物理学者アインシュタイン対心理学者フロイト。 この二人が、「人はなぜ戦争をするのか」 と言うテーマで、第二次世界大戦の前に話し合っていたことを知り、本書を選んだ。訳者の中山元氏を評価しているからだ。 精神分析の創始者であるフロイトについては、 中山氏の別に本(『フロイト入門』)で勉強していたこともあって、 彼の考えは大体理解することができた。 ウィキペディアのフロイトの項目にもあるように、医師として多くの神経症患者と向き合いながら、 自らの「精神分析」理論を構築し発展させてきたフロイトは、病理の根源に無意識下の性をみたことから、当時の医学会から絶えず不信の目にさらされたようだ。背後には彼がユダヤ人であったこともあったようだ。個人を対象とした フロイトの研究は、晩年には社会や文化・宗教の問題へ向かう。本書は、そのタイトルに採用された「人はなぜ戦争するのか」の他に、それ以前に書かれた四本の論文を掲載して、フロイトの思想の深化を追っており、丁寧でありがたい。
「人はなぜ戦争するのか」に特化していえば、アインシュタインの問い、「人間を戦争の脅威から救い出す方法はないものでしょうか」に対するフロイトの回答は、彼の分野で彼が獲得した研究成果に基づいて、戦争拒否の努力に俟つしかない、といった程度の半ば絶望的なものだ。 政治的問題を心理学で考えることの限界が記されていたと思う。
以下、フロイトの理論から簡潔に整理しておく。人間には生の欲動(エロスの欲動)と攻撃・破壊欲動(死の欲動)とがある。「どちらの欲動も不可欠なものであり、この二つの欲動が協力し、対抗することで、生命のさまざまな現象が誕生する」(p.25)。誤解を恐れずにたとえると以下のようになる。生の欲動が自らの生きようとする意図(種族保存)を貫徹しようとすれば、 どうしても攻撃欲動を活用しなければならなくなる。 異性を自分のものにするには、異性に向けられる生の欲動は、異性を支配しようとする攻撃欲動を必要とする。戦争というものは、むしろ自然なもので、 生物学的に十分な根拠があり、実際問題としてほとんど避けがたい。
かくして結論は、人間の攻撃的な傾向を廃絶しようとしても、 それが実現できる見込みはないということになる。そこからフロイトは、「人間がすぐに戦争を始めたがるのが破壊欲動の現れだとすれば、 この欲動に抵抗するエロスの欲動に訴えかければよい」と提案し、その理由を次の願望でしめくくっている。「人間のあいだに感情的な絆を作り出すものは何でも、 戦争を防ぐ役割を果たすはずです。」(p.31)と。
オピニオンリーダーが戦争を嫌悪する平和主義者となって連帯すれば希望はある、というのがフロイトの回答であったと思う。戦争の実行はふつう政治指導者(多くの場合軍事指導者)によって決定される。この交換書簡の前後のナチスの猛威のなか、彼ら二人はナチスのユダヤ狩りを逃れてそれぞれヨーロッパを去った。 現実を動かすのに力を発揮できなかったようにみえる二人の対話であるが、今なお世界各地で繰り返される紛争や戦争を回避させる議論の出発点として、価値ある貢献をしていると思う。
なお、このレビューは二人の書簡だけに基づいている。また、本書にはアインシュタインの書簡の全文が掲載されていない。このことを述べて擱筆する。
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人はなぜ戦争をするのか エロスとタナトス (光文社古典新訳文庫) 文庫 – 2008/2/7
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- 本の長さ333ページ
- 言語日本語
- 出版社光文社
- 発売日2008/2/7
- ISBN-104334751504
- ISBN-13978-4334751500
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登録情報
- 出版社 : 光文社 (2008/2/7)
- 発売日 : 2008/2/7
- 言語 : 日本語
- 文庫 : 333ページ
- ISBN-10 : 4334751504
- ISBN-13 : 978-4334751500
- Amazon 売れ筋ランキング: - 14,437位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
