「善悪も正誤も軸すら世にはない。そのなかで残るものはなんだろうか」(p198)
敵・味方という括りで描かれることの多い伊東派と近藤派の対決を、両者の視点から同時に描いた斬新な作品。
物語は明治32年、史談会で阿部十郎が新選組時代を回顧する場面から始まる。この部分は実在の速記録からうまく引用しており(割と有名な文章なので読んでピンとくる方も多いはず)、これから始まる物語に現実味と厚みを与えている。
私はこの時点で阿部が主役の話と勘違いし、近藤派は出番がないのではと心配になったのだが、それは無用だった。この物語は誰が主役という描き方をしていない。伊東派、近藤派ともに多くの隊士が登場するが、その誰を悪者にすることなく、ただその時代を懸命に生きた者としてそれぞれの姿を見事に描いている。
善悪も正誤も軸すらない世の中で、人は何を信じて生きればいいのか。この物語は問いかける。
保身だけを考えるのなら、得のある方に流れていればいい。
だが、人は生き延びるために生きてるわけではない。自分自身の「行きたい処」、自分自身の納得できる理由が必要なのだ。ときに命より大事なものが。
沖田は言う。
「どんどん変わってしまうんだね、世の中は。でもさ、やることがあるんだよね、それぞれに。その理由がさ。それがいつでも時流とまったく一緒だったら気味が悪い。その人の流れがあるからね」
そしてそれは、近藤派も伊東派も、会津も長州も、そして現代に生きる私達も同じなのである。
この物語は阿部十郎で始まり阿部で終わるが、自分の信ずべきものを最後まで必死で摸索し続ける彼の姿はとりわけ印象深く心に残った。
読み終えた後、私の「行きたい処」はどこだろう?とふと考えこんでしまった。そして、混迷の時代を必死に生き抜いた彼らがとても愛おしく感じられた。
新撰組を描いた小説は多々あるが、イチオシの作品。
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地虫鳴く 単行本 – 2005/6/11
木内 昇
(著)
ある日、土方は尾形に監察方の差配を命じた。探る山崎、進む伊東、醒める斎藤、そして惑う阿部……。時代の流れに翻弄される新選組にあって、「近代」に入っていこうとする、迷える男たちの行方は。書下ろし長編時代小説。
- 本の長さ433ページ
- 言語日本語
- 出版社河出書房新社
- 発売日2005/6/11
- ISBN-104309017169
- ISBN-13978-4309017167
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登録情報
- 出版社 : 河出書房新社 (2005/6/11)
- 発売日 : 2005/6/11
- 言語 : 日本語
- 単行本 : 433ページ
- ISBN-10 : 4309017169
- ISBN-13 : 978-4309017167
- Amazon 売れ筋ランキング: - 1,360,389位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- - 339,462位文学・評論 (本)
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2014年8月24日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
幕末という時代の大嵐に翻弄された若者たちの
輝かしくも悲劇的な集団劇。
著者の作品作りの巧みさ、
文体の清潔さ、コントに見られる落ちの上手さ、
には以前から惹かれていました。
そこで新撰組には全く興味のない私も手に取ってみました。
文頭から簡潔、平明、
現在形、過去形を作為感なく使い分け、
人物の動き、情感、思念を巧みに織り込んでいきます。
読者は簡潔な文体に魅了されたかと思うと、
瞬時に幕末の京の夜、薄暗く妖しい情念、暴力が渦巻く、
その路上にたたずむことになります。
新撰組とは粗暴で命知らずの若者たちの集団、
という無知な私の先入観は常に覆されねばならないのですが。
