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公共事業が日本を救う (文春新書 779) 新書 – 2010/10/20
- ISBN-104166607790
- ISBN-13978-4166607792
- 出版社文藝春秋
- 発売日2010/10/20
- 言語日本語
- 本の長さ255ページ
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登録情報
- 出版社 : 文藝春秋 (2010/10/20)
- 発売日 : 2010/10/20
- 言語 : 日本語
- 新書 : 255ページ
- ISBN-10 : 4166607790
- ISBN-13 : 978-4166607792
- Amazon 売れ筋ランキング: - 590,565位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- - 1,171位文春新書
- カスタマーレビュー:
著者について
藤井 聡(ふじい さとし)京都大学(大学院工学研究科・都市社会工学専攻)教授 1968年奈良県生まれ。
91年京都大学卒業、93年京都大学大学院修了後、93年同大学助手、98年スウェーデン・イエテボリ大学客員研究員,02年京都大学助教授、03年東京工業大学助教授、06同大学教授を経て,09年より現職。
専門は土木工学(土木計画学)、交通工学,ならびに,公共問題のための心理学.
受賞歴は、
『社会的ジレンマ研究』で03年土木学会論文賞,07年文部科学大臣表彰・若手科学者賞、10年日本学術振興会賞。
『認知的意思決定研究』で05年日本行動計量学会優秀賞(林知己夫賞)。
『村上春樹に見る近代日本のクロニクル』にて06年表現者奨励賞。
『交通政策論』で08年米谷・佐々木賞。
『モビリティ・マネジメント入門』にて08年交通図書賞。
『交通需要予測研究』で98年土木学会論文奨励賞。
『コミュニティに関する進化心理学研究』で09年社会心理学会奨励論文賞。
詳しくは、
http://trans.kuciv.kyoto-u.ac.jp/tba/index.php/fujiilab/fujii.html
カスタマーレビュー
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トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
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「『公共事業がぜんぶ不要』ってこたないだろう、
少なくとも必要であるという理由やデータを冷静に聞いて、分析した上で、成熟した議論が必要。」
という著者のメッセージがとても良く伝わってきました。
デフレと財政出動のところも、当方は今までよくわかっていなかったので(恥ずかしながら)
目からうろこ、でした。帯のキャッチコピーのとおりです(笑)。
インフレになったら、増税して公共事業などの財政出動は抑えないとならないのですね。
「(たとえ無駄でも)公共事業をバンバン行えばよい」という一方的な公共事業賛辞ではなく、
- まだまだ日本のインフラは未成熟、で維持管理費もこれから増える見込み
- 公共事業 = すべて悪 という風潮は疑問
- 公共事業は次世代への贈り物でもある
- 日本は現在、深刻なデフレなので、その対策として「も」公共事業は有効
(インフレになったら、ある程度は抑制すべき)
といった、冷静で地に足が付いた議論がなされています。
公共事業に否定的な方々に、こういう意見もあるんだということをぜひ知っていただきたいです。
その上で、(こんなの嘘だ、妄想だなどと)思考停止することなく、冷静に公共事業の是非を議論できるといいですね。
それこそが、筆者の望んでいる「成熟した議論」なのだと思います。
本年(2011年)3月23日、本書の著者である藤井聡・京都大学教授は、参議院予算委員会公聴会の公述人として意見を陳べた。その中で、「TPP参加反対論」や「列島強靭化10年計画」などとともに、民主党が09年総選挙のマニフェストで掲げた「コンクリートから人へ」という方針について痛烈な批判を行った(同大藤井研究室HP参照)。先ず、この「コンクリートから人へ」という政策目標に関して、小沢一郎さんの「国民の生活が第一」という政治理念も反映したものであろうし、考え方そのものは決して誤っても、偏ってもいないと、私は考える。ただ、「国としての基礎体力たるインフラ」(p.156)の劣化・弱化は、「国力」等の観点から避けねばならず、「国民の生活が第一」という理念の下、“人もコンクリートも”といった政策転換が求められているのではなかろうか。
藤井教授の指導する大学院工学研究科(都市社会工学専攻)には、強硬な TPP反対論 を説く中野剛志・准教授も属している。この藤井研究室における研究テーマとして「公共政策を巡る社会・経済・政治に関する総合的社会科学研究」などがある。この新書は、そうしたテーマに沿って一般向けに書き下ろされたもので、所謂「公共事業・不要論」への反論などを平易に叙述している。ここで一点だけ述べておきたい。それは主流派経済学者の唱える「ケインズは死んだ」論である。しかし、振り返ってみれば、ケインズ主義は戦後、当然のごとく各国のマクロ経済政策の中に“ビルトイン”された。そして、それを政府から引き剥がし、「ケインズ主義の民営化」を画策したのがミルトン・フリードマンらの現代シカゴ学派であろうが、ケインズ主義自体は死んではいない。
その「民営化されたケインズ主義」のなれの果てが、理論とは言い難い「トリクルダウン理論(trickle-down theory)」であろうか。それはともかく、「労働市場の流動化」とか「ゾンビ企業の退場」とかいった構造改革派的なミクロ調整では深刻な「デフレギャップ」を克服できないだろう。ここはやはり、マクロ的な視点をもって、藤井教授が主張するように、「これまでバラバラに議論されてきたマクロ経済政策論と公共事業政策論を真の意味で融合させ、「日本を救うために真に必要な公共事業政策」を「日本経済を救うための効果的なマクロ経済政策」として、日本国家の最も重要な国策の一つと位置づけて推進していくこと」(p.228)を、「震災対策」なども踏まえ、大いに論議すべきだ。こうした文脈で、前出の“人もコンクリートも”という目標を追求すべきと思われる。
著者の本は以前に読んだことがあるが,この内容は,いかにも政治的だ.
