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志ん生、そして志ん朝 名人 (文春文庫 こ 6-19) 文庫 – 2007/2/9
小林 信彦
(著)
古今亭志ん朝の死に衝撃を受けた著者が、その父・志ん生を軸に描く、江戸落語へのオマージュにして、失われた「言葉」へのレクイエム
- 本の長さ237ページ
- 言語日本語
- 出版社文藝春秋
- 発売日2007/2/9
- ISBN-104167256193
- ISBN-13978-4167256197
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登録情報
- 出版社 : 文藝春秋 (2007/2/9)
- 発売日 : 2007/2/9
- 言語 : 日本語
- 文庫 : 237ページ
- ISBN-10 : 4167256193
- ISBN-13 : 978-4167256197
- Amazon 売れ筋ランキング: - 1,301,526位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- - 2,206位落語・寄席・演芸 (本)
- - 9,320位演劇 (本)
- - 10,788位文春文庫
- カスタマーレビュー:
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トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
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2019年1月9日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
人同士の会話、呼吸が素晴らしい。マニュアルで口先だけで喋ってる今の若者に読んでほしい。
2020年2月18日に日本でレビュー済み
安藤鶴夫、江國滋といった人々の先行する文業、明治以来の落語、記録、放送のあとに続く戦前、戦中、戦後の時代の中での落語界の変化を知っていながら、自分は、自身の見聞を記す態度に徹するというルールを定めて、子どもの頃から志ん朝死去までの時代の落語に対する感想をまとめてあります。中には、志ん朝の姉上の著作への言及もあります。
大河ドラマ『いだてん』の季節のあとで、本書を読み直しています。きわめて正確な表現と、先にあげたルールを徹底して守り抜いたという持続力とが両方感じられて、これは鮮やかなものであると思いました。
無論、このあとは読者として、志ん生、馬生、志ん朝の記録にあたることにします。楽しみです。
それにしても、馬生さんは遺言で日記を破却されたとのこと。思いがそこにつまっていたのでしょう。
大河ドラマ『いだてん』の季節のあとで、本書を読み直しています。きわめて正確な表現と、先にあげたルールを徹底して守り抜いたという持続力とが両方感じられて、これは鮮やかなものであると思いました。
無論、このあとは読者として、志ん生、馬生、志ん朝の記録にあたることにします。楽しみです。
それにしても、馬生さんは遺言で日記を破却されたとのこと。思いがそこにつまっていたのでしょう。
2019年10月8日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
他のレビュアーの方が書かれているように、旧版との違いとして、1981年の「ブルータス」での志ん朝との対談が追加されている。
ところが、この本だけをみると、その「対談追加」の事実がわからない。
この本にも再録されている2003年の朝日選書刊行時の「あとがき」に、今回、一文の追加がされていて。最初の版から、対談が載っていたようにみえてしまう。
なんで、そんな、わかりにくい変なことをしたのか、意味不明。
ところが、この本だけをみると、その「対談追加」の事実がわからない。
この本にも再録されている2003年の朝日選書刊行時の「あとがき」に、今回、一文の追加がされていて。最初の版から、対談が載っていたようにみえてしまう。
なんで、そんな、わかりにくい変なことをしたのか、意味不明。
2018年10月22日に日本でレビュー済み
親本の朝日新書も文庫化された文春文庫版も持っていますが、それでもこれを購入したのはそれらのあとがきでも触れられているように2つの版には収録されなかった志ん朝との対談が収録されているからです。
具体的にはBRUTUS1981年2月15日号と東京人1986年7月号のものを載せたかったようですが、理由は書かれていませんけど親本のあとがきによるとそれが叶わなかったということでした。
この文庫にはBRUTUS掲載の対談だけが入れられています。
(個人的な話ですが、東京人の対談はコピーを入手することができました)
ニューヨークに行った話から芸談になっていくんですが、芸事に関係ない生活を送っている自分のようなものでも落語を聴くことに関して示唆に富み、興味深く読むことができました。