著者の丹念な調査、或いは創作を交えながらの性格描写から
彼らの切ないひたむきさ、怒り、逡巡、葛藤、虚無、不安、猜疑、
世の若者が日々悩み抜くであろう内面のうねりが丹念に描き込まれていきます。
虚無的、捨て鉢、無頼の徒である阿部十郎、
清廉、善良、主知的であるも世事に疎い尾形俊太郎、二人を主な骨格とし、
明治まで生き残った剣豪斎藤一、永倉新八、彼らの対伊東派への工作員としての奇妙な行動、
更には伊東甲小太郎と土方、近藤とのやるかやられるかの疑心暗鬼、破滅的衝突、
この中で一人一人が苦闘していきます。
若者が己の進むべき道、大仰な大義を掲げても確信などは何もない、
突き進んでいく原動力とは、なんとか世に出たいという御しがたき功名心に他ならない。
模索しつつ時代の潮流に流されながら呑みこまれ、沈み、唐突に死んでいく。
ある者は血まみれのままどこかの岸にたどり着く、切ない鎮魂の一大叙事詩になっています。
あまりに多くの人物が登場し、生き、死んでいく、その動きがやや分かりづらい、
或いは伊東死後の大政奉還、鳥羽伏見の戦い、
その後の筆が足早になっている感は少し残念でした。
輝かしくも悲劇的な集団劇。
著者の作品作りの巧みさ、
文体の清潔さ、コントに見られる落ちの上手さ、
には以前から惹かれていました。
そこで新撰組には全く興味のない私も手に取ってみました。
文頭から簡潔、平明、
現在形、過去形を作為感なく使い分け、
人物の動き、情感、思念を巧みに織り込んでいきます。
読者は簡潔な文体に魅了されたかと思うと、
瞬時に幕末の京の夜、薄暗く妖しい情念、暴力が渦巻く、
その路上にたたずむことになります。
新撰組とは粗暴で命知らずの若者たちの集団、
という無知な私の先入観は常に覆されねばならないのですが。
著者の丹念な調査、或いは創作を交えながらの性格描写から
彼らの切ないひたむきさ、怒り、逡巡、葛藤、虚無、不安、猜疑、
世の若者が日々悩み抜くであろう内面のうねりが丹念に描き込まれていきます。
虚無的、捨て鉢、無頼の徒である阿部十郎、
清廉、善良、主知的であるも世事に疎い尾形俊太郎、二人を主な骨格とし、
明治まで生き残った剣豪斎藤一、永倉新八、彼らの対伊東派への工作員としての奇妙な行動、
更には伊東甲小太郎と土方、近藤とのやるかやられるかの疑心暗鬼、破滅的衝突、
この中で一人一人が苦闘していきます。
若者が己の進むべき道、大仰な大義を掲げても確信などは何もない、
突き進んでいく原動力とは、なんとか世に出たいという御しがたき功名心に他ならない。
模索しつつ時代の潮流に流されながら呑みこまれ、沈み、唐突に死んでいく。
ある者は血まみれのままどこかの岸にたどり着く、切ない鎮魂の一大叙事詩になっています。
あまりに多くの人物が登場し、生き、死んでいく、その動きがやや分かりづらい、
或いは伊東死後の大政奉還、鳥羽伏見の戦い、
その後の筆が足早になっている感は少し残念でした。
2005年12月26日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
新選組の小説の多くは土方、沖田といった試衛館の面々が表にでる。
一方、この小説では尾形や安部にウェイトが置かれている。
あまりメジャーではなく、新選組にかなり詳しい人でないとぴんとこない人物だ。
しかし、非常に人間味のある描写がなされている。特に安部の描かれ方は生々しい。
彼の言動と自分自身を重ね合わせてしまうような場面が数多くあった。
自分の進むべき道が分からず迷う様は、私の心にとても響いた。
次の日に仕事があるにもかかわらず、明け方まで読みふけってしまった。
一方、この小説では尾形や安部にウェイトが置かれている。
あまりメジャーではなく、新選組にかなり詳しい人でないとぴんとこない人物だ。
しかし、非常に人間味のある描写がなされている。特に安部の描かれ方は生々しい。
彼の言動と自分自身を重ね合わせてしまうような場面が数多くあった。
自分の進むべき道が分からず迷う様は、私の心にとても響いた。
次の日に仕事があるにもかかわらず、明け方まで読みふけってしまった。
