「オリヴィエ・ベカイエの死」「ナンタス」「呪われた家」など、訳者の國分俊宏さ
んが選んだ、ゾラの短編五編を収載している。
國分さんはもちろんフランス文学者であるが、ゾラの専門家ではないと本人の弁。
「日本では長編作家という認識の強いゾラの短編をもっと気軽に読める形で出し
た」のがこの短編集。2015年に新訳として上梓したもので、(おそらく)ゾラの訳
本では一番新しい。五編とも実に読みやすく訳していて、構えずに読み出せる。
「既訳のあるものをあえて新訳で出すからには(訳文が)違っていなければ意味がな
い」との意識を持って訳出した作品集。
「オリヴィエ~」は、意識はあるが身体は全く動かない状況を描いている。別に
恐怖小説を意図したものではなく、柔らかく訳しているためかとても読みやすい。
途中途中で訳者による注釈があり、ゾラの生きていた時代の生活や、ゾラのプラ
イベートな生活も知ることができる。これは有り難い。
読んでいる時に、「意識はあるが身体が動かない」という状況を描いた、ポール
・セイヤ-の「狂気のやすらぎ」を思い出した。セイヤーの作は1980年代であり、
ゾラの作品とは100年の違いがある。ゾラとは違い「哀しみ」が基調となっている
作品で、一読をお勧めする。
この状況設定はままある(生きていながら埋葬)が、「オリヴィエ~」は鮮やかに
場面転換して結末へと。
「ナンタス」は貧しさから成り上がろうする姿を描き、「ナナ」「居酒屋」も彷彿と
させる。登場人物が過剰と思えるほど喋るのも、ゾラの持ち味か。フランス語で
どのような文体なのか、素人ながら気になる。「皇帝」はナポレオン3世のこと。
結末はさほど意外性はないが、こうした錯綜した人間関係、歪んだ愛の形を描か
せるとゾラの筆は冴える。
「呪われた家」は不思議な恐怖譚。筆致がどことなくポーと似ていて(題名から単
純に連想されるだけかもしれないが)、ぞっとする感覚が後味として残る。解説で
も特段のことは書いていないが、個人的にはかなり「気になる」作品。
1898年 亡命の地にて とある。第三共和政の反ユダヤ主義の跋扈する時代、
ドレフュス事件で、ゾラは「我弾劾す(「私は告発する」)」によってイギリスに亡命。
ゾラは1902年に62歳で亡くなっているので、晩年の作と言っていいだろう。
いったいにゾラは食べ物や食事のシーンが巧みだが、本書では「シャープル氏の
貝」が面白い。作品の途中で教会の中のシーンがあり、中世の名残か、囚人を痛め
つける場面が、教会の中の柱に刻まれているという箇所がある。今でもこの「拷問
の見世物」がごく普通に教会の中にあるのだろうか。また、作中でゾラは「卑猥な」
暗喩を入れているが、これは脚注がなければ絶対に気がつかない。
妻の不行跡がテーマとなっていて、ゾラが好んで描く「大衆」、「ブルジョワ的生
活」でも、「不倫」がモチーフになっている作品は多い。
匂い、味、触覚、これらがゾラの文章を一層華麗にする。「オチ」はありきたり
だが、ストーリー展開が面白い。
「スルディス夫人」。貧困、成り上がり、金銭(ゾラの作品には特に「年金」がよく
出てくる)、お金にまつわることもゾラの得意技。最近のフランス人作家=ルメー
トル(「傷だらけのカミーユ」が有名か)でも同じ。
絵画を題材として、金のため出世のために結婚した情けない男が、一時の栄光
のみで、次第に毀れていく様子。
読みごたえがあり、長編作家ゾラというイメージを壊してくれる。つい引き込
まれてしまうストーリーと小粋な表現、意外な結末。短編でもゾラの魅力がよく
分かる。
解説で「雄大なスケールには欠けるもののきっちりとした構成と鮮やかな締めく
くりをなしえた、まず何よりも読んで面白い、ひねりのきいた物語群」。まさにそ
の通りと思う。ゾラの人生と似たような登場人物が出てくる短編もあり、「ゾラの
自伝的な境遇や心情を反映したものだと考えていい」とある。
スタンダール、バルザック、フローベル、ゾラ。この時代の作家の中で、ゾラ
はおそらく「大衆文学」を完成させたのだろう。ゾラの評価は人によってかなり異
なるという印象があるが、それはこの「大衆文学」の価値判断ではないだろうか。
解説がとにかく面白い。ゾラの生涯や作品を、適切に紹介してくれて有り難い。
62才で亡くなったゾラ。長生きしたらまだまだ作品を書き続けただろう。
プライム無料体験をお試しいただけます
プライム無料体験で、この注文から無料配送特典をご利用いただけます。
非会員 | プライム会員 | |
---|---|---|
通常配送 | ¥410 - ¥450* | 無料 |
