名探偵メグレ警視シリーズで名高いフランス文学界の巨匠シムノンの初邦訳となる法廷小説の秀作です。最初に本書はミステリーではありませんので、名探偵メグレ警視は登場しません。物語のテーマが裁判の限界というグレーゾーンを描く点にありますので、人間心理を的確に洞察する名探偵を登場させるのは具合が悪かったのでしょう。本書の主人公は重罪裁判所のベテラン判事ローモンで、妻殺しで起訴された夫を被告とするランベール事件に裁判長として臨みます。裁判の形勢は圧倒的に被告に不利な状況ですが、ローモンは確信が持てず、あらゆる可能性を探り公正であろうと努めます。彼は私生活では病身の妻を抱える身で、深夜に薬を求めて医師を訪れた事で風邪をこじらせ、裁判の朝酒を少し口にしただけで友人から咎めの視線を感じました。親しい人々でさえ容易に誤解を生むのに、まして赤の他人を風聞だけで判断出来るのだろうかと、ローモンは更に懐疑を深めて行きます。
ローモンの胸中に浮かんだ「人間が他の人間を理解するのは不可能であるという認識」は最後まで揺るぎません。裁判はある結末を迎えますが物語の本質はそこにはありません。真相も明確に解明されませんので、もし読み手がミステリーの興味で読み進められたなら、がっかりされるかも知れません。しかし、陪審員として人を裁いて結果次第では死刑の運命を下してしまう責任の重さはひしひしと伝わって来ます。ローモン判事の揺れ動く心理描写が圧巻で、彼はある意味プロに徹し切れず優柔不断ではありますが、最後まで人間らしい公正さを貫く姿勢には共感を覚えました。著者は本筋とは別のサプライズを仕掛けていて、更に人間の不可解さに暗澹とさせられます。重苦しい心理ドラマの連続でしたが、最後に他人の命に責任を持つ重圧から解放された後の彼のもうひとつの決断が、読者に清々しい読後感を与えてくれるでしょう。
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証人たち (シムノン本格小説選) 単行本 – 2008/4/30
- 本の長さ245ページ
- 言語日本語
- 出版社河出書房新社
- 発売日2008/4/30
- ISBN-104309204929
- ISBN-13978-4309204925
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登録情報
- 出版社 : 河出書房新社 (2008/4/30)
- 発売日 : 2008/4/30
- 言語 : 日本語
- 単行本 : 245ページ
- ISBN-10 : 4309204929
- ISBN-13 : 978-4309204925
- Amazon 売れ筋ランキング: - 1,050,003位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- - 1,669位フランス文学研究
- カスタマーレビュー:
著者について
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2008年5月14日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
2009年6月28日に日本でレビュー済み
裁判官が主人公です。
それも悩める裁判官。証人たちが自分の法廷で次々と証言していくなか、
自身の家庭でも問題を抱え、被告人に自分の姿を重ねたりと
生々しい姿が描かれています。
裁判って、いつ自分の身にふりかかるかおそろしい手続。
淡々と描かれています。
硬派な小説。
それも悩める裁判官。証人たちが自分の法廷で次々と証言していくなか、
自身の家庭でも問題を抱え、被告人に自分の姿を重ねたりと
生々しい姿が描かれています。
裁判って、いつ自分の身にふりかかるかおそろしい手続。
淡々と描かれています。
硬派な小説。
2017年1月19日に日本でレビュー済み
妻を殺したとして裁かれる男の裁判が行われ・・・というお話。
