社会科学者 小室直樹氏の著作
ウェーバー、大塚久雄、「日本資本主義の精神」を研究した山本七平の書作を引用しつつ近代資本主義と日本資本主義との比較を行い、日本資本主義のもとでは労働自体が目的となり、さらに一緒に働く集団が共同体となってしまう日本では、これが変容し共同体の目的達成が最終目的となっていると喝破しています
(1)ソ連崩壊は、資本主義からではなく、「資本主義の精神」(目的合理性、労働を尊ぶ精神、利子・利潤を倫理的に正当化する精神)が存在しない前期資本主義からできた社会主義であることに帰着すると述べています
マルクス理論に拠れば、革命は、十分に成熟し切り爛熟した資本主義に起きるとされていた
スターリン主義の誤りは資本と技術によって社会主義が建設されると誤認したことであり、「資本主義の精神」こそ資本と技術にも増して社会主義にとって重要な要請であることを気付かなかった(革命前に未熟な資本主義国であるロシアに「資本主義の精神」が存在しなかったので革命後も「資本主義の精神」は引き継がれていない)
近代経営も目的合理性も資本主義の精神によって生まれ、社会主義のためにこそ、資本主義の精神は不可欠であった
(2)キリスト教的禁欲のもとでは労働こそ救済であるが、仏教では労働は厳禁であると述べています
キリスト教的禁欲は、資本主義の精神の起源があり、資本主義の精神が生んだ行動様式の原型をキリスト教的禁欲のなかに見ることができるが、もともとはキリスト教的禁欲はカトリック修道院内に限った存在で、修道士たちを神の国のための労働者とし訓練するとともに、労働よって彼らの精霊の救いを確実にするためのものであった
仏教集団では、仏行への専念が重要で労働は救済から遠ざかるばかりであり、律によって労働は厳禁されている
カトリック修道院の中にだけ見られた禁欲的労働の行動形式を、世俗の中に引き出すことによって、西洋の資本主義の精神にゆるぎなき方法論的基礎を与えることになったが、仏教では、キリスト教的禁欲に根ざす労働の行動様式、労働の精神がどこにも見当たらない
(3)もともと武士でのちに出家し禅僧となった鈴木正三の『四民日用』のなかの「農人日用」の一節を用い、山本七平は日本資本主義と資本主義との類似性を論じました
農民が、「農業の労働にいそがしくて仏行をやっている時間がない」という問に「農業則仏行なり」と鈴木正三は回答している
鈴木正三の一農民に対する返答によって、日本において仏教的思想は革命的転換をとげた--仏教思想は、ここに資本主義の精神に基礎を与えた
i)「時は金なり」とは、時間を貨幣視する近代資本主義の本質を示した命題で、前期資本主義社会にはない考えである
しかるに「農人日用」の農民は「いそがしくて仏行をやっている時間がない」と労働を仏行よりも時間的に上位におき、この農民の心の中ではすでに資本主義の精神が躍動をはじめていた
ii)煩悩を断つことが本質である仏行は、世俗外の仏教集団の中で行うものだとされていたが、正三は仏行を世俗内的農業労務に見出し、農業を仏行とすることによって救済され、世俗外的宗教に救済をあおぐ必要はなくなった
仏教思想からは、本来、資本主義の精神は出てこないが、正三は、コペルニクス的思想転換によって、仏教から行動的禁欲を導き出してしまった
資本主義の精神を生んだ「行動的禁欲」とは、一心不乱にある行動だけを全身全霊を集中してしまうため、他のことをすっかりわすれてしまうことをいう
仏教とキリスト教の三つの違い、すなわち「福音思想の有無」「時間思想のちがい」「一回かぎりと何回でも繰り返しができる」により、仏教においては、キリスト教にみられる資本主義の精神の発露たる「行動的禁欲」という行動様式は生まれなかった
正三の思想は「他念なく農業をなす. かくのごとく、仏行をなす」というもので、これぞ「行動的禁欲」の思想である
さらに正三は「何の事業も皆仏行なり」と説き職業的労働と日常のなかでの救いを確証し、この一言に日本資本主義の精神へのコペルニクス的思想転換が縮約されている
iii)士がいかに剣の修行をしても利潤は生じないものの、農工商では一心不乱に働けば利潤が生じる
正三は利潤の追求は貪欲に冒されるためこれを否定したが、結果としての利潤は肯定した---結果としての利潤を肯定することで意図せず仏行が資本主義の精神を生み出すことになった
