星野博美の身辺を綴ったエッセイ60篇、時期からいうと『銭湯の女神』の妹分。頻出するのはネコと死。
書名の「のりたま」はネコ「のり」と「たま」。「煙突」はなにやら死を連想させるが、星野が住んだ武蔵野の銭湯のある風景のこと。レクイエムが中心だが、そのトーンは必ずしも暗くない。
「忠臣蔵」と「族長の死」がいい。前者は、忠臣蔵を知らなかった友人の話に始まり、泉岳寺の四十七士の墓、幼い時にそこで遭った傷痍軍人たちの思い出、そして同じ頃に熱中したドリフターズの墓や戦争孤児をめぐるコントへとつながってゆく
「族長の死」は祖父のこと。その通夜で、生前のことを書いた星野(8歳)の作文をおとなたちが読んでおいおい泣きまくる。この話が5年後の『コンニャク屋漂流記』につながってゆくとは!
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のりたまと煙突 (文春文庫 ほ 11-4) 文庫 – 2009/5/8
星野 博美
(著)
すべてを忘れて、私たちは幸せに近づいたのだろうか……。ファミリーレストランで、近所の公園で、人生の瞬間と現代を鋭く見すえる
- 本の長さ372ページ
- 言語日本語
- 出版社文藝春秋
- 発売日2009/5/8
- ISBN-104167753758
- ISBN-13978-4167753757
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登録情報
- 出版社 : 文藝春秋 (2009/5/8)
- 発売日 : 2009/5/8
- 言語 : 日本語
- 文庫 : 372ページ
- ISBN-10 : 4167753758
- ISBN-13 : 978-4167753757
- Amazon 売れ筋ランキング: - 792,571位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
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2023年6月24日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
読んでいて
デジタルで無機質に都市化する以前の
ちょっと不便で貧しさまあったけど
優しかった日本の暮らしが
活き活きと蘇えりました。
ページをめくるたびにアルバムのように
懐かしい記憶を著者と一緒にたどり
心の糸が共鳴する
素敵な作品でした。
デジタルで無機質に都市化する以前の
ちょっと不便で貧しさまあったけど
優しかった日本の暮らしが
活き活きと蘇えりました。
ページをめくるたびにアルバムのように
懐かしい記憶を著者と一緒にたどり
心の糸が共鳴する
素敵な作品でした。
2015年7月6日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
画家や写真家の書く文章が好きだ。
多分彼らは十代の感受性が育つ時に
真剣にモデルや被写体を見つめ続けていたから
切り口が新鮮で読み手も引き付けられるからだろう。
~私が写真を撮る時、それは「この瞬間はもう二度と訪れない」と感じる時であり
そこにあるのは喜びというより悲しい予感である~
このエッセイで書かれているのは圧倒的に「死」が多い。
~死は日常のすぐそばにある。~
村上春樹もそんな風に言っていたっけ。
でも、星野博美の書く「死」は村上とは違う。
読んだ後、胸に疲労が残るんだ。
書き手の「クタクタ感」が伝わってくる。
多分彼らは十代の感受性が育つ時に
真剣にモデルや被写体を見つめ続けていたから
切り口が新鮮で読み手も引き付けられるからだろう。
~私が写真を撮る時、それは「この瞬間はもう二度と訪れない」と感じる時であり
そこにあるのは喜びというより悲しい予感である~
このエッセイで書かれているのは圧倒的に「死」が多い。
~死は日常のすぐそばにある。~
村上春樹もそんな風に言っていたっけ。