何故、メグレ物にいないで単発の作品にしたのかを考えると、裁判が中心でメグレが活躍する場面が描けない為かと思いましたがどうでしょうか。尤も、メグレが出で来ないからと言ってつまらない訳ではなく、本書も謎を抱えた被告が無実なのかそうでないのかがサスペンスフルに描かれていて読ませます。
解説によるとアメリカに滞在中に書いたという事で、アメリカが裁判が多い訴訟社会なのでその印象が反映されているのかもしれません。単なるノヴェルに近いですが、その辺はさすがシムノンという事で読者を飽きさせない手腕の高さを伺わせる面白い小説になっております。
それと、主人公か語り部の役に病身の奥さんがいてその人の病状を描写する事によって作品に陰影を与えている所にもシムノンの才筆さを感じます。昔、ファンだったという都築道夫氏がシムノンは女性の描写に長けていると仰っていましたが、私もそう思いました。
単発のリーガル・サスペンスの秀作。機会があったら是非。
何故、メグレ物にいないで単発の作品にしたのかを考えると、裁判が中心でメグレが活躍する場面が描けない為かと思いましたがどうでしょうか。尤も、メグレが出で来ないからと言ってつまらない訳ではなく、本書も謎を抱えた被告が無実なのかそうでないのかがサスペンスフルに描かれていて読ませます。
解説によるとアメリカに滞在中に書いたという事で、アメリカが裁判が多い訴訟社会なのでその印象が反映されているのかもしれません。単なるノヴェルに近いですが、その辺はさすがシムノンという事で読者を飽きさせない手腕の高さを伺わせる面白い小説になっております。
それと、主人公か語り部の役に病身の奥さんがいてその人の病状を描写する事によって作品に陰影を与えている所にもシムノンの才筆さを感じます。昔、ファンだったという都築道夫氏がシムノンは女性の描写に長けていると仰っていましたが、私もそう思いました。
単発のリーガル・サスペンスの秀作。機会があったら是非。
2016年2月17日に日本でレビュー済み
「スリルとサスペンスにあふれた審理の果てに、意外な結末が…」と内容紹介文には書かれているが、これは違うだろう。確かに殺人事件の裁判が描かれた小説ではあるのだが、特に前半はむしろ、主人公であるローモン判事の個人的な事柄が中心と言える。判事は裁判開始の前日、深夜に心臓病の妻のための薬を買いになじみの薬局へ行くのだが、そのことが裁判中にも彼の頭にはつきまとう。さらにインフルエンザ(翻訳者は「流感」としている)に罹ったことが、法廷での彼の態度にも影響を与える。
タイトルの証人たちについては、実は重要な証人は事件担当警視を除くと一人だけである。全8章中の第6章でその証人の証言が始まると、ミステリ的な興味も出てくるが、被告人は犯人か否か、また違うとしたら誰が犯人なのかという疑問に、明確な答えを出すような小説ではない。そしてラスト数ページにおける裁判結果とは無関係な衝撃が印象的。
タイトルの証人たちについては、実は重要な証人は事件担当警視を除くと一人だけである。全8章中の第6章でその証人の証言が始まると、ミステリ的な興味も出てくるが、被告人は犯人か否か、また違うとしたら誰が犯人なのかという疑問に、明確な答えを出すような小説ではない。そしてラスト数ページにおける裁判結果とは無関係な衝撃が印象的。
2008年5月12日に日本でレビュー済み
作家の説明も読まずに、この小説を読み始め、最後に50年以上も前に書かれたものだと知り驚いた。
時代めいた言葉や風俗にうっかり気づかなかったのかもしれないが、現代の小説だと言われても納得できる。
裁判官である主人公は流感のため熱が出ているのだが、読んでいるこちらも何か息苦しさを感じ始めてしまう。
先が読めなかったこともあるけれど、何も、誰の心も見えないためだったかもしれない。
でも、もう一度読み直してみたくなる。
時代めいた言葉や風俗にうっかり気づかなかったのかもしれないが、現代の小説だと言われても納得できる。
裁判官である主人公は流感のため熱が出ているのだが、読んでいるこちらも何か息苦しさを感じ始めてしまう。
先が読めなかったこともあるけれど、何も、誰の心も見えないためだったかもしれない。
でも、もう一度読み直してみたくなる。