丁寧に梱包されており、商品も説明通りの状態でとても満足です。もう書店では買えない本なので、こちらで安価で購入できて助かりました。
エーコの独特の文章、世界観を楽しめる作品だと思います。
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フーコーの振り子 下 (文春文庫 エ 5-2) 文庫 – 1999/6/10
二千年王国を夢みるテンプル騎士団。秘密の記号にこめられた世界制覇への野望とは?二十世紀最高の知的興奮小説、待望の文庫化
- 本の長さ581ページ
- 言語日本語
- 出版社文藝春秋
- 発売日1999/6/10
- ISBN-104167254468
- ISBN-13978-4167254469
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登録情報
- 出版社 : 文藝春秋 (1999/6/10)
- 発売日 : 1999/6/10
- 言語 : 日本語
- 文庫 : 581ページ
- ISBN-10 : 4167254468
- ISBN-13 : 978-4167254469
- Amazon 売れ筋ランキング: - 419,919位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- - 80位イタリア文学研究
- - 139位イタリア文学 (本)
- - 5,443位文春文庫
- カスタマーレビュー:
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トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
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2002年6月30日に日本でレビュー済み
はっきり言って、この先一生この話を完全に理解することは出来ないかも。
それでも十分おもしろかった。
たぶんヨーロッパ中世のいかがわしさに興味のない人には、
全然おもしろくない話だと思うけれど、
澁澤龍彦系が好きな人には、かなりおいしい話だと思う。
サスペンスフルな展開で、
テンプル騎士団の謎が少しずつ明かされていくところは、
これって本当の話なのかと思わせるくらい説得力があった。
未だにヨーロッパって裏でいかがわしい秘密結社なんかが
はばをきかせていても納得できる雰囲気があるしね。
それからクセのある登場人物の話や、出版界の裏話なんかも楽しい。
一番好きなのは、かなりモンティ・パイソン入っている
大学改革構想のところ。
まったく無意味な学科を創るという遊び(?)だけれど、
思わずニヤニヤして、自分でも考えてしまった
(「サハラ砂漠の群集心理」とか「南極農業史」とか
くだらないけど、頭は使う)。
とりあえず読み終えたことで、自分で自分をほめたくなるし、
これ読んだってだけで、インテリになった気分が味わえることだけは、
間違いないと思います。
それでも十分おもしろかった。
たぶんヨーロッパ中世のいかがわしさに興味のない人には、
全然おもしろくない話だと思うけれど、
澁澤龍彦系が好きな人には、かなりおいしい話だと思う。
サスペンスフルな展開で、
テンプル騎士団の謎が少しずつ明かされていくところは、
これって本当の話なのかと思わせるくらい説得力があった。
未だにヨーロッパって裏でいかがわしい秘密結社なんかが
はばをきかせていても納得できる雰囲気があるしね。
それからクセのある登場人物の話や、出版界の裏話なんかも楽しい。
一番好きなのは、かなりモンティ・パイソン入っている
大学改革構想のところ。
まったく無意味な学科を創るという遊び(?)だけれど、
思わずニヤニヤして、自分でも考えてしまった
(「サハラ砂漠の群集心理」とか「南極農業史」とか
くだらないけど、頭は使う)。
とりあえず読み終えたことで、自分で自分をほめたくなるし、
これ読んだってだけで、インテリになった気分が味わえることだけは、
間違いないと思います。
2017年3月6日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
評者がかって読んだリチャード・フォーティ著『乾燥標本収蔵1号室―大英自然史博物館 迷宮への招待』という本の末尾で著者は下の・・・内のようなことを書いていたので転載したい。
