皆の読む前の評判だけが一人歩きしている様子。
とくに気持ち悪くもなかったです。
内容もしっかりしていましたし。しっかりと物語になっています。
しかしたまにウィリアム・バロウズっぽいです。笑
グロテスクなところや、たまに話がズレて散文的になるところなど。
そこがクスッときます。
第二部の暗合はなんだかバタイユの深層をほんの少しですが見た気がしてよかった。
自信を持って人に薦められる本がまた一冊自分の中に出来たことが嬉しいかな。
プライム無料体験をお試しいただけます
プライム無料体験で、この注文から無料配送特典をご利用いただけます。
非会員 | プライム会員 | |
---|---|---|
通常配送 | ¥410 - ¥450* | 無料 |
お急ぎ便 | ¥510 - ¥550 | |
お届け日時指定便 | ¥510 - ¥650 |
*Amazon.co.jp発送商品の注文額 ¥3,500以上は非会員も無料
無料体験はいつでもキャンセルできます。30日のプライム無料体験をぜひお試しください。
¥770¥770 税込
発送元: Amazon.co.jp 販売者: Amazon.co.jp
¥770¥770 税込
発送元: Amazon.co.jp
販売者: Amazon.co.jp
¥220¥220 税込
ポイント: 2pt
(1%)
配送料 ¥350 5月29日-30日にお届け
発送元: 『もったいない本舗』 ※通常24時間以内出荷。※商品状態保証。法能店 販売者: 『もったいない本舗』 ※通常24時間以内出荷。※商品状態保証。法能店
¥220¥220 税込
ポイント: 2pt
(1%)
配送料 ¥350 5月29日-30日にお届け
発送元: 『もったいない本舗』 ※通常24時間以内出荷。※商品状態保証。法能店
販売者: 『もったいない本舗』 ※通常24時間以内出荷。※商品状態保証。法能店
無料のKindleアプリをダウンロードして、スマートフォン、タブレット、またはコンピューターで今すぐKindle本を読むことができます。Kindleデバイスは必要ありません。
ウェブ版Kindleなら、お使いのブラウザですぐにお読みいただけます。
携帯電話のカメラを使用する - 以下のコードをスキャンし、Kindleアプリをダウンロードしてください。
何か問題が発生しました。後で再度リクエストしてください。
OK
眼球譚[初稿] (河出文庫 ハ 4-1) ペーパーバック – 2010/8/3
{"desktop_buybox_group_1":[{"displayPrice":"¥770","priceAmount":770.00,"currencySymbol":"¥","integerValue":"770","decimalSeparator":null,"fractionalValue":null,"symbolPosition":"left","hasSpace":false,"showFractionalPartIfEmpty":true,"offerListingId":"b6P3KCj0aUv7c5KeLk%2BXZ9mOMosZetfurIqorM6BkWxlzVy%2BQPNIngBqZ5CQtzqobTB0GGvuMPYQLNG%2BOv6fLrWdqX1aJOA8JmSzKWjoEjMFaavvksByEL7qZz7OnmFP","locale":"ja-JP","buyingOptionType":"NEW","aapiBuyingOptionIndex":0}, {"displayPrice":"¥220","priceAmount":220.00,"currencySymbol":"¥","integerValue":"220","decimalSeparator":null,"fractionalValue":null,"symbolPosition":"left","hasSpace":false,"showFractionalPartIfEmpty":true,"offerListingId":"b6P3KCj0aUv7c5KeLk%2BXZ9mOMosZetfuDysE%2BPgca4k0tuueSAEm%2FAe68mk366UJuCN4tyqPdXMFyw7RyWrTcFXVprDJI2SYL3lA3AcAutYifOpmL0LzykzgBwZA4SjFk6ckB42lISuRMpFym89bcDOWfxxhsdGl5I0HQlQ4xhuKeYti4Q5S%2BQ%3D%3D","locale":"ja-JP","buyingOptionType":"USED","aapiBuyingOptionIndex":1}]}
