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宗教の見方: 人はなぜ信じるのか 単行本 – 2012/9/1

4.4 5つ星のうち4.4 4個の評価

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登録情報

  • 出版社 ‏ : ‎ 勁草書房 (2012/9/1)
  • 発売日 ‏ : ‎ 2012/9/1
  • 言語 ‏ : ‎ 日本語
  • 単行本 ‏ : ‎ 244ページ
  • ISBN-10 ‏ : ‎ 4326102209
  • ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4326102204
  • カスタマーレビュー:
    4.4 5つ星のうち4.4 4個の評価

カスタマーレビュー

星5つ中4.4つ
5つのうち4.4つ
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上位レビュー、対象国: 日本

2013年6月18日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
*《》で括られているのは、本書からの直接の引用である。

本書は、宗教学の概説書・入門書を著すのが自らの責務であると感じた著者が、まさに《大学学部生を念頭に置いた宗教学の入門書》(pii)''を執筆したものである。世間にありふれた『宗教学入門』『宗教学概論』と言った名前ではなく、本書のタイトル『宗教の見方』は宗教というものを、どのように見れば良いか、徹底的に思考し執筆されたものを示すものである。

他の宗教学の概説書・入門書にあるように、複数の宗教史的事実を列挙して宗教をわかったつもりになるのではなく、本書が他の宗教学の本と一線を画しているのが、人類史に普遍的にみられる宗教の定義・機能・構成要素といったものをとことん考えているところである。たしかに、宗教史的事実を列挙することでわかることも少なからずあるかもしれない。しかし、そのように考えるよりも良いのが、本書の取っている方法である。それは読んでみればわかるので詳しくは述べないが、宗教について考える必要性を痛感していた私には、本書の内容こそがまさに求めていたものであった。

まえがきの最後にあるように、この書のスタンスは次の通りである。《非宗教的な態度で対象を考察し記述》(piii)'する、ということだ。こういった発言から、宗教学といった学問は、宗教的な態度で研究する人間も少なからずいることがわかる。しかし、そもそもそれは学問かどうか怪しい。哲学としてなら認められるかもしれないが、事実命題を出来るだけ取り出して、概念化するのが学問の一つの役目ではあるのだから、そこに一定の宗教の立場をとるという偏ったフィルターがあるのはまずい。その点、本書は非宗教的な態度を貫徹しており、安心して読むことが出来る。

第1章は《宗教の普遍性》についての考察である。啓蒙主義から社会進化論人類学に至るまで、宗教は人類史の発展にとって低次なものだとされた。そのため、宗教は衰退するしかないように思われたのだ。これは日本人である我々も共有している考え方だろう。しかし、実際はそんなことはないのである。宗教というのは、アメリカ合衆国やイスラーム圏などを見るだけで、とても衰退しているとは言えないのがわかるし、また日本においても新宗教が騒がれることがあるが、そういったものの説明に何も啓蒙主義的見方は寄与していないのがわかるだろう。いずれにせよ、宗教はいまだに普遍的であることは変わりのない事実であることが理解できる。

第2章は《宗教とは何か:常識を疑い、吟味する》というタイトルが示すように、宗教は神崇拝である、宗教は超自然である、などといった常識化した宗教についての一種の偏見を疑って、考えている。神概念の幅広さ、一神教といわれる諸宗教も内実では多神教的性格をもっていることなど、するどい指摘が入る。しかし、この章で最も重要なのは2.5 聖俗の二分法であろう。これはデュルケムの宗教の定義として有名なものだが、その定義はおおよそ次のようなものである。宗教とは、聖性を持ったもの、つまりタブーとされるもの信念と行事の統一的体系であり、かつその信念と行事が同じ道徳的共同社会に結合される、というものなのである。私なりにわかりやすくいうと、聖なるものは部外者が近づいたり、見たりすることが禁止されるもので、宗教社会内部の成員のみが、聖なるものに近づいたり触ったり見たりすることが出来るようになっているんだ、そしてそれに関係する統一的な体系なんだ、というわけである。その定義について、著者は徹底的な吟味を行っている。問題がある部分はあるにせよ、簡便な宗教定義としては有用なものであることが示される。