・・・ 「わたしは、わが類人猿の祖先に一途な誇りを抱いている。自分がかっては樹上に棲むすばらしい毛むくじゃらなやつであり、わたしの肉体は、とてつもない時間をかけて、クラゲ、ゴカイ、ナメクジ、魚、恐竜、猿人類を経て受け継がれてきたものだと考えるとうれしくなる。祖先としては、エデンの園のつまらないカップルのほうがいいなんて、だれが願うだろう。」・・・
このリチャード・フォーティの言葉が評者の心の琴線に触れれたからいまだによく覚えているのです。
テンプル騎士団がテーマの卒業論文を書いているカゾボンは、ベルボに頼まれてアルデンティ大佐の書いた原稿の話を聴くところに同席することになった。
アルデンティ大佐の原稿には、竜騎兵のインゴルフという男が19世紀末に、プロヴァンの穀物倉庫の地下深くから見つけ出した小箱の中から出てきたという暗号のような紙片に書かれている文字を大佐が翻訳した文章をカゾボン、ベルボ、ディオタッレーヴィが聞くことになる。
ベルボはその原稿に興味を持ちながらも、大佐のテンプル騎士団についての原稿に興味を示さないふりをして本の出版を受け合うことはしなかった。
話を聞いた3人は、大佐の持ち込んだ、このテンプル騎士団の話に興味をそそられてしまったので調べ始めたことが事の発端である。
本書『フーコーの振り子』は、旧約聖書より古い時代のユダヤ民族の宗教まで遡ったり、世界中の原始宗教やカルト教団などにも触れながら「なぜテンプル騎士団が断罪されたのか?」「断罪を逃れていた騎士団の秘密=現在までその秘密組織が暗躍しているのか?」「地下電流とエッフェル塔?」「フコーの振り子が昔の地図でその場所を示す?」「地下鉄が造られ真の目的は?」「地下電流とナチス・ヒットラーとの因縁?」「薔薇十字団という秘密結社とフリーメーソンの関係は?」「サン・ジェルマン伯爵の不死伝説と錬金術の研究?」「ベーコン派と敵対する組織?」・・・エトセトラ&エトセトラと、この世界を支配する秘密組織がどこに存在するのか解き明かすことで紆余曲折(荒唐無稽とも思われるような挿話が多いが・・・)しながら、主人公のカゾボン、ベルボ、ディオタッレーヴィ(ディオッタレーヴィは、謎解きにとり憑かれたのか体調を崩し入院して亡くなってしまう)3人がその謎の究明に囚われてしまった。
上巻初めでパリからカボゾンへ電話してきて会話の途中で何者かに襲われ失踪したベルボの運命は・・・?
そしてアルデンティ大佐が殺され刑事が現場へきた時には、その死体が消えてしまっていた謎などと物語は混沌として読者を翻弄してゆく。
この3人が憑かれたように謎を解き明かそうとしてゆく過程を読ませようと、著者のエーコは容赦なく読者に強いるのである。
が、読みだした本は最後まで読む主義だから頑張って読み進むことにしたのです。
とにかく西欧(西欧以外もあり)の歴史、宗教史、哲学史、科学史、それに、科学者、哲学者、政治家、宗教家、などの知識がないと読み進むことに戸惑いを感じてしまうのは評者だけではないだろう。
フランシス・ベーコンがシェークスピアのゴーストライターだった(このようなシェイクスピア別人説は存在した)とか、ドンキホーテの作者は、セルバンテスではなくベーコンだった、などと読むと著者のエーコは、歴史の虚実を混交しながら読者を翻弄することを目的にして本書を書き上げているように思えてきてしまったのである。
本書『フーコーの振り子』では、評者だけの感じたことかもしれないが、訳者の訳語にも違和感を覚えてしまったのです。
たとえば鍵言葉という訳語のルビにキーワードとしてある必要があるのだろうか?これはそのまま「キーワード」と書けばよいと思う。
「ホメオパチーの療法」なんてことを知っていないのは評者が無知だからなだろうか?
本書のなかには、横文字(特に英語)がたびたびでてきますが、翻訳なしでは読者に親切ではないように思います。
その他、「生命の樹」(見開きページにある図)、「薔薇十字団」、「トーラー」、「ミシュナー」、「ヘーレム 」、「ゲマトリア」、「ノタリコン」、「カバラ 」、「イマーム」等々多くのことを知らなければページを繰っても本当に理解(読書を楽しむことも)できないのではないだろうか。
評者は、気楽に本書を読み流そうと思ったものの、やはり知らない人名などが出てくる度に、ウィキペディアのお世話になりながら本書を読みすすむことになってしまったのです。
上・下巻で1100ページを超える長編だからページ数に限りがあるかも知れないが、脚注を巻末に付記してほしかった。
