッド
「昨年の九月以降わたしは、ある男性を待つこと──彼が電話をかけてくるのを、
そして家へ訪ねてくるのを待つこと以外何ひとつしなくなった」
離婚後独身でパリに暮らす女性教師が、妻子ある若い東欧の外交官と不倫の関係に。
彼だけのことを思い、逢えばどこでも熱く抱擁する。
その情熱はロマンチシズムからはほど遠い、激しく単純で肉体的なものだった。
自分自身の体験を赤裸々に語り、大反響を呼んだ、衝撃の問題作。
- 本の長さ166ページ
- 言語日本語
- 出版社早川書房
- 発売日2002/7/1
- 寸法14.8 x 10.5 x 2 cm
- ISBN-104151200207
- ISBN-13978-4151200205
よく一緒に購入されている商品
¥1,188¥1,188
最短で6月8日 土曜日のお届け予定です
残り12点(入荷予定あり)
総額:
当社の価格を見るには、これら商品をカートに追加してください。
ポイントの合計:
pt
もう一度お試しください
追加されました
一緒に購入する商品を選択してください。
この商品を見た後にお客様が購入した商品
ページ: 1 / 1 最初に戻るページ: 1 / 1
商品の説明
著者について
著者紹介
アニー・エルノー
1940年、フランス北部ノルマンディー地方のリルボンヌ生まれ。五歳頃から十八歳までの成長期を、小さなカフェ兼食料品店を営む両親のもと、同じ地方のイヴトーという町で過ごした。ルーアン大学卒業後、結婚して二人の息子をもうけたが、やがて離婚し、現在はパリ近郊の町で独り暮らしをしている。教員資格を持ち長年高校教育に従事してきた彼女が作家としてデビューするのは1974年。以後すべて名門出版社ガリマールから上梓し、父を語った自伝的な第四作『場所』(早川書房刊)で84年度ルノードー賞を受賞。ストレートな文体で描く彼女は、現代フランス文学界で最も注目を集めている女性作家の一人である
堀茂樹
1952年生、フランス文学者、翻訳家
アニー・エルノー
1940年、フランス北部ノルマンディー地方のリルボンヌ生まれ。五歳頃から十八歳までの成長期を、小さなカフェ兼食料品店を営む両親のもと、同じ地方のイヴトーという町で過ごした。ルーアン大学卒業後、結婚して二人の息子をもうけたが、やがて離婚し、現在はパリ近郊の町で独り暮らしをしている。教員資格を持ち長年高校教育に従事してきた彼女が作家としてデビューするのは1974年。以後すべて名門出版社ガリマールから上梓し、父を語った自伝的な第四作『場所』(早川書房刊)で84年度ルノードー賞を受賞。ストレートな文体で描く彼女は、現代フランス文学界で最も注目を集めている女性作家の一人である
堀茂樹
1952年生、フランス文学者、翻訳家
登録情報
- 出版社 : 早川書房 (2002/7/1)
- 発売日 : 2002/7/1
- 言語 : 日本語
- 文庫 : 166ページ
- ISBN-10 : 4151200207
- ISBN-13 : 978-4151200205
- 寸法 : 14.8 x 10.5 x 2 cm
- Amazon 売れ筋ランキング: - 29,833位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- - 18位ハヤカワepi文庫
- - 26位フランス文学研究
- - 41位フランス文学 (本)
- カスタマーレビュー:
著者について
著者をフォローして、新作のアップデートや改善されたおすすめを入手してください。
著者の本をもっと発見したり、よく似た著者を見つけたり、著者のブログを読んだりしましょう
-
トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
レビューのフィルタリング中に問題が発生しました。後でもう一度試してください。
2023年1月7日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
ノーベル文学賞受賞作家の作品としては何とも読み易く、普段は難解な読み物は苦手という方にもおすすめです。特に女性は共感する部分も…。
2023年7月7日に日本でレビュー済み
ノーベル賞を受賞し、今をときめく作家であることを承知のうえで、あえて星3としたい。
タイトル通り、書かれていることは本当にシンプルだと思う。
恋の情熱に身を焦がす「私」の心情が綴られているが、内省の深みはなく、とにかく俗っぽい。
戦後のフランス文学が読者を置いてけぼりにするほど知的洗練の道をたどったことを思えば、そうした伝統へのアンチテーゼとして、このような簡素かつ俗っぽい作品が評価されるということは理解できる。
がしかし……。
タイトル通り、書かれていることは本当にシンプルだと思う。
恋の情熱に身を焦がす「私」の心情が綴られているが、内省の深みはなく、とにかく俗っぽい。
戦後のフランス文学が読者を置いてけぼりにするほど知的洗練の道をたどったことを思えば、そうした伝統へのアンチテーゼとして、このような簡素かつ俗っぽい作品が評価されるということは理解できる。
がしかし……。
2023年3月13日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
大江健三郎先生の本を喜んで読んでいた人でしたので
プレゼント、と思い付きました。
喜んでくれると思います。
お世話に成りました!
