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プレイバック1980年代 (文春新書 539) 新書 – 2006/11/1
- 本の長さ324ページ
- 言語日本語
- 出版社文藝春秋
- 発売日2006/11/1
- ISBN-104166605399
- ISBN-13978-4166605392
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登録情報
- 出版社 : 文藝春秋 (2006/11/1)
- 発売日 : 2006/11/1
- 言語 : 日本語
- 新書 : 324ページ
- ISBN-10 : 4166605399
- ISBN-13 : 978-4166605392
- Amazon 売れ筋ランキング: - 114,947位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- - 238位文春新書
- - 1,373位日本史一般の本
- - 3,843位エッセー・随筆 (本)
- カスタマーレビュー:
著者について
1964年、兵庫県神戸市に生まれる。87年、同志社大学法学部卒業。91~95年、米国ジョージ・ワシントン大学留学。95年、神戸大学大学院法学研究科博士課程(国際関係論)修了。神戸大学博士(政治学)。96年、「変容する日米安保政策コミュニティー」で読売論壇新人賞優秀賞受賞。広島大学総合科学部助教授、同志社大学法学部助教授を経て、2005年より同志社大学法学部教授。専攻はアメリカ外交史・安全保障政策論。著書に『大統領の挫折―カーター政権の在韓米軍撤退政策』(有斐閣、1998年、アメリカ学会清水博賞・サントリー学芸賞受賞)、『戦後日本外交史』(共著、有斐閣、1999年、吉田茂賞受賞)など(「BOOK著者紹介情報」より:本データは『レーガン - いかにして「アメリカの偶像」となったか(ISBN-10:4121021401)』が刊行された当時に掲載されていたものです)
カスタマーレビュー
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トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
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国際政治学者の著者が、国内外政治はもとより、経済、文化、社会、世相にまで言及しており、幅の広さ感じる。事実が羅列され年末によくある「今年1年を振り返る」的な新聞、雑誌
記事のようなところもあるが、そこは新進気鋭の政治学者。国際政治に関する事実と分析は
ジャーナリズム的要素よりもアカデミズム的要素を読取ることができる。
エピローグで「1980年代を過度の楽観が支配したとすれば、1990年代は過度の悲観が支配していた。今や両者のバランスを回復すべき時期である」とある。これはまさに「言い得て妙」であり、日本人が陥りやすい過度の「振れ」に対する戒めで、過度に楽観も悲観もせず冷静に客観的に判断をしていく力が、国としてまた個人として求められている気がする。
著者のようなわかりやすい言葉で発信する学者が、それを先導していってほしい。
親切な年表を読んでいるような感じなのである。
忘れていたことも思い出せて資料としてはいいが、
やや細部に立ち入り過ぎで、全体像や雰囲気がつかみにくい。
また基本的に政治家目線で一般人の生活実感が薄い。
堀井憲一郎の「若者殺しの時代」の方が80年代の空気を伝えているし、
一般人がこの時代に何を得て何を失ったか、明瞭に伝えている。
また、中曽根首相についての高い評価と対米外交偏重によって、
80年代の歴史的位置づけが事実と違うものになっている。
こういう時代だったのかと、単純に信じない方がいい。
各年の国内外の政治状況が解説された後に、その年の世相を描写する構成になっていて、そこで当時を思い出しながら一息ついて、次を読み進む、という具合。世界の中の日本が置かれていた位置を確かめながら、そしてそれが今現在にどう繋がっているか、時として思い起こしながら、あの時代を振り返る。経済にそれほど重点が置かれていないせいか、読んでいて「バブル」的な世相はそれほど感じられない。学者の道を歩んでいた著者の堅実な生き方が映っているのだろうか。個人的には、特に国内政治に関しては漠然とした理解しかなかったので、大変勉強になった。
著者とほぼ同世代なので、世相の捉え方に共感を覚えながら、懐かしく読んだ。方々に披露されるトリビアも楽しい。太宰治と松本清張が同じ年生まれって、知ってました?
