【塩野七生】
日本人の歴史上の人物を論じることの少ない塩野七生だが、エッセイ集『男の肖像』(塩野七生著、文春文庫)では、14人中4人を日本人が占めている。
その中で、とりわけ興味深いのは、北条時宗に対する非常に高い評価だ。
【モンゴル襲来】
「(ヨーロッパや中近東にすさまじい影響を与えた)モンゴルに征められながら、これを撃退した民族は、日本人だけである。・・・北条時宗の短い人生は、モンゴル襲来にはじまり、モンゴル襲来にくれた一生であった。・・・しかも、17歳から33歳までの16年間である。未曾有の国難、という表現がおおげさでないこの時期、蒙古対策の正面に立ち、事実上の最高指導者でありつづけたのが時宗だった。朝廷は、異国降伏祈祷をしているだけでよかっただろうが、幕府は、実際の防衛態勢をととのえるのに必死であったにちがいない」。
「若い執権は、再三におよんだフビライからの、表面上は国交を求めながら裏では武力攻略を匂わせる国書に、1度として返書を与えていない。それどころか、2度にわたって、元使を斬り捨ててさえいる。これは、一見、外交官特権を無視した野蛮なる振舞いにみえるかもしれない。だが、これに対する欧米の反響ならば、心配する必要はない。対モンゴルであった、というだけで許されるだろう。なにしろモンゴルの残虐さときたら有名で、彼らの通過した後は、犬の吠える声もきこえず、鳥の鳴く声もなく、子供の泣く声もきこえない、といわれたほどである。対馬に上陸したモンゴル兵は、捕えた女たちの手の平に穴をあけ、そこに縄を通してじゅずつなぎに連行した、という記録もあるのだ」。
「日本が、この一見平和愛好的な国書を受けて交渉に入ったとして、誰が、高麗や南宋のように、日本も奴隷化しなかったと保証できよう。交渉に応ぜず、はじめから武力防衛に方向をしぼった時宗は、相手がモンゴルであっただけに、的確な判断をくだしたと思われるにちがいない」。
「(諸国の武士たちに、命のかぎり防戦せよと)命令を下し、武士たちをこのような(たとえどのようなことがあっても、この日本を異賊には奪われまいぞという)気分にさせることに成功した当時の時宗は、24、5歳のはずである。並みの男のできることではない。神風は、元軍敗退の主要因ではなく、幸運なる一要因ではなかったろうか」。
【北条時宗】
「『北条九代記』は、この時宗の死に際し、次のように記述している。――長年天下国家の政道に昼夜その心を砕き、朝晩これを考えつづけ、まだ栄華の盛りを、も過ぎないで、命がたちまちにお尽きになってしまったのは、実に悲しいことであった――。フビライが死ぬのは、この後10年を経た1294年である。時宗は、元軍来襲の風聞を聞きながら、死ぬしかなかったのである。その彼の胸のうちは、どのようなものであったろう。33歳で燃えつきようとする男の胸中は、いかばかりであったろう。神国日本を、誰よりも信じていなかったのは、時宗ではなかったろうか。しかし、神風を喜ぶ民衆を、喜ぶがままにさせる有効さを知っていたのも、時宗だった。われわれは、ヨーロッパが狂信の十字軍時代を過ぎ、ようやくルネサンスの黎明に染まりはじめていた時代に、早くも醒めていながら実行力も兼ねそなえた男をもったのである。しかも、700年後の欧米の大向うさえ、うならせることうけあいの男を」。
時宗が大好きな私は、辛辣な人物評価で知られる塩野がここまで時宗を絶讃していることを知り、最高の気分であある。
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男の肖像 (文春文庫 し 24-1) 文庫 – 1992/6/10
塩野 七生
(著)
人間の顔は時代を象徴する。幸運と器量に恵まれた歴史上の大人物、ペリクレス、アレクサンダー大王、カエサル、織田信長、千利休、西郷隆盛、ナポレオンなど十四名を描く。(井尻千男)
- 本の長さ206ページ
- 言語日本語
- 出版社文藝春秋
- 発売日1992/6/10
- ISBN-104167337029
- ISBN-13978-4167337025
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登録情報