購入オプションとあわせ買い
二十世紀最大の思想家・文学者のひとりであるバタイユの衝撃に満ちた処女小説。一九二八年にオーシュ卿という匿名で地下出版された当時の初版で読む危険なエロティシズムの極北。恐るべきバタイユ思想の根底。
- 本の長さ170ページ
- 言語日本語
- 出版社河出書房新社
- 発売日2010/8/3
- 寸法10.6 x 0.7 x 14.9 cm
- ISBN-104309462278
- ISBN-13978-4309462271
よく一緒に購入されている商品
対象商品: 眼球譚[初稿] (河出文庫 ハ 4-1)
¥770¥770
最短で5月27日 月曜日のお届け予定です
残り19点(入荷予定あり)
総額:
当社の価格を見るには、これら商品をカートに追加してください。
ポイントの合計:
pt
もう一度お試しください
追加されました
一緒に購入する商品を選択してください。
この商品をチェックした人はこんな商品もチェックしています
ページ 1 以下のうち 1 最初から観るページ 1 以下のうち 1
登録情報
- 出版社 : 河出書房新社 (2010/8/3)
- 発売日 : 2010/8/3
- 言語 : 日本語
- ペーパーバック : 170ページ
- ISBN-10 : 4309462278
- ISBN-13 : 978-4309462271
- 寸法 : 10.6 x 0.7 x 14.9 cm
- Amazon 売れ筋ランキング: - 128,595位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- - 175位フランス文学研究
- - 184位フランス文学 (本)
- - 514位河出文庫
- カスタマーレビュー:
著者について
著者をフォローして、新作のアップデートや改善されたおすすめを入手してください。
著者の本をもっと発見したり、よく似た著者を見つけたり、著者のブログを読んだりしましょう
著者の本をもっと発見したり、よく似た著者を見つけたり、著者のブログを読んだりしましょう
-
トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
レビューのフィルタリング中に問題が発生しました。後でもう一度試してください。
2022年10月26日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
2023年10月5日に日本でレビュー済み
初稿の生田 耕作訳の電子化を希望します。
2014年7月16日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
20世紀フランスの思想家ジョルジュ・バタイユ(1897-1962)の初期の小説作品、1928年。20世紀エロティシズム文学の傑作とされる。
眼球は眼差しの端緒、眼差しは主人‐奴隷の弁証法の端緒、則ち対象化・断片化という暴力作用そのもの。それを無化するかのようなシモーヌの振舞は、強烈なイメージを刻み付ける。ましてその眼球が聖職者のものであれば、ニーチェやサドの影響を受けたバタイユの涜神の意図は明らかだろう。生前は本名ではなく"ロード・オーシュ"の筆名で刊行されていたが、これは"便所神"といった含意があるという。「神」は、往々にして抑圧の口実に用いられてきた。「神」の眼差しの下で何者かたることを強いられてきた、そうした秩序=抑圧の無化。
「だが最後には、シモーヌは私から身をもぎ離し、長身のイギリス人の手からその美しい球体を奪い取ると、それを両手ですこしずつ押し込んで、よだれをたらした肉体の中へその茂みの奥深く突っ込むのだった」
いま、我々を縛りつけているのは、匿名多数の眼差しの乱反射であり、適当な有限数列によってコード化可能な言葉の濁溢だ。そこを縫って走るような、そんな隙間も無い。点として沈黙の内に身を置いても、そこで呼吸ができるわけでもあるまい。何処にいても何かが滞っている。
「言葉なんかごめんだ/眼差しなんかまっぴらだ」(トリスタン・ツァラ『ダダ宣言1918』)
