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解読地獄の黙示録 単行本 – 2002/2/1

4.3 5つ星のうち4.3 65個の評価

商品の説明

内容(「MARC」データベースより)

世界文学に匹敵するレベルで作られたフランシス・フォード・コッポラ監督による映画「地獄の黙示録」特別完全版をあらゆる角度から徹底解読する。『文芸春秋』『諸君!』掲載に大幅な書き下ろしを加える。

登録情報

  • 出版社 ‏ : ‎ 文藝春秋 (2002/2/1)
  • 発売日 ‏ : ‎ 2002/2/1
  • 言語 ‏ : ‎ 日本語
  • 単行本 ‏ : ‎ 175ページ
  • ISBN-10 ‏ : ‎ 4163584900
  • ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4163584904
  • カスタマーレビュー:
    4.3 5つ星のうち4.3 65個の評価

著者について

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立花 隆
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1940年長崎県生まれ。64年東京大学仏文科卒業。(株)文藝春秋を経て東大哲学科に学士入学。74年「田中角栄研究」を「文藝春秋」誌上に発表。著書多数(「BOOK著者紹介情報」より:本データは『 ぼくらの頭脳の鍛え方  (ISBN-13: 978-4166607198 )』が刊行された当時に掲載されていたものです)

カスタマーレビュー

星5つ中4.3つ
5つのうち4.3つ
65グローバルレーティング

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上位レビュー、対象国: 日本

2020年9月28日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
かなり前に観た映画だが、興味深い事実の数々に、改めて新鮮な感覚が蘇る。
映画の鑑賞後に必読の書。
2人のお客様がこれが役に立ったと考えています
レポート
2020年3月21日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
2020年日本公開の「ファイナル・カット」公開を経てここに至りました。本著作は「特別完全版」までしかフォローしていませんが、ファイナル・カットを読み解く上での必須本と思います。いまのことろ絶版のようなので中古でしか手に入りませんが。ちなみに「ファイナル・カットIMAX版」は2週間限定上映だった上にコロナ禍でガラ空きだったぜ。二回観たけど。
5人のお客様がこれが役に立ったと考えています
レポート
2021年4月17日に日本でレビュー済み
「地獄の黙示録」オリジナル版は公開直後に見に行った。衝撃を受けた映画で今もマイベスト1である。
難解な映画と言われていたが、メタファーに満ちた抽象的な映画とわかればメッセージは明らかで、どこが難解なのかわからなかった。
本書の核は、1980年のオリジナル版初公開時に「諸君!」に掲載された評論である。
リアルタイムでこれを読んで引き込まれ、そのまま「諸君!」を買って帰って今もある。後にも先にも「諸君!」を買ったのはこの一度きりだ。
何がそうさせたのか。
一つは同じ見立てをする人がいるのだということ、本能的に何かあるのだろうなと思っていた背景を学識で埋めてくれたことにある。ああ、そういうことなんだ!という素直な驚き。
これで映画を”解読する”ことの面白さに目覚めたわけだが、その後、蓮見重彦や四方田犬彦がもてはやされ、映画評論がポストモダンの隆盛と共に衒学的な方向に流れたのは、同じような人たちが多くいたからかもしれない。
反発する向きには一言。
これは所詮は遊びであって、畢竟、一本の映画をどれだけ楽しもうかということに過ぎない。”何が正解か”ということに拘り過ぎると人生楽しくなくなりますよ。
兎角、背後を取られることを気にする人が多過ぎるようなので。
ボケがいないとツッコミは生きていられませんよ。
2人のお客様がこれが役に立ったと考えています
レポート
2003年3月14日に日本でレビュー済み
あの立花隆が「地獄の黙示録」を解説する!という事で大変楽しみに読んだが…
ウイラードとカーツの関係、エンディングの解説が多く、ギルゴア大佐など他も場面については「地獄の黙示録完全ガイド」の方が意外性があった。
しかし本編では「地獄」という単語が全く使われていない、などの指摘が面白かった。
やはり誰が解説しようとも、映画本編の偉大さに勝るものは無いと言う事か。
5人のお客様がこれが役に立ったと考えています
レポート
2013年8月1日に日本でレビュー済み
  ジョセフ・コンラッド『闇の奥』について様々に考えている最中に本書に出会った。映画『地獄の黙示録』(1979)は当然観ていたが、2002年に『特別完全版』が出ていたとは知らなかった。早速DVDを買い、本書と併せて観た。
  本サイトで同書の中野好夫の誤訳に文句をつけて来たので、立花が先ずこの映画の翻訳ぶりについて色々批判しているのが興味深かった。実際日本の翻訳家の知識不足が読者・観客を無用な困惑に陥れている例は数知れない。
  立花が「この映画は、内容の深さにおいて、はじめて世界文学に匹敵するレベルで作られた映画である」と激賞するだけに、その蘊蓄を傾けた解説に唸る。『闇の奥』との相似や違いが丁寧に検証され、そればかりでなく、T・S・エリオットの『荒地』、『The Hollow Man』から聖杯伝説、果てはジム・モリスンの曲「ジ・エンド」にまでに及ぶ博覧強記には感嘆するばかり。私にはそのいちいちが納得される。彼のそうした思考を「深読みのし過ぎ」と評する人がいるが、たんに自分の知的レベルがそこまで届かないことを暴露しているに過ぎない。読みの深さに底はない。
  併せて面白かったのはコッポラがエンディングをどうするかで、3年も苦しみ抜いたと言う夫人の裏話。最終シナリオが決まらぬまま撮影は続けられ、バリエーションが3種類以上も作られたという。まわしたフィルムは約440時間分、これを最終的に2時間33分にまとめた。実にその99%以上が捨てられた計算である(『完全版』ではその中から約50分が再録された)。制作費用も当初予算の1200万ドル(当時のレートで35億円)から3100万ドル(同90億円)に膨れ上がり、コッポラ邸も抵当にされた。映画は小説作家のように個人営業ではない。芸術的評価と併せて興行的成功がなければ、関係者に2度と立ち直れないほどの破綻が待っているのである。立花はそのことを十分解っている。幸い映画はその両方において成功を納め、映画史に偉大な一歩を刻むことになった。
  「映画はひとつの翻訳である」と野崎歓は述べる。「映画監督は原作にできる限り忠実であろうとし」つつも「その努力のなかで彼は必ず、映画に固有のスタイルを探り当て、そのことによって原作への忠実さを越えることに」なる(『文学と映画の間』)。確かに『地獄の黙示録』は『闇の奥』を忠実になぞってはいない。
  だがコッポラは『闇の奥』のクルツを、ベトナム戦争という「全くの無意味な闘い」の中で、カーツ大佐に見事に再現して見せた。これはカーツという“特殊な”個性に限定されるべきでないことは、次の一例を挙げるだけで十分だろう。1961〜67年にわたって米国防長官を勤めたロバート・マクマナラが、その追想録『マクナマラ回想録』で繰り返し述べている「ベトナム人を皆殺しにするならともかく...」という条件句。この言葉はカーツ大佐の「爆弾を投下し、全員絶滅せよ」と奇妙に符合する。マクマナラに代表されるリベラル派から超強硬派までに貫徹する”皆殺し”という「隠れた欲望」は、文明の根底に潜む残虐性を暴露して止まない。そこには殺戮兵器の進歩以外の人類の「進歩」などは全く感じられないのだ。その意味において原題の『Apocalypse Now』が「Now」であり続けることまでも、立花は読者に見事に示し得たと思う。
2人のお客様がこれが役に立ったと考えています
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2007年5月20日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
カール・フレンチ著「地獄の黙示録・完全ガイド」と合わせて読めば、

