これを超える小説を読んだことがない。
無人島や旅先に一冊だけ本を持っていけるなら迷わず「悪霊」を持っていく。
「悪霊」が放つ覇気、騒乱の響き、魂の鼓動は凄まじい。騒乱に次ぐ騒乱で、ONEPIECEみたいにとても賑やかだ。
凡庸な小説にありがちな薄っぺらい過激さではなく、本物の狂気と邪悪と意思と運命が描かれている。もちろん、みんなが大好きな、わかりやすい「サイコキャラ」なんて登場しない。
ドストエフスキーは人間分析の天才だ。最近流行りの「脳科学」だとか「心理学」だとか「遺伝学」だとかいった「科学」は、人間を理解する上ではほとんど「占い」と同じぐらいの効用しかない。話半分に聞かせるだけ占いのほうがまだマシか。
人間を理解するには、長年の経験と好奇心旺盛な観察と直観以外の道では真理に到達できない。
科学で人間を捉えることはできない。迷信を取り払うことはできても、科学では決して人間の真理には到達できない。人間には間違いなく、悪霊と呼ぶしかないような「何か」が宿っていて、それは人から人に伝播する。ウイルスみたいに。そしてそれは電子顕微鏡を使っても「見える化」なんてできない。しかし確実に存在する。それは魂で直観するしかないのだ。
3回通読して、それ以降も、たまに手に取って適当なページから読み始める。どのページも面白い。
特に2巻目(第2部)からの展開はまさに怒涛である。
最初に呼んだときは正直言ってよくわからなかった。駄作とさえ思った。しかし、この物語には禍々しい力が渦巻いているのは感じた。まさしく悪霊の力を感じた。
ドストエフスキーと言えば「カラマーゾフの兄弟」と「罪と罰」が有名だ。たしかにこれらも文句なしに面白い。しかし「悪霊」と比べると薄味に感じる。「悪霊」は濃い。無駄な場面が少ない。
私としては、「悪霊」こそがドストエフスキーの最高傑作だと言いたい。
ヴェルホベンスキー親子、いや、特にスタヴローギンの造形が特にすばらしい。キリーロフやフェージカも良い。レビャートキンなんて最高におもろい。
本書の主人公はスタヴローギンという、金持ちで腕力があり決闘が好きで軍務経験もあり知性的なイケメンなのだ(笑)。すごい設定だ。そこからしてナイス。だが彼の登場シーンは驚くほど少なく、無口ゆえにセリフも少ない。それどころか初登場シーンもすごく遅い。にもかかわらず、この謎多き人物が物語全体に隠然たる力を及ぼしていることがよくわかる。行間から彼の影が見える。彼は周囲の人間の魂に火をつけて、そのことに気づきもしない。
だが、彼は本当に主人公だろうか?本書の序盤で主人公のように描かれるステパン・ヴェルホヴェンスキーという老人は、かつて学会で活躍していたらしいが、幼稚で病弱で情弱で女好きの、まあろくでもないが可愛いおじさんなのだ。今どきの感覚で言えば、けっこう「イタい」。
一方、スタヴローギンは彼とは正反対のタフな怪物だ。だが、そのタフな怪物を製造したのは、実はステパン・ヴェルホヴェンスキーなのだ。ステパンはそのことを自覚していない(そこが笑える)。ここに私はジャン=ジャック・ルソーを思い出す。ルソーがこの世界に蒔いた種の爆発的成長力と凄まじい影響力(創造力と破壊力)は、世界史を学んだ人ならわかるはず。
弱く、愛に飢えていて、ロマンチックな男(ステパン、ルソー)の頭から出てくる種は、常に世界に大地震を起こし、世界史の原動力となってきた。ステパン・ヴェルホヴェンスキーは一見すると人畜無害だ。だが、本書のタイトルにもなっている「悪霊」というのは、スタヴローギンではなく、ピョートルではなく、間違いなく、ステパン・ヴェルホヴェンスキーその人から放たれたものなのだ。そこに凄みがある。
ピストルを抜いたり、ナイフを振り回す男よりもはるかに危険な男というものがこの世には存在する。
ピストルやナイフや拳といった「物理的な暴力」より、はるかに暴力的な暴力というものは、観念や言葉という形で存在する。
また、いくら個人主義が普及し、個人が自立している社会とはいえ、しょせん人間は表層的にも深層的にも分かちがたく互いに絡み合っている。さまざまな登場人物がまるで織物のように、重なり、畳まれ、結ばれている。その結節点が、ステパン・ヴェルホヴェンスキーなのだ。
よくドストエフスキーの物語は予言的だと言われるが、本書を読んだあとに、これから日本で起きる出来事を観察してみるといい。本書が予言的であると実感できるはずだ。
日本の小説は学園シミュレーションか、刑事もの、経済もの、猟奇犯罪もの、病院ものばかりで退屈だ。
ランティエ(不労所得生活者)や高等遊民が織りなす物語のほうが、なんというか自由で面白い。
ドストエフスキーの小説に出てくる人たちはほとんど仕事をしていない。
「スクールカースト後遺症」の症状みたいな学園小説を読む時間があるならぜひ悪霊を読んでほしい。
あえて漫画にたとえるならジョジョに近いものを感じる。「悪霊=スタンド」といった類似性もある。
悩み多き中高生諸君は、SNSに侵される前に本書を読んでみてほしい。そして自由を手にしてほしい。
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悪霊 (1) (光文社古典新訳文庫 Aト 1-11) 文庫 – 2010/9/9
フョードル・ミハイロヴィチ ドストエフスキー
(著),
亀山 郁夫
(翻訳)