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2021年2月20日に日本でレビュー済み
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国際連盟の依頼で、アインシュタインがフロイトに「人はなぜ戦争をするのか」との書簡を送った。ともにユダヤ系の人間であった。その問いは1932年の初めに出され、フロイトは76歳だったが、同年9月、第一次世界大戦を驚愕をもって経験したフロイトが、研究をつづけた晩年に至った,その集約的な回答をしている。ある程度短い回答の手紙が、最初に載せられている。これという大きな新味はないが、研究の結果を心理臨床医としての範囲で、一生懸命応えようとしているが、世界的権威たるアインシュタインの問いに十分こたえきれたかどうかは、自信を持てなかったようだ。1931年には、石原莞爾が満州事変(柳条湖事件)をすでに起こしている。
そして、次に載せられている論文が、さかのぼって、1914年の第一次世界戦争をドイツで真の当たりにしたフロイトが書いた少し長い「戦争と死に関する時評」(1915年)が載せられている。これはフロイトにとって驚愕の戦争体験での直後に書いた文章である。
まず、「今までの戦争と全く違っていたからである。それまでは軍人(将兵)同士の戦いであったものが、国を挙げての総力戦になり、戦闘員も民間人も関係なく攻撃し合い、殺し合いをし、ガス兵器まで使われた。さらには、教養ある立派な学者であった人たちが、きわめて感情的に突き動かされ、学問を敵と戦うために使い、文化人類学者は、敵を劣等で堕落した民族とし、精神医学者は、敵を精神障碍者と決めつけ、戦争をあおったのである」。
フロイトは、こんな事態を人間が起こすとは考えてもいなかったし、ある意味平和な研究をしていた。ところがこういう事態を見て、「戦争がもたらした幻滅と、死への心構えの変化」を中心に、ここからフロイトはさらなる真剣な研究と思索に入ったようである。
正にカントが『永遠の平和のために』の内容で書いていることが、アインシュタインとフロイトの間で再び、論じ合われたような感がする。
フロイトは、この時点では人間は「利己的な欲動と残酷さの欲動(こう表現しているが、研究が進むにつれて「愛の欲動・エロスと攻撃的欲動という言葉を使うようになる」というすさまじさを持っていて、アンビバレントな存在とし、それ自体はもともと人間が持っている自己保存的、生命体として当然持っているもので、それを単純に「悪と善」分ける意味はないし、人間はもともと道徳的動物ではないし、「悪が根絶することはない」とも言っているし「動物は皆殺しはしないが、人間は皆殺しをする」とも言い、かなり混乱しながら模索しながら書いている感じが良く分かる。ただ、そうはいっても、人間は社会的に見て、悪に行くか、善を通すかは分からない不思議な存在であるとして、性善説はとっていない。どちらかというと「欲動が強く働く」という表現で人間を見ていて、カントが「人間は自然状態では喧嘩ばかりする」という認識に近いものを感じさせる。
なお、その後1934年にヒトラーが総統及び大統領になり、1939年に第二次世界大戦を始めるが、フロイトはその前年の1938年にロンドンに亡命、翌年に亡くなった。ヒトラーは、ユダヤ人虐殺前に「独逸内の精神・身体障碍者、浮浪者、犯罪者など社会の役に立たないとみなしたものを監禁し、殺していった。優生保護法的考え方を持ち込んだ。おそらく、フロイトはそういう考え方に反対し、迫害されたと思われる。
翻訳は、非常に読み安い文章になっている。
そして、次に載せられている論文が、さかのぼって、1914年の第一次世界戦争をドイツで真の当たりにしたフロイトが書いた少し長い「戦争と死に関する時評」(1915年)が載せられている。これはフロイトにとって驚愕の戦争体験での直後に書いた文章である。
まず、「今までの戦争と全く違っていたからである。それまでは軍人(将兵)同士の戦いであったものが、国を挙げての総力戦になり、戦闘員も民間人も関係なく攻撃し合い、殺し合いをし、ガス兵器まで使われた。さらには、教養ある立派な学者であった人たちが、きわめて感情的に突き動かされ、学問を敵と戦うために使い、文化人類学者は、敵を劣等で堕落した民族とし、精神医学者は、敵を精神障碍者と決めつけ、戦争をあおったのである」。
