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二十世紀を精神分析する (文春文庫 き 14-5) 文庫 – 1999/10/1
岸田 秀
(著)
個人と同じように国家や民族もまた精神を病む。資本主義が猛威をふるい、ソ連が敢えなく潰れさった時代をものぐさ先生が読み解く
- 本の長さ312ページ
- 言語日本語
- 出版社文藝春秋
- 発売日1999/10/1
- ISBN-104167540061
- ISBN-13978-4167540067
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登録情報
- 出版社 : 文藝春秋 (1999/10/1)
- 発売日 : 1999/10/1
- 言語 : 日本語
- 文庫 : 312ページ
- ISBN-10 : 4167540061
- ISBN-13 : 978-4167540067
- Amazon 売れ筋ランキング: - 459,353位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- - 4,383位社会一般関連書籍
- - 5,788位文春文庫
- - 7,653位近現代日本のエッセー・随筆
- カスタマーレビュー:
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トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
レビューのフィルタリング中に問題が発生しました。後でもう一度試してください。
2020年6月5日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
相手の立場も考える事のできる良い内容であった。是非多くの人に読んで貰いたい本です。
2016年9月22日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
筆者は、正直にも「あとがき」において本書は表題が示す内容は一部分であって言はば羊頭狗肉の雑文集だといふ趣旨の事を述べてゐますが、冒頭の表題作を始め、中々の卓論が鏤(ちりば)められて居り、よき一冊にまとめられてゐると感じました。圧巻だったのは、やはり「二十世紀を精神分析する」の十七篇の文章であります。筆者のスタンスは、「世界の歴史は合理的現象としてでなく、病的現象として理解する必要がある」といふ事であり、「歴史を主として動かしているのはそこに参加した人たちが意識していない動機であると言ってよい」といふ事であります。ヨーロッパに近代産業社会が成立したわけをローマによる侵掠で伝統社会を殆ど破壊され、ギリシャ・ローマの文化とキリスト教が恰(あた)かも昔から自らのものであったかのやうに信じようとした欺瞞と仮構の幻想心理の歴史によって成立してゐるのであると喝破してゐる事であります。立派な精神と文化が近代産業社会をつくったわけではない事を思はぬ視点から明らかにしてゐるのは私にとって驚愕でありました。更に、筆者は次のやうにも言ひます。「日本が欧米文化を速やかに採り入れることができた理由は、西欧文化が近代に至って急激に発達した理由と同じなのである。西欧も借り着の文化なので従来の伝統を捨てて次から次へと新しい服に着替換えることができたのであり、それが『進歩』とか『発展』とか呼ばれたのである」と考察してゐるのであります。このやうな鋭く優れた考察には、私は今まで接した事がなく、とても新鮮で刺戟的でした。
これ以外の部分でも、新たな氣づきや刺戟になった部分が非常に多くありました。そのうちの幾つかを列挙すれば、先づ、アメリカが日本の真珠湾攻撃で本氣になって怒った理由は、日本がアメリカの事を近代化の恩人でなく、実は深く恨んでゐた事を知らされたからだといふ考察であります。アメリカは「未開」の日本をアメリカが文明化に導いた事を否定しようといふ不当な言ひがかりに目にもの見せてやるといふ怒りがアメリカにあったのであります。二つには、アメリカが戦時中の残忍さから戦後は一転して日本に対して寛容になった理由です。筆者は、その理由を「戦争中にあまりにもひどいことをしたのでその罪滅ぼしという面もあるのではないか」と記してゐるのは、とても納得のできる説明であります。三つには、岸田唯幻論の分かりやすさについて筆者は、自分の神経症の克服が契機となってゐるので、自分に分からせるといふ積年の努力でさうなったのではないかといふ趣旨を述べてゐる事です。難しい理論の森を徘徊する事なく、実践の場のアプローチし続けた事の有効性を思ひました。四つには、「青年」といふ概念が近代化とパラレルで生まれて来たものである事を明らかにした事です。近代的自我を備へた「おとなになろうとしてまだなれない未熟者が青年」てあり、さういった概念がなかったそれ以前は若者といふ年の若さを示す言葉しかなかったのであります。五つには、筆者が率直な現代学者像のイメージを開陳してゐる事です。学者の世界が殆ど論文を書かず、講義も毎年同じ講義録ノートの内容を読み上げたり、自分の教科書を強制的に買はせて自分の経済的メリットを得てゐるやうな安易な学者の姿勢を日常的に見て来て、それが当たり前に通用するのが当世の学者世界だとずっと思ってゐた旨の記述がとてもをかしくありました。後になって必ずしもさうでない立派な学者も多くゐる事を知ったと書き添へてあったのには笑ってしまひました。
最後に、まとめてみれば筆者のどの論旨も読者を頷かせ、唸らせるに足るものばかりであり、その豊かなる唯幻論の論考には脱帽するばかりであります。引き続きまして、筆者の著作に触れ続けて行かうとの思ひを新たにしてゐる次第であります。