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- 本の長さ546ページ
- 言語日本語
- 出版社光文社
- 発売日2010/9/9
- 寸法10.5 x 2 x 15 cm
- ISBN-10433475211X
- ISBN-13978-4334752118
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登録情報
- 出版社 : 光文社 (2010/9/9)
- 発売日 : 2010/9/9
- 言語 : 日本語
- 文庫 : 546ページ
- ISBN-10 : 433475211X
- ISBN-13 : 978-4334752118
- 寸法 : 10.5 x 2 x 15 cm
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2016年12月27日に日本でレビュー済み
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僕がこの作品を読んだのは20歳前後のことだった。スタヴローギン、キリーロフという二人の哲学的天才ともいうべき若者像は20歳だった僕の心を鷲づかみにしたものだった。ドラマとしては主役がスタヴローギンだったが、キリーロフの恬淡素朴な印象は彼の哲学思想以上に若者の心をとらえた。当時の僕の友人の何人かはキリーロフに夢中だったと言ってもいいくらいの状態だった。その他、当時のロシアの政治運動に参加していたシャートフ、ピョートルの名前もいまだに覚えている。ピョートルはこのドラマにおける悪の象徴的な人物であり、シャートフはその犠牲者となってしまった悲劇的な人物である。思えば僕は4人の若者の名前しか覚えていなくて、最初から最後までこの4人が活躍していたたような気がしていた。
今回、亀山訳の「悪霊」第1巻を読んでいくらか気が付いたことがある。冒頭から登場する人物はヴェルホヴェンスキーというロシアの老インテリゲンチャである。そして彼の妻でもないが長年にわたって彼の女性庇護者としての役割を果たし続けているワルワーラ夫人という女性が存在する。ワルワーラ夫人がスタヴローギンの母である。キリーロフは時々姿を見せるものの、まだ存在感を示すには至っていない。スタヴローギンは留学先のフランスで時々不可解な行動に及び気違いの噂が流れてくる。この第1巻は主要人物の登場を待つ序章である。
スタヴローギンが登場するのは400頁を過ぎてからである。ピョートルもほぼ同時に現れる。無口なスタヴローギンと詐欺師のように多弁なピョートル、この対称的な二人が登場して物語は一気に動き始める。ドストエフスキーは人物の顔や動作の描写が巧みで、それは同時に人物の心の動きを映し出してくれる。あとはキリーロフの本格参戦を待つばかりである。僕はワクワクしながらこれから第2巻を開こうとしている。
今回、亀山訳の「悪霊」第1巻を読んでいくらか気が付いたことがある。冒頭から登場する人物はヴェルホヴェンスキーというロシアの老インテリゲンチャである。そして彼の妻でもないが長年にわたって彼の女性庇護者としての役割を果たし続けているワルワーラ夫人という女性が存在する。ワルワーラ夫人がスタヴローギンの母である。キリーロフは時々姿を見せるものの、まだ存在感を示すには至っていない。スタヴローギンは留学先のフランスで時々不可解な行動に及び気違いの噂が流れてくる。この第1巻は主要人物の登場を待つ序章である。
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2021年2月24日に日本でレビュー済み
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Kindleで読んでます。亀山本は、訳の日本語が独特の、一見、優しそうな日本語、平易な日本語に思えるのです。しかしその日本語と、ドストエフスキーの人物にまつわるだらだら長い描写が合わさると、これは好きな人は好きだろうな、ハマるだろうな、という、そう思わせられるのですが、しかし、出てくる人物も、その描写も手強いですよ。
Kindleだと、1日あいだをおいたりしたら、もう、誰が何を喋ってどうしてこうなったんだか、そういう、あらすじを追うのさえ、難しいことになりますね。ドストエフスキーは、Kindleだからこそ、難しいことになりかねないので、そこのところを、お気をつけて……と、教えてあげたいです。
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2022年1月17日に日本でレビュー済み
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さまざまな伏線、隠された愛憎、そしてロシアの激動する世相。いろんな要素が詰まって、
一言では言い表せない小説です。現代の日本人にも是非読んでもらいたい作品です。
一言では言い表せない小説です。現代の日本人にも是非読んでもらいたい作品です。
2014年1月4日に日本でレビュー済み
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長かったり、まどろっこしかったりするんだけど、やっぱりすごい!
