確かに、例えば古代日本の文学作品である「万葉集」はみんなで楽しむために編まれた。▼万葉の歌は民謡でもあった。「多摩川にさらす手作りさらさらに何そこの児のここだ愛(かな)しき」は「多摩川にさらす手作りさらさらに」「さらさらに何そこの児のここだ愛しき」と「さらさらに」を繰り返す労働歌だった(佐佐木幸綱「男うた女うた」)。琵琶法師が語る「平家物語」も耳から入る娯楽... 続きを読む
日経春秋 春秋(4/27) - finalventの日記遣唐使を派遣し、唐の政治制度や文化を取捨選択し、日本の風土に合うものを効率的に取り入れていった。急速な改革は明治維新とも比較される。 「日本」という国号が定まり、元号制度も確立される中で、飛鳥の藤原京から平城京への遷都が実行された。奈良時代に制定された養老律令は、明治初期まで公家社会の基本法となった。日本の国の骨格は奈良時代に作られたと指摘する歴史家もいる。 ... 続きを読む
読売新聞社説 平城遷都1300年 国の成り立ちを考える機会に : 社説・...政治家としての家持の不幸は、藤原氏が絶対的な権力を確立していく時代に居合わせたことだろう。結果として千年以上にわたり貴族社会の頂点に座り続けた藤原氏の栄華は、奈良時代に決定的な基礎を築いた。大和朝廷以来の有力豪族、大伴氏は、度重なる政争で藤原氏と対立する立場に回りがちだったようだ。 「藤原氏の栄華は、奈良時代に決定的な基礎を築いた」かどうかなんだがね、この時... 続きを読む
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