お届け先を選択
Kindleアプリのロゴ画像

無料のKindleアプリをダウンロードして、スマートフォン、タブレット、またはコンピューターで今すぐKindle本を読むことができます。Kindleデバイスは必要ありません

ウェブ版Kindleなら、お使いのブラウザですぐにお読みいただけます。

携帯電話のカメラを使用する - 以下のコードをスキャンし、Kindleアプリをダウンロードしてください。

KindleアプリをダウンロードするためのQRコード

何か問題が発生しました。後で再度リクエストしてください。

人間はガジェットではない (ハヤカワ新書juice) 新書 – 2010/12/16

3.8 5つ星のうち3.8 10個の評価

21世紀、デジタル革命はどこに我々を導いていくのだろう? 「バーチャルリアリティの父」と呼ばれた本書の著者は、このままでは暗澹たる未来が待っていると説く――新しいものを何一つ産まないマッシュアップが横行する文化のなか、クラウドコンピューティングの力を底上げするため、個々の人間の能力が不当に低く見積もられ、貶められる時代が来る、と。デジタルガジェット開発の立役者自らが、歴史を踏まえた透徹な視線をIT社会の現在抱える問題点に当て、陥穽に落ち込こもうとする現代人に鋭く警告する予見の書。
続きを読む もっと少なく読む

商品の説明

著者について

著者=ジャロン・ラニア(Jaron Lanier):コンピューター科学者、作曲家、ビジュアルアーティスト、著作家。現在、マイクロソフトの社外研究者およびカリフォルニア大学バークレー校起業家・技術センター(CET)客員教授を務める。バーチャルリアリティの研究でも有名で、「バーチャルリアリティ」という呼び方もラニアーが考案したものである。VPL Research社では、外科手術のシミュレーション、自動車内装のプロトタイプ作成、テレビ製造など、バーチャルリアリティを活用したさまざまなアプリケーションを世界に先駆けて開発した。このような貢献が認められ、2009年には、IEEE(米国電気電子学会)からLifetime Career Awardを受賞。2006年にニュージャージー工科大学で名誉博士号を取得したほか、2001年にはカーネギーメロン大学Watson Awardを受賞。2005年の第1回Edge of Computation Awardでは最終選考に残った。
訳者=井口耕二(いのくち・こうじ):1959年生まれ。東京大学工学部卒業。米国オハイオ州立大学大学院修士課程修了。大手石油会社勤務を経て、翻訳業。

登録情報

  • 出版社 ‏ : ‎ 早川書房 (2010/12/16)
  • 発売日 ‏ : ‎ 2010/12/16
  • 言語 ‏ : ‎ 日本語
  • 新書 ‏ : ‎ 336ページ
  • ISBN-10 ‏ : ‎ 4153200166
  • ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4153200166
  • カスタマーレビュー:
    3.8 5つ星のうち3.8 10個の評価

著者について

著者をフォローして、新作のアップデートや改善されたおすすめを入手してください。

カスタマーレビュー

星5つ中3.8つ
5つのうち3.8つ
10グローバルレーティング

この商品をレビュー

他のお客様にも意見を伝えましょう

上位レビュー、対象国: 日本

2019年1月7日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
ヴァーチャル・リアリティ(VR)という言葉をつくったのが、この人の様だ。この人の書きっぷりが非常に散らかっていて、個性的な人物なのはわかるが、文章としてうまくない。けれど言いたいことはわかる。

確かに過剰反応なところもあるが、議論内容そのものはラディカルである。リナックスは結局Unixに踏襲してしまったことで、新しい創造性を失ってしまったとか、集合知が集合悪にもなり得る「負の側面」を無視すべきでないとか、信念がゾンビ(思考停止者の俗称)を生むとか、フェイスブックの若者とクラウドの支配者は、新体制における農奴と王様なのだ、といった議論は今ではさすがに気づいた人もいるが、まだまだ気づいていない人も多い。ラニアーはWikipediaで「ノーベル賞受賞者よりもポルノのスターの方が詳しく説明されていることが多い」と述べているが、日本でアニメやマンガなどの「娯楽作品」の方が情報量が充実しているから、これは世界共通の傾向なのだろう。オープンソースであることで、「メタ」な場を構築できるわけではないことを、アップルのiPhoneの事例を出して説明している。

「ラーマの出会い」の章以降で、この人の言いたい意図がようやく理解出来た。デイヴィッド・イーグルマンのTEDトーク「人間に新たな感覚を作り出すことは可能か」を以前視聴していたからだ。フィードバックデバイスさえあれば、人間は3本の腕でも同時に動かすことが出来るとラニアーは述べているが(現在では市販もされている)、イーグルマンは増幅デバイスを取り付けることにより聴覚障害者や視覚障害者に聴覚や視覚を持たせることに成功している。

だからテレビゲームにおけるVRでは、ゾンビを倒すゲームをするプレイヤー自身をゾンビにするだろうと、日本語未訳の彼の著書で述べている(参照「
Dawn of the New Everything: Encounters With Reality and Virtual Reality 」)。

また今では普及してきたが、幻肢や脳梗塞などにより、半身不随の人に鏡を使った治療で、脳のフィードバックを促す治療法を開発した、V・E・ラマチャンドラン(ラーマは彼の愛称)はVR(当時はまだローテクであった)がこの治療法に使えることを実証している(参照「
脳のなかの幽霊 (角川文庫) 」)。
あとラニアーが頭足類に一目を置いているところは面白かった。

