僕は元オウムだ。被害者や迷惑をおかけした方々には申し訳なく思う。僕自身は犯罪行為に関わらなかったが、教団を支えたという意味で道義的責任はあると思っている。
3月10日地下鉄サリン事件の被害者の一人、浅川幸子さんがサリンの後遺症のため亡くなった。兄の一雄さんのお話を聞くにつけ優しい人柄を感じ、申し訳なく悲しくなった。サリンを処理して亡くなった高橋一正さん、菱沼恒夫さんのことを知ったとき、僕は加害者側でありながらも感動し、教団のしたことが情けなく悔しくてたまらなかった。坂本弁護士と奥様がよくボランティアをしていたことも知った。松本サリン事件で奥様が被害を受け、えん罪でご迷惑をかけた河野義行さんが感情を抑えて穏やかに話すのを聴くとオウム真理教が被害を与えたのは、麻原が言うのとは逆に善良な人たちばかりだったのではないかと思われてならなかった。
あれからもう25年。麻原と実行犯たち合わせて13名は、2018年7月に死刑を執行されすでにこの世にいない。
本書はオウム事件をもっとも古くから手掛けられた江川紹子さんによる傍聴記だ。週刊誌に書かれた記事をまとめたもので、増補されてはいるが紙面の関係からか裁判の一つ一つについての描写は少ない。傍聴人としての感想が主な内容となっている。
麻原はオウムの施設に毒ガスが撒かれていると言って恐れていた。本書の中にオウム内の部署名「防衛庁」長官だった岐部哲也の証言で、毒ガスを浄化するために各施設に設置されていた「コスモクリーナー」の維持管理が主な仕事だったのに「防衛庁」という名前であることに違和感を感じたとある。「環境庁」の方がふさわしいと思っていたというが、僕自身もそのように考えたのを思い出した。元教団代表の野田成人の「革命か戦争か━オウムはグローバル資本主義への警鐘だった」ではオウムが毒ガスの被害にあっていたというのは当てにならないとされている。その根拠として野田は早川が入手したロシア製の毒ガス検知器が毒ガスに反応したが、彼が分解してみると信じられないような稚拙な装置だったからとしている。しかも分解した途端に壊れてしまったという。いま思えば自作自演が好きな麻原のことだから、ガスがなくても必ず反応する装置を村井に作らせ、早川に渡るように段取りしたということもあり得たかもしれない。
麻原は新約聖書の「ヨハネの黙示録」を基にして「滅亡の日」と「滅亡から虚空へ」という予言書を出している。その中で語られているのはオウム真理教が予言された教団で宗教弾圧により多くの被害をうけるが、最後には武力を伴って救済を成功させ、この世が高位の世界と一体になるという内容だった。
武力を行使して、なおかつ予言を成就するためにはオウムはまず「被害者」でなければならない。予言の通りに進めなければ信者たちは疑念を抱き離れていってしまう。だから武装化の口実として被害がないにもかかわらず、毒ガスの被害が出ているように思わせるために「防衛庁」としたのではないかと思う。麻原の武装化の方針としてはそのように思われた方が都合が良かったのだ。
麻原が単純にハルマゲドンを起こすだけでなく、同時にクーデターで権力の座を狙おうとしたのは、ABC兵器といわれる大量破壊兵器のほかにも、自動小銃という戦術兵器を製造していたことからも明らかだ。どういうことかというと大量破壊兵器は戦略兵器とも言い、一度に多くを殺傷することはできるが、対象を限定して攻撃することには向いていない。だからそれだけを製造していたならば、予言の成就のためにハルマゲドンを起こすのが狙いだったとは言えるが、同時に攻撃の対象が曖昧なため攻撃の意図や動機が、はっきりしないことになる。しかし対象を限定して攻撃できる戦術兵器を同時に製造していたということは、その戦闘に具体的な目的があることを示している。銃の所持そのものが違法なのだから、当然治安維持のための暴力装置である警察や、国民と国家を守るための自衛隊と戦うことは想定されていたと見なければならない。それが終わるのは国家権力を打倒した時だから、自ずとそれが目的だったと推測できる。もう少し突っ込んで言及すると、本書によれば科捜研の鑑定の結果、オウムで製造されたAK-74について殺傷能力はあると証明されたが、実物より銃口が細かったため、弾丸を4ミリほど削らなければならなかったという。(ちなみにAK-74の口径は5.45ミリだから、4ミリ削ればほとんどなくなってしまう。この部分の記述は正確でないと思われる。口径4ミリまで削ったというのが正しいのではないか)言い方を変えれば弾を削らなければ発射できない代物だったわけで、製造の粗雑さはやはり「オウム品質」だったと言える。ものによって品質のばらつきが目立ったことも明らかにされているので、現実的には使い物にならなかっただろう。オウムをかばうわけでも犯罪を矮小化しようとしているわけでもないことを前置きしておくが、このようになる原因は何かというと、オウムのワークにおいては麻原から受けた指示を少しでも早く形にして「出来たことにする」のがもっとも重視されていたからだ。幹部でないため報告の場に居合わせたことがないので推測だが、証言から推測するにそれが粗悪品であることはあえて申し伝えなかったようだ。権力者を恐れる専制的・独裁的な組織ではありがちなことだ。本書でもそのサンプルを手にした麻原が喜び、褒めているシーンがある。そしてその粗悪品の大量生産を指示している。