小説の持つ圧倒的な力にドーンと打ちのめされる。
農奴解放で混沌としたロシアに起きた革命騒動を題材に、この小説は神という山頂にどう辿り着くかが描かれている。湖に落ちてしまう者、最後まで道がわからなかった者、神が見えたにも関わらず怯えて引き返してしまった者、最後に神に辿り着く者、その神への辿り着くまでの苦悩がドストエフスキーの人生そのもののように思える。
『カラマーゾフの兄弟』でも感じたのだが、ドストエフスキーは「対話」がえぐい。
キリスト者と無神論者の激論、聖者とニヒリストの論争。
マルクスとアウグスティヌスが夜中に自分の部屋でツバを飛ばして議論を交してるような感じなのである。
どっちが正しいとかではなく、どっちも考えに考え抜かれている。社会学者が数十年間研究に研究を重ねて行き着いた結論と、修行僧が苦行の果てに悟ったもの、それを1人の人間が同居させ、対話させ、書き上げている。そして、それぞれの生の輝きが眩しいこと!
ドストエフスキーはやっぱりすごい。1番好きな作家かといわれると考えてしまうが、1番すごい作家であるとぼくは思っている。
もう1つ、書いておきたいのが、ドストエフスキーは予言的小説を書くということ。
『カラマ−ゾフの兄弟』もそうだったのだけれども、まるで「ロシア革命」という未来を予知していたかのような小説を書いている。社会のさほど大きくもない事件から未来を嗅ぎ取る力、この嗅覚の鋭さがこの作家の偉大なる所以の1つであると思う。と書くと、日本で予言小説を書くのは誰だろうかと考えてしまう。誰だっけ?
最後におすすめの読み方を。
一度通して読んだが、自身が読み急ぎすぎたのと、登場人物が多くしかも特殊なので、なかなか頭に入ってこなかった。というわけで、読了後そのまま再読し、結局ぐるっと1周半読むことになった。二度目を読むと、いかに周到に伏線を張っていたかが理解できたし、特殊な登場人物にさえも感情移入ができた。というわけでできれば再読をおすすめしたいが、そんな時間はない人がほとんどだろうから、ゆっくりとその都度内容を理解して読むことをおすすめする。
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『カラマーゾフの兄弟』でも感じたのだが、ドストエフスキーは「対話」がえぐい。
キリスト者と無神論者の激論、聖者とニヒリストの論争。
マルクスとアウグスティヌスが夜中に自分の部屋でツバを飛ばして議論を交してるような感じなのである。
どっちが正しいとかではなく、どっちも考えに考え抜かれている。社会学者が数十年間研究に研究を重ねて行き着いた結論と、修行僧が苦行の果てに悟ったもの、それを1人の人間が同居させ、対話させ、書き上げている。そして、それぞれの生の輝きが眩しいこと!
ドストエフスキーはやっぱりすごい。1番好きな作家かといわれると考えてしまうが、1番すごい作家であるとぼくは思っている。
もう1つ、書いておきたいのが、ドストエフスキーは予言的小説を書くということ。
『カラマ−ゾフの兄弟』もそうだったのだけれども、まるで「ロシア革命」という未来を予知していたかのような小説を書いている。社会のさほど大きくもない事件から未来を嗅ぎ取る力、この嗅覚の鋭さがこの作家の偉大なる所以の1つであると思う。と書くと、日本で予言小説を書くのは誰だろうかと考えてしまう。誰だっけ?
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2022年10月22日に日本でレビュー済み
私はふとした時にイジメにあった瞬間、仲間外れにされた瞬間などの嫌な過去。逆に自分がイジメてしまった瞬間、他人に迷惑をかけてしまった過去を思い出して、恥ずかしくて情けなくて、悔しくて自己嫌悪に陥ることがしばしばあります。
例えば酔っ払ってテンション高すぎるLINEを送ってしまって次の日死ぬほど恥ずかしくて悶絶したりとか。
そんな過去は消せないけれどドストエフスキーの小説の登場人物たちも自己嫌悪や過去の後悔を抱えている。テンションが高くなって調子に乗ったり、激しく自己嫌悪に陥り落ち込んだりする。
そんな登場人物たちに自分を重ね合わせてしまい、この苦しみは自分だけじゃないんだと心が軽くなります。
過去の嫌な思い出に苦しんでいる方、ちょっと病んでる方にドストエフスキーは最高に効きます。
100年以上前の人達も今の私達もおんなじです。
例えば酔っ払ってテンション高すぎるLINEを送ってしまって次の日死ぬほど恥ずかしくて悶絶したりとか。
そんな過去は消せないけれどドストエフスキーの小説の登場人物たちも自己嫌悪や過去の後悔を抱えている。テンションが高くなって調子に乗ったり、激しく自己嫌悪に陥り落ち込んだりする。
そんな登場人物たちに自分を重ね合わせてしまい、この苦しみは自分だけじゃないんだと心が軽くなります。
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100年以上前の人達も今の私達もおんなじです。