私は父、叔父、叔母が日教組で自虐史観を自然に受け入れてました。
「国を思う」なんてのはキチガイ右翼の戯言だと思っていたので、この本は
「キチガイの思考回路を知る良い機会だ」と思い購入しました。
ところが、、、、、、
深い知識、落ち着いた口調のユーモア。想像してたのとは正反対。特に
皇室に深い深い尊敬の念を持ちつつ「昭和天皇に戦争責任は有る」と
書いておられるのには非常な衝撃をうけました。
この方は信用できるのでは?まちがってるのは私と日教組ではないか?
考え方が180度変わった瞬間でした。
いまではすっかり阿川ファンです。海軍物、随筆など阿川先生の作品を多数読みました。
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国を思うて何が悪い: 一自由主義者の憤慨録 (光文社文庫 あ 15-2) 文庫 – 1997/11/1
阿川 弘之
(著)
- 本の長さ226ページ
- 言語日本語
- 出版社光文社
- 発売日1997/11/1
- ISBN-104334725058
- ISBN-13978-4334725051
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登録情報
- 出版社 : 光文社 (1997/11/1)
- 発売日 : 1997/11/1
- 言語 : 日本語
- 文庫 : 226ページ
- ISBN-10 : 4334725058
- ISBN-13 : 978-4334725051
- Amazon 売れ筋ランキング: - 1,569,527位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- - 8,360位光文社文庫
- - 21,872位近現代日本のエッセー・随筆
- - 66,296位評論・文学研究 (本)
- カスタマーレビュー:
著者について
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1920(大正9)年広島県生まれ。東大国文科を繰上げ卒業、海軍に入り、中国で終戦。戦後、志賀直哉に師事し、『春の城』、『雲の墓標』、『山本五十六』『米内光政』『井上成美』の海軍提督三部作などがある。『食味風々録』は読売文学賞受賞作品。1999年に文化勲章を受章。
カスタマーレビュー
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トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
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2013年7月28日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
阿川さんは決して右寄りではないと思います。日本海軍の魂、ここにあり。
2011年3月25日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
海軍の大らかさを良しとして対比しているところがあるので、対比される側の立場の方は、少し複雑な思いで読まれるでしょうが、世相、人物評価は今の時代でも理解できるものです。
途中、スリーマイル島とチェルノブイリに関する記述があり、どきっとします。アメリカ、ソ連、中国に対する記述も、当時と今を思いながら読むと、想像が広がります。
頑固親父の語りという感じで読むとよいのではないでしょうか?
途中、スリーマイル島とチェルノブイリに関する記述があり、どきっとします。アメリカ、ソ連、中国に対する記述も、当時と今を思いながら読むと、想像が広がります。
頑固親父の語りという感じで読むとよいのではないでしょうか?
2016年10月12日に日本でレビュー済み
大きな文字だが、内容は濃密。行間に深い思索が充ちている。