でも、星野博美の書く「死」は村上とは違う。
読んだ後、胸に疲労が残るんだ。
書き手の「クタクタ感」が伝わってくる。
2006年8月2日に日本でレビュー済み
「自分にほうびをやりたくなる人間になってみたいものだ」この一文は
本文からの抜粋である。
つまり、この言い回しがこのエッセイの醍醐味だと思う。
昨今、己に酔う作家が多いなかで、客観的な視線と、少し毒を含んだ文章、
多少おばさんっぽい感情が目立つ部分もありますが、肩の力を抜いて愉しめるエッセイです。
本文からの抜粋である。
つまり、この言い回しがこのエッセイの醍醐味だと思う。
昨今、己に酔う作家が多いなかで、客観的な視線と、少し毒を含んだ文章、
多少おばさんっぽい感情が目立つ部分もありますが、肩の力を抜いて愉しめるエッセイです。
2015年9月13日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
一部分を読む機会があって こりゃ 全部読まなくちゃ と思って早速買いました。
ネコがStoryの重要な役割なのも ツボでした。あっと言う間に読み切った作品 お勧めです
ネコがStoryの重要な役割なのも ツボでした。あっと言う間に読み切った作品 お勧めです
2007年2月14日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
ほのぼのしたり、ドキっとしたり、心にぐさっときたり・・・。そんな感動の連続でした。
読みやすいエッセイ集ですが、中身はとても深くて刺激的な本です。
本書は、作者独特の純粋な感性で現在と過去の身近な出来事を描写しながら、まっすぐな視線で「人生」を見つめています。というより「葛藤」している表現の方が適切かもしれません。
「転がる香港に苔は生えない」や「謝々チャイニーズ」を読んだことのある星野ファンなら、本書に裏切られることはないでしょう。1,850円はちょっと勇気が要る値段ですが、けっして高くないと思いました。
星野ファンでなくても、読み手のそれぞれの立場によって、いろいろな貴重なもの(違った見方、考え方、感動、・・・)を見つけられる本だと思いました。
あえて気になったことを書きますと、帯の表に「遠ざかる昭和---私たちは何を得て、何を失ったのか?」とありますが、これには違和感を感じました。私の読み方が間違っているかもしれませんが、作者にとっての本書のテーマは「記憶」ではないと思うのです。
同じ理由で、最終章の「よくばりな記憶---あとがきにかえて」にも違和感を感じました。これって、編集者が作者に無理に書かせたものじゃないだろうかと邪推してしまうような、取ってつけたような印象がありました(本当のところはわかりません。間違っていたらすみません)。
でも、こんなことは本書にとっては小さなことかもしれません。それくらい中身のある本だと思いました。
個人的には、星野さんはもっと注目されてもいいのになと思います。のんびりペースでもいいので、長く書き続けてほしいものです。
読みやすいエッセイ集ですが、中身はとても深くて刺激的な本です。
本書は、作者独特の純粋な感性で現在と過去の身近な出来事を描写しながら、まっすぐな視線で「人生」を見つめています。というより「葛藤」している表現の方が適切かもしれません。
「転がる香港に苔は生えない」や「謝々チャイニーズ」を読んだことのある星野ファンなら、本書に裏切られることはないでしょう。1,850円はちょっと勇気が要る値段ですが、けっして高くないと思いました。
星野ファンでなくても、読み手のそれぞれの立場によって、いろいろな貴重なもの(違った見方、考え方、感動、・・・)を見つけられる本だと思いました。
あえて気になったことを書きますと、帯の表に「遠ざかる昭和---私たちは何を得て、何を失ったのか?」とありますが、これには違和感を感じました。私の読み方が間違っているかもしれませんが、作者にとっての本書のテーマは「記憶」ではないと思うのです。
