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私はフェルメール 20世紀最大の贋作事件 単行本 – 2007/9/6
フランク・ウイン
(著),
小林頼子/池田 みゆき
(翻訳)
ナチスに協力した売国奴か、一泡吹かせたヒーローか。
歴史上最も有名な贋作者の一人となったファン・メーヘレンの栄光と挫折の生涯が、
膨大な資料を踏まえ、スピードとスリルに満ちた文体で甦る。
芸術家として挫折をおぼえ、そして絵の贋作者として成功を収め栄光をつかんでゆく。
彼の完璧な作品には、5000万ドルという値と世界中の賞賛が与えられていた。
それゆえに、贋作の罪を告白したときでさえ、法廷で衆人環視の中、自ら筆をとり、その完璧さを証明して見せなければならなかった。
“描写の作業が始まるや、そこにいる誰の目にも、その男が≪姦通の女≫を簡単に描ける画家で、
おそらく≪エマオの食事≫を制作するだけの才能に恵まれていることが明らかになった。
”ー本文よりー
これは、ある贋作者の驚きに満ちた真実の物語である。
完璧な偽造者の人生と技術、偽造を見つけ出す専門家たちとの攻防、
そして今なお偽造を野放しにしているアート界の馴れ合いとエゴを暴露する渾身のノンフィクションである。
歴史上最も有名な贋作者の一人となったファン・メーヘレンの栄光と挫折の生涯が、
膨大な資料を踏まえ、スピードとスリルに満ちた文体で甦る。
芸術家として挫折をおぼえ、そして絵の贋作者として成功を収め栄光をつかんでゆく。
彼の完璧な作品には、5000万ドルという値と世界中の賞賛が与えられていた。
それゆえに、贋作の罪を告白したときでさえ、法廷で衆人環視の中、自ら筆をとり、その完璧さを証明して見せなければならなかった。
“描写の作業が始まるや、そこにいる誰の目にも、その男が≪姦通の女≫を簡単に描ける画家で、
おそらく≪エマオの食事≫を制作するだけの才能に恵まれていることが明らかになった。
”ー本文よりー
これは、ある贋作者の驚きに満ちた真実の物語である。
完璧な偽造者の人生と技術、偽造を見つけ出す専門家たちとの攻防、
そして今なお偽造を野放しにしているアート界の馴れ合いとエゴを暴露する渾身のノンフィクションである。
- 本の長さ328ページ
- 言語日本語
- 出版社武田ランダムハウスジャパン
- 発売日2007/9/6
- ISBN-104270002344
- ISBN-13978-4270002346
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商品の説明
著者について
フランク・ウイン
1960年アイルランド生まれ。
ジャーナリストであるとともに、受賞暦を誇る翻訳家。
2002年、ミシェル・ウエルベックの『素粒子』の翻訳でIMPAC賞、2005年、フレデリック・ベグベデの『世界に開けた窓』の翻訳で海外フィクション独立賞を受賞。
ピエール・メロ、フィリップ・ベッソン、アマドゥ・クルマなどの翻訳も手がける。
『サンデー・タイムズ』、『インディペンデント』、『アイリッシュ・タイムズ』、『メロディー・メイカー』、『タイム・アウト』などの新聞、雑誌にも寄稿。
現在はロンドンを拠点に活躍中。
1960年アイルランド生まれ。
ジャーナリストであるとともに、受賞暦を誇る翻訳家。
2002年、ミシェル・ウエルベックの『素粒子』の翻訳でIMPAC賞、2005年、フレデリック・ベグベデの『世界に開けた窓』の翻訳で海外フィクション独立賞を受賞。
ピエール・メロ、フィリップ・ベッソン、アマドゥ・クルマなどの翻訳も手がける。
『サンデー・タイムズ』、『インディペンデント』、『アイリッシュ・タイムズ』、『メロディー・メイカー』、『タイム・アウト』などの新聞、雑誌にも寄稿。
現在はロンドンを拠点に活躍中。
登録情報
- 出版社 : 武田ランダムハウスジャパン (2007/9/6)
- 発売日 : 2007/9/6
- 言語 : 日本語
- 単行本 : 328ページ