昨今、健全な保守思想とは何かを改めて問われているように思う。国内のリベラルの衰退は深刻だが、これは保守にとっても不幸となろう。健全な保守思想を育むには、先人の残した良書を漁ることである。この一冊はその中に含まれて当然である。
昨今、健全な保守思想とは何かを改めて問われているように思う。国内のリベラルの衰退は深刻だが、これは保守にとっても不幸となろう。健全な保守思想を育むには、先人の残した良書を漁ることである。この一冊はその中に含まれて当然である。
2012年3月18日に日本でレビュー済み
親本は1987年出版で昭和の時代である。文壇も論壇も左翼一色の時代に、異彩を
放った本書は当時のベストセラーとなった。97年に文庫化され、しばらく絶版となって
いたが、2008年に復刻された。いま読んでも古く感じないし、実に面白かった。私が
読んだのは97年の旧版である。語り口は雑談調で難しい話は何もない。あとがきに
よると、その漫談式の文体が気に入らないと左翼学者から文句がきたそうであるが、
左翼が保守的な主張にいちゃもんをつけるのは、当時も今もあまり変わらないようだ。
海軍時代の思い出話、ペンクラブの左翼文士に振りまわされた話、天皇陛下に拝謁
した話など著者の体験にまつわるものも多いが、当時の世情についての奇譚のない
正論も吐いてみせる。それが実に痛快である。それにしても左翼知識人の思考停止
ぶりは今も昔も変わらないのが良く分かる。さすがに今は本書に登場するようなガチ
左翼はあまりお目にかからなくなったが、インテリの言葉の安っぽさは相変わらずだ。
ただ露骨な海軍びいきと陸軍嫌いには苦笑する。もっとも茶目っ気があって嫌味には
聞こえない。曲学阿世の徒が跋扈する時代にも反骨の精神が残っていた記録である。
放った本書は当時のベストセラーとなった。97年に文庫化され、しばらく絶版となって
いたが、2008年に復刻された。いま読んでも古く感じないし、実に面白かった。私が
読んだのは97年の旧版である。語り口は雑談調で難しい話は何もない。あとがきに
よると、その漫談式の文体が気に入らないと左翼学者から文句がきたそうであるが、
左翼が保守的な主張にいちゃもんをつけるのは、当時も今もあまり変わらないようだ。
海軍時代の思い出話、ペンクラブの左翼文士に振りまわされた話、天皇陛下に拝謁
した話など著者の体験にまつわるものも多いが、当時の世情についての奇譚のない
正論も吐いてみせる。それが実に痛快である。それにしても左翼知識人の思考停止
ぶりは今も昔も変わらないのが良く分かる。さすがに今は本書に登場するようなガチ
左翼はあまりお目にかからなくなったが、インテリの言葉の安っぽさは相変わらずだ。
ただ露骨な海軍びいきと陸軍嫌いには苦笑する。もっとも茶目っ気があって嫌味には
聞こえない。曲学阿世の徒が跋扈する時代にも反骨の精神が残っていた記録である。
2006年1月31日に日本でレビュー済み
よくテレビにも出てらっしゃるエッセイストの阿川佐和子さんの父君だということは知ってました
が、これまで著書を読んだ事が無かったので、どういう文を書かれる方なのかまるっきり分からずに
いたのですが、この本を一読して「ははぁ〜」と、思いました。
たぶん、未だに全共闘時代のノスタルジーに浸ってる心は「左利き」の団塊さんとか、プロ市民、
作る会の教科書潰しに余念のない連中は、この本を読めば血圧上がっちゃうんじゃないかしら・・・? なんて
想像出来る内容で。
かといって、阿川氏が右翼だなどということはない。
右翼や左翼なんぞよりも理性的だし、茶目っ気もある。そして筋も通ってる上に分かりやすい。
これは学生でも読みやすいんじゃないかと思います。
ホント、スラスラ読めますから。
発刊は古いですが、内容はちっとも古びていないのは、未だ日本に「日本は何でも悪し」思想で
支配しようと足掻いてる文化人や、マスコミ人が蔓延ってるせいかもしれません。
たとい左にいようとも、腰が据わってるならそれなりに尊重されもするだろうけど、時勢によって
恥も外聞も無く、コロコロ化けるエセっぷりで世渡りする輩が多い事に対し、チクリチクリと皮肉る著者の姿勢に同感。
若い者から見たら、阿川氏は保守で、戦争も経験してる古い世代で、ちょっと昔なら反抗の対象ということに