しかし、歴史を描くのならばもう少し面白い描き方があるのではないかと思う。一年ごとに章立てし、×年には政治的にはAが起こり、Bがあり、社会的にはCが流行り、Dが亡くなり、次に▽年には・・・といった感じの事実の羅列では読んでいてしんどいものがある。単なる年表の文章化ではなく、ダワーの『敗北を抱きしめて』や、有賀夏紀の『アメリカの20世紀』、ハルバースタムの『ザ・フィフティーズ』といった名著のように、当時の政治経済社会の全貌をもっと生き生きと描いて欲しかった。
さらに言えば、この80年代という保守化の時代において、外政・内政における政治家達のパワーゲームだけでなく、それこそ『敗北を抱きしめて』が見事に描き出しているように、もっと一般社会における人々の政治観・対外認識にもスポットを当てて欲しかった。歴史は政治家達によって営まれているわけではない。底辺の普通の人々の思想・認識・社会的潮流が歴史の流れを形作る以上、社会史の視点は不可欠である。ましてや本書は、ダワーがフォーカスした時代よりも遥かに社会史史料にアクセスしやすい時代を扱っているのだからなおさらである。芸能人では誰々がブームになったとかそういった瑣末な社会現象ではなく、本格的に社会史の方法論を併用していくことを著者には求めたいところである。
1980年代の理解ですと筆者より年上の当方の方が詳しいのでは、という先入観は見事に裏切られました。
最初から最後まで、その記述の確かさと幅広い見識にただただ唖然とするばかりでした。傲慢な予見を持ったことを恥じ入る脱帽の著作だと言えます。
文章は平易であり、断定口調ではないのですが、幅広い領域やジャンルを扱っており、実に説得力のある分析が至る所でなされています。
筆者の専門である政治史や国際関係史、特に外交史での詳細な記述は、当時の出来事を思い浮かべる契機になっただけでなく、マスコミに書かれていないような裏の権力構造をあぶり出すかのようでもありました。気鋭の政治学者の辣腕振りを見せてもらった思いです。
その記述の範囲は、芸能やスポーツ、文芸、社会事象にまで広げられており、昭和のラストを飾る時代の世相史としての魅力も併せもつ好著です。
1980年代を生きてきた方にとって、自分史と照らし合わせて読み進めることで、忘れていた思い出をプレイバックする魔法のランプのような役割も持ちえています。
日本が「バブル崩壊の道」をたどる意味合いも見えてきますし、現在の政治状況と瓜2つの事象も見てとれます。
歴史は繰り返すといいますが、つい20年ほど前のことを辿りながら閉塞感漂う現在の問題を考える切っ掛け作りに若い世代の方もお読み頂ければと思いました。
読み応えがありました。
細かく調査されています。凄いです。
81年から89年までを1年ごとに章立てしています。
国際政治と国内政治を中心に経済、文化、風俗がフォローされています。
国際政治は冷戦からソ連崩壊にいたる大きな流れを追っています。
国内政治は「大勲位」中曽根を中心に指導者をめぐる政争政策の変遷が中心です。
80年代の日本政治の空気「保守回帰でも気分はまだまだ左より」を見事に思い出させてくださいます。
「ああ、そうだった」と・・・。
80年代、緊迫していた東西冷戦下の世界情勢の中で、
日本社会(だけ)はサブカルチャーを追い求め、
能天気に経済的な成長を享受していたかを村田先生は結構鋭く指摘しています。
当事者としてその記憶を呼び起こされ、
当時の若者がいかに政治から無関心であったかを改めて振り返るのは、
懐かしくまたちょっと痛かったです。
私の中で本書に描かれた出来事・事件で、
「浮沈空母発言」、ロンサゼルスオリンピック、東京サミット、「おしん」
といったところをくっきり思い出しました。
学校の教科書にも使えるようなバランスのよい政治史であり、
80年代の回顧録になっています。
たくさんの方に読んでいただきたい一冊です。
堀井憲一郎著『 若者殺しの時代 』講談現代新書。
吉崎達彦著『 1985年 』新潮新書。
そのどれもが、80年代に二十歳前後を過ごした私にとっては、若さが生む向こう見ずな青春の甘酸っぱさを今一度思い返してくれる本でした。大変味わい深く読んだものです。
本書「プレイバック1980年代」も同様に懐かしい思いを与えてくれる一冊でした。
先の二冊と異なり本書は、1980年代を1年おきに区切って、その年その年の政治や経済、文化風俗、事件事故、さらには不帰の人となった著名人までを取り上げ、詳細な年表のように編み上げている点が特徴です。一年一年の出来事の数々を眺めながら、あの時代を生き直す作業に、もう帰ることのない日々を強く思う読書でした。
新書という手軽な読み物に仕上げたためか、アカデミズムの世界に生きる人々が陥りがちな衒学的言辞を弄することもなく、また一般読者の生理を超えたようにいたずらな時代の意味づけをすることもありません。その点に好感がもてました。
しかし著者がこれを物したのは、決して単なる懐古趣味からではないのです。
著者は同志社大学法学部の教授として政治研究を生業としています。ですから先述した類似の二書に比較すると、圧倒的に政治や外交といった点に充実した紙幅を割いています。
1980年代に日本は日米関係や国際関係の中でその存在感を増していったといえます。著者いわく「戦後日本はこの時代に、『坂の上の雲』に達した感がある。一九八〇年代は、戦後日本の景観を高みから一望するのには、うってつけの地点なのである」。
80年代が「ほんの昨日」として鮮やかに見える今(2000年代初頭)本書を手にするのは、これからの時代を生きるうえで大いに意味のあることだと私も思うのです。