- ISBN-10 : 4270002344
- ISBN-13 : 978-4270002346
- Amazon 売れ筋ランキング: - 248,319位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- - 16,936位アート・建築・デザイン (本)
- カスタマーレビュー:
著者について
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トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
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2022年5月22日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
フェルメールが好きで、日本に作品が来るときは必ず見に行っている。それだけに、メーヘレンの贋作造りには以前から興味を持っていたが、中身の濃いこの本が入手できて、満足している。
2011年7月14日に日本でレビュー済み
歴史上、最も有名な贋作作家の物語。
裏の世界の人物がなぜ、有名になったのか、
それは裁判で裁かれたから。
この裁判に至るまで、まさに手に汗握る
物語が展開していく。
美術好きだけでなく、ドラマチックな人生譚に
興味がある人には必読の書。
裏の世界の人物がなぜ、有名になったのか、
それは裁判で裁かれたから。
この裁判に至るまで、まさに手に汗握る
物語が展開していく。
美術好きだけでなく、ドラマチックな人生譚に
興味がある人には必読の書。
2008年7月26日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
「たとえ贋作ビジネスに手を染めるにしても、劣ったやつの贋作はつくりません」
作中で語られるこの物語の主人公ハンの台詞です。
近代画家たちの作品の模倣を軽々とできるにもかかわらず、
彼はこの言葉のとおり自分が「素晴らしい」とみとめた画家の贋作を作成し、
巨万の富を築くことになります。
はじめは、自分の腕を評価しない美術界に対してのあてつけでもあったのですが、
そのうちにただ単に金を得る手段として
次々と17世紀の巨匠達のタッチを真似て絵をかきあげるのです。
その贋作の一つがナチスに買い上げられたために、主人公ハンは
「死刑」か、「贋作を作った本人であることを明かす」か、
苦しい選択をせまられます。
主人公ハンの生い立ちから、研究した17世紀の絵画にそっくりの絵を仕上げる方法、
そして、贋作裁判
まるで作り話のように劇的な実話で
とても興味深く読みました。
カラーの絵の写真も何点か掲載されていて、主人公の作成した贋作と実際のフェルメールの作品の比較もできるとても面白い本です。
作中で語られるこの物語の主人公ハンの台詞です。
近代画家たちの作品の模倣を軽々とできるにもかかわらず、
彼はこの言葉のとおり自分が「素晴らしい」とみとめた画家の贋作を作成し、
巨万の富を築くことになります。
はじめは、自分の腕を評価しない美術界に対してのあてつけでもあったのですが、
そのうちにただ単に金を得る手段として
次々と17世紀の巨匠達のタッチを真似て絵をかきあげるのです。
その贋作の一つがナチスに買い上げられたために、主人公ハンは
「死刑」か、「贋作を作った本人であることを明かす」か、
苦しい選択をせまられます。
主人公ハンの生い立ちから、研究した17世紀の絵画にそっくりの絵を仕上げる方法、
そして、贋作裁判
まるで作り話のように劇的な実話で
とても興味深く読みました。
カラーの絵の写真も何点か掲載されていて、主人公の作成した贋作と実際のフェルメールの作品の比較もできるとても面白い本です。
2009年7月24日に日本でレビュー済み
ファン・メーヘレンは、自分の存在を世間に認めてもらいたかっただけなのではと、本書を読み終えて感じました。
