私はかつて、大場登さんが放送大学でやっておられた「ユング心理学」の講義をラジオでたまたま耳にしてその面白さに魅了され、録音した講義内容を文字に起こしたものに繰り返し目を通すくらいハマってしまったことがある。それがユング派に関心を持つきっかけだったのだが、その際困ったことは、講義中大場さんが『イザナギが千引の石で道を塞ぐ──日本の神話にも「分離」のイメージがこんなにも見事に描かれているんですよ』といった具合に神話や昔話に出てくるイメージについて詳しく語っておられたのだが、あまりユング派のイメージ理解に知識のなかった私からすると、「イメージって、そもそも何なのだ?」「一般的な意味合いとは少し違うニュアンスで使われている気もするのだが……」といったかなり基本的な所から、少なからず頭を悩ませることとなってしまった。
「分離」のイメージが意識と無意識の分離を表していることは講義を聴けばわかるのだが、「意識と無意識が分離するとは?」「そのイメージが神話に描かれているとは何を意味しているのだ?」講義では元型的状況についても説明されていたが「そもそもユング派の人は人間の心をどのような感じでとらえていて、元型というのはその中でどのような位置づけになっているのだろうか?」「元型にしろ、イメージやシンボルなどについても、彼らはそれが心にどのような作用を及ぼすものだと考えているのだろうか?」等々の疑問が(ユング派についての理解が深まるほどに)噴出するばかり。──こういった点については、当時ユング派について教科書レベルの知識しかなかった私には全然太刀打ちできない疑問であり、『そういったことについて、もうちょっと理屈立って/体系づけられた形で詳しくまとめられ、説明された本があれば見ておきたいなあ』という欲求を、以後私は強く持つようになった。(おかげでC.A.マイヤーの概説書4巻をはじめ様々な本をウロチョロすることになったのだが)そうした私の欲求不満にドンピシャリの形で応えてくれた本が、まさしく本書『意識の起源史』であった。
内容としては、まずは(旧版上巻部分)意識の発達過程に沿った形で出てくるイメージ表現について説明・整理がなされており、次に(旧版下巻部分)そうした整理を基にして、いわゆる「個性化の過程」に代表されるユング派の特徴的な考え方(自己、全体性、補償作用等々)について、私が読んだ本の中では最も深いレベルで、理屈立った形で説明がなされている本、と感じられた。(まあ私自身はヒルマン同様「高尚な自己の話なんて高尚すぎて私にはよくわからない」みたいな気持ちもなくはないのだが。)
ユング派の基本的な考えがわかっている人なら、読み進んで末尾に近づくほどに話がわかりよくなってくる印象である。とはいえ難解な箇所も少なくなく、読み通すには相当根性のいる本ではあるのだが、苦労して読み終えた後には「人間の心について」あるいは「ユング派=分析心理学について」の理解は格段に深まることは疑いない。そして同時に(マイヤーか誰かがそんなことを述べていたようにも思うが)『それにしても、人間の意識というのは一体何なのだろう?』『なぜ人間はこんなものが極度に発達することになったのだろう?』という、より根源的な疑問を、誰しも深く深く感ずることになることになるのではないだろうか──? (そしてこの問いに対する答えは、おそらくどこにも用意されてはいないのだろう。)
最後に大場さんの講義内容から少し引用しておきたい。
『皆さんの中には「ユング心理学というのは、まあ面白いものではあるかもしれないけれども、どこか悠長なものだ」「非実践的な、あまり役に立つものではない」という印象を持たれた方もおられたかもしれない。……自然科学的なアプローチこそが科学であるといった考えの現代に、昔話や神話のイメージについてあれこれ検討しているユング心理学とはなんと時代遅れと感じる人も中にはおられるであろう。しかしながらユング心理学の立場は、個々のクライアントとの心理療法経験の積み重ねの中から少しずつ修正を受けながら創造されてきた、まさに「実践」の中から生み出されてきたアプローチである。現実世界に生きている個々人との臨床的な経験の中から得られる知、という意味で「臨床の知」という言葉があるが、ユング心理学はまさにこの「臨床の知」を追求してきた(追求しつつある)学問である、と言ってよいかと思う。』
私にとって本書は、そんな大場さんの講義内容が非常にわかりよくなる、たいへんありがたい本であった。(『深層心理学と新しい倫理』『芸術と創造的無意識』『女性の深層』等のノイマンの他の著作も含めて──と言うべきかもしれないが。)
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意識の起源史 単行本 – 2006/10/1
- 本の長さ634ページ
- 言語日本語
- 出版社紀伊國屋書店
- 発売日2006/10/1
- ISBN-104314010126
- ISBN-13978-4314010122
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登録情報
- 出版社 : 紀伊國屋書店 (2006/10/1)
- 発売日 : 2006/10/1
- 言語 : 日本語