眼球は眼差しの端緒、眼差しは主人‐奴隷の弁証法の端緒、則ち対象化・断片化という暴力作用そのもの。それを無化するかのようなシモーヌの振舞は、強烈なイメージを刻み付ける。ましてその眼球が聖職者のものであれば、ニーチェやサドの影響を受けたバタイユの涜神の意図は明らかだろう。生前は本名ではなく"ロード・オーシュ"の筆名で刊行されていたが、これは"便所神"といった含意があるという。「神」は、往々にして抑圧の口実に用いられてきた。「神」の眼差しの下で何者かたることを強いられてきた、そうした秩序=抑圧の無化。
「だが最後には、シモーヌは私から身をもぎ離し、長身のイギリス人の手からその美しい球体を奪い取ると、それを両手ですこしずつ押し込んで、よだれをたらした肉体の中へその茂みの奥深く突っ込むのだった」
いま、我々を縛りつけているのは、匿名多数の眼差しの乱反射であり、適当な有限数列によってコード化可能な言葉の濁溢だ。そこを縫って走るような、そんな隙間も無い。点として沈黙の内に身を置いても、そこで呼吸ができるわけでもあるまい。何処にいても何かが滞っている。
「言葉なんかごめんだ/眼差しなんかまっぴらだ」(トリスタン・ツァラ『ダダ宣言1918』)
2019年10月20日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
キリスト教国での哲学と道徳の学問の基盤はキリスト教が担っている。しかし同時に全てのキリスト教国人の枷でもある。無神論者であってもその生活と勤労、学問に励むにあたってはキリスト教から自由ではない。日本人が仏教も神道も特に信じていないと言いながら実際には日本語の単語は仏教と神道に由来しており、マナーの大半もそうだ。そして人生の節目は結婚は神道、葬式は仏教に委ねている。
キリスト教国人はキリスト教伝来以前のゲルマン民族の習俗とキリスト教由来の言語や思考が混交している。だが、体系化はキリスト教会によってなされローマ帝国以来その恩恵と枷を受けてきた。これはカソリックとプロテスタントの対立をへて変質し次の時代が用意されても受け継がれた。
プロテスタントはカソリックの権威への疑問から始まり、ついには神性の本質的な疑義を抱くに至る。さらに分派が進みその先にはついに無神論者が現れる。ただ、それは神を否定するところから始まり、神はいないと定義づけることで結局、神の存在から自由になることは無かった。
バタイユは性愛の物語を描くにあたり姦淫、殺人、嫉妬などキリスト教の大罪の多くを織り込み、その中であがく人間を描いた。シモーヌは何か、マルセルは何か、イギリス人でありカソリックではないであろうエドモンド卿は、陵虐され殺されたカソリックの神父は何か、そして主人公は何か。読み解くのは案外、学問的なものではなく、モラルに触れる部分にある。
さて、この作品の奥行きはどれほどの深さがあるだろうか。それもまた、神の視野のうちと言ってしまってはバタイユ卿の不興を買うだろうか。時が来たら、泉下に問いを投げかけに訪ねたいものだ。
キリスト教国人はキリスト教伝来以前のゲルマン民族の習俗とキリスト教由来の言語や思考が混交している。だが、体系化はキリスト教会によってなされローマ帝国以来その恩恵と枷を受けてきた。これはカソリックとプロテスタントの対立をへて変質し次の時代が用意されても受け継がれた。
プロテスタントはカソリックの権威への疑問から始まり、ついには神性の本質的な疑義を抱くに至る。さらに分派が進みその先にはついに無神論者が現れる。ただ、それは神を否定するところから始まり、神はいないと定義づけることで結局、神の存在から自由になることは無かった。
バタイユは性愛の物語を描くにあたり姦淫、殺人、嫉妬などキリスト教の大罪の多くを織り込み、その中であがく人間を描いた。シモーヌは何か、マルセルは何か、イギリス人でありカソリックではないであろうエドモンド卿は、陵虐され殺されたカソリックの神父は何か、そして主人公は何か。読み解くのは案外、学問的なものではなく、モラルに触れる部分にある。
さて、この作品の奥行きはどれほどの深さがあるだろうか。それもまた、神の視野のうちと言ってしまってはバタイユ卿の不興を買うだろうか。時が来たら、泉下に問いを投げかけに訪ねたいものだ。
2015年5月6日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
さいこ!
