永井さんは鎌倉に住み、鎌倉時代を題材とする作品を数多く発表されている。「波のかたみー清盛の妻」、「北条政子」も力作だけれど、個人的には「炎環」「つわものの賦」 「寂光院残照」が最も好きだ。
「平家」は源平合戦を中心とする軍記物語だから、非戦闘員である公家や女性はあくまでわき役で影が薄い。しかし、「物語」の舞台裏には、ひっそりと息づいて、なおかつ民衆に愛されてきた女人が幾人かいる。著者はこれら、祇王、祇女、横笛、小督局ら十余人の肖像と悲劇的な末路を描いて「平家」の別の魅力を語ってくれる。
本書はこれに留まらない。「平家」の原作者は誰か、重盛・維盛が史実を離れて理想的・同情的に描かれているのは何故か、「平家」が描く女性像がいずれも平板でステレオタイプなのはなぜなのかなどが考察され、全体として優れた「平家」への導入書となっている。
戦時中(昭和17年)のことだが、小林秀雄が「平家」を論評し、世間をあっと言わせた。「平家」冒頭の今様風の哀調が、多くの人を誤らせたというのである。小林によれば、「平家」の作者の思想なり人生観はかくかくのものと仔細らしくとりあげてみるほどのものではなく、作者を本当に動かし導いたのは、彼自らはっきり知らなかった叙事詩人の伝統的な魂であった。「平家」が持つ一種の哀調は、この作の叙事詩としての驚くべき純粋さからくるものであって、仏教思想というようなものから来るのではないとし、荒武者と駻馬が躍動し、太陽の光と人間と馬と汗が感じられる宇治川先陣の場面を一例としてとりあげている。
「おごれる人も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし」こそが「平家」の基調となるモチーフだと了解していた人にとって、小林の鋭利な指摘(「平家」は抹香臭い仏教思想などに惑わされず合戦の叙事詩として、ちょうどホメロスの「イーリアス」を楽しむように読むものだ。ーところで小林はなぜホメロスに言及しなかったのだろう?)には唸らされるものがあったが、考えてみるとこれは読み手としての評論家の自由勝手な言い分ともいえる。
永井さんは「おわりに」の章で静かに反論されている。自分を含め物語を書く側としては作品全体のモチーフを常に考えざるを得ない。最愛の人に生き別れ仏門に帰依する人、西国浄土を祈念して海に身を投げる人を物語ることで、混迷する濁世の中に一筋の道を指し示すこと、これこそが古来何十、何百という聴衆を前にした琵琶法師が語り継いできたものだと。批評家と作家の違いが興味深い。
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平家物語の女性たち (文春文庫) 文庫 – 1979/2/1
永井 路子
(著)
平清盛、源義経、木曽義仲らが華麗に活躍した平家物語の表舞台の陰で、ひつそりと美しく生きていた女たち。建礼門院、静御前などおなじみのヒロインたちが総登場
- 本の長さ254ページ
- 言語日本語
- 出版社文藝春秋
- 発売日1979/2/1
- ISBN-104167200058
- ISBN-13978-4167200053
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登録情報
- 出版社 : 文藝春秋 (1979/2/1)
- 発売日 : 1979/2/1
- 言語 : 日本語
- 文庫 : 254ページ
- ISBN-10 : 4167200058
- ISBN-13 : 978-4167200053
- Amazon 売れ筋ランキング: - 57,034位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
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トップレビュー
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2015年11月24日に日本でレビュー済み
「平家物語」をテキストに読み解く女性たちの生きざま。
「平家物語」という「虚構」と「史実」の違いを丁寧に追いかけ、虚実の間隙にある作者の意図や聴衆の関心を分析する永井先生の手際があざやかです。
有名なエピソードが史実としては疑わしかったり、逆にこんな端役がという登場人物がホントに実在していたりで、思いがけない虚実の関係は目からまさにウロコ。「平家物語」の作者は幅広く逸話を集めていながら、政治的背景には無知だったという分析もなるほどと納得。
そして何より、二位の尼、大納言典侍の他、脇役だからこそ過剰な脚色を免れ、リアリティのある、血の通った人間として描写されたという逆説が強く印象に残る「平家物語」作品論であります。
「平家物語」という「虚構」と「史実」の違いを丁寧に追いかけ、虚実の間隙にある作者の意図や聴衆の関心を分析する永井先生の手際があざやかです。
有名なエピソードが史実としては疑わしかったり、逆にこんな端役がという登場人物がホントに実在していたりで、思いがけない虚実の関係は目からまさにウロコ。「平家物語」の作者は幅広く逸話を集めていながら、政治的背景には無知だったという分析もなるほどと納得。
そして何より、二位の尼、大納言典侍の他、脇役だからこそ過剰な脚色を免れ、リアリティのある、血の通った人間として描写されたという逆説が強く印象に残る「平家物語」作品論であります。
2012年10月24日に日本でレビュー済み
永井路子さんが平家物語内の女性について考察した御本。
祇王と仏御前は本当にいたのか?