古の巨匠に見劣りしないと自負する才能、それに対し一向に評価されない現状。
そんな中、皮肉をこめて、作り上げたのが「エマオの食事」だったのでは。
閉塞感だたよう現在のおいて、共感できる部分が非常に多いです。
例え贋作といえども、長年の研究と工夫を集大成させ、完成させるという事実に驚きました。
もっと簡単につくるものだと誤解していましたので。
単純に自分の作品をつくるよりも、何倍もの労力を必要とするのではないでしょうか。
このレベルの贋作になると、ただの贋作というよりも、一つの作品なのだなと思いました。
古の巨匠に見劣りしないと自負する才能、それに対し一向に評価されない現状。
そんな中、皮肉をこめて、作り上げたのが「エマオの食事」だったのでは。
閉塞感だたよう現在のおいて、共感できる部分が非常に多いです。
例え贋作といえども、長年の研究と工夫を集大成させ、完成させるという事実に驚きました。
もっと簡単につくるものだと誤解していましたので。
単純に自分の作品をつくるよりも、何倍もの労力を必要とするのではないでしょうか。
このレベルの贋作になると、ただの贋作というよりも、一つの作品なのだなと思いました。
2007年11月17日に日本でレビュー済み
ファン・メーヘレンの伝記とは言え、作者はついついファン・メヘーレンの気持ちに言及してしまったり、ファン・メヘーレンに大して批判的になってみたり、逆に肩入れしてみたりと、なんだかファン・メヘーレンに翻弄されているところも含めて読み応えがありました。
これまで多くの文筆家がファン・メヘーレンの伝記を書きたくなるのも、そのつかみどころのなさかもしれません。
でも、本書から感じたのは「ファン・メヘーレンは、フェルメールになぞらえて自分の人生を『作品』として完成させたのかもしれない」ということでした。
フェルメールの作品数が把握できないように、ファン・メヘーレンの贋作数も把握できませんし、同じように毀誉褒貶の激しい人生を(フェルメールの毀誉褒貶は死後の話ですが)送っているのも、なんとなく共通性を感じられます。
ことによったら、ファン・メヘーレン自身は(たとえ本人がそれを嫌っていたにせよ)時代の空気の中で、実はダダイストだったのではないかとも思ってしまいました。ばかばかしいまでの技術の追求や享楽的な生活、世間の騒がせ方等々、作品そのものより彼の行為が芸術(というかハプニング)であるあたり、まさしくダダだなあと。
翻訳は我が国を代表するフェルメール研究家の小林頼子氏なので、実に読みやすく、また訳者後書きも作者に迎合することなく、きちんと読むべき価値のあるものになっていて、得した気持ちになれます。
ってなまじめな話は抜きにして、「ああ鑑定家や収集家じゃなくてよかったぁ。『このフェルメールは駄作だねえ』とか無責任に言ってられるもんなあ。どうせ買えないしね」などと思いながら、美術評論家がこてんぱんにやられる様を見て快哉を叫ぶも良し、同情するもよし、ファン・メヘーレンの難儀な生涯に感嘆するも良し、エンターテイメントとしてもいろいろな楽しみ方ができるので、美術好きにはお薦め。手元にフェルメール全作品集があるとなお良し、です。
これまで多くの文筆家がファン・メヘーレンの伝記を書きたくなるのも、そのつかみどころのなさかもしれません。
でも、本書から感じたのは「ファン・メヘーレンは、フェルメールになぞらえて自分の人生を『作品』として完成させたのかもしれない」ということでした。
フェルメールの作品数が把握できないように、ファン・メヘーレンの贋作数も把握できませんし、同じように毀誉褒貶の激しい人生を(フェルメールの毀誉褒貶は死後の話ですが)送っているのも、なんとなく共通性を感じられます。
ことによったら、ファン・メヘーレン自身は(たとえ本人がそれを嫌っていたにせよ)時代の空気の中で、実はダダイストだったのではないかとも思ってしまいました。ばかばかしいまでの技術の追求や享楽的な生活、世間の騒がせ方等々、作品そのものより彼の行為が芸術(というかハプニング)であるあたり、まさしくダダだなあと。
