2007年に刊行されたこの翻訳を、私は2022年、ロシア帝国の復活を画策しているプーチンの戦争を案じながら通読した。さほど面白いとまでは言えないが、この評伝はヴィクトリア朝に生まれ、外交官を経て歴史家（オックスブリッジの教授となった）イギリス人のカーが、なぜ14巻もの『ソヴィエト・ロシア史』などのソ連史を書いたのか、彼の問題意識と仕事を分析しながら、90年の長い彼の生涯を描き切って、その全貌を浮かび上がらせている。ソ連の崩壊以前の1982年に他界するカーは、冷酷なスターリンの政治を批判するだけではなく、ソ連の経済発展と貧しい農民の貧困からの解放をもたらしたとして評価もしたが、そういう側面を無視してはソ連の歴史の真相に迫れないことを、ハスラムは指摘している。
著者は1973年から10年間、カーと交流があったソ連史家でケンブリッジの教授であるが、複雑なカーの仕事と生活を詳細に描いている。有名になった『歴史とは何か』についてもその反響とカーの応答が掘り下げられている。ドイッチャーとの友情とバーリンとの対立は詳しく紹介されているが、バターフィールドやラズレットなどはわずかに顔を出すだけである。社交を排し、ひたすら研究に打ち込んだカーはサロンの人ではなかった。私はカー教授の小さめの本は何冊か読んでいるが、大著は少し覗いただけで敬遠してきた。カーの仕事を受け止めた渓内謙教授の浩瀚なスターリン体制の研究も、昔少しかじっただけだった。ソ連が解体して30年が経過し、クリミアを奪ったプーチンがウクライナ侵略を進め、ゴルバチョフが亡くなったこの時代を踏まえて、ロシアとソ連の歴史を適切に理解したいと思っている。
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