- 出版社 : 文藝春秋 (1992/6/10)
- 発売日 : 1992/6/10
- 言語 : 日本語
- 文庫 : 206ページ
- ISBN-10 : 4167337029
- ISBN-13 : 978-4167337025
- Amazon 売れ筋ランキング: - 818,493位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- カスタマーレビュー:
著者について
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1937年7月7日、東京生れ。
学習院大学文学部哲学科卒業後、イタリアに遊学。1968年に執筆活動を開始し、「ルネサンスの女たち」を「中央公論」誌に発表。初めての書下ろし長編『チェーザレ・ボルジアあるいは優雅なる冷酷』により1970年度毎日出版文化賞を受賞。この年からイタリアに住む。
1982年、『海の都の物語』によりサントリー学芸賞。1983年、菊池寛賞。1992年より、ローマ帝国興亡の歴史を描く「ローマ人の物語」にとりくむ(2006年に完結)。1993年、『ローマ人の物語I』により新潮学芸賞。1999年、司馬遼太郎賞。2002年、イタリア政府より国家功労勲章を授与される。2007年、文化功労者に選ばれる。2008-2009年、『ローマ亡き後の地中海世界』(上・下)を刊行。
カスタマーレビュー
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トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
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2009年4月30日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
塩野さんの本の良いところは人間描写が優れているところだと思う。人が無意識のうちに前提としてしまいがちなこと、あるいは何となく感覚的に認識したつもりになっていることを、決して雑に通り過ぎない。この書物では14人の男が塩野さんのまな板の上に乗ったが、どれもこれもきれいにさばいて見せてくれた。
あっ、と驚いたのは、織田信長についての次の二行。
織田信長が日本人に与えた最大の贈物は、比叡山焼打ちや長島、越前の一向宗徒との対決や石山本願寺攻めに示されたような、狂信の徒の皆殺しである。
現代の日本が当たり前のように享受する政教分離の源をズバッと指摘され、うろたえてしまった。
分量は薄く手軽に(1〜2時間程度で)読めるほどのものであり、塩野文学の香りを楽しむこともできる。
あっ、と驚いたのは、織田信長についての次の二行。
織田信長が日本人に与えた最大の贈物は、比叡山焼打ちや長島、越前の一向宗徒との対決や石山本願寺攻めに示されたような、狂信の徒の皆殺しである。
現代の日本が当たり前のように享受する政教分離の源をズバッと指摘され、うろたえてしまった。
分量は薄く手軽に(1〜2時間程度で)読めるほどのものであり、塩野文学の香りを楽しむこともできる。
2018年3月5日に日本でレビュー済み
視点はなかなかユニークなのだが、それぞれの登場人物を「男性論」として
語っている部分が少なく、歴史上の位置付け的解説という読後印象。
豊富な知識はおありなのだから、もっと掘り下げて欲しかった。
「それで塩野さん、あなたにとってこの男はどうなのよ」と聞きたくなる。
移動の際などの肩の凝らない読み物としてはよいけれども。
語っている部分が少なく、歴史上の位置付け的解説という読後印象。
豊富な知識はおありなのだから、もっと掘り下げて欲しかった。
「それで塩野さん、あなたにとってこの男はどうなのよ」と聞きたくなる。
移動の際などの肩の凝らない読み物としてはよいけれども。
2015年4月9日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
良かったです。とても良い状態で、送っていただき、満足しています。
2007年3月20日に日本でレビュー済み
