寒気のする歴史の一部、だが作者の筆力のすばらしさ、狂気スレスレのユーモアセンスで、あたかも優れたエンターテイメント作品であるかのように読むことができる。また、作者がこの悲惨な実験後50年を、たしかに生き延びてきたという事実にも救われる。読後感は覚悟していたほどは悪くなかった。
もし本作を映画にしたら物凄い怪作になるだろう・・・と思ったら、ボー・ゴールドマンは同じエニウェトク島の体験から『カッコーの巣の上で』を製作したとか。作者とゴールドマンは一度だけ島で会っていて作中にも登場する。監督以外の人物はすべて架空だが、そこで起きたことは、すべて事実。
(内容に触れています)
1955年から一年間、兵役二年目の「私」はエニウェトク島に送られる。直前に行われた核実験によるビキニ湾の悲劇は、まだ世間に公表されておらず、「私」たち若い兵士らは、何をするのかを知らずに到着。任務について説明する、少佐のセリフが、福島事故を経験中の私たちには恐ろしい。「一に安全、二に安全、三に安全」「時として微量の被曝はあるかもしれないが、その量は歯医者で撮るX写真並みのもの」・・・非番のときは、スポーツしても良いし、泳いでも良い、こんな実験に立ち会えるのは滅多にない経験だから「楽しめ」・・・
「私」は海に潜り、三つの目がある魚を見て戦慄、アメリカ本土からガールフレンドに資料を送ってもらい、自分たちはアメリカが水爆実験後「なんの害もない」ことを世界に証明するために滞在させられているのではと推察、あまりの恐ろしさに「笑い」を選ぶ。
島は笑うしかない狂気に満ちていた。各国マスコミが集まる部屋の調度を美しく整えるため、他のものを運送するスペースがない、そんな理由で、ゴーグルは士官たちにしか配られなかった。「私」たちはグラウンド・ゼロに背を向け腕で目を覆うよう指示されるが、度重なる人的ミスにより「私」たちは爆弾の炸裂する方向をむいて、眩しさにのたうちまわり、自らの骨が肉眼で発光するのを見る。不意に風向きが変わったら「建物の中へ避難しすべての窓を閉めてください!」とアナウンスが叫ぶが、すべての窓は錆び付いている。窓が閉まらない環境にあったことがばれてはいけないから修理されない。長い長い一年間。明日こそ目が見えなくなるのではないか、生殖能力が失われるのではないか、誰かのミスによって今度こそ水爆は自分たちの頭上で爆発、死ぬのではないか。あまりの恐怖心と緊張感、絶望から、兵士たちだけでなく少佐たちまで、段々おかしくなっていく。
親しい兵士の一人が「私」に教える。少佐が「心配することはなにもない」と何度も云うときは、少佐こそが非常に心配しているときだ、「あわてる必要はどこにもない」と云うときは、少佐こそがあわてているときだ、と。この場面に3月11日からの政府の発表に重ねて、暗い気持ちになった読者は私だけではないだろう。
また、エニウェトク島で被曝した兵士たちは、亡くなるや運び出され別の軽症の兵士が数日そのベッドを使い、数だけ合わせて「全員回復し、復帰した」ことにされていた、という場面では、福島原発事故後、作業中に被曝し病院に入った方々の氏名が報道されなかったことを思い出した。個人情報保護のためならかまわないが、おそろしい「数合わせ」を、日本政府がしていないことを祈る。
私たちは未だに放射線の恐ろしさのすべてを知らない。放射線被害に対して、まだろくな資料がないのに、危険だと煽るのは良くない、という意見の方もおられると思う。だが、「知らない」ことこそが狂気をともなうほどに恐ろしいのだ、と本書を読んで、強く思った。
「私」が真実を知るのはこの体験からおよそ30年後。
これから30年後、私たちはやっと「福島事故を、どう恐がっていいのか」だけを理解するのかもしれない。
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ぼくたちは水爆実験に使われた (文春文庫 ハ 26-1) 文庫 – 2006/7/7
「水爆を楽しめ」といわれて太平洋の実験場へ派遣された若いアメリカ兵たち。恐怖と狂騒の12ヵ月を初めてあかす50年目の回想記
- 本の長さ421ページ
- 言語日本語
- 出版社文藝春秋
- 発売日2006/7/7
- ISBN-104167705273
- ISBN-13978-4167705275
登録情報
- 出版社 : 文藝春秋 (2006/7/7)
- 発売日 : 2006/7/7
- 言語 : 日本語
- 文庫 : 421ページ
- ISBN-10 : 4167705273
- ISBN-13 : 978-4167705275
- Amazon 売れ筋ランキング: - 475,839位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- - 4,410位英米文学研究
- - 6,000位文春文庫
- - 83,273位ノンフィクション (本)
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2006年9月24日に日本でレビュー済み
ショッキングなタイトルと表紙の写真。短パンとTシャツとサングラスで、デッキチェアに座っている人たちは、核実験を見学しているのだ。エニウェトク島に一年間滞在させられるようになった筆者たちの日常、そして十二回にわたる核実験見学の様子が書かれている。
明け方に整列させられ、背中方向に爆心地があると言われ、カウントダウンを待つ兵士たち。初めの頃は震えが止まらなかった彼らも、爆心地が目の前になって目が眩んだりする経験を重ねるうちに、水爆実験が「無事に」終わったことを、喜んで笑いあう状態に変わる。
死と放射能と狂いそうな恐怖を乗り越えるには、笑うしかない、と。
彼らは何も知らなかったわけじゃない。知らないから見物したんじゃなくて、見物から逃げられない以上、さまざまな理由付けをして、自分を納得させるしかなかったのだ。生きて帰るために。奇形の魚を見て泳ぐのをやめ、巨大ハマグリを食べて発光する爪を見る。上官だけに配られるゴーグル。死の灰が降ってきても閉まらない窓。
正直、気分が滅入る本だ。世界が狂っていたことの記録。
明け方に整列させられ、背中方向に爆心地があると言われ、カウントダウンを待つ兵士たち。初めの頃は震えが止まらなかった彼らも、爆心地が目の前になって目が眩んだりする経験を重ねるうちに、水爆実験が「無事に」終わったことを、喜んで笑いあう状態に変わる。
死と放射能と狂いそうな恐怖を乗り越えるには、笑うしかない、と。
彼らは何も知らなかったわけじゃない。知らないから見物したんじゃなくて、見物から逃げられない以上、さまざまな理由付けをして、自分を納得させるしかなかったのだ。生きて帰るために。奇形の魚を見て泳ぐのをやめ、巨大ハマグリを食べて発光する爪を見る。上官だけに配られるゴーグル。死の灰が降ってきても閉まらない窓。
正直、気分が滅入る本だ。世界が狂っていたことの記録。