オウムの自動小銃による被害者が出ていないことを前提に書くならば、麻原が製造を指示したのがロシア製でもAK-74であったのは幸いだったと思う。同じロシア製で旧式のAK-47は「テロリストの銃」と言われていて、あだ名の通り素人でも扱いやすく威力がある。照準が正確でなくばらけるために狙撃用ではなく制圧に使用される。訓練する期間がないサマナが使用するならば、むしろうってつけだったともいえる。銃身が大きいのが欠点だが構造が単純であそびがあり、精密品でなくても使用できてしまうために多くのコピー品が出回っている。それだけ製造しやすいということだろう。
拉致監禁などの犯罪については詳しい内容をしばらく読んでいなかったため、記憶の薄れていた部分が多かった。拉致して監禁し、薬を飲ませてマインドコントロールしようとするなど改めて読んでも、とても宗教とは言えないおぞましさを感じる。それでも本人たちは視野を狭窄されているために、それを救済活動だと信じていた。そして正気に戻った時には、犯罪者や人殺しになってしまっていた。様々な口実によって自分たちの行為を救済だと信じ込んでいて、逮捕後にその定義を取り払われたとき、自分がしていたことがただの犯罪だったと気づくのだ。
麻原の指示を救済活動であり帰依の修行だと信じ込みやすくするために、マハームドラーが説かれていたが、それ以外の部分はヤクザが若者を子分にしていくのに似ている。「お前の度胸を試してやる」などといって犯罪に巻き込み、対価もはずむが犯罪の秘密を共有してしまったために、本人が正気に戻った時にはすでに遅く、退路を断たれている。ヤクザの「度胸を試してやる」ということと、オウム事件の実行犯たちの「帰依を試されている」という思考には共通の精神性が見え、それが犯罪行為を本人の内面で美化する働きをしている。「麻原彰晃の誕生」高山文彦(著)などに書かれているが、麻原は若いころ九州の暴力団組長と懇意であったことが分かっている。その関係で学んだことが多分に「活かされていた」のかもしれない。
オウム事件の本を読みながら、麻原と僕たち弟子との間に本当の信頼関係はあったと言えるのか何度も考えてきた。弟子たちは麻原を信じようと努力していた。しかし麻原の側が本当の自分を見せようとしなかった。ヨーガ道場を宗教にしようということも弟子には事前の相談がなかったが、京都の探偵事務所には道場設立の年に宗教を始めたいと相談している。重要なことなのに、外部の人には相談しても肝心の直弟子には相談していない。それにはどんな訳があるのだろうか。弟子たちに初めて話したのは宗教に変える直前である。一応意見は聞いたがほぼ独断だったと言われている。
衆院選に立候補した時も、僕たちには突然のことだったが、調べてみれば麻原は盲学校時代からヨガ道場設立まえまで将来政治家になると言い続けていたことが分かる。道場設立と同時に語らなくなり、そこで出会った弟子たちには立候補直前までその素振りも見せなかったのはどうしてなのか。
ほかにも盲学校時代に毛沢東を尊敬していたことが知られている。麻原が教団を過激化し本格的にヴァジラヤーナの軌道に乗せたのは1994年2月の中国旅行からだ。このとき麻原は自分の前生が「朱元璋」だったとしていて、自分が世界の王になると宣言もしている。重要なタイミングでの中国訪問は、麻原にとっての本当の聖地はインドではなく中国であり、目標としている人物は釈迦牟尼のような「聖者」ではなく、毛沢東か朱元璋のような所謂「英雄」だったことを示しているのではないか。釈迦牟尼とその他の2人ではカテゴリーが違う。これは僕の直感であり麻原自身が直接そのように語ったわけではないが、これこそかねてからの麻原の本音に違いないと思う。どうしてそれまで共に暮らしていた直弟子たちに言うことができなかったのか。当然それには意図があったはずだ。
オウム事件を含む麻原の活動は彼が説いていた教えから見れば矛盾があるが、松本智津夫だったころ言っていたことから見れば、結果的に破綻はしたものの矛盾しない。松本智津夫だったころから彼の意図するところは変わっていないのだ。盲学校時代から道場開設前まで、将来の夢を問われればほとんどの場合「政治家になる」と答えている。また「総理大臣になる」とまで語ったという証言も複数ある。薬事法違反で報道され、本名に垢がついてしまい政治家になることが難しくなったために、別名・別人格の「麻原彰晃」を演じることで、立候補できると考えたのだと思う。彼が若者たちに自らの本心を語ることなく出家させ共に暮らし、教祖という絶対的な立場から指示を与えていたことを「利用した」という以外にどのような適切な表現があるだろうか。麻原彰晃のイメージ形成には「元文学少女」で文才のあった妻・知子も相当に貢献したはずだ。機関紙「マハー・ヤーナ」等の書籍類に書かれていた麻原の奇跡のエピソードの中には、彼女の作り出した物語が多く含まれていたに違いない。麻原が政治家への夢を語った相手は盲学校の友人たち、アルバイトをしていた治療院の経営者、九州の暴力団組長A、経営者育成セミナーの主催者など彼より目上か親しい間柄であったことが推測できるが、予備校以来の付き合いだった彼女も麻原の本心を知っていたはずだ。