なるんだろうけど、最初に結論ありきの強引な論の展開や押し付けがましさがなく、軽妙洒脱で、読んでいてとても納得できます。
が、これまで著書を読んだ事が無かったので、どういう文を書かれる方なのかまるっきり分からずに
いたのですが、この本を一読して「ははぁ〜」と、思いました。
たぶん、未だに全共闘時代のノスタルジーに浸ってる心は「左利き」の団塊さんとか、プロ市民、
作る会の教科書潰しに余念のない連中は、この本を読めば血圧上がっちゃうんじゃないかしら・・・? なんて
想像出来る内容で。
かといって、阿川氏が右翼だなどということはない。
右翼や左翼なんぞよりも理性的だし、茶目っ気もある。そして筋も通ってる上に分かりやすい。
これは学生でも読みやすいんじゃないかと思います。
ホント、スラスラ読めますから。
発刊は古いですが、内容はちっとも古びていないのは、未だ日本に「日本は何でも悪し」思想で
支配しようと足掻いてる文化人や、マスコミ人が蔓延ってるせいかもしれません。
たとい左にいようとも、腰が据わってるならそれなりに尊重されもするだろうけど、時勢によって
恥も外聞も無く、コロコロ化けるエセっぷりで世渡りする輩が多い事に対し、チクリチクリと皮肉る著者の姿勢に同感。
若い者から見たら、阿川氏は保守で、戦争も経験してる古い世代で、ちょっと昔なら反抗の対象ということに
なるんだろうけど、最初に結論ありきの強引な論の展開や押し付けがましさがなく、軽妙洒脱で、読んでいてとても納得できます。
2005年11月1日に日本でレビュー済み
著者、阿川弘之氏の愛娘である、佐和子女史のファンである。そのつながりで、本書を紐解いた。
読後の感想を一言で書き表すと、「痛快」の一語に尽きる。
論理の筋道の通らないことは、断固として首肯せず、自分の信念に基づいて、思ったことをズバズバ言っていく様が颯爽としている。
とは言え、私は著者の意見にまったく同意するわけではない。阿川は、「戦争は陸軍が起こした。海軍は開戦を回避しようとしていた」という主旨のことを書いているが、それはいくらなんでも「贔屓の引き倒し」というものだろう。海軍だって、戦争に協力し、日本のアジア侵略に加担していたのだから。
だが、こんな極端な海軍擁護論も、なんとなく稚気があって微笑ましく、愛嬌を感じさせる。
国家・歴史を考える上で、有益なヒントを与えてくれ、且つ、娯楽性も提供してくれる好エッセーであると思います。
この本が気に入った人は阿川親子のコラボレーションである往復エッセー『蛙の子は蛙の子』もどうぞ。
読後の感想を一言で書き表すと、「痛快」の一語に尽きる。
論理の筋道の通らないことは、断固として首肯せず、自分の信念に基づいて、思ったことをズバズバ言っていく様が颯爽としている。
とは言え、私は著者の意見にまったく同意するわけではない。阿川は、「戦争は陸軍が起こした。海軍は開戦を回避しようとしていた」という主旨のことを書いているが、それはいくらなんでも「贔屓の引き倒し」というものだろう。海軍だって、戦争に協力し、日本のアジア侵略に加担していたのだから。
だが、こんな極端な海軍擁護論も、なんとなく稚気があって微笑ましく、愛嬌を感じさせる。
国家・歴史を考える上で、有益なヒントを与えてくれ、且つ、娯楽性も提供してくれる好エッセーであると思います。
この本が気に入った人は阿川親子のコラボレーションである往復エッセー『蛙の子は蛙の子』もどうぞ。
2015年9月11日に日本でレビュー済み
今年8月3日に作家の阿川弘之が亡くなった。享年94歳。今までの人生で、脳内に「コペルニクス的転回」をもたらす作家や作品に時々遭遇したが、実は阿川弘之もその一人。学生時代、左翼思想をちょっとだけ齧っていたせいもあって「戦前戦中は軍国主義が蔓延って、全く自由もなくて恐ろしい時代であった」と何となく思い込んでいた。しかし先輩に勧められて読んだ阿川弘之作「山本五十六」でその思い込みは吹き飛んでしまった。山本提督の人間的な魅力のみならず、昭和13,4年ころまでの日本社会のおおらかさ、そして帝国海軍のリベラルさに大いに魅了された。その後「米内光政」、「井上成美」と読み進めるうちに私はいつしか帝国海軍の熱烈なファンになってしまったのである。