ネタバレになるが、狂信的なカルト集団の秘密について暗号のような紙片に書かれている文字を、「これは洗濯屋さんの配達伝票みたいなものだからよ」と、カゾボンの妻リアが、この紙片が昔の花屋さんのメモだと、暗号でもなんでもないと謎解きしてから、この物語はカゾボンがパリで異常な体験(これが上巻の幕開きのところです)へと誘い、そのあとミラノに戻り、そしてベルボの故郷の家を訪れたところでながながと情景描写と心情描写しながら余韻を残して「了」の文字で終える。
神の創造した世界に住む人間の祖先が、「エデンの園のつまらないカップルのほうがいいなんて」微塵も願っていない評者にとって、本書のテーマについてゆくには相当の忍耐が必要になってきてしまったのですが、記号学の権威エーコならではのジグソーパズルを解くような長編『フーコーの振り子』の上・下巻を、なんとか頑張って読み終えました。
・・・ 「わたしは、わが類人猿の祖先に一途な誇りを抱いている。自分がかっては樹上に棲むすばらしい毛むくじゃらなやつであり、わたしの肉体は、とてつもない時間をかけて、クラゲ、ゴカイ、ナメクジ、魚、恐竜、猿人類を経て受け継がれてきたものだと考えるとうれしくなる。祖先としては、エデンの園のつまらないカップルのほうがいいなんて、だれが願うだろう。」・・・
このリチャード・フォーティの言葉が評者の心の琴線に触れれたからいまだによく覚えているのです。
テンプル騎士団がテーマの卒業論文を書いているカゾボンは、ベルボに頼まれてアルデンティ大佐の書いた原稿の話を聴くところに同席することになった。
アルデンティ大佐の原稿には、竜騎兵のインゴルフという男が19世紀末に、プロヴァンの穀物倉庫の地下深くから見つけ出した小箱の中から出てきたという暗号のような紙片に書かれている文字を大佐が翻訳した文章をカゾボン、ベルボ、ディオタッレーヴィが聞くことになる。
ベルボはその原稿に興味を持ちながらも、大佐のテンプル騎士団についての原稿に興味を示さないふりをして本の出版を受け合うことはしなかった。
話を聞いた3人は、大佐の持ち込んだ、このテンプル騎士団の話に興味をそそられてしまったので調べ始めたことが事の発端である。
本書『フーコーの振り子』は、旧約聖書より古い時代のユダヤ民族の宗教まで遡ったり、世界中の原始宗教やカルト教団などにも触れながら「なぜテンプル騎士団が断罪されたのか?」「断罪を逃れていた騎士団の秘密=現在までその秘密組織が暗躍しているのか?」「地下電流とエッフェル塔?」「フコーの振り子が昔の地図でその場所を示す?」「地下鉄が造られ真の目的は?」「地下電流とナチス・ヒットラーとの因縁?」「薔薇十字団という秘密結社とフリーメーソンの関係は?」「サン・ジェルマン伯爵の不死伝説と錬金術の研究?」「ベーコン派と敵対する組織?」・・・エトセトラ&エトセトラと、この世界を支配する秘密組織がどこに存在するのか解き明かすことで紆余曲折(荒唐無稽とも思われるような挿話が多いが・・・)しながら、主人公のカゾボン、ベルボ、ディオタッレーヴィ(ディオッタレーヴィは、謎解きにとり憑かれたのか体調を崩し入院して亡くなってしまう)3人がその謎の究明に囚われてしまった。
上巻初めでパリからカボゾンへ電話してきて会話の途中で何者かに襲われ失踪したベルボの運命は・・・?
そしてアルデンティ大佐が殺され刑事が現場へきた時には、その死体が消えてしまっていた謎などと物語は混沌として読者を翻弄してゆく。
この3人が憑かれたように謎を解き明かそうとしてゆく過程を読ませようと、著者のエーコは容赦なく読者に強いるのである。
が、読みだした本は最後まで読む主義だから頑張って読み進むことにしたのです。
とにかく西欧(西欧以外もあり)の歴史、宗教史、哲学史、科学史、それに、科学者、哲学者、政治家、宗教家、などの知識がないと読み進むことに戸惑いを感じてしまうのは評者だけではないだろう。
フランシス・ベーコンがシェークスピアのゴーストライターだった(このようなシェイクスピア別人説は存在した)とか、ドンキホーテの作者は、セルバンテスではなくベーコンだった、などと読むと著者のエーコは、歴史の虚実を混交しながら読者を翻弄することを目的にして本書を書き上げているように思えてきてしまったのである。
本書『フーコーの振り子』では、評者だけの感じたことかもしれないが、訳者の訳語にも違和感を覚えてしまったのです。
たとえば鍵言葉という訳語のルビにキーワードとしてある必要があるのだろうか?これはそのまま「キーワード」と書けばよいと思う。
「ホメオパチーの療法」なんてことを知っていないのは評者が無知だからなだろうか?