2005年11月1日に日本でレビュー済み
分厚い本です。
でも、よかった。
今年見つけた本でいいものを一冊すすめるのなら、私はこの作品を推します。
作品は「明治三十二年 東京」というタイトルの序章から始まる。
東京で行われた史談会で、新選組の生き残り隊士が、自分の見た新選組を語る。
新選組の有名どころで明治期まで生きた人物と言うと斉藤一、永倉新八、島田魁などが有名であるが、
冒頭新選組を語る老人が一体誰なのか、皆目わからない。
じき「阿部隆明」という名前が明かされるが、その「阿部隆明」が誰なのか、まったくわからない。
ウッ、となるほど、たった4ページきりの序章が胸に迫る。
阿部隆明、昔の名を高野十郎と言い、阿部十郎と言った、という提示で序章は終わる。
が、そこまで明かしてもらっても、彼が誰なのかわからない。
新選組は、その人物がどこに付いたのかで運命が大きく変わる。
試衛館派であれば安心して読めるし、伊藤派であればいずれ来る結末を思わずにはいられない。
しかし、無名の隊士、阿部の行く先を私達は知らない。
そして阿部自身も、うやむやの雲の中のように、自分の行く先を計りかねている。
彼は「不安」である。
この作品は、どちらかと言うと主題を「伊東甲子太郎の暗躍」に置いている。
語りの中心に「試衛館」を持ってこないのだ。
物語は常に三人によって描かれる。
「土方を見る」尾形俊太郎、「伊東を見る」篠原泰之進、そして「何を見るべきかわからない」阿部十郎である。
この三人の名を挙げて、それぞれのポジションがわかる人は多くないと思う。
けれど、だからこそ、面白い。
重く、硬く、分厚い小説だけれども、久々にいい本を読んだ。
尾形の横にいる、山崎の瓢脱さが心地いい。
篠原の先にいる、伊東の高潔さが愛おしい。
そして、阿部に触れた人たちの思いが、心に残る。
いい小説だと思う。
とても好きな作品です。
でも、よかった。
今年見つけた本でいいものを一冊すすめるのなら、私はこの作品を推します。
作品は「明治三十二年 東京」というタイトルの序章から始まる。
東京で行われた史談会で、新選組の生き残り隊士が、自分の見た新選組を語る。
新選組の有名どころで明治期まで生きた人物と言うと斉藤一、永倉新八、島田魁などが有名であるが、
冒頭新選組を語る老人が一体誰なのか、皆目わからない。
じき「阿部隆明」という名前が明かされるが、その「阿部隆明」が誰なのか、まったくわからない。
ウッ、となるほど、たった4ページきりの序章が胸に迫る。
阿部隆明、昔の名を高野十郎と言い、阿部十郎と言った、という提示で序章は終わる。
が、そこまで明かしてもらっても、彼が誰なのかわからない。
新選組は、その人物がどこに付いたのかで運命が大きく変わる。
試衛館派であれば安心して読めるし、伊藤派であればいずれ来る結末を思わずにはいられない。
しかし、無名の隊士、阿部の行く先を私達は知らない。
そして阿部自身も、うやむやの雲の中のように、自分の行く先を計りかねている。
彼は「不安」である。
この作品は、どちらかと言うと主題を「伊東甲子太郎の暗躍」に置いている。
語りの中心に「試衛館」を持ってこないのだ。
物語は常に三人によって描かれる。
「土方を見る」尾形俊太郎、「伊東を見る」篠原泰之進、そして「何を見るべきかわからない」阿部十郎である。
この三人の名を挙げて、それぞれのポジションがわかる人は多くないと思う。
けれど、だからこそ、面白い。
重く、硬く、分厚い小説だけれども、久々にいい本を読んだ。
尾形の横にいる、山崎の瓢脱さが心地いい。
篠原の先にいる、伊東の高潔さが愛おしい。
そして、阿部に触れた人たちの思いが、心に残る。
いい小説だと思う。
とても好きな作品です。
2009年11月25日に日本でレビュー済み
新撰組の事が描かれてます。
各々の、人物描写もとても魅力的です。
ネタばれしてしまうので、書けませんが
土方と伊藤の稽古試合の場面がしびれてしまいます。
思わず「おぉっう」と、感嘆驚嘆の声が漏れました。
とにかく、最後まで読ませます。
どちらが善でどちらが悪か?