所々日本語っぽくない?感じがしたけど内容でぶっ飛びました。
所々日本語っぽくない?感じがしたけど内容でぶっ飛びました。
2019年9月15日に日本でレビュー済み
"『お皿は、お尻をのっけるためにあるのよ』シモーヌが言い出した。『賭けをしない?あたしはこのお皿の上に座ってみせるわ。』1928年に地下出版された著者最初の小説にして、サド以来の傑作と言われる本書は、眼球、卵、睾丸の連想ドラマにして、欠落感と躍動感溢れるエロティシズム作品。
とはいえ、最初に紹介すると。全く予備知識なしに手にとってしまうと、本書は一般的には特殊とされるであろう性行為【排泄やネクロフィリアを10代の若者たちが延々とやり続ける内容】で【単なる変態小説】と切って捨てられてしまうかもしれないかもしれない畏れのある作品だと思われるのですが。
でも、ちょっとまってほしい。せめて小説部分が終わってから始まる『第二部 暗号』。独白形式で語られる著者と【父親や母親との関係性について】そして【神との対峙】といったところまで読み終えてほしい。(もしくはWEB検索してほしい)
すると、著者の実体験が濃く反映されている、このフランス語で『ウユ』『ウフ』『クユ』と似た音になり、楕円的球状としても類似点のある眼球、卵、睾丸という3つを背徳的に弄びながら【他者への同情は皆無】にして、排泄行為をしつこく描く著者の行為自体に、執筆当時20代だった著者の【言葉にすることが出来ない感情と絶望が詰まった小説】として、文面の裏から狂気と紙一重の【突き抜けた絶叫が伝わってくるような切実感】が感じられて何とも強く胸をうつのです。(とはいえ、どうしても表面的な性描写に嫌悪感を覚える人がいるのも理解はできます)
人を選ぶ作品ですが。あえて表面上のエロティシズムにはビクともしなくなった大人な誰か、あるいは生(性)と死を鮮やかな躍動感で描いた作品を探す誰かにもオススメ。
とはいえ、最初に紹介すると。全く予備知識なしに手にとってしまうと、本書は一般的には特殊とされるであろう性行為【排泄やネクロフィリアを10代の若者たちが延々とやり続ける内容】で【単なる変態小説】と切って捨てられてしまうかもしれないかもしれない畏れのある作品だと思われるのですが。
でも、ちょっとまってほしい。せめて小説部分が終わってから始まる『第二部 暗号』。独白形式で語られる著者と【父親や母親との関係性について】そして【神との対峙】といったところまで読み終えてほしい。(もしくはWEB検索してほしい)
すると、著者の実体験が濃く反映されている、このフランス語で『ウユ』『ウフ』『クユ』と似た音になり、楕円的球状としても類似点のある眼球、卵、睾丸という3つを背徳的に弄びながら【他者への同情は皆無】にして、排泄行為をしつこく描く著者の行為自体に、執筆当時20代だった著者の【言葉にすることが出来ない感情と絶望が詰まった小説】として、文面の裏から狂気と紙一重の【突き抜けた絶叫が伝わってくるような切実感】が感じられて何とも強く胸をうつのです。(とはいえ、どうしても表面的な性描写に嫌悪感を覚える人がいるのも理解はできます)
人を選ぶ作品ですが。あえて表面上のエロティシズムにはビクともしなくなった大人な誰か、あるいは生(性)と死を鮮やかな躍動感で描いた作品を探す誰かにもオススメ。
2013年1月10日に日本でレビュー済み
20世紀の文学の中でも最も異端とされる変態作品。サドの「悪徳の栄え」に匹敵するとすら言われる。
ジョルジュ・バタイユがオーシュ卿というペンネームで1928年に発表した処女作。