同じ理由で、最終章の「よくばりな記憶---あとがきにかえて」にも違和感を感じました。これって、編集者が作者に無理に書かせたものじゃないだろうかと邪推してしまうような、取ってつけたような印象がありました(本当のところはわかりません。間違っていたらすみません)。
でも、こんなことは本書にとっては小さなことかもしれません。それくらい中身のある本だと思いました。
個人的には、星野さんはもっと注目されてもいいのになと思います。のんびりペースでもいいので、長く書き続けてほしいものです。
2020年10月30日に日本でレビュー済み
エッセイ集『のりたまと煙突』(星野博美著、文春文庫)では、さまざまな思い出が綴られています。
私の心をぎゅっと鷲掴みにしたのは、「東伏見」です。
「私は一度だけここ(東京都保谷市の東伏見)へ来たことがあった。中高時代の友人、Yがこの町に住んでいたのだ。あの晩の寒さが体に甦ってきた」。
「Yとは同じクラスではなかった。が、中高一貫の女子校ではクラスに関係なく交友関係があった。私が彼女と親しくなったのは中学二年の冬、学校主催のスキー学校に参加したことがきっかけだった。私とYは、宿泊していた旅館の次男に、恋とは呼べないまでも、まあ思春期の熱病のようなもので、勝手に熱をあげた。・・・中三に上がると、二人一緒に、今度は修学旅行に同行した旅行会社の社員に熱をあげた。Yと私はどうも男の好みが似ているというか、二人一緒になると勝手に盛り上がり、恋に発展してしまうという奇妙な連帯関係にあった。・・・大学に入った年の夏休み、(高校の)卒業旅行をしたメンバーでHの家に集まり、酒盛りをした。YとMとHは付属の大学に上がり、私は片思いをしていたKと同じ大学へ、Cは付属の短大に進学した」。
「『K君のこと、このままでいいの?』。彼女(Y)は私が高二の時からKに恋していたことを知っていた。私が強がりをいっていたことも、彼女は見抜いていた。『よくはないんだけど、でももうだめだと思う』。『あきらめちゃだめだよ。せっかく同じ大学に入ったんだから、まだチャンスあるって。がんばんなよ。いっそのことラグビー部に入っちゃえば?』。『あたしがラグビー部に入ってどうするの』。『スクラム組むふりして、(Kに)抱きつけるじゃん』。本気でその姿を想像した私は笑い転げた。『そういう自分も(彼と)全然うまくいってないんだけどさ。これから会いたいって電話したら、ものすごく迷惑そうだったから頭にきた』。『大丈夫だよ。まだ付き合い始めて数か月でしょ。これからいいこといっぱいあるって』。『だといいんだけどね』。『お互いがんばろう』。そして私たちは池袋駅で別れた」。
「私が東伏見駅に降りたのは、夏の酒盛りから三年半後の一九八八年一月末、卒論の提出を一週間後に控えた冷たい雨の降る夜だった。その日は、Yの通夜だった。あの夏休みが終わる頃、Yはアルバイトからの帰り道、自転車に乗っているところを自動車に追突され、意識不明になった。そして三年半眠ったまま、一度も目を開けることなく、私たちが卒業する間際に息を引きとった。私が生きた彼女を最後に見たのは、池袋駅で別れたあの晩だったのである。彼女はたった三か月半しか大学生活を楽しむことができなかった」。
「彼(K)はお盆に合わせて(短期留学中の米国から)帰国し、成田に着くとそのまま羽田に向かい、キャンセル待ちをして大阪行きの日航機JL123便に乗った。その飛行機は、群馬県の御巣鷹山に墜落した。一九八五年八月十二日のことだ。私は彼が予備校時代によく着ていた赤いセーターと、遺品の中から見つかったペンケースと血で染まったアドレス帳を形見に分けてもらった。そのアドレス帳の中に、私の名前はなかった」。
「高校生の頃、『一生結婚しない』宣言をしていたHは、Mと同じスキーサークルで知り合った後輩と結婚し、二人の息子に恵まれた。そして三人目の子がお腹にいた二〇〇一年九月十一日、ニューヨークの世界貿易センタービルで夫をなくした。いまは私たち五人が最後に顔を合わせた家で、三人の子育てに奔走している」。
これは、もうエッセイの域を超えています。私の好きなモーパッサンやモームの人生を考えさせる短篇を読んだような気分にさせられました。