前半において公共事業の必要性を説き,後半で公共事業が日本を救うことを説いている.
とかく批判が多い「コンクリートから人へ」の民主党のスローガンを著者も批判している.しかし,このスローガンは,本来,箱モノづくりから人にやさしい社会をつくることに転換しようというものである.
道路,港湾,ダムがまだまだ必要??そうでしょう.老朽化したインフラの維持管理は不可欠でしょう.しかし,この国の福祉にしても教育にしても医療にしてもまだまだ不十分であることも事実だ.
これからは、持続可能で幸せな社会を作るのに何が必要かを考えるべきで,経済が停滞するから,日本がGDPで抜かれるから,必要なものを作るのではない.大事な資源を使ってどうすれば,幸せな社会が作れるかを考えるべきなのである,
建設産業の経済波及効果がまだ高いから,国土をコンクリートで固めつづけるのではなく,これからの成熟社会,定常型社会に向けてどの産業を育てるのか,そこへ労働者をどのようにシフトするのかを考えるべきなのである.著者にはこの視点がまったく欠けている.従来型社会の考え方から脱け出していない.
スウェーデンはすでに人にやさしい社会ができている.そして,環境に対する配慮も日本よりもずっと進んでいる.
著者がイエテボリーで暮らし,見聞されたことが生きていないと感じてしまう.
レビュアーが参考になったのは,むしろ、8章「日本が経済破綻しない理由」である.
デフレ脱却を標榜して各種の提言が発表されるが、「公共事業」以外はいずれもスケールが小さくて50兆円の税収に寄与することが危ぶまれるので、選択肢に入らないと見たい。百年河清を俟つことは許されない。「建設国債」を認める以外に我が国のデフレ脱却は期待薄であることを理解したいと思う。
そこで提案されている公共事業は、90年代に実施して(10年で430兆円)、自立的なGDPの成長につながらなかったもの(=税金の投入をやめるとGDPがマイナス成長になる;税金に頼らない自立した企業を育てない;そしてローテク)、と同じです。本当に、日本を救えますか。
国民が汗水たらして稼いでためた大切な貯蓄を担保にして発行する国債による公共事業です。もう公共土木建築による失業対策と票集めはやめましょう。また、公共土木では、産業空洞化によるGDP減少は止められません。担保の貯蓄もそろそろ底が見え始めています。
財政出動(=国債発行で得た税金の投入)は、地方の漁業、農業の研究開発、林業保護、と、防衛産業、商用航空機、医薬品の先端技術開発に投入しましょう。投入した税金は貯蓄にまわらない限り、雇用効果は同じです。
●P33、l6、P31の図8、P34、l12、、l13、P225、l1。
90年代の膨大な公共事業(10年で430兆円)が終わった後の、GDPの減少の説明がありません。
もともと自立的なGDPの成長につながらない社会保障費が、借金(貯金の切り崩し)になるのは、あたりまえ。
社会保障費はともかく、公共事業を借金(貯金の切り崩し)にしないための、GDPの自立的な成長につながる公共事業を提案してください。
●財政出動の中身が何であれ、税金の投入中に、雇用効果が出るのはあたりまえですから、公共事業から雇用効果のはなしを切り離してください。
●P223、l7、l11、P225、l3。財政出動をやめた(縮小した)ときに、GDPの自立的な増加がなかった過去と同じことをして、どうして成長や構造転換につながるのか不明。
●P207、l13、P208、l10、P210、l12。GDPの自立的な増加を期待できない産業への財政出動(国債による公共事業)は、貯金の、単なる切り崩しです。
●P225、l3。日本経済の現状は景気循環における不況ではなく、空洞化による構造不況です。ダムや高速道路や深い港を作ればどうして産業構造が変わるのか。90年代の公共事業とどこが違うのか。
●P84、l9、P86の表1。
日本にない資源を買うための財布の中身は、貧しかったローテク時代の重厚長大製品や安物大量品から、ハイテク、軽薄短小、高価格製品に変わっています。ちなみに、成田空港の貨物貿易額は世界第二位です。港のコンテナの扱い量が問題なのではなく、中身と額に注目してください。
●P85、l11、P232、l2、P227、l4。生産地に直結した、空港、自動車専用船、鉱石専用船、シーバースに接続する石油タンカーなどの現状インフラから、水深を2m深くして大型コンテナ船を増やしたときの費用対効果は、いかほどか。中継貿易やローテク重厚長大で稼ぐ韓国、シンガポールなどとは違います。