とにかくページを開くとすぐに変態。どこでも変態。シモーヌという娘と変態の限りをつくす主人公。絶頂を何回迎えるんだこの娘。というか登場人物全員が変態。放尿しすぎ。卵から牛の睾丸そして眼球とエスカレートしていくシモーヌの欲。挿絵がなくて本当に良かったと思う。哲学って何だっけという気にさせてくれる。
生田耕作の日本語訳も素晴らしい。変態ポルノ小説をいかに格調高く伝えるかという点で成功している。この「無駄な格式高さ」が結構重要であり、やはり本作は光文社から出ている「目玉の話」ではなく、「眼球譚」として推したい。
ただ、よく言われているように種明かし的第二部は蛇足。最初は暗喩とかエロティシズムとかリビドーとかあまり深く考えず、勢いで読むのが吉。
三島由紀夫や澁澤龍彦も絶賛の変態小説。この文章中何回変態と言ったのでしょうか。
ジョルジュ・バタイユがオーシュ卿というペンネームで1928年に発表した処女作。
とにかくページを開くとすぐに変態。どこでも変態。シモーヌという娘と変態の限りをつくす主人公。絶頂を何回迎えるんだこの娘。というか登場人物全員が変態。放尿しすぎ。卵から牛の睾丸そして眼球とエスカレートしていくシモーヌの欲。挿絵がなくて本当に良かったと思う。哲学って何だっけという気にさせてくれる。
生田耕作の日本語訳も素晴らしい。変態ポルノ小説をいかに格調高く伝えるかという点で成功している。この「無駄な格式高さ」が結構重要であり、やはり本作は光文社から出ている「目玉の話」ではなく、「眼球譚」として推したい。
ただ、よく言われているように種明かし的第二部は蛇足。最初は暗喩とかエロティシズムとかリビドーとかあまり深く考えず、勢いで読むのが吉。
三島由紀夫や澁澤龍彦も絶賛の変態小説。この文章中何回変態と言ったのでしょうか。
2012年4月8日に日本でレビュー済み
恥ずかしながら、ジョルジュ・バタイユの思想を読んだことは
ないですが、この本を読んで、びっくりしました。
ものすごい鮮烈なエロスです。
映像的なエロスの氾濫している現代においても、
空想におけるエロスの横溢した本書はまったく色あせていない、
というかよりいっそう刺激的にエロい!!
玉子や目玉をモチーフに「ここでこんなことを」みたいな場面が
盛り盛りで、こんなことを空想してしまうバタイユの苦悩みたいな
ものがぎっしり詰まっているのかも、と思いながら、興奮して
読みました。
こういう場面に遭遇したい、とか、こういうことをしてみたい、とか
そんなことを考えて書いたんだろうな、と思いましたが、
これを読んで真似をするというのはまた違うんですよね。
人それぞれの性的なファンタジーがあるということを手触りとして
感じられる怪しい本ですね。
訳文も流麗。エッチな単語で知らないのがありましたが……
ないですが、この本を読んで、びっくりしました。
ものすごい鮮烈なエロスです。
映像的なエロスの氾濫している現代においても、
空想におけるエロスの横溢した本書はまったく色あせていない、
というかよりいっそう刺激的にエロい!!
玉子や目玉をモチーフに「ここでこんなことを」みたいな場面が
盛り盛りで、こんなことを空想してしまうバタイユの苦悩みたいな
ものがぎっしり詰まっているのかも、と思いながら、興奮して
読みました。
こういう場面に遭遇したい、とか、こういうことをしてみたい、とか
そんなことを考えて書いたんだろうな、と思いましたが、
これを読んで真似をするというのはまた違うんですよね。
人それぞれの性的なファンタジーがあるということを手触りとして
感じられる怪しい本ですね。
訳文も流麗。エッチな単語で知らないのがありましたが……