この論理はウェーバーにおけるカルヴィニズムの解釈と同型であり、注意すべきは、結論の進め方もカルヴァンと同型性を有すことである---正反対の思想への転換の同型性である
(4)近代資本主義と日本資本主義との比較し、日本資本主義の未来を予言しています
i)結果としての富は最高の善である--このことから生じる経済効果によって資本主義は維持される--すなわち、この宗教思想からの経済的結論として禁欲的節約強制による基本形成がなされ、資本主義は、拡大再生産し、成長し、発展する
資本を蓄積して拡大再生産することが資本主義の存立基盤であるが、この存立基盤が禁欲的強制による資本形成に置かれている
ii)ひとたび資本主義が成立すると、行動的禁欲が消滅しも、資本主義の機構は作動していくことができる--内面から人間を突き動かして世俗内禁欲を生み出すような資本主義の精神がなくとも、資本主義の機構は、経経済的淘汰という経済法則による教育効果で、目的合理的に行動する労働者と目的合理的に行動する経営者とを、資本主義自身が作り出していく--人間疎外
人間疎外をつうじ、内面的思想とは関係のない、一種の「世俗内的禁欲」を作り上げられる
この「世俗内的禁欲」は、プロテスタンティズムの倫理が生んだキリスト教的「世俗内的禁欲」とは思想的には全く異質のものであるが、両者の外面的な行動類型として見るかぎり両者は同型である
一見、恙なく動いているものの「資本主義の精神」を失った資本主義(ゾンビ資本主義、傀儡資本主義、「アメリカ病」)が作り出した労働者と企業家は、彼らなりの「世俗内的禁欲」を身につけており、嫌でもなんでも目的合理的に働く
iii)ウェーバーは、「カルヴィニズムなどの禁欲的プロテスタンティズムがなくとも資本主義が出てくることはあり得る」と言っているが、禁欲的プロテスタンティズム以外によってできた資本主義は、水でうすめられた資本主義である
宗教改革により、カトリックからプロテスタンティズムの支配に変り、修道院という共同体内の規範意識は非常に高いが共同体外である世俗に対する意識は低いという二重規範を 禁欲的プロテスタンティズムは打破し、すべての俗人にレヴェルの高い均質的な規範(世俗内的禁欲)を要求し規範を一元化をした
カルヴィニズムいおいて、これにより禁欲生活で全生活態度が再編され、行動様式、人間類型が根本から作り直されしまった
正三は、世俗内的禁欲こそが宗教的救済のための方法であると保証し、これはカルヴィニズムと同型であったが、カルヴィニズムは予定説、正三の属する仏教の理論は因果律である
予定説の真髄は「すべては神の栄光を増すため」で、これが究極の目的で、人間のすべての行動は、ただ「すべては神の栄光を増すため」に収束しなければならないとされ、世俗内的禁欲に全身全霊をあげて集中しようとも、それ自身が自己目的ではありえない(被造物の神化はありえないという考え)
しかるに、仏教では、正三が説くがごとく世俗内的禁欲が宗教的行動にされると、労働は容易に神格化され、自己目的になる---これが、日本資本主義の特徴、予定説を欠く「緩和された資本主義の精神」からの帰結
iv)もう一つの日本社会の重大な特徴は、一緒に働く集団、機能的集団が共同体になってしまうことであり、日本の社会的バックグラウンドであって中国、韓国、ヨーロッパにはない
この条件のもとで世俗内的禁欲それ自体が自己目的となると、宗教的な救済を得るはずの労働が、その人の属する共同体の目的達成を最終目的とする様になってしまう
世俗内的禁欲、つまり労働それ自体が自己目的となる日本企業の要請が、日本全体の要請よりも、社会全体の要請よりも、圧倒的に優先させており、しかも、資本主義の中にそれをチェックする機能が全然ない--(例)単身赴任、行政指導、金融犯罪スキャンダル、インサイダー取引、株式損失補償、サービス残業
その結果、日本資本主義も無制限デスマッチの企業戦争に突入し、必ずや崩壊することになるだろう
共同体については、氏と山本七平氏の共著「
日本教の社会学
」に詳しいです
ソ連崩壊といえば「
ソビエト帝国の崩壊―瀕死のクマが世界であがく
」です
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