鞍馬天狗が一世風靡した時代を知りませんが、大佛次郎(おさらぎじろう、とふり仮名を振らないといけないでしょうね)が戦前戦後に延々と書き続け、嵐寛寿郎(アラカン)や市川雷蔵によって演じられた映画の断片は見ていますので、一応知っている部類に入ります。その鞍馬天狗と秘密結社の関わりという不思議な接点を本書は大佛次郎の生き方の中から見出そうとした書でした。
筆者の海野弘氏は「秘密結社」についての著作も多いわけですが、一般人にとってまず「秘密結社」と何か、という説明があった方が早く分かったのでと思いました。
鞍馬天狗を書きだした1920年代は覆面ブームがあったようで、その前に上映された映画『ジゴマ』『ファントマ』シリーズが大佛次郎に影響を与えたと説いています。
第1章では、フランス革命、ロシア革命、幕末の維新革命、同時代の1930年代の4つの時代の影響を丁寧に解説していました。
43ページに書かれているように「アルバイトであるはずの大衆小説がしだいに本業となり、純文学からはずれ、二流の文士になっていくという思いに悩んでいた」大佛は、1930年代という同時代を表現することが困難な時代において、横浜のホテルのニューグランドで執筆することで匿名性を得て、鞍馬天狗の覆面をもってその思いを執筆したという展開は興味深かったです。
後半は、鞍馬天狗シリーズを丁寧に読み説き、そこで描かれている題材の元になった大佛の考え方を示しています。特に幕末の体制の揺らぎや様々な革命への関心は、時代の閉塞感につながりました。戦後、大佛がパリ・コミューンに関心を持ち、『パリ燃ゆ』を執筆した経緯もずっと根っこがつながっていた証明でした。
大衆小説の代表格のような鞍馬天狗の執筆の背景にこのような考え方があったことを知らなかった者として目から鱗の思いで読了しました。
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