お急ぎ便 | ¥510 - ¥550 | |
お届け日時指定便 | ¥510 - ¥650 |
*Amazon.co.jp発送商品の注文額 ¥2,000以上は非会員も無料
無料体験はいつでもキャンセルできます。30日のプライム無料体験をぜひお試しください。

無料のKindleアプリをダウンロードして、スマートフォン、タブレット、またはコンピューターで今すぐKindle本を読むことができます。Kindleデバイスは必要ありません。
ウェブ版Kindleなら、お使いのブラウザですぐにお読みいただけます。
携帯電話のカメラを使用する - 以下のコードをスキャンし、Kindleアプリをダウンロードしてください。
オリヴィエ・ベカイユの死/呪われた家 ゾラ傑作短篇集 (光文社古典新訳文庫) 文庫 – 2015/6/11
{"desktop_buybox_group_1":[{"displayPrice":"¥1,232","priceAmount":1232.00,"currencySymbol":"¥","integerValue":"1,232","decimalSeparator":null,"fractionalValue":null,"symbolPosition":"left","hasSpace":false,"showFractionalPartIfEmpty":true,"offerListingId":"AIchE17spU%2F4VgPchosb4IvixEtSvuNc1Bb9935oAJbYCrpgj4ABOKLJgVnkxX8XagriQ8ytnbTH235UdvfM2ZoSiVuJfWZWwY1FeVyD4n8dapngLesvpTcD2sROLWTUtiTDiKb7ktw%3D","locale":"ja-JP","buyingOptionType":"NEW","aapiBuyingOptionIndex":0}]}
購入オプションとあわせ買い
- 本の長さ371ページ
- 言語日本語
- 出版社光文社
- 発売日2015/6/11
- 寸法10.8 x 1.3 x 15.2 cm
- ISBN-104334753124
- ISBN-13978-4334753122
よく一緒に購入されている商品

対象商品: オリヴィエ・ベカイユの死/呪われた家 ゾラ傑作短篇集 (光文社古典新訳文庫)
¥1,232¥1,232
最短で3月30日 土曜日のお届け予定です
残り6点(入荷予定あり)
総額:
当社の価格を見るには、これら商品をカートに追加してください。
ポイントの合計:
pt
もう一度お試しください
追加されました
一緒に購入する商品を選択してください。
この商品をチェックした人はこんな商品もチェックしています
ページ 1 以下のうち 1 最初から観るページ 1 以下のうち 1
登録情報
- 出版社 : 光文社 (2015/6/11)
- 発売日 : 2015/6/11
- 言語 : 日本語
- 文庫 : 371ページ
- ISBN-10 : 4334753124
- ISBN-13 : 978-4334753122
- 寸法 : 10.8 x 1.3 x 15.2 cm
- Amazon 売れ筋ランキング: - 379,321位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- - 644位光文社古典新訳文庫
- カスタマーレビュー:
イメージ付きのレビュー

4 星
都会で成功したいと願うゾラの想いがこめられている。
Kindle Unlimitedより 意識がある状態のまま妻を想い悲しむ男「オリヴィエ・ベカイユの死」、出世のために男爵令嬢の旦那として振る舞う男「ナンタス」、亡霊が出ると噂の廃城が気になって仕方がない旅人「呪われた家ーアンジェリーヌ」、子どもができなくて悩んでいる元穀物商人「シャーブル氏の貝」、旦那の代わりに絵を描く「スルディス夫人」の5作品が収録されている。ゾラ氏が田舎であることへのコンプレックスや成功を収めることができない苦悩を元に描いた作品群がまとめられている
フィードバックをお寄せいただきありがとうございます
申し訳ありませんが、エラーが発生しました
申し訳ありませんが、レビューを読み込めませんでした
-
トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
レビューのフィルタリング中に問題が発生しました。後でもう一度試してください。