本書のなかには、横文字(特に英語)がたびたびでてきますが、翻訳なしでは読者に親切ではないように思います。
その他、「生命の樹」(見開きページにある図)、「薔薇十字団」、「トーラー」、「ミシュナー」、「ヘーレム 」、「ゲマトリア」、「ノタリコン」、「カバラ 」、「イマーム」等々多くのことを知らなければページを繰っても本当に理解(読書を楽しむことも)できないのではないだろうか。
評者は、気楽に本書を読み流そうと思ったものの、やはり知らない人名などが出てくる度に、ウィキペディアのお世話になりながら本書を読みすすむことになってしまったのです。
上・下巻で1100ページを超える長編だからページ数に限りがあるかも知れないが、脚注を巻末に付記してほしかった。
ネタバレになるが、狂信的なカルト集団の秘密について暗号のような紙片に書かれている文字を、「これは洗濯屋さんの配達伝票みたいなものだからよ」と、カゾボンの妻リアが、この紙片が昔の花屋さんのメモだと、暗号でもなんでもないと謎解きしてから、この物語はカゾボンがパリで異常な体験(これが上巻の幕開きのところです)へと誘い、そのあとミラノに戻り、そしてベルボの故郷の家を訪れたところでながながと情景描写と心情描写しながら余韻を残して「了」の文字で終える。
神の創造した世界に住む人間の祖先が、「エデンの園のつまらないカップルのほうがいいなんて」微塵も願っていない評者にとって、本書のテーマについてゆくには相当の忍耐が必要になってきてしまったのですが、記号学の権威エーコならではのジグソーパズルを解くような長編『フーコーの振り子』の上・下巻を、なんとか頑張って読み終えました。
2019年5月23日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
「薔薇の名前」で苦渋を舐めたにも関わらず、また作者の作品を読むという愚を犯してしまった。上巻を読んでウンザリし、しばらく放って置いたのだが、意を決して下巻を読んでみた。感想はほぼ同様で、作者は確かに世界的な記号学者なのかも知れないが、作家としての資質は乏しい。読者の楽しみのために小説を書くと言うよりは、自身の博識を"ひけらかす"ために小説を書いているという衒学趣味が濃厚で、読んでいて少しも面白くない。博識を文学へと昇華させたボルヘスとは大違いである。
<薔薇十字・テンプル騎士団(しかし、作者はこのテーマが好きですねぇ~)>600年の「計画」に気付いた主人公達3名が、「フーコーの振り子」が指し示す位置にその「計画」図があるとして想像を巡らす(妄想に浸る)物語なのだが、薀蓄が煩わしい。錬金術、フリーメーソン、カバラ主義、両性具有の天使、「子宮=宇宙」という世界観、「フーコーの振り子=地球の臍」説、地電流(意味不明)、主人公達の1名が「フーコーの振り子」の不動点、ヒトラーと「地球空洞説」、精液と経血による聖列文字、テンプル騎士団の分派のベーコン派、入会時の秘儀等々、夥しい薀蓄が披露されるが、読者は置き去りである。<テンプル騎士団>を初めとするヨッロッパの暗黒時代の事柄に興味を持つ日本人が居るだろうか?。
そして、結末を読むと、何だか表向きは「西遊記」の結末に似ているのである(即ち、このテーマ・展開で結末は仏教的!)。それとも、作中の「私」のメタ・フィクションという事なのだろうか ? 一筋縄では行かない。上巻と比較すると視界が少し開けて、ようやく読破出来たが、この結末には落胆した。作者の衒学趣味を好む方だけが楽しめる作品。大作だが読破する価値が殆どない駄作だと思った。
<薔薇十字・テンプル騎士団(しかし、作者はこのテーマが好きですねぇ~)>600年の「計画」に気付いた主人公達3名が、「フーコーの振り子」が指し示す位置にその「計画」図があるとして想像を巡らす(妄想に浸る)物語なのだが、薀蓄が煩わしい。錬金術、フリーメーソン、カバラ主義、両性具有の天使、「子宮=宇宙」という世界観、「フーコーの振り子=地球の臍」説、地電流(意味不明)、主人公達の1名が「フーコーの振り子」の不動点、ヒトラーと「地球空洞説」、精液と経血による聖列文字、テンプル騎士団の分派のベーコン派、入会時の秘儀等々、夥しい薀蓄が披露されるが、読者は置き去りである。<テンプル騎士団>を初めとするヨッロッパの暗黒時代の事柄に興味を持つ日本人が居るだろうか?。
そして、結末を読むと、何だか表向きは「西遊記」の結末に似ているのである(即ち、このテーマ・展開で結末は仏教的!)。それとも、作中の「私」のメタ・フィクションという事なのだろうか ? 一筋縄では行かない。上巻と比較すると視界が少し開けて、ようやく読破出来たが、この結末には落胆した。作者の衒学趣味を好む方だけが楽しめる作品。大作だが読破する価値が殆どない駄作だと思った。
2020年6月1日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
商品状態「非常に良い」で本体はよかったのですが、せめて焼けは綺麗にして欲しかったです。上巻を他店で「非常に良い」で買いましたが、並べると色が違ってとても古く見えます。安いものもあるなかで「非常に良い」を選んでいる理由を想像していただきたいと思いました。とても残念です。
2016年1月4日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
薔薇の名前は楽しく読めましたが
こちらは、途中で断念。時期をかえて
また挑戦してみたいが・・・・
こちらは、途中で断念。時期をかえて
また挑戦してみたいが・・・・
2022年12月25日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
中古本としては、それなりに良いと思う。本の内容が、素晴らしい事を期待して、楽しみにしています。