フロイトは、こんな事態を人間が起こすとは考えてもいなかったし、ある意味平和な研究をしていた。ところがこういう事態を見て、「戦争がもたらした幻滅と、死への心構えの変化」を中心に、ここからフロイトはさらなる真剣な研究と思索に入ったようである。
正にカントが『永遠の平和のために』の内容で書いていることが、アインシュタインとフロイトの間で再び、論じ合われたような感がする。
フロイトは、この時点では人間は「利己的な欲動と残酷さの欲動(こう表現しているが、研究が進むにつれて「愛の欲動・エロスと攻撃的欲動という言葉を使うようになる」というすさまじさを持っていて、アンビバレントな存在とし、それ自体はもともと人間が持っている自己保存的、生命体として当然持っているもので、それを単純に「悪と善」分ける意味はないし、人間はもともと道徳的動物ではないし、「悪が根絶することはない」とも言っているし「動物は皆殺しはしないが、人間は皆殺しをする」とも言い、かなり混乱しながら模索しながら書いている感じが良く分かる。ただ、そうはいっても、人間は社会的に見て、悪に行くか、善を通すかは分からない不思議な存在であるとして、性善説はとっていない。どちらかというと「欲動が強く働く」という表現で人間を見ていて、カントが「人間は自然状態では喧嘩ばかりする」という認識に近いものを感じさせる。
なお、その後1934年にヒトラーが総統及び大統領になり、1939年に第二次世界大戦を始めるが、フロイトはその前年の1938年にロンドンに亡命、翌年に亡くなった。ヒトラーは、ユダヤ人虐殺前に「独逸内の精神・身体障碍者、浮浪者、犯罪者など社会の役に立たないとみなしたものを監禁し、殺していった。優生保護法的考え方を持ち込んだ。おそらく、フロイトはそういう考え方に反対し、迫害されたと思われる。
翻訳は、非常に読み安い文章になっている。
2021年10月5日に日本でレビュー済み
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直ぐに商品が届きました。すごく喜んでいます。
2017年9月14日に日本でレビュー済み
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翻訳があんまり良くないんじゃないかなぁ、
これは中山先生の、翻訳全般に言えることだけど、文体にまろみが無いと言うか、
日本語として、すっと頭に入るような、読みやすい文章とは決して言えない上に、
蛇足みたいな補足や、我流のタームの変更が、目につきすぎる。
フロイトの原文って、もっと明晰なんじゃないかな。
これは中山先生の、翻訳全般に言えることだけど、文体にまろみが無いと言うか、
日本語として、すっと頭に入るような、読みやすい文章とは決して言えない上に、
蛇足みたいな補足や、我流のタームの変更が、目につきすぎる。
フロイトの原文って、もっと明晰なんじゃないかな。
2016年7月22日に日本でレビュー済み
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人間の無意識は自らの死を知らないが、無意識的な願望のもとでは私たちも原始人と同じように殺人者の群れなのである。
生に耐えようとすれば、死にそなえよ
生に耐えようとすれば、死にそなえよ
2013年3月9日に日本でレビュー済み
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彼は重い口を開いて話し始めた。
突然ですが、われわれ人類共通のご先祖様はみな殺人者なのです。
だから祖国共通の愛を引き継いだ人類に、何か一つ共通する才能があるとすれば、それは人を殺す才能なのでした。
人間性とは罪深き物なのか。原始人が息子達に植えつけた最初のトラウマとは暴力(道徳)の事なのだと、われわれは再認識する事になる。
文化人類学の発展が、人間の生の欲動に押し込められた底深い本性を、数多くのデータを持って徐々にあらわに解明してゆく。第一次世界大戦を反省から国際連盟を創設した自称平和主義者たちは「人類は自滅するのかもしれない」と言う直感に目覚めたに違いなかった。
