良い人生とは?陳腐な問いかけではあるが、この本を通底するテーマだ。
主人公=語り手は、若かりし頃「私も、静かな生き方に社会的価値があることは認める…だが、私の体内に流れる血はもっと荒々しい人生を要求している」と思って、破天荒な画家ストリックランドのジェットコースターのような人生(他者から見れば、だが)に惹かれていく。
とはいえ、この手記を書いている段階の主人公=語り手は既に、人間は矛盾した存在であることをありのまま受け入れるだけ寛容になっている。語り手曰く「ストリックランドには正体不明の渇望があり、それは自分でもよくわからない何かに向かって絶えず彼を駆り立てている」。はたから見れば自己破壊的にも見えるが、自滅ではなく、何かに駆り立てられているのだ。
破天荒、非人間的で社会不適合者の天才。人々が好きそうだけど、自分の周りにいたら不快極まりないキャラ。そんな天才画家の軌跡をたどる旅。タヒチまで行って、やっとストリックランドをつかむことができたのだ。
読者も主人公=語り手と同じく、部分的ではあれストリックランドのことを理解することができたという余韻に包まれて、読了することになる。
巻末の解説で松本朗氏は、これは主人公=語り手がストリックランドを思う同性愛的視点だという。なるほどそうかもしれない。ただ、同性愛という表現ではちょっと矮小化されてしまう気がする。同性愛とかを越えて、それこそ自分でもよくわからない何かが主人公=語り手を駆り立て、ストリックランドを追跡して理解したいと思わせた、というほうがより正確なんじゃないかな。素人の感想だけど。
このようなストリックランドの人物像を、モームは誰からインスピレーションを受けて作り出したのだろうか。
温かいまなざしの次の一節に励まされる人も多いのではないか(私自身を含め)。「過去を忘れれば生きていける。いまは堪えがたい悲しみだろうが、時とともにそれが薄れていくことを私は願った。忘却は恵みだ。いずれ、人生の重荷をもう一度担う勇気を与えてくれるだろう…何年かして今日のみじめさを振り返るとき、悲しみは悲しみとして、そこには決して不快ではない何かが生まれているはずだ。…きっと幸せになるだろう。そして、死ぬまでに厖大な数の下手な絵を残すことだろう。それを思って、私はにやりとした。」
あと、これはフランスで生まれたイギリス人モーム自身のことなのだろうか:「生まれる場所を誤る人がいる…ある場所に行き着き、これこそわが故郷だという不思議な霊感に打たれる人がいる」(50)そういえばTEDで「Home とは自分が行きつく場所だ」と言っていた人がいた。私には当てはまらない気がするが、そんな人もいるのか、くらいに思っていたが。
そして「生活のために働いていたなど、不名誉極まりない。そんなことはさっさと忘れてしまうに限る。他人の財産で暮らすことこそ、まともな人間の生き方だ」という描写は、今の感覚からすると信じがたいが、それが上流階級の教養ある女性の生き方だったのかもしれない。でもAIで労働の必要性が薄らいでいく21世紀も後半になると、だんだんとまたこういう方向に戻っていくのかもしれない。
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月と六ペンス (光文社古典新訳文庫 Aモ 1-1) 文庫 – 2008/6/12
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- 本の長さ433ページ
- 言語日本語
- 出版社光文社
- 発売日2008/6/12
- ISBN-10433475158X
- ISBN-13978-4334751586
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登録情報
- 出版社 : 光文社 (2008/6/12)
- 発売日 : 2008/6/12
- 言語 : 日本語
- 文庫 : 433ページ
- ISBN-10 : 433475158X
- ISBN-13 : 978-4334751586
- Amazon 売れ筋ランキング: - 19,900位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
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2023年12月24日に日本でレビュー済み
2022年7月9日に日本でレビュー済み
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洒脱な語口に引かれて、イギリス、パリ、タヒチへと誘われた。破天荒な画家の半生を追う物語。文章で表そうとした美が素晴らしい。
2022年1月7日に日本でレビュー済み
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「月と六ペンス」(モーム : 土屋正雄 訳)を読んだ。(光文社古典新訳文庫)
あゝこの終わり方、なんだか懐かしくて、誰かの何かと同じ香りがする。
すごく好きな香り。
だけどそれが何なのか思い出せない。
ゔー、なんだろう。
あと村上春樹さんのユーモアの源泉のひとつはこの辺りからきていそう。
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2018年9月13日に日本でレビュー済み
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久しぶりに小説を読み終え、満足です。次に何を読もうか考えます
2018年12月30日に日本でレビュー済み
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創作物を読んでいて、中身や登場人物に共感を覚えることは滅多にない。
友情の大切さも、家族の温かさも、恋の甘酸っぱさも、愛の深さも、悪への憤りも、勝利への執念も、孤独の淋しさも、夢や憧れの目映さも、私の心には響かない。輝かしい感情が尊く語られるほどに、私の頭は醒めていく。ああうん、そういうの別にどうでもいいなぁ。小学校の読書感想文で終わらせて欲しいなぁと。格好つけている訳ではなく、根っからの性分らしい。魚が陸に住めないようなものだ。
ゆえに大半の物語は、共感ではなく分析で読んでいる。ストーリーを冒頭から結末まで分解して、キャラクターの感情の重さを読み解いて、作中における説得力の有無を考える……それが私の読書だ。物語の誰にも感情移入せず(できず)、構造だけを把握する。
そんな私だが、ごく稀に共感を覚えられる作品がある。十年に一作くらいの割合で。ここに書かれていること、この人の行動、よくわかるなぁ……そう感じた作品は、ストーリー的な粗が多少あっても、大事に扱うことにしている。紙で読んで、電子書籍の形でも手元に置いて。ふとしたときに思い出して、ページを開く。
『月と六ペンス』がそうだ。
家族を捨て、知人兼恩人の家庭も崩壊させて、やりたい放題の画家ストリックランドと、彼を観察して文章に束ねる視点人物。彼らの生きる世界と、望むものは、私にはとてもよく理解できた。
中盤のパートは、感情的に重たくてあまり読んでいない。しかし後半、タヒチに舞台を移してからの部分は何度も読み返している。特に第50章の冒頭の段落は好きだ。視点人物の語る「違和感」を、私も知っているから。
人生の終わる前に、求める土地に辿り着けたストリックランドを、心から羨ましく思う。
居場所がないと日々思っている人に、手に取ってみて欲しい。
今作に頷けた貴方となら、美味しい紅茶が飲めそうだ。
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家族を捨て、知人兼恩人の家庭も崩壊させて、やりたい放題の画家ストリックランドと、彼を観察して文章に束ねる視点人物。彼らの生きる世界と、望むものは、私にはとてもよく理解できた。
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2020年8月31日に日本でレビュー済み
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主人公のストリックランドは目を瞠るキャラであり、彼の登場してくるシーンはどれも退屈しない。翻訳もいい。端的な文章でありつつも、内容はウィットに富んでいる。僅かながら、情景描写の文章は少しおかしいが、そういうことに重きを置く小説ではないので気にならない。
2020年8月1日に日本でレビュー済み
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訳文がいいのか、元々平易な文章なのか。たぶん両方のおかげで古典という意識なく一気に読めました。読書から遠ざかっている方にお勧めです。