- 単行本 : 634ページ
- ISBN-10 : 4314010126
- ISBN-13 : 978-4314010122
- Amazon 売れ筋ランキング: - 474,681位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- - 2,178位臨床心理学・精神分析
- - 7,524位心理学入門
- - 7,977位心理学の読みもの
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2019年8月31日に日本でレビュー済み
2016年10月23日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
全体としては、速やかで、結構でした。
ただし、残念ながら、少しだけではありますが、一部ページの欄外に書き込みがありました。
これがなければ、約束通り、なのですが。
中古とはいえ、書き込みがあるならあるで、きちんと表記してください。
ただし、残念ながら、少しだけではありますが、一部ページの欄外に書き込みがありました。
これがなければ、約束通り、なのですが。
中古とはいえ、書き込みがあるならあるで、きちんと表記してください。
2015年3月28日に日本でレビュー済み
人類意識の誕生・発展(系統発生)と個人意識の誕生・発展(個体発生)、現代文明の危機的状況を、ギリシャ・エジプト・ユーフラテス・インド他の神話を題材に集合的無意識を主体に深層心理学的に解説している。
ユングより系統だった解説でわかりやすい。
後半の200ページが特に圧巻。
66年前の本だが、ここで述べられているナチスの台頭土壌、米国の堕落は、現在のアレフの存続、ダーイッシュの台頭をも説明しているかもしれない。
ユングより系統だった解説でわかりやすい。
後半の200ページが特に圧巻。
66年前の本だが、ここで述べられているナチスの台頭土壌、米国の堕落は、現在のアレフの存続、ダーイッシュの台頭をも説明しているかもしれない。
2011年5月14日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
図書館で見かけたこの本を是非自分の本棚に置きたくて購入しました。
意識に対する仮説が非常に根拠ある説明で解説されていきます。論理の構成、実例が
非常にしっかりしていて訳もすばらしいためお勧めできます。
もう少し図版が多いともっとよいのですが。
意識に対する仮説が非常に根拠ある説明で解説されていきます。論理の構成、実例が
非常にしっかりしていて訳もすばらしいためお勧めできます。
もう少し図版が多いともっとよいのですが。
2006年10月5日に日本でレビュー済み
ユングの高弟ノイマンの主著。
ユング心理学の理論を完成させたといってもよい作品で、本書の序文でユング自身嫉妬交じりに賞賛している。
ユング心理学を勉強している方はユングの著作だけでなくノイマンの著作にも触れてほしい。
ユング心理学の理論を完成させたといってもよい作品で、本書の序文でユング自身嫉妬交じりに賞賛している。
ユング心理学を勉強している方はユングの著作だけでなくノイマンの著作にも触れてほしい。
2019年11月14日に日本でレビュー済み
原著が出版されたのは1949年ですから、もう70年も前のことになります。したがって、現在の考え方から見ると少し古くなっていたり、ずれていたりする点もあるにはあるのですが、「ユング派の視点から人間の発達をどのように考えるのか」ということに関して本書が提出した基本的なアイディアは基本的には今も古びることはないように思います。
「ユング派には(精神分析とは違って)発達に関する理論がなく、そこが弱点だ」ということはよく言われますが、本書を読むと「発達に関する理論がなかった」というよりも、「ノイマン以降に発達に関する理論が深まらなかったことが弱点」だったように思います。
ある程度はユング派の理論を知っていることが前提に書かれていますので、ユング派の理論をまったく知らずに読まれるとかなり読みづらいのではないかと思います。逆に、ユング派のことをある程度勉強なさった方で、「ユング派では人の発達をどのように考えているのだろう?」と疑問に思われている方にはお勧めします。訳者の解説がとても丁寧に書かれていますので、本文よりも先にそちらを読まれてから本文を読まれた方が頭に入ってきやすいと思います。
「ユング派には(精神分析とは違って)発達に関する理論がなく、そこが弱点だ」ということはよく言われますが、本書を読むと「発達に関する理論がなかった」というよりも、「ノイマン以降に発達に関する理論が深まらなかったことが弱点」だったように思います。
ある程度はユング派の理論を知っていることが前提に書かれていますので、ユング派の理論をまったく知らずに読まれるとかなり読みづらいのではないかと思います。逆に、ユング派のことをある程度勉強なさった方で、「ユング派では人の発達をどのように考えているのだろう?」と疑問に思われている方にはお勧めします。訳者の解説がとても丁寧に書かれていますので、本文よりも先にそちらを読まれてから本文を読まれた方が頭に入ってきやすいと思います。