第3章では《宗教概念批判とその吟味》がなされている。この章を簡単にまとめると次のように言えるかもしれない。現代人はカテゴリーにうまくあてはまらないものがあると、《自分たちのカテゴリーに》無理やり《それを押し込んで理解しようとする》が、それは《対象に対する暴力》でもある。宗教という概念は近代に生まれたものであって、その概念を類似的なものに無理矢理あてはめようとすると、その対象自身の自己認識とは違った方法で対象のあり方を規定することになる。宗教という概念を何の吟味もせずに、使おうとすると、現代においても同じ失敗を犯してしまうことになる。さて、様々な面(人間の考え方や生物学的な条件付け等)から人間は、「本質」を求める。宗教についてもそうである。では、宗教という概念に本質はあるだろうか。結論を言うと、それはない。宗教の本質を求めることは事実判断ではなく、信仰判断・価値判断である。しかし、あえていうなら、デュルケムが宗教は聖・禁忌と関わるものであるとした考えが、種々の問題があるが、宗教の定義というものに近いだろう。宗教という概念について、一番妥当なのは、ウィトゲンシュタインが用いる《家族的類似性》という考えであろう。

第4章は《宗教と非宗教の境界》である。この章もまた興味深い指摘がたくさんあるが、本書の中での重要性は比較的低いと思われるので、ここでは省くこととする。(*1)

第5章は《信じるとはどういうことか》である。宗教を信じているといっても、外的基準がない以上その判断は難しい。また宗教行為や理論など、信じている中身についても同様である。《人間は自己自身を完全に理解してはいない、人間は自分自身にとって透明ではあり得ないのだ》と著者は言う。宗教を信じる人は非合理的だという言説があり、特に日本では受け入れられているように思われる。だが、矛盾と非合理的衝動にかられる人間、計算の予測を立てないでもヒューリスティックを用いて行動する人間、胡散臭い証拠を安易に信じ、無批判的で不合理な人間、そういった人間は、宗教を信じている、信じていないという分類で判断できるものではないし、実際にはどちらにもいるのである。そもそもある合理性を突き詰めると、別の合理性からみると非合理的であったりするため、宗教を信じない人が合理的で宗教を信じる人は非合理的だなどという言説は、成立しない。言うならば、信じる信じないを問わず、ある点では非合理的なのが人間なのである。そのことを確認したうえで、信は知に先行し、知は信に基づくことを著者は強調する。ウィトゲンシュタインは《私たちが一つひとつの学習を通じて形成されていった信念の体系》を「世界像」と呼ぶが、どのような考えも掘り下げていけば、こういった信念の体系、世界像に行き当たるのである。

第6章は《宗教の構成要素》、第7章が《宗教の機能》である。どちらのアプローチも重要であるが、特に大切なのが7章であろう。意味の探求、生の意味づけ、苦難の神義論、政治・社会的機能など、様々な面で論じられている。この2章を熟読することで、宗教がなぜ普遍的に存在し、それが信じられ続けているかを理解する助けになるだろう。

最後の第8章《宗教の諸理論》は概説書にしてはかなり突っ込んだ内容となっており、少し難解かもしれない。しかし、代表的な宗教理論をピックアップして取り上げた上、その論理の道筋を丁寧に追って解説し、さらに批判もしているので、宗教学を学ぶ者は必読だろう。私はデュルケムが宗教を社会的構成要素に還元しているのかな、と漠然と感じていたのだが、全くそういったものではないことがよくわかった。

各章を少し見てきたが、読むのには少し気力がいる本である。しかし、その気力を振り絞りさえすれば、得るものは必ずあるし、誰にとってもぜひとも手に取ってほしい本である。その意味で、本書は非常に刺激的な宗教学の入門書といえる。読む人個人個人で感じることは異なるだろうが、かなり考えさせられる本であるのは間違いない。稀有な良書である。そして宗教について少しでも知りたい人や、宗教学ってどんなことをするんだろうと思っている人にお勧めできる書籍である。電子書籍化などできれば、良いと思う。

ちなみに筆者が編集を務めた『
面白いほどよくわかるキリスト教―イエスの教えから現代に生きるキリスト教文化まで (学校で教えない教科書) 』はキリスト教宗教史を一般向け読者にわかりやすく説明したもので、こちらもとてもわかりやすかった。そちらのレビューもまた書けたら書いてみようと思う。