さきの「麻原彰晃の誕生」には船橋時代に自宅兼治療院のマンションで夕方から人を集めて政治関係の集会をしていたと思われる記述があるが、彼女も一緒に話を聞いていたに違いない。麻原の政治家への夢がどうでもいいことならば、なぜ「昔はあんなに政治家になりたがっていたのにね。ほんとに宗教家が板についてしまったわ」などと昔のことを笑い話にできなかったのか。むしろそこに全く触れようとしなかったことが不自然である。それをタブー視すること自体、麻原が教団を設立した真の目的だったことを示しているように思う。また裁判での杉本の証言などから二人のプライベートな会話は夫婦そのもので、麻原を解脱者だと思っていなかったと考えられる。「麻原彰晃」のイメージ形成を手伝い、カルト教団で若者たちを騙し搾取したという点では最も麻原に近い確信犯だったといえる。
裁判でも麻原は自分の指示によって起こされた各事件について動機を語らなかった。どのような意味があり、被害者と弟子たちをどう思っているのか最期まで語ろうとはしなかった。彼と僕たちの間には本当の意味での信頼関係はなかった。彼は僕たちに修行のために麻原を信じ、帰依しろと言い続けていたのだが、その麻原自身には別の心があったのだ。
恐らく彼は自分の本音を語らず、あえて弟子たちに自分の考えを理解されないように振舞っていた。そうすることで「最終解脱者」としての威厳を保っていたのだ。裁判ではどの実行犯も混乱していたが、それは説法を聞いて自分の中に作り上げてきた「偽りの麻原像」を信じていたからだ。僕たち弟子と麻原との信頼関係は、実際には松本智津夫が見せた「麻原彰晃」という幻影に対する僕たちの一方通行だったのである。
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オウム真理教裁判傍聴記 1 ペーパーバック – 1996/11/1
江川 紹子
(著)
- 本の長さ413ページ
- 言語日本語
- 出版社文藝春秋
- 発売日1996/11/1
- ISBN-104163523006
- ISBN-13978-4163523002
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商品の説明
内容(「MARC」データベースより)
麻原彰晃の呪縛から逃れようとする信者、まだマインドコントロール下に置かれている信者…。彼らの「罪と罰」を法廷で冷徹にウォッチし続けた執念の記録。オウム年表・組織図付き。
登録情報
- 出版社 : 文藝春秋 (1996/11/1)
- 発売日 : 1996/11/1
- 言語 : 日本語
- ペーパーバック : 413ページ
- ISBN-10 : 4163523006
- ISBN-13 : 978-4163523002
- Amazon 売れ筋ランキング: - 921,581位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
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著者について
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トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
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2014年9月15日に日本でレビュー済み
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後年の「片山祐輔冤罪説」「民主党政権過剰期待論」からは想像もできない客観性と中立を、ここでは実現している。
自分が事件の当事者の時だけ本気出すんですかね?
自分を殺そうとした人達にも熱くならずに一定の優しさを示す姿勢は素晴らしい。
本書にリクエストするなら、1巻の巻末にあった被告名からページを辿れる逆引きリストを2巻にも付けて欲しかった。何で1巻だけなん?
あと2巻の巻末にのってるサティアンの間取り図は、全サティアンを載せて欲しかった。
ああいう図面から想像する信者の生活というのも面白いので・・・
自分が事件の当事者の時だけ本気出すんですかね?
自分を殺そうとした人達にも熱くならずに一定の優しさを示す姿勢は素晴らしい。
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ああいう図面から想像する信者の生活というのも面白いので・・・
2014年8月26日に日本でレビュー済み
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絶版の本で私は是まで電車乗り換えて奥沢図書館(世田谷区)で何年も借りて返して大変でした。この書籍参考に9月何か1,2分話せます。
或いは画面見ますと何冊も出ていまして嬉しい限りでした。H26年8月26日
或いは画面見ますと何冊も出ていまして嬉しい限りでした。H26年8月26日