私の心をぎゅっと鷲掴みにしたのは、「東伏見」です。
「私は一度だけここ(東京都保谷市の東伏見)へ来たことがあった。中高時代の友人、Yがこの町に住んでいたのだ。あの晩の寒さが体に甦ってきた」。
「Yとは同じクラスではなかった。が、中高一貫の女子校ではクラスに関係なく交友関係があった。私が彼女と親しくなったのは中学二年の冬、学校主催のスキー学校に参加したことがきっかけだった。私とYは、宿泊していた旅館の次男に、恋とは呼べないまでも、まあ思春期の熱病のようなもので、勝手に熱をあげた。・・・中三に上がると、二人一緒に、今度は修学旅行に同行した旅行会社の社員に熱をあげた。Yと私はどうも男の好みが似ているというか、二人一緒になると勝手に盛り上がり、恋に発展してしまうという奇妙な連帯関係にあった。・・・大学に入った年の夏休み、(高校の)卒業旅行をしたメンバーでHの家に集まり、酒盛りをした。YとMとHは付属の大学に上がり、私は片思いをしていたKと同じ大学へ、Cは付属の短大に進学した」。
「『K君のこと、このままでいいの?』。彼女(Y)は私が高二の時からKに恋していたことを知っていた。私が強がりをいっていたことも、彼女は見抜いていた。『よくはないんだけど、でももうだめだと思う』。『あきらめちゃだめだよ。せっかく同じ大学に入ったんだから、まだチャンスあるって。がんばんなよ。いっそのことラグビー部に入っちゃえば?』。『あたしがラグビー部に入ってどうするの』。『スクラム組むふりして、(Kに)抱きつけるじゃん』。本気でその姿を想像した私は笑い転げた。『そういう自分も(彼と)全然うまくいってないんだけどさ。これから会いたいって電話したら、ものすごく迷惑そうだったから頭にきた』。『大丈夫だよ。まだ付き合い始めて数か月でしょ。これからいいこといっぱいあるって』。『だといいんだけどね』。『お互いがんばろう』。そして私たちは池袋駅で別れた」。
「私が東伏見駅に降りたのは、夏の酒盛りから三年半後の一九八八年一月末、卒論の提出を一週間後に控えた冷たい雨の降る夜だった。その日は、Yの通夜だった。あの夏休みが終わる頃、Yはアルバイトからの帰り道、自転車に乗っているところを自動車に追突され、意識不明になった。そして三年半眠ったまま、一度も目を開けることなく、私たちが卒業する間際に息を引きとった。私が生きた彼女を最後に見たのは、池袋駅で別れたあの晩だったのである。彼女はたった三か月半しか大学生活を楽しむことができなかった」。
「彼(K)はお盆に合わせて(短期留学中の米国から)帰国し、成田に着くとそのまま羽田に向かい、キャンセル待ちをして大阪行きの日航機JL123便に乗った。その飛行機は、群馬県の御巣鷹山に墜落した。一九八五年八月十二日のことだ。私は彼が予備校時代によく着ていた赤いセーターと、遺品の中から見つかったペンケースと血で染まったアドレス帳を形見に分けてもらった。そのアドレス帳の中に、私の名前はなかった」。
「高校生の頃、『一生結婚しない』宣言をしていたHは、Mと同じスキーサークルで知り合った後輩と結婚し、二人の息子に恵まれた。そして三人目の子がお腹にいた二〇〇一年九月十一日、ニューヨークの世界貿易センタービルで夫をなくした。いまは私たち五人が最後に顔を合わせた家で、三人の子育てに奔走している」。
これは、もうエッセイの域を超えています。私の好きなモーパッサンやモームの人生を考えさせる短篇を読んだような気分にさせられました。
2014年8月19日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
なんだろう。星野博美さんが本当に好きです。転がる香港〜で出会ってから彼女の考え、行動力、文章力、全てに魅了されました。私は猫が大好きなので、のりたま、は息抜き程度にと思って読み始めましたが全く。毎日泣いてました。どんな言葉も胸にくる。そして、星野さんのように毎日に色んな思いや考えを馳せて生きていきたいと心底思いました。