プレゼント、と思い付きました。
喜んでくれると思います。
お世話に成りました!
2023年8月17日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
興味本位です購入しましたが、趣味に合いませんでした。
2022年10月14日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
単なるポルノグラフィでないところが凄いと思った。
2003年11月26日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
大学の講義の文献リストに入っていたので読んでみました。
山田詠美が大絶賛した理由が良く分かります。
彼女の本が好きな人はとても気に入ると思います。
本編はじつに短く、内容も普通の不倫の話で
それといって特別なところはないように思います。
しかし、主人公の心の中が、素直すぎるくらいそのまま
描かれていて、
今誰かに恋してる女性なら、「う~ん・・・」と
頷かざるをえないような事が次々と出てきます。
不倫でなくても恋をしてる人全員が読んで
こういう世界観にふれるのはいいことだと思います。
山田詠美が大絶賛した理由が良く分かります。
彼女の本が好きな人はとても気に入ると思います。
本編はじつに短く、内容も普通の不倫の話で
それといって特別なところはないように思います。
しかし、主人公の心の中が、素直すぎるくらいそのまま
描かれていて、
今誰かに恋してる女性なら、「う~ん・・・」と
頷かざるをえないような事が次々と出てきます。
不倫でなくても恋をしてる人全員が読んで
こういう世界観にふれるのはいいことだと思います。
2017年5月1日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
「悪童日記」で惚れこんでしまった堀茂樹さんの訳書ということで手に取ったのだが、これも期待を裏切らない良作だった。
「昨年の9月以降、私は、ある男性を待つこと ― 彼が電話をかけてくるのを、そして家へ訪ねてくるのを待つこと以外、何ひとつしなくなった」
というはじまりの言葉がこの話の全てだった。電話してくること、会いに来ること以上の何も求めず、若くて野心のあるその既婚の男の気まぐれがめぐるその一瞬のために全ての時間が存在する。しかしこれは苦しい不倫の物語ではない。読んだ後に清々しさすら感じるのは、無邪気ともいえるほどそこにはシンプルな情熱以外の一切の打算も未来への期待もないからだろう。勉強して、就職して、結婚して、出産して、離婚して、社会の中で揉まれあらゆる経験を積んだ大人の女が突然このような状態に陥ってしまう。どうしたことなのだろう、とも思ったが、よくよく考えればそんな大人の女だからこそこんな贅沢な時間の使い方が出来るのだ。それはまるでヴァカンスのようだ。生活の一切のことに無頓着でいられるならば、わたしだって何の打算も期待もかけずひとりの男を待つことだけに時間を費やしてみたいものだと思う。
これは小説ではなく、著者の告白だ。男が自分の国へ去った後、その関係の始まりから終わりまでを坦々と綴ったものだ。ふたりのことではなく、著者側からだけの一方的な体験の話だ。フランスのガリマール社から上梓されるやいなや絶賛と批判の声を浴びた。絶賛したのはもっぱら女性で批判したのは男性だったそうだ。自分と過ごす一瞬のためだけに生きる女を無邪気に振り回すほどの度胸は大抵の男には備わっていないのだろう。言い換えれば世の大抵の男は気が優しいのだろう。
「昨年の9月以降、私は、ある男性を待つこと ― 彼が電話をかけてくるのを、そして家へ訪ねてくるのを待つこと以外、何ひとつしなくなった」
というはじまりの言葉がこの話の全てだった。電話してくること、会いに来ること以上の何も求めず、若くて野心のあるその既婚の男の気まぐれがめぐるその一瞬のために全ての時間が存在する。しかしこれは苦しい不倫の物語ではない。読んだ後に清々しさすら感じるのは、無邪気ともいえるほどそこにはシンプルな情熱以外の一切の打算も未来への期待もないからだろう。勉強して、就職して、結婚して、出産して、離婚して、社会の中で揉まれあらゆる経験を積んだ大人の女が突然このような状態に陥ってしまう。どうしたことなのだろう、とも思ったが、よくよく考えればそんな大人の女だからこそこんな贅沢な時間の使い方が出来るのだ。それはまるでヴァカンスのようだ。生活の一切のことに無頓着でいられるならば、わたしだって何の打算も期待もかけずひとりの男を待つことだけに時間を費やしてみたいものだと思う。
これは小説ではなく、著者の告白だ。男が自分の国へ去った後、その関係の始まりから終わりまでを坦々と綴ったものだ。ふたりのことではなく、著者側からだけの一方的な体験の話だ。フランスのガリマール社から上梓されるやいなや絶賛と批判の声を浴びた。絶賛したのはもっぱら女性で批判したのは男性だったそうだ。自分と過ごす一瞬のためだけに生きる女を無邪気に振り回すほどの度胸は大抵の男には備わっていないのだろう。言い換えれば世の大抵の男は気が優しいのだろう。