森卓也さんの解説は加筆ということになっていますが、文春文庫版と見比べましたけど肩書き等の時制を一致させたり(話に出てくる落語家に代数を付けたり、サラリーマンで退職した方は当時の肩書きだという説明を加えたり等)、送り仮名や傍点の変更で内容について大変わりしているものではありません。
私が気づいた限りですが一番大きな変更点は終盤にあった「帰りしな」という語を削除していたことでした。
(2020.9.12加筆修正しました)
具体的にはBRUTUS1981年2月15日号と東京人1986年7月号のものを載せたかったようですが、理由は書かれていませんけど親本のあとがきによるとそれが叶わなかったということでした。
この文庫にはBRUTUS掲載の対談だけが入れられています。
(個人的な話ですが、東京人の対談はコピーを入手することができました)
ニューヨークに行った話から芸談になっていくんですが、芸事に関係ない生活を送っている自分のようなものでも落語を聴くことに関して示唆に富み、興味深く読むことができました。
森卓也さんの解説は加筆ということになっていますが、文春文庫版と見比べましたけど肩書き等の時制を一致させたり(話に出てくる落語家に代数を付けたり、サラリーマンで退職した方は当時の肩書きだという説明を加えたり等)、送り仮名や傍点の変更で内容について大変わりしているものではありません。
私が気づいた限りですが一番大きな変更点は終盤にあった「帰りしな」という語を削除していたことでした。
(2020.9.12加筆修正しました)
2013年12月13日に日本でレビュー済み
志ん生師、志ん朝師古今亭二代の名人のファンである著者が、落語と江戸・東京言葉について語った本です。
落語評論ではありません。小林信彦先生は「笑学百科」でも「落語評論家ではない」とことわっています。
まあ、落語の理論を語る自称・天才落語家や落語評論家などという野暮な人種ではないのでしょう。
志ん朝さんの死と志ん生さんのことを書いて、江戸言葉、漱石作品にも言及しています。ばらばらに書いた文章を
集めたのですが違和感なく読めます。著者の落語(志ん生師、志ん朝師の落語)への愛情と下町言葉へのこだわりが
わかります。
落語評論ではありません。小林信彦先生は「笑学百科」でも「落語評論家ではない」とことわっています。
まあ、落語の理論を語る自称・天才落語家や落語評論家などという野暮な人種ではないのでしょう。
志ん朝さんの死と志ん生さんのことを書いて、江戸言葉、漱石作品にも言及しています。ばらばらに書いた文章を
集めたのですが違和感なく読めます。著者の落語(志ん生師、志ん朝師の落語)への愛情と下町言葉へのこだわりが
わかります。
2014年2月20日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
内容がふるかったが、小林信彦のファンなのでおもしろい。江戸弁のおもしろさはわからない。
2007年8月4日に日本でレビュー済み
落語家、古今亭志ん生と志ん朝。二人の昭和の名人を論じた文章を集めた評論集。それだけでなく、失われた東京下町言葉そして漱石のユーモアまで論じた書である。地方出身の私には失われた下町言葉なぞ聞いたことがないが、作者は志ん朝の死と共に下町言葉が失われ、時代の終焉を論ずる。漱石のユーモアについても落語からの影響を指摘する。
東京の「粋」を追求していくと、東京それも下町の人間にしか理解できないのかもしれない。それはその地域性だからである。例えば、「マタギ」といわれる狩猟を生業とする人々の文化は他の人たちには理解されないであろう。「農業」「漁業」もしかり。しかしながら「粋」というのはその「生き様」「生活」を表す日常のことである。職業で区別されるものではない。「粋」は魅力的な響きを私たちに与えてくれるが、粋だけが全てではない。
東京の「粋」を追求していくと、東京それも下町の人間にしか理解できないのかもしれない。それはその地域性だからである。例えば、「マタギ」といわれる狩猟を生業とする人々の文化は他の人たちには理解されないであろう。「農業」「漁業」もしかり。しかしながら「粋」というのはその「生き様」「生活」を表す日常のことである。職業で区別されるものではない。「粋」は魅力的な響きを私たちに与えてくれるが、粋だけが全てではない。
2017年9月12日に日本でレビュー済み
気に入った箇所を以下に引用する。
江國滋氏の「続読書日記」(朝日新聞社)のあとがきである。
〈読書家でもないくせに「読書日記」とは厚かましい、という風には考えない。〉と、やや居丈高に出た著者は、さりげなく、次のようにつけ加える。
〈蕎麦屋の娘でもないくせに「更級日記」を名乗った先例もある。〉
なんともウィットに富んだ例えだ。
江國滋氏の「続読書日記」(朝日新聞社)のあとがきである。
〈読書家でもないくせに「読書日記」とは厚かましい、という風には考えない。〉と、やや居丈高に出た著者は、さりげなく、次のようにつけ加える。
〈蕎麦屋の娘でもないくせに「更級日記」を名乗った先例もある。〉
なんともウィットに富んだ例えだ。