もとより、原始人が手本としてきた崇高な道徳倫理は、人が存在する前からあった"自然"であり
生きるために自然物との同一化を試みる「愛(エロス)」と、暴力(道徳)を拒絶して分裂を試みる「憎(タナトス)」との
アンビヴァレンツな欲動の二元論が、生命の根源的な倫理を突き動かしているのだと彼らは確信に至ったのである。
生殖細胞の中にまで善悪の文化的な慣習を持ち込むことが出来ない以上、現代社会に至っては、何もかも機械に手本をゆだねた方が自我の文化適正はずっと高いのであった。いずれ機械文化に欲動をコントロールされた人類は大自然との和解をもたらすのだろうか
わたしは彼の著書をどれも涙なしに幻想に浸ることは出来ない。
突然ですが、われわれ人類共通のご先祖様はみな殺人者なのです。
だから祖国共通の愛を引き継いだ人類に、何か一つ共通する才能があるとすれば、それは人を殺す才能なのでした。
人間性とは罪深き物なのか。原始人が息子達に植えつけた最初のトラウマとは暴力(道徳)の事なのだと、われわれは再認識する事になる。
文化人類学の発展が、人間の生の欲動に押し込められた底深い本性を、数多くのデータを持って徐々にあらわに解明してゆく。第一次世界大戦を反省から国際連盟を創設した自称平和主義者たちは「人類は自滅するのかもしれない」と言う直感に目覚めたに違いなかった。
もとより、原始人が手本としてきた崇高な道徳倫理は、人が存在する前からあった"自然"であり
生きるために自然物との同一化を試みる「愛(エロス)」と、暴力(道徳)を拒絶して分裂を試みる「憎(タナトス)」との
アンビヴァレンツな欲動の二元論が、生命の根源的な倫理を突き動かしているのだと彼らは確信に至ったのである。
生殖細胞の中にまで善悪の文化的な慣習を持ち込むことが出来ない以上、現代社会に至っては、何もかも機械に手本をゆだねた方が自我の文化適正はずっと高いのであった。いずれ機械文化に欲動をコントロールされた人類は大自然との和解をもたらすのだろうか
わたしは彼の著書をどれも涙なしに幻想に浸ることは出来ない。
2016年10月6日に日本でレビュー済み
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あのフロイトが人類史上最高の頭脳といわれたアインシュタインにあてた手紙の内容らしいので、大卒でもそれほど有名じゃない理系のとこ卒くらいの自分には難しかった。
けどまあ一読の価値ありかなあ。図書館においててもいいし、だれかわかりやすくしたの出してくれてもいい内容かなあ
けどまあ一読の価値ありかなあ。図書館においててもいいし、だれかわかりやすくしたの出してくれてもいい内容かなあ
2008年3月20日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
第一次大戦の悲惨な体験は、「野蛮さを克服した文明人」というヨーロッパ人の誇りを打ち砕いた。フロイトもまた大戦に大きな衝撃を受けたが、彼のその経験は精神分析の理論を深化させた。「快感原則の彼岸」(1920)に登場した「死の欲動Todestriebe」という概念は、彼の弟子たちにもよく理解されなかった問題概念であるが、本書に収録された「戦争と死に関する時評」(1915) 「喪とメランコリー」(1917)「人はなぜ戦争をするのか」(1932) 等を読むと、フロイトが大戦をきっかけに死を深く考えたことが分かる。戦争は、家族や同国人など「愛する人々」だけでなく、敵兵という「憎むべき人々」の大量の死を体験させる。つまり、愛・憎しみ・死を一体のものとして経験させるのが戦争なのだ。フロイトは、愛と憎しみの両面をもつ「他者の死」を、自我の構造に内面化する。愛する者の死は我々に深い喪失感をもたらすが(喪に服し、鬱=メランコリーになる)、そこには対立する二つの契機が葛藤している。一つは、愛する者は私の所有物すなわち私の一部であるから、私の中で他者は生きているという、死を認めない気持ち。もう一つは、愛する他者といえども私の自由にならない絶対的なよそよそしさ=敵対性があり、その憎しみの契機ゆえに私は、彼/彼女の死を認め、望みさえする。「現代人は無意識のうちに愛する者の死を強く望んでいる」(p93)という驚くべき逆説。愛には必ず憎しみが含まれるというフロイトの洞察は、メラニー・クラインの登場を予感させる。