ほぼ四半世紀に亘って発表された作家論を集めたものだが、蓮實自身があとがきに記す通り、驚くほどに「一貫性が維持されている」(p249)。結局、蓮實はずっと同じ場所にいたのだ。だがそれにしても、本書を刊行直後に購入した際、書名を見て心地良い違和感を抱いたことを憶えている。
蓮實@文学の本には、攻撃的な能動性を漂わす書名が多い。「〜宣言」系、「〜論」系、「〜批判序説」系等は分かり易いだろう。しかし加えて「の」系とでも呼べる、互いに齟齬するXとYを「XのY」という形に繋ぐ系列がある。既に処女単行本の書名中に「仮死の祭典」の句が見えるが、「仮死」と「祭典」が齟齬することは明らかだろう。『闘争のエチカ』等もこの類か。
多くの場合この齟齬は、「平面的なもの」vs「深度を有するもの」の関係にある。典型的には『表象の奈落』だが、『帝国の陰謀』『齟齬の誘惑』『「赤」の誘惑』、逆順ながら『事件の現場』も同様。『凡庸な芸術家の肖像』でも、単に誰もそんなものを顧みないという齟齬感に留まらず、「深さ(生身の芸術家)」と「平面(肖像)」の齟齬がある。蓮實的「の」は「と」のように機能しており、「平面」と「深さ」の偏差を糧に語りを駆動させ、ついには前者の勝利を謳う攻撃的な構造を構成する。一見この分類から外れる作家論集にしても、『「私小説」を読む』は「私小説」における「実人生」という物語を廃して「表層」に付くのだし、『小説から遠く離れて』は小説(平面)vs物語(深さ)の対立を含意しており、攻撃性は維持されている。
というわけで、蓮實@文学の系列中で本書の書名は、やはり相当に特殊だろう。今や「深さ」との闘いにかかずらうことなく、ある種の受動性によって、テクストという誘惑する表層に身を任せている。そして、そのあられもない姿において自らを提示すること自体を、一つの「宣言」とするのだと言う(p251)。だとすれば、落穂拾いとも看做されかねない慎ましやかな佇まいのこの論集は、蓮實における何らかの転機を告げる意義深い1冊だったのではないか。
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魅せられて──作家論集 単行本 – 2005/7/21
蓮實 重彦
(著)
- 本の長さ248ページ
- 言語日本語
- 出版社河出書房新社
- 発売日2005/7/21
- ISBN-104309017185
- ISBN-13978-4309017181
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登録情報
- 出版社 : 河出書房新社 (2005/7/21)
- 発売日 : 2005/7/21
- 言語 : 日本語
- 単行本 : 248ページ
- ISBN-10 : 4309017185
- ISBN-13 : 978-4309017181
- Amazon 売れ筋ランキング: - 1,019,857位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
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