そういった垣根を越えて、
明治維新という大きな時代の変換に巻き込まれる人達が描かれます。
痺れました。
各々の、人物描写もとても魅力的です。
ネタばれしてしまうので、書けませんが
土方と伊藤の稽古試合の場面がしびれてしまいます。
思わず「おぉっう」と、感嘆驚嘆の声が漏れました。
とにかく、最後まで読ませます。
どちらが善でどちらが悪か?
そういった垣根を越えて、
明治維新という大きな時代の変換に巻き込まれる人達が描かれます。
痺れました。
2007年6月19日に日本でレビュー済み
こちらは小説としてとてもよかった。文章、比喩、表現、台詞など、魅力的でした。
人物造形もただキャラ立ちではなくて、深みがあってよかったです。
このところ遅れてきた新撰組ブームで乱読していますが、燃えよ剣に続いて好みでした。
はじめが史談会速記録の表記から入るようで、少し取っつきにくいかもしれません。
また一文一文にグッと凝縮している文章なので、体力もいります。
でも私は、久しぶりに小説を読んだと感じました。
スラスラ引っかかりもなく読めないと小説じゃないという流れのほうが疑問。
粗筋を追うだけでなく、雰囲気や密度を持った文章でした。
新撰組ファンの枠を越えて、オススメします。
人物造形もただキャラ立ちではなくて、深みがあってよかったです。
このところ遅れてきた新撰組ブームで乱読していますが、燃えよ剣に続いて好みでした。
はじめが史談会速記録の表記から入るようで、少し取っつきにくいかもしれません。
また一文一文にグッと凝縮している文章なので、体力もいります。
でも私は、久しぶりに小説を読んだと感じました。
スラスラ引っかかりもなく読めないと小説じゃないという流れのほうが疑問。
粗筋を追うだけでなく、雰囲気や密度を持った文章でした。
新撰組ファンの枠を越えて、オススメします。
2005年12月4日に日本でレビュー済み
この方の御本は前作も読みましたが
前作は明るい感じでしたがこの作品は
隊士達のダークサイドが描かれて
いてその中で一生懸命生きる人
自棄になっている人、飄々と生きている人など
等がいて凄く内面が丁寧に描かれているなぁと
いう気がしました。
途中、読むのがしんどくなった部分もありましたが
最後はにこっ&えっ?という部分もあり
読んでよかったと思える作品でした
前作は明るい感じでしたがこの作品は
隊士達のダークサイドが描かれて
いてその中で一生懸命生きる人
自棄になっている人、飄々と生きている人など
等がいて凄く内面が丁寧に描かれているなぁと
いう気がしました。
途中、読むのがしんどくなった部分もありましたが
最後はにこっ&えっ?という部分もあり
読んでよかったと思える作品でした
2005年7月22日に日本でレビュー済み
間違いなく傑作であろう。自分は、特別な新撰組ファンではない。ただ、書評を書かれている方で信頼している人がおり、その方が自身のサイトで勧めていたので買ってみた。幕末の武士たちの話だが、斬ったはったではない。むしろ水面下でうごめく諜報戦に的が絞られていく。しかし先回りして情報を得ても、それによって世を動かす、自らを助けるところまでいけないもどかしさがある。ここにある人間の懊悩、行きたい場所へ行けないもがき。そして積極的に世の中に交わって行こうとしているにもかかわらず、微塵も世を動かせない絶望感。かの書評家はこういったことを書かれていた。ここにある苦悩は、移り変わりが早い世の中にうまくコミットできない現代人の苦悩とも通じるところがある、と。そのように100年以上前の彼らを、まるで近くで見ているような気になるのは、静かながら臨場感たっぷりの、筆者の筆力によるものだろう。では、その困難な世を生きる上で信じるに足る核心はなにか? それが尾形俊太郎や山崎、伊東甲子太郎など、ここに登場する人物によって、さりげなくしかし強く語られていく。紹介されていたとおり、「今年の傑作」である。