難解と言われるこの映画も、かなりの部分まで理解できると思います。

「闇の奥」を筆頭に「漁夫王」「金枝編」などこの映画がベースとした数々の文学作品の、

その全ての作品ごとのテーマをも理解しなければ、この映画をセリフを憶えるほど繰り返し

繰り返し何度も観たところで、決して真に理解できないことを暗に教えてくれています。

私自身、この映画は30回ほど観ていますが、本書を読むまで気づかなかった面白さ、

ようやく理解できた部分など、あらためて数多くの発見があり、本当に感謝しています。

また、本書ではこの映画に限らず「翻訳」についての問題点にも触れられており、

外国作品を観る目がまた変わりました。

おしいと思うのは、これだけ綿密な内容ながら、コッポラ監督に直接取材した部分は

ひとつもなく、わりと推論だけで展開されていることでしょうか
29人のお客様がこれが役に立ったと考えています
レポート
2009年12月13日に日本でレビュー済み
 最近「闇の奥」を読み返したところだ。その流れで本書も再読した。

 映画「地獄の黙示録」の解説本である。映画の解説本には それなりの限界があることが多い。解説される「映画」と解説する「解説者」との力関係を考えても 前者があってこそ 後者が成立するという点で 普通であるなら 「映画」の勝ちであろう。ましてや本書において「映画」が「地獄の黙示録」という 問題作である以上 そう簡単に「解説者」が イニシアティブを取れるとは思えない。その点において 著者の立花隆は大健闘している。

 「地獄の黙示録」は難解な映画だ。原作の「闇の奥」ですら そもそも 相当難解な作品だ。それをベトナム戦争という現代に翻案した以上 分かりやすくなっていてしかるべきだが コッポラは 全くそのようには撮らなかった。むしろ コンラッドの原作に 更にエリオットやフレーザーを加えて 話を重層化した上で 一種の神話仕立てとしている。従い 立花隆のような方が 解説をしたくなるような 複雑な映画になっている。

 本書を読むことで 映画の理解は格段に深まることは確かだ。但し それは立花流の理解を深めることになるというリスクも意味する。本書を一度読んでしまうと 違った見方をすることが少し難しくなるかもしれない。但し それもそれで自分を試すことにもなるのかもしれない。
4人のお客様がこれが役に立ったと考えています
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2008年10月16日に日本でレビュー済み
1980年公開と同時に劇場に足を運んだことを今でもよく記憶している。
ヘリを使用した派手な戦闘シーンとオールバックにしたウィラード大尉が沼から出てくるシーン。
公開前のコマーシャルで大きなインパクトを受けてその興奮も持続しながらの鑑賞であった。
本書にも書かれているが、当時の日本の批評はこの映画を完全に戦争映画と捉えた論調で前半の派手なアクションシーンの割りに後半は退屈な映画になっているとの評価であったが、最初に見た時は正にその通りの感想であった。ただ何か強く心に残るものがあり、その後この映画が話題になる度に新しい発見があったのも事実だ。
初めて本書を読んで知ったことであるが、初回オリジナル版公開当時に書かれている論文で誤訳における微妙なニュアンスの取り違いやキリスト教圏における文化背景の違いという意味でも、数多くの指摘と著者なりの正しい解釈の仕方を指し示している。
オリジナル版公開時にここまで深く読み説く筆者の知識には関心させられるばかりである。
6人のお客様がこれが役に立ったと考えています
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