2021年2月13日に日本でレビュー済み
Kindle Unlimitedより
意識がある状態のまま妻を想い悲しむ男「オリヴィエ・ベカイユの死」、
出世のために男爵令嬢の旦那として振る舞う男「ナンタス」、
亡霊が出ると噂の廃城が気になって仕方がない旅人「呪われた家ーアンジェリーヌ」、
子どもができなくて悩んでいる元穀物商人「シャーブル氏の貝」、
旦那の代わりに絵を描く「スルディス夫人」
の5作品が収録されている。
ゾラ氏が田舎であることへのコンプレックスや成功を収めることができない苦悩を元に描いた作品群がまとめられている
意識がある状態のまま妻を想い悲しむ男「オリヴィエ・ベカイユの死」、
出世のために男爵令嬢の旦那として振る舞う男「ナンタス」、
亡霊が出ると噂の廃城が気になって仕方がない旅人「呪われた家ーアンジェリーヌ」、
子どもができなくて悩んでいる元穀物商人「シャーブル氏の貝」、
旦那の代わりに絵を描く「スルディス夫人」
の5作品が収録されている。
ゾラ氏が田舎であることへのコンプレックスや成功を収めることができない苦悩を元に描いた作品群がまとめられている

Kindle Unlimitedより
意識がある状態のまま妻を想い悲しむ男「オリヴィエ・ベカイユの死」、
出世のために男爵令嬢の旦那として振る舞う男「ナンタス」、
亡霊が出ると噂の廃城が気になって仕方がない旅人「呪われた家ーアンジェリーヌ」、
子どもができなくて悩んでいる元穀物商人「シャーブル氏の貝」、
旦那の代わりに絵を描く「スルディス夫人」
の5作品が収録されている。
ゾラ氏が田舎であることへのコンプレックスや成功を収めることができない苦悩を元に描いた作品群がまとめられている
意識がある状態のまま妻を想い悲しむ男「オリヴィエ・ベカイユの死」、
出世のために男爵令嬢の旦那として振る舞う男「ナンタス」、
亡霊が出ると噂の廃城が気になって仕方がない旅人「呪われた家ーアンジェリーヌ」、
子どもができなくて悩んでいる元穀物商人「シャーブル氏の貝」、
旦那の代わりに絵を描く「スルディス夫人」
の5作品が収録されている。
ゾラ氏が田舎であることへのコンプレックスや成功を収めることができない苦悩を元に描いた作品群がまとめられている
このレビューの画像

2020年7月28日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
ゾラの小説は良く言えば読みやすい。悪く言えば文章の技巧に欠ける。
おそらく物語全体の構成、流れ、社会観を読者に伝えることを大事にしているからでしょう。
ゾラの唱えた自然主義の影響を受けたはずの日本の自然主義作家に欠けているのは、
この社会を見る目だと思います。短編は特にオチを意識していて、物語が見事に完成して
終わるので読後感が印象的。
おそらく物語全体の構成、流れ、社会観を読者に伝えることを大事にしているからでしょう。
ゾラの唱えた自然主義の影響を受けたはずの日本の自然主義作家に欠けているのは、
この社会を見る目だと思います。短編は特にオチを意識していて、物語が見事に完成して
終わるので読後感が印象的。
2015年6月13日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
記憶に残っている限りでは、これまで、光文社古典新訳文庫にゾラの作品は収録されていないように思う。今回、短編集にて初登場である。
分量は「オリヴィエ・ベカイユの死」(約62頁)、「ナンタス」(約70頁)、「呪われた家―アンジェリーヌ」(約26頁)、「シャーブル氏の貝」(約74頁)、「スルディス夫人」(約74頁)で、「呪われた家」だけが短い。
年代は、「呪われた家」だけが1898年に書かれたゾラ最後の短編で、他の作品は1876年から1880年に書かれている。
内容は、「オリヴィエ・ベカイユの死」「呪われた家」が幻想小説、怪奇小説の味わいがあり、他の3編は現代社会小説、現代風俗小説である。そして、「呪われた家」以外の4編は、男と女の話である。
たくさんあるというゾラの短編の中から、5編を厳選して訳すのだから、選択の基準が興味深いが、訳者は一番面白いものを選んだと書いている。そして、作者の面白さの基準を満たす作品群の中から、「オリヴィエ・ベカイユの死」「ナンタス」「シャーブル氏の貝」はフランスでもっとも人気のある作品という理由で、「スルディス夫人」、「呪われた家」は作者の好みで選ばれたようである。