本書は古今東西の歴史上の有名人14名をその肖像(絵画あるいは彫刻)とともに紹介する、20年以上前に発表された作品である。各人に10頁程費やしているだけだから、短時間で気楽に楽しむことができる。古代地中海世界から選ばれているのは、ペリクレス、アレクサンダー大王、大カトー、アグリッパそしてカエサル。カエサルに関しては作者の熱い想いが告白されているかと思いきや、さにあらず、クレオパトラへの恋文の戯作。こういったお遊びも含まれているが、本書の特徴は、ヨーロッパ歴史物の著作が多い作者の、北条時宗、織田信長、千利休、西郷隆盛、毛沢東という東洋人に対する寸評が読めること。特に織田信長の宗教戦闘集団弾圧を評価している点には賛同する。彼が「日本人に与えた最大の贈り物」は「狂信の徒の皆殺しである。」とは信長の功績に対する実に痛快かつ的確な評価である。彼が4百年前に大掃除をしてくれたから、日本人は宗教に対して免疫になり、他の多くの国が今でも苦しむ宗教紛争を免れてきたのだという作者の見方は、ローマ人の物語シリーズ終盤で逆にヨーロッパ世界が宗教の弊害に苦しむことになったとする見方に通じる。信長の章では秀吉にも触れ、秀吉を信長に無我夢中で仕えさせたのは信長のカリスマ性であり、山崎の合戦以降の秀吉には興味がないと斬って捨てる。「男は、神を男同士に求め」、女は、「女のためには絶対に死なない」、とする観察は鋭い。あと、北条時宗という、あまり歴史小説の主人公として取り上げられることはないが、未曾有の国難を乗り切り33歳の若さで死んだリーダーに贈った賛辞も感動的。このように、信長と時宗の2人によせる作者のまなざしを感じることができるだけでも、本書は一読の価値があります。
2015年4月4日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
自分を磨き、律していくうえでの参考書ともなり役だっています。
2016年9月26日に日本でレビュー済み
ペリクレス、アレクサンダー大王、大カトー、ユリウス・カエサル、北条時宗
織田信長、千利休、西郷隆盛、ナポレオン、フランツ・ヨゼフ一世、
毛沢東、コシモ・デ・メディチ、マーカス・アグリッパ、チャーチル
の14人を取り上げた一冊。
利休と秀吉との緊張関係、西郷さんやメディチ氏の人間の大きさ、
アグリッパの数奇な運命などが紹介されていてなかなか面白い。
何年か後に読み直したときに、自分が誰に(どこに)注目するか、
試したくなるような一冊。
織田信長、千利休、西郷隆盛、ナポレオン、フランツ・ヨゼフ一世、
毛沢東、コシモ・デ・メディチ、マーカス・アグリッパ、チャーチル
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利休と秀吉との緊張関係、西郷さんやメディチ氏の人間の大きさ、
アグリッパの数奇な運命などが紹介されていてなかなか面白い。
何年か後に読み直したときに、自分が誰に(どこに)注目するか、
試したくなるような一冊。
2020年12月29日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
「肖像」を、国語辞典に引けば、「顔かたちや姿に似せて写した像」とある。云うならば、人の「外貌」である。本書で取り上げる14人についても、歴史上での業績や評価は、「信長」を例外として、専ら著者の「感性」に触れるに限られていて、この「感性」にフィット出来ないと、味わえないまゝ終わってしまう。
瞠目させられたのは、「信長の皆殺し」が「神や正義を代表しているなどとは一言も言わなかった信長」ゆえに、「彼自身が死んでしまえば、それで終り」、「比叡山の僧徒も一向宗徒も、まじめであればあるほど、怒りのもって行きようがなかった」、の件である。後の日本、そして世界の今を見渡せば、正しく当を得ている。
瞠目させられたのは、「信長の皆殺し」が「神や正義を代表しているなどとは一言も言わなかった信長」ゆえに、「彼自身が死んでしまえば、それで終り」、「比叡山の僧徒も一向宗徒も、まじめであればあるほど、怒りのもって行きようがなかった」、の件である。後の日本、そして世界の今を見渡せば、正しく当を得ている。