と、いったように平家物語の作中の女性の史実と虚構を考察したもので
当時の世相、仏教思想と絡めて考察している。
実際のヒロインはこうだったのよ、と書かれてみると
ああ、やっぱりと思える反面、夢=イメージを返せー!!と少々駄々をこねたくなってきます。
まあ、そこまで平家物語のヒロイン(ヒーローもだけど)魅力的なんでしょうね。
個人的に気になったのは、清盛の妻女、時子と徳子のくだりです。
路子さんはどうも時子の潔さと内助の功に惚れこみ、
また潔い死を褒め称えているのですが、どうもこれが気に障るのです。
時子にくらべて徳子は〜というくだりに至っては不快。
「どうして徳子は安徳天皇とともに飛び込まなかったのか、覚悟が足らない」
と、おっしゃるあたりは少々怒りが沸いてまいりました。
時子にとっては安徳天皇は確かに尊いのだけど、沢山いるお孫さんのお一人なのです。
すでに多数の子供さんとお孫さんが戦死し、残った肉親も敗戦を目前として死が確実になっている以上
共に滅ばなければ哀れだろうと思っても仕方ないかもしれません。
しかし、徳子にとっては安徳帝はたった一人のお子さんだったのです。
この差を考慮しなければ、あの行動は説明できません。
母親にとって、子供はどんな形でも生きていて欲しいものです。
安徳帝は平家の血を引く子であっても帝であり、捕らえられても命だけは助かった可能性は高いのです。
大人たちの都合で御祖母さんの死出の道連れにされたことは単なるエゴイズムとしか思えません。
ましてや、子供の命を惜しいと思った母親は誰も責められないでしょう。
祇王と仏御前は本当にいたのか?
と、いったように平家物語の作中の女性の史実と虚構を考察したもので
当時の世相、仏教思想と絡めて考察している。
実際のヒロインはこうだったのよ、と書かれてみると
ああ、やっぱりと思える反面、夢=イメージを返せー!!と少々駄々をこねたくなってきます。
まあ、そこまで平家物語のヒロイン(ヒーローもだけど)魅力的なんでしょうね。
個人的に気になったのは、清盛の妻女、時子と徳子のくだりです。
路子さんはどうも時子の潔さと内助の功に惚れこみ、
また潔い死を褒め称えているのですが、どうもこれが気に障るのです。
時子にくらべて徳子は〜というくだりに至っては不快。
「どうして徳子は安徳天皇とともに飛び込まなかったのか、覚悟が足らない」
と、おっしゃるあたりは少々怒りが沸いてまいりました。
時子にとっては安徳天皇は確かに尊いのだけど、沢山いるお孫さんのお一人なのです。
すでに多数の子供さんとお孫さんが戦死し、残った肉親も敗戦を目前として死が確実になっている以上
共に滅ばなければ哀れだろうと思っても仕方ないかもしれません。
しかし、徳子にとっては安徳帝はたった一人のお子さんだったのです。
この差を考慮しなければ、あの行動は説明できません。
母親にとって、子供はどんな形でも生きていて欲しいものです。
安徳帝は平家の血を引く子であっても帝であり、捕らえられても命だけは助かった可能性は高いのです。
大人たちの都合で御祖母さんの死出の道連れにされたことは単なるエゴイズムとしか思えません。
ましてや、子供の命を惜しいと思った母親は誰も責められないでしょう。
2017年5月10日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
平家物語は悲しいお話ですが、この本で今までになく人物像がいきいきと浮かんできました。悲しいのは苦手ですが、この本は楽しんで読めました。読みやすさは著者のおかげです。
2011年7月2日に日本でレビュー済み
この文庫本は、昔読んだことがある。
今回、新装版が刊行され、「二位の尼 時子」と「おわりに」が加筆修正されたので、購入した。
私は、「建礼門院」を真っ先に読んだ。次いで「二位の尼 時子」を熟読した。
平家物語の最終章、後白河法皇と建礼門院が再会し語り合う大原御幸。
著者は、平家物語の解説だけではなく、ほんとうの史実はどうだったのかと踏み込んで解説される。
これはまるでミステリーを読んでいる感触である。
果たして、著者の分析では、大原御幸は史実としては無く、平家物語の創作と結論づけされている。
また、一般的な受け取りとしては、平家物語の中で、建礼門院は、不幸なヒロインの代表とされているが、
著者は、むしろそれは二位の尼であると言われる。それだけ、加筆修正された「二位の尼 時子」は力が入っている。