●P233、l1、P163、l5、P155、l6。不十分でも一定以上のレベルにある国内インフラ(空港、高速道路、港湾)で最適化している日本と、インフラゼロから構築中の広大な中国とで、公共事業費が異なるのは当然で、公共事業費が大きいほど、高速道路網が大きいほど、港の水深が深いほど、国際競争力が高くなる、ということはありません。
●しかも、中国の公共事業は、グローバル外資の工場進出(=GDPの移転)による、賃金(雇用)、投資(工場建設、設備、部品などの発注)、生産所得、輸出所得によるGDP(=税収と、GDPの成長を前提にした公債発行)に基づくもので、富の蓄積のなかった、ローテク、無資源国の中国が、無から公共事業を始めたわけではなく、GDPの成長をもたらす外資がいなければ、公共事業の原資はありません。今の中国のGDP成長は、無尽蔵の低賃金労働者と、GDPの半分を稼ぐ外資によるものです。従って、賃金が上昇すると外資が撤退し、中国経済の成長は止まり、公共事業の原資はなくなります。
にもかかわらず、感謝のかけらもない共産党は、進出工場に対し、違法行為(拘束、資産の乗っ取り)をするため、台湾メーカーは、3年で投資を全て回収するように共産党のリスクを折込みます。このように、殆ど暴力団にも等しい共産党が支配する中国経済の実体と未来を、ばら色に描くのはナイーブに過ぎます。米国が、彼らをWTOに加盟させたのは共産党にビジネスルールを守らせるためであり、資本主義の牙城であるIMFの理事に共産党員を迎えた(ブラックジョーク)のは、外資が稼いだ金を還流させるためです。
●P234、l3、l13。貯金を担保にした国債に基づく公共土木が単なる貯金の切り崩しであることを考えれば、地震対策は、費用対効果が大きな対策にすべきです。需要効果の観点から地震対策を考える必要はありません。たとえば、
'@既存の建築構造物の補強
自立した企業活動につながらない新規公共土木をやめて、その予算を補強にまわす。日本の官僚は、メンテナンスより予算規模が大きくうまみの多い新規建設を好むので大変ですが。
'A首都機能の複線化(移転新築ではありません)
'B開発生産拠点の分散(3.11以降、民間では実施済み、または実施中です)
'C避難道路、避難所、防火道路の確保(伸張と拡幅)
'D陸上や海上からの大規模空輸、救出体制の構築(拠点空港の整備、拠点空母の建造、輸送機やヘリの大幅増強、緊急物資集積所の整備、自衛隊強化、非常事態法の整備)。ちなみに、日本は、東北地震津波災害と原発災害を、平時の法律で処理し、日米軍による大規模空輸、救出をできなくした人命軽視の国として世界史に残ります。
●P43、l2、P44、l7。P48、l9。
江戸時代の人足かご文化、と、欧米の馬車文化。密集文化と分散文化の違いです。住居やオフィスに十分な駐車スペースが確保され、1人当たりのスペースは日本の倍はある欧米のオフィスは、国土の広さとは関係ありません。狭い歩行範囲に集中するため地価が高くなり、その分さらに集中する日本独特の駅前文化ではそもそも車との調和はむづかしい。イェテボリや欧州中小都市の車規制は、経済合理性の追求ではなく環境対策です。文化的背景の異なる都市を、欧米なみのインフラに改造するのは費用対効果が悪すぎるし、成功しない。
●P151、l2、l11、l14。
文化の違いです。途中下車すると高くなるため、サービスエリアで同じものを食べ、サービスエリアにだけお金を落とす日本の高速道路は、鉄道と同じです。好きなときに降りて、その町や村の気に入ったレストランで食べてお金をその町や村に落とし、再び高速に戻って目的地に向かうのが欧米スタイルです。
日本は生活小国ではありません。駐車場のない駅前密集文化は、伝統的な歩きとかごの宿場町文化です。車は飾りです。従って渋滞もあたりまえ。
●P48、l2、P51、l6、l15。
都心の商店街と、ローカル鉄道駅前シャッター商店街と、欧州中小都市は、歴史も文化も財政事情も異なるので、同列に論じるのはおかしい。
●P53、l13
欧米のパーク&ライドは、日本のような超過密都市と過密大量輸送が前提ではありません。中小都市の環境対策のはなしです。
そもそも、欧米に日本の鉄道のような過密大量輸送の発想はありません。だから、彼らは、日本に来たとき、興味と驚きを持って、日本の過密鉄道を異文化として体験していきます。
最後に、
●P222、l16、「大規模な公共事業の受け皿は建設産業しかない」に対して、
そんなことはありません。ダム1基とイージス艦は同じ値段です。波及するトータルの雇用効果も同じです。ダムはゼネコン、セメント、鉄鋼産業に、イージス艦は、ハイテク電子、機械、超鋼、超合金、通信、精密制御ハード/ソフト産業に金がまわります。防衛産業、商用航空機産業、医薬品産業の開発コストは膨大です。受け皿として不足はありません。