これ以外の部分でも、新たな氣づきや刺戟になった部分が非常に多くありました。そのうちの幾つかを列挙すれば、先づ、アメリカが日本の真珠湾攻撃で本氣になって怒った理由は、日本がアメリカの事を近代化の恩人でなく、実は深く恨んでゐた事を知らされたからだといふ考察であります。アメリカは「未開」の日本をアメリカが文明化に導いた事を否定しようといふ不当な言ひがかりに目にもの見せてやるといふ怒りがアメリカにあったのであります。二つには、アメリカが戦時中の残忍さから戦後は一転して日本に対して寛容になった理由です。筆者は、その理由を「戦争中にあまりにもひどいことをしたのでその罪滅ぼしという面もあるのではないか」と記してゐるのは、とても納得のできる説明であります。三つには、岸田唯幻論の分かりやすさについて筆者は、自分の神経症の克服が契機となってゐるので、自分に分からせるといふ積年の努力でさうなったのではないかといふ趣旨を述べてゐる事です。難しい理論の森を徘徊する事なく、実践の場のアプローチし続けた事の有効性を思ひました。四つには、「青年」といふ概念が近代化とパラレルで生まれて来たものである事を明らかにした事です。近代的自我を備へた「おとなになろうとしてまだなれない未熟者が青年」てあり、さういった概念がなかったそれ以前は若者といふ年の若さを示す言葉しかなかったのであります。五つには、筆者が率直な現代学者像のイメージを開陳してゐる事です。学者の世界が殆ど論文を書かず、講義も毎年同じ講義録ノートの内容を読み上げたり、自分の教科書を強制的に買はせて自分の経済的メリットを得てゐるやうな安易な学者の姿勢を日常的に見て来て、それが当たり前に通用するのが当世の学者世界だとずっと思ってゐた旨の記述がとてもをかしくありました。後になって必ずしもさうでない立派な学者も多くゐる事を知ったと書き添へてあったのには笑ってしまひました。
最後に、まとめてみれば筆者のどの論旨も読者を頷かせ、唸らせるに足るものばかりであり、その豊かなる唯幻論の論考には脱帽するばかりであります。引き続きまして、筆者の著作に触れ続けて行かうとの思ひを新たにしてゐる次第であります。
2009年6月18日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
現在の北朝鮮と戦前の日本を同様に評価していたり、かなりおかしい。
北朝鮮は李氏朝鮮に戻ったと解釈した方が納得できるような気がする。
岡田斗司夫氏の解説も笑えますが。
北朝鮮は李氏朝鮮に戻ったと解釈した方が納得できるような気がする。
岡田斗司夫氏の解説も笑えますが。
2013年9月29日に日本でレビュー済み
アメリカには、わが国が「YES」と行ったとき、それは心からの賛同ではなく、ご機嫌取りでしかないこと、「NO」と行ったとき、それは意地と鬱憤晴らしでしかないことが見え見えである。したがって、当然のことながらアメリカはわが国の「YES」に感謝どころか軽蔑しか感じないし、「NO」と言われればその理由を理解しようとせず腹を立てるだけになる。(初出 VOICE 1994年5月号) 単行本が96年、文庫本が99年の刊行だが2013年の今日古びているか?
「国家の方針が外国の顔色に左右されるというのは言うまでもなく屈辱的なことであるが、日本政府も国民もあまり屈辱的と感じないらしいのである(括弧内省略)屈辱を屈辱と感じないのは知覚に盲点があるからである」(初出 毎日新聞 1992年6月9日)ここから内的自己と外的自己の分裂の話になる。
「社会党という現象は、アメリカに押しつけられた日本の平和憲法と非武装化を擁護する反米政党という、一種のねじれ現象である。」ーーー「この政党の役割は、戦後日本の体制、すなわち親米的自我構造から切り離され、戦後日本においては満足されようのない内的自己のある種の感情を空想的、観念的、象徴的レベルで満足させることにある。」(初出 日本経済新聞 1992年1月-4月)社会党の消滅は過去の話であるが、後継政党である社民党に未来がありそうにないと教えてくれるのは今の話である。
世代を問わずともに読める数少ない書物の再刊を希望します。
「国家の方針が外国の顔色に左右されるというのは言うまでもなく屈辱的なことであるが、日本政府も国民もあまり屈辱的と感じないらしいのである(括弧内省略)屈辱を屈辱と感じないのは知覚に盲点があるからである」(初出 毎日新聞 1992年6月9日)ここから内的自己と外的自己の分裂の話になる。
「社会党という現象は、アメリカに押しつけられた日本の平和憲法と非武装化を擁護する反米政党という、一種のねじれ現象である。」ーーー「この政党の役割は、戦後日本の体制、すなわち親米的自我構造から切り離され、戦後日本においては満足されようのない内的自己のある種の感情を空想的、観念的、象徴的レベルで満足させることにある。」(初出 日本経済新聞 1992年1月-4月)社会党の消滅は過去の話であるが、後継政党である社民党に未来がありそうにないと教えてくれるのは今の話である。
世代を問わずともに読める数少ない書物の再刊を希望します。
2004年4月10日に日本でレビュー済み
タイトルにもなっている日本経済新聞に連載された「二十世紀を精神分析する」と言う文章は全体の1/6ほどしかなく、その他は精神分析とは関係のないエッセイのようなものも含む、著者自ら言うところの雑文集となっている。
岸田節が様々な問題について炸裂しているが、一番印象に残ったのは「戦後賠償の問題」である。戦争犯罪に於ける賠償の政治的意味合いを考察しながら、日本がとるべき姿勢を明確に示している。それは、無原則な賠償をやめて応じる場合の基準を明らかにし、賠償に応じる場合は、日本も旧連合国側の同等の戦争犯罪に対して、賠償請求権があることを認めると言うものである。
このことに関してだけでなく、様々な問題を新たな視点で考える契機を与えてくれる著作である。
岸田節が様々な問題について炸裂しているが、一番印象に残ったのは「戦後賠償の問題」である。戦争犯罪に於ける賠償の政治的意味合いを考察しながら、日本がとるべき姿勢を明確に示している。それは、無原則な賠償をやめて応じる場合の基準を明らかにし、賠償に応じる場合は、日本も旧連合国側の同等の戦争犯罪に対して、賠償請求権があることを認めると言うものである。
このことに関してだけでなく、様々な問題を新たな視点で考える契機を与えてくれる著作である。