壇の浦で孫の安徳天皇を抱えて海に飛び込む二位の尼へのコメントは、胸に何かがこみ上げてくるほど迫力がある。
平家物語で立派な賢者とされている平重盛が、史実では、それは疑わしいと指摘されたのも筆者であった。
物語と史実、それを対比させたながらの解説は、いつもながら、すばらしいと思う。
今回、新装版が刊行され、「二位の尼 時子」と「おわりに」が加筆修正されたので、購入した。
私は、「建礼門院」を真っ先に読んだ。次いで「二位の尼 時子」を熟読した。
平家物語の最終章、後白河法皇と建礼門院が再会し語り合う大原御幸。
著者は、平家物語の解説だけではなく、ほんとうの史実はどうだったのかと踏み込んで解説される。
これはまるでミステリーを読んでいる感触である。
果たして、著者の分析では、大原御幸は史実としては無く、平家物語の創作と結論づけされている。
また、一般的な受け取りとしては、平家物語の中で、建礼門院は、不幸なヒロインの代表とされているが、
著者は、むしろそれは二位の尼であると言われる。それだけ、加筆修正された「二位の尼 時子」は力が入っている。
壇の浦で孫の安徳天皇を抱えて海に飛び込む二位の尼へのコメントは、胸に何かがこみ上げてくるほど迫力がある。
平家物語で立派な賢者とされている平重盛が、史実では、それは疑わしいと指摘されたのも筆者であった。
物語と史実、それを対比させたながらの解説は、いつもながら、すばらしいと思う。
2014年3月20日に日本でレビュー済み
本書は、平家物語に登場する12人の女性を語ったエッセイです。
永井ファンであり、平安末期の本を読み耽っているため購入しました。
いろいろな資料から人物像を描き出しており、期待通りに楽しめる内容でした。
平家物語や平安末期に興味のある方には「平家物語」と併せて読むことをお勧めします。
角川ビギナーズ・クラシックス「平家物語」を読んだ直後に本書を読んだのですが
こちらを先に読んだ方が良かったかなと思う点もあり、
どちらを先に読むかは悩ましいところです。
永井ファンであり、平安末期の本を読み耽っているため購入しました。
いろいろな資料から人物像を描き出しており、期待通りに楽しめる内容でした。
平家物語や平安末期に興味のある方には「平家物語」と併せて読むことをお勧めします。
角川ビギナーズ・クラシックス「平家物語」を読んだ直後に本書を読んだのですが
こちらを先に読んだ方が良かったかなと思う点もあり、
どちらを先に読むかは悩ましいところです。
2003年6月15日に日本でレビュー済み
時の権力者・平清盛に翻弄され世を捨てた祇王、祇女、仏御前、高倉天皇の寵愛を受け苦悩する葵女御、小督局、白河法皇に愛されのちの平清盛白河法皇落胤伝説のきっかけとなった祇園女御、美貌のあまり前代未聞の二代の后となった藤原多子、平家一門の栄華と盛衰の象徴でもある建礼門院・平徳子など、平家物語に登場する女性をターゲットにした1冊です。時代に翻弄された彼女達の悲劇を読み取ってください。
2013年1月29日に日本でレビュー済み
「平家物語」に登場する11人の女たちを史実と歴史資料で考察した一冊。
物語の成立の過程を始め、彼女達それぞれのエピソード、通説と史実の違い、果ては不詳とされる平家物語の作者の推理にも及んでいて、とても読み応えがありました。
ただ巴はどんな形にしろ存在して欲しい。
また二位の尼(平時子)は著者のイメージばかりが先行し、やがて長編作品にもなるので思い入れが相当あるようですが、彼女を著者同様に潔い女傑として共感するのは難しいです(この辺りは全く好みの問題ですが)。
どうも源氏贔屓の気配がある私ですが、平家側にも興味を持たせてくれる一冊でした。
※新装版ではない本でのレビューになります。
物語の成立の過程を始め、彼女達それぞれのエピソード、通説と史実の違い、果ては不詳とされる平家物語の作者の推理にも及んでいて、とても読み応えがありました。
ただ巴はどんな形にしろ存在して欲しい。
また二位の尼(平時子)は著者のイメージばかりが先行し、やがて長編作品にもなるので思い入れが相当あるようですが、彼女を著者同様に潔い女傑として共感するのは難しいです(この辺りは全く好みの問題ですが)。
どうも源氏贔屓の気配がある私ですが、平家側にも興味を持たせてくれる一冊でした。
※新装版ではない本でのレビューになります。