著者もミュージシャンなので、今のコンピュータやITが個性を発揮出来る場ではなく、個性をフラット化させる場になっていることを痛感して警鐘している。つまり「道具に使われている」ことを警告しているので、このタイトルになったのだと思う。
8人のお客様がこれが役に立ったと考えています
レポート
2014年11月25日に日本でレビュー済み
オープン,クラウド,フリー,シェア等の概念と構造の脆弱な部分に気付くことが出来る.
個人で考える事(ローカル性)が重要という考えに同意.
最近のネットは,常に誰かが作ったプラットフォームの上で遊ばされている事が多い.
もっと自由であることを忘れないようにしたい.
3人のお客様がこれが役に立ったと考えています
レポート
2014年3月11日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
現在のネットの主流を、ネットワークが生み出す価値を重視するサイバネティックス全体主義と呼び、個人の価値を尊重する人間主義派と対比させながら話は進みます。

最近、SNSの持つ意味を考えるためにどんな視点が必要かを考えて7点を抽出して、参考書籍の知見を腑分けしていましたが、見事に全視点で「もうひとつの可能性」を提示してくれました。”デジタルになると社会主義でさえ斬新に見える”といった主張に刺激があります。27か所に付箋を残しました。

「では、他にどうすればいいのか」の具体的な処方箋を迫力をもって提示するまでにはいたりませんが、現在の状況の分析だけでもそれをささえる歴史と個人的な経験の参照は十分に説得力がありました。

「マクロウィキノミクス」で紹介されていたので手に取りました。ネットの発展を楽観的にとらえる「ウィキノミクス」だけを読んでいると気付かなかった視点を紹介していたのは健全だと思います。
4人のお客様がこれが役に立ったと考えています
レポート
2012年3月5日に日本でレビュー済み
著者の決めつけ的な箇所が、いくつかあって
そこに対しては興醒めですかね。

ウィキペディアやリナックスに対する考え方を読むと、
「確かにそうかも」と思うが、
「じゃあ、こうしよう」っていうのはないように思う。
3人のお客様がこれが役に立ったと考えています
レポート
2011年4月16日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
デジタルの本質的な豊かさとは。それを問い直す、素晴らしい著書。
現代社会においておどらされることなく、本質を見極める視点を身につけられる。
3人のお客様がこれが役に立ったと考えています
レポート
2017年1月6日に日本でレビュー済み
ミンスキーが「心は〈心でないもの〉からできている」と言った時、究極の還元論だな、と思った。そう考えざるを得ないのは分かるが、それは正しいのか?
本書は、現在のインターネットやIT技術が進んでいる方向に対する警鐘と言ってもいいだろう。著者の意見が年寄りの戯言ならば問題ないが、みなが薄々感じているように、この道は誤りかも知れない。
ソフトウェアとは思想の実装である。誤った思想から実装された世界は、誤った世界になる可能性がある。今の思想は正しいのか?
おそらく、伊藤計劃「ハーモニー」が最後に至る世界が、本書の懸念の行き先にある世界なのだろう。
2人のお客様がこれが役に立ったと考えています
レポート
2011年7月17日に日本でレビュー済み
1800年代からの機械文明を経て熟成・洗練の工業化社会を戦後復興と並行的に経験した時のように、80年代から00年代の30年の幼年期と言えるデジタル文明を上手に俯瞰してくれます。ムーアの法則はコンピュータ世界での指標だが、文明は太古の昔から加速度的に革新されてきているのだろうから、工業化の勃興から成熟まで200年だとしたら情報化30年を経た現在は既に熟成期なのかも知れない。と思えるほどクールにデジタル社会を俯瞰してくれます。
著者の語り口が哲学的なせいか前半は意味不明の読書を強いられましたが、廣瀬通孝氏推薦の帯で最後まで辿り着けました。氏に感謝!
4人のお客様がこれが役に立ったと考えています
レポート
2011年3月3日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
例えば世間は会社に所属する個人の事は意識していません。社員は●●会社に所属する人というイメージです。
一方、ネットの世界では個人が表に出る自由な世界と言う認識です。 これらの解釈はもっともらしいですが
本書では違うと説明しています。

例えば、ウィキペディアは個人が記事を書いていますが、個性が出ている場所ではなく「ウィキペディア」という
塊で認識されており、誰が書いたかは関係無い状況にあります。

このことを踏まえて、ネットは個性を開放する場所ではなく、個性を埋没させる場所であると言う考えを展開しています。
また、MADなどのマッシュアップや過去の物を引っ張り出してネットに載せることの流行も、全く新しい物を生み出していないのでネット上のクリエイティブな活動を停滞させているとも説明しています。結局、テレビや映画などの既存のメディアがクリエイティブな活動を牽引しており、ネットではありません。

もちろん、ネットは個性を発揮できる場所でも有りますが全てではありません。本書では盲目的に信じているネットの未来に対して疑問を投げかける本だと思います。

ちなみに本書の原題を直訳すると
「貴方はガジェットでない」
という意味です。
7人のお客様がこれが役に立ったと考えています
レポート