そして本書である。光文社のハードカヴァー版初版は87年に出版されている。このレビューはそのハードカヴァー版を読んで書いていますので、ご注意していただきたい。まずは目次をいくつか列挙すると、
「 戦時下のリベラリスト」「 文化人は自由主義がお嫌い?」「 国旗に対する国際儀礼」「文化大革命を賛美した人たち」「 文士に多い安普請」「 礼儀知らずの新聞記者ども」「 日の丸の由来」「君が代の由来」「大新聞の正義面」「何もかも日本が悪かった?」「非武装中立というお伽噺」以下略。
とあって、これだけで本書の性質がお分かりいただけるであろう。本書はその文体からおそらく口述筆記されたものと思われるが、本書での阿川は大いに怒っている。痛快なまでに怒っている(笑)。
例えば、彼は「現代の日本よりも、戦前戦中の帝国海軍部内の方がはるかに言論の自由があった」と言い放つし、返す刀で海軍予備学生では一期後輩の、あの島尾敏雄のことも斬り捨てる。理由は島尾が芸術院会員になったのはいいが、会員の義務である皇太子(当時)に対する講義を拒否したからである。会員に浴する名誉と年金は欲しいが、皇族に接するのはイヤだという島尾の姑息な態度を、阿川は図々しいとまで言ってのける。つまりは天皇に頭を下げるのがイヤなら、大岡昇平のように最初から会員になんかならなきゃいいだろ、ということである。ちなみに大岡昇平は「俺は戦争中に捕虜になったから、天皇陛下に会わせる顔がない」と公言して、芸術院会員を辞退していたそうである(笑)。
本書は阿川の著作にあってはほとんど話題になることのないものである。しかしながら現在我が国に当たり前のように蔓延っているウソや偽善に対して、これほど直接的にしかも痛烈に批判した著作を私は知らない。結論として現在の我が国の言論界に最も必要なのは、阿川や江藤淳氏、渡部昇一氏、三浦朱門氏、曽野綾子氏、櫻井よしこ氏、さらにはかつての井上成美提督のような、強力な「保守系リベラル」な人たちなのだと、改めて思った次第である。合掌。
そして本書である。光文社のハードカヴァー版初版は87年に出版されている。このレビューはそのハードカヴァー版を読んで書いていますので、ご注意していただきたい。まずは目次をいくつか列挙すると、
「 戦時下のリベラリスト」「 文化人は自由主義がお嫌い?」「 国旗に対する国際儀礼」「文化大革命を賛美した人たち」「 文士に多い安普請」「 礼儀知らずの新聞記者ども」「 日の丸の由来」「君が代の由来」「大新聞の正義面」「何もかも日本が悪かった?」「非武装中立というお伽噺」以下略。
とあって、これだけで本書の性質がお分かりいただけるであろう。本書はその文体からおそらく口述筆記されたものと思われるが、本書での阿川は大いに怒っている。痛快なまでに怒っている(笑)。
例えば、彼は「現代の日本よりも、戦前戦中の帝国海軍部内の方がはるかに言論の自由があった」と言い放つし、返す刀で海軍予備学生では一期後輩の、あの島尾敏雄のことも斬り捨てる。理由は島尾が芸術院会員になったのはいいが、会員の義務である皇太子(当時)に対する講義を拒否したからである。会員に浴する名誉と年金は欲しいが、皇族に接するのはイヤだという島尾の姑息な態度を、阿川は図々しいとまで言ってのける。つまりは天皇に頭を下げるのがイヤなら、大岡昇平のように最初から会員になんかならなきゃいいだろ、ということである。ちなみに大岡昇平は「俺は戦争中に捕虜になったから、天皇陛下に会わせる顔がない」と公言して、芸術院会員を辞退していたそうである(笑)。
本書は阿川の著作にあってはほとんど話題になることのないものである。しかしながら現在我が国に当たり前のように蔓延っているウソや偽善に対して、これほど直接的にしかも痛烈に批判した著作を私は知らない。結論として現在の我が国の言論界に最も必要なのは、阿川や江藤淳氏、渡部昇一氏、三浦朱門氏、曽野綾子氏、櫻井よしこ氏、さらにはかつての井上成美提督のような、強力な「保守系リベラル」な人たちなのだと、改めて思った次第である。合掌。