翻訳は我が国を代表するフェルメール研究家の小林頼子氏なので、実に読みやすく、また訳者後書きも作者に迎合することなく、きちんと読むべき価値のあるものになっていて、得した気持ちになれます。
ってなまじめな話は抜きにして、「ああ鑑定家や収集家じゃなくてよかったぁ。『このフェルメールは駄作だねえ』とか無責任に言ってられるもんなあ。どうせ買えないしね」などと思いながら、美術評論家がこてんぱんにやられる様を見て快哉を叫ぶも良し、同情するもよし、ファン・メヘーレンの難儀な生涯に感嘆するも良し、エンターテイメントとしてもいろいろな楽しみ方ができるので、美術好きにはお薦め。手元にフェルメール全作品集があるとなお良し、です。
2011年4月8日に日本でレビュー済み
第二次世界大戦終戦後、ナチスから奪い返した美術品の返還作業が契機となって、美術界に激震が走った。ナチスにオランダの至宝たるフェルメール作品を売却した罪に問われていた一人の画家兼画商ハンファンメーヘレンが、ナチスに売り渡したフェルメール作品はすべて自分が描いた贋作で、描いたフェルメールの贋作の中には、オランダロッテルダムのボイマンス美術館が誇る名品とされていた「エマオの食事」も含まれる、と告白したのである。
初期の宗教画の時代とフェルメールの代名詞ともいえる風俗画の画風との間のいわばミッシングリンクを埋めると見える画風でメーヘレンが描いた「エマオの食事」の「発見」は、瞬く間に美術界の心を奪い、国宝級の扱いを受けることになったわけだが、それはひとえに「エマオの食事」が疑いもなく素晴らしい優品であったからにほかならない。メーヘレンその人の画家としての才能は、彼自身がそう自覚していたように、古の巨匠に引けを取らないものだったのである。
メーヘレンその人の名で売られる作品はさしたる値をつけないが、ひとたび17世紀のキャンバス上に描き、画布の脇に小さく17世紀の巨匠のサインを入れれば巨額の値をつけるというのは確かにどこか異様な感じがする。本書は、メーヘレンという画家を生み出した美術界の歪みを描いた作品といえるかもしれない。
もちろん、他人の画風でしか名品を描けないのは才能のなさの証拠だと理解してしまうこともできるだろうし、実際そう理解することで片づけられている。結局、美術市場の求めるものを洞察する力もまた才能の一部なのだとすれば、そうである。17世紀の画家たちもまた、市場が求めるものを表現する中に自らの技量を誇示したのである。
そんなわけで、本書の描くメーヘレンの事件は、創造性の本質を創造者と社会の相互作用のうちに求める近年の創造性研究の潮流を思い起こさせます。
初期の宗教画の時代とフェルメールの代名詞ともいえる風俗画の画風との間のいわばミッシングリンクを埋めると見える画風でメーヘレンが描いた「エマオの食事」の「発見」は、瞬く間に美術界の心を奪い、国宝級の扱いを受けることになったわけだが、それはひとえに「エマオの食事」が疑いもなく素晴らしい優品であったからにほかならない。メーヘレンその人の画家としての才能は、彼自身がそう自覚していたように、古の巨匠に引けを取らないものだったのである。
メーヘレンその人の名で売られる作品はさしたる値をつけないが、ひとたび17世紀のキャンバス上に描き、画布の脇に小さく17世紀の巨匠のサインを入れれば巨額の値をつけるというのは確かにどこか異様な感じがする。本書は、メーヘレンという画家を生み出した美術界の歪みを描いた作品といえるかもしれない。
もちろん、他人の画風でしか名品を描けないのは才能のなさの証拠だと理解してしまうこともできるだろうし、実際そう理解することで片づけられている。結局、美術市場の求めるものを洞察する力もまた才能の一部なのだとすれば、そうである。17世紀の画家たちもまた、市場が求めるものを表現する中に自らの技量を誇示したのである。
そんなわけで、本書の描くメーヘレンの事件は、創造性の本質を創造者と社会の相互作用のうちに求める近年の創造性研究の潮流を思い起こさせます。