*1 本章ではカール・バルトが宗教と一般的世界観との違いが触れられている。《ある一定の世界理解を妥当性のあるものと見るものの、それによっていささかも自分の生活が規定されない場合には、それは単なる「観」、すなわち見方・意見・理論にとどまる》。本書のタイトル『宗教の見方』というのも、宗教的な強制力などなく、非宗教的な態度で宗教を論ずるということを改めて確認させてくれる一文である。
7人のお客様がこれが役に立ったと考えています
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2012年11月25日に日本でレビュー済み
本書は希有な「宗教」の入門書である。
もちろんこれまでも宗教学入門書はあったが、そうした本は個別宗教の教義や歴史を細かく説明しているものであり、「宗教とは何か」「宗教はなぜあるのか」といった根幹の質問には答えてくれていなかった。
本書は、そうした問いに正面から取り組む。

宗教を定義しようとするさまざまな過去の試みを批判的に検討し、宗教の意義とその機能を明らかにしていく。
本書で評価が高いのはデュルケームだが、他にもウィトゲンシュタインやカール・バルトなど、多数の先行研究が取り上げられている。

本書は決して何かの宗教に肩入れしたりすることはなく、客観的な宗教の記述を目指していると言える。
一方で、ドーキンスなどの科学主義の観点からの宗教批判に対してはきちんと反論も行われている。

巻末のレファレンスも充実しており、「宗教って何だろう」と思った人にはかなりおススメな一冊だと思う。
ただし逆に個別宗教の教義の説明はほとんどないので、そうした知見を得たい人は
信じない人のための〈宗教〉講義 などで知識を補うといいだろう。
9人のお客様がこれが役に立ったと考えています
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2012年9月20日に日本でレビュー済み
宗教とは何か?その定義や概念構成、機能やそれに関する理論的な知見について、徹底的に思考した本である。いちおう大学の学部生向けの宗教学入門書として執筆されているのだが、むしろ、宗教に関心のある読者や思索者を聴き手として念頭におきつつ、著者が独自の学問的な宗教論を展開した作品として読むのが適当かもしれない。その議論は、多くの関連書を読み、じっくりと考えを巡らし、時間と精神をたっぷりと費やして練り上げられたという感じが強くあり、非常に優れている。読んでいてハッとするような記述が多々ある。評者は宗教関連本を割と多く読んでいる方だと思うが、本書は近年のベストクラスの作品であるといってよいだろう。
宗教と非宗教の境界を吟味し、人が何かを信じることの意味を問い、宗教が人間に対して何をなすのかを明確にする。数多の宗教研究者が取り組んできた課題だが、著者もこれらの課題に真正面から挑戦し、その厳選された成果を示す。宗教をめぐる先人たちの考察、特にデュルケムの理論を最大の導きの糸としつつ、合理性をめぐるウェーバーの知見、ヴィトゲンシュタインの認識論や、さらには認知科学や行動経済学なども巧みに援用しながら、議論を組み立てている。様々な宗教現象に共感しつつ、だが学者としての立場を決して踏み外さずに冷静に、霊的体験に埋没したビリーバーな「宗教学者」とは遠く距離をとる。他方で、極端な宗教批判を行うドーキンスなどの科学主義者らに対しては、なかば宗教擁護的な姿勢を見せながら、適格な反論をしてみせる。その学識の深さと慎重なスタンスには、信頼しながら多くを学ぶことができる。
一貫して、あくまでも客観的な論述によって成り立っているわけだが、しかしときに著者の思い入れの強さが感じ取れるやや踏み込んだ見解も提示されており、これもよい。「魂を本当に揺さぶるもの」とは「たとえば人の勇気であり、誠実さであり、優しさであろう」。「共感を伴った理解こそ、人間が人間として生きうる原理そのものであり、他者との連帯の真の基礎たり得る」。「これは神の意志だ」とか「これは運命だ」とか「これは自業自得だ」といった言葉の使用から示唆されるように、「宗教はある生き方を情熱的に受け入れようとする決意でもある」。こうしたそれぞれの見解は、入門(概論)書ととしての性格から断片的に示されるのみだが、いつの日か著者によって、より厚みをもって改めて論じられることを願っている。
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