結末はすべてハッピーエンドであると思う。もっとも、完全なハッピーエンドは「ナンテス」だけで、残りは微妙なハッピーエンドであるが、少なくとも、最悪の結末、後味の悪い結末はない。読者が安心して読める作品が選ばれているように思う。
私的感想
●「ナンタス」「シャーブル氏の貝」「スルディス夫人」の3編が大変面白かった。
●「ナンタス」は一文無しの若者が、男爵令嬢の夫となり、事業に大成功して、財務大臣にまで出世するという大長編向けのプロットを、「愛」に焦点を絞って、短編にまとめたもの。ラストが感動的。
●「シャーブル氏の貝」は45歳の財産家と結婚した18歳の若妻が、夫の療養先で若い男と親しくなり、夫からは見えない海岸の洞窟で寝取られてしまうまでの単純な話を、丁寧な自然描写等を織り込んで、長めの話に引き延ばしたもの。解説には、ブルジョアの夫が徹底的に虚仮にされていると書かれており、それはそうなのだが、日本人男性読者には、この運動神経最悪の、寝取られ夫に、同情、共感を覚える人は少なくないと思う。私もそうである。
●「スルディス夫人」は74頁という分量にピタリとはまった内容。ゴーストライターテーマであり、人格、才能の融合、移行テーマであり、夫婦の絆(支配被支配)テーマでもある。
分量は「オリヴィエ・ベカイユの死」(約62頁)、「ナンタス」(約70頁)、「呪われた家―アンジェリーヌ」(約26頁)、「シャーブル氏の貝」(約74頁)、「スルディス夫人」(約74頁)で、「呪われた家」だけが短い。
年代は、「呪われた家」だけが1898年に書かれたゾラ最後の短編で、他の作品は1876年から1880年に書かれている。
内容は、「オリヴィエ・ベカイユの死」「呪われた家」が幻想小説、怪奇小説の味わいがあり、他の3編は現代社会小説、現代風俗小説である。そして、「呪われた家」以外の4編は、男と女の話である。
たくさんあるというゾラの短編の中から、5編を厳選して訳すのだから、選択の基準が興味深いが、訳者は一番面白いものを選んだと書いている。そして、作者の面白さの基準を満たす作品群の中から、「オリヴィエ・ベカイユの死」「ナンタス」「シャーブル氏の貝」はフランスでもっとも人気のある作品という理由で、「スルディス夫人」、「呪われた家」は作者の好みで選ばれたようである。
結末はすべてハッピーエンドであると思う。もっとも、完全なハッピーエンドは「ナンテス」だけで、残りは微妙なハッピーエンドであるが、少なくとも、最悪の結末、後味の悪い結末はない。読者が安心して読める作品が選ばれているように思う。
私的感想
●「ナンタス」「シャーブル氏の貝」「スルディス夫人」の3編が大変面白かった。
●「ナンタス」は一文無しの若者が、男爵令嬢の夫となり、事業に大成功して、財務大臣にまで出世するという大長編向けのプロットを、「愛」に焦点を絞って、短編にまとめたもの。ラストが感動的。
●「シャーブル氏の貝」は45歳の財産家と結婚した18歳の若妻が、夫の療養先で若い男と親しくなり、夫からは見えない海岸の洞窟で寝取られてしまうまでの単純な話を、丁寧な自然描写等を織り込んで、長めの話に引き延ばしたもの。解説には、ブルジョアの夫が徹底的に虚仮にされていると書かれており、それはそうなのだが、日本人男性読者には、この運動神経最悪の、寝取られ夫に、同情、共感を覚える人は少なくないと思う。私もそうである。
●「スルディス夫人」は74頁という分量にピタリとはまった内容。ゴーストライターテーマであり、人格、才能の融合、移行テーマであり、夫婦の絆(支配被支配)テーマでもある。
2022年3月24日に日本でレビュー済み
ブラックウッドなんかが大好きな私は題名からホラー短編集を期待していましたが、どちらかというと恋愛ものでした。
もう読んだのは何年も前になりますが、今でも『呪われた家』以外は鮮明に思い出せます。それだけ心情描写や情景描写が生き生きしてててずば抜けているんです。はっきり言って文豪レベルだと思います。
おまけに文学文学していなくてわかりやすい。話の筋がはっきりしていて単純に面白く、次が気になりページをめくる手が止まりません。
あぁ小説ってこういうので良かったのかと。
私は静謐な雰囲気と主人公が残された恋人を危惧する切実な想いに胸が締め付けられる『オリヴィエ・ベカイユの死』と、ある意味ホラーすぎてうわぁ…ってなった『スルディス夫人』が好きです。
もう読んだのは何年も前になりますが、今でも『呪われた家』以外は鮮明に思い出せます。それだけ心情描写や情景描写が生き生きしてててずば抜けているんです。はっきり言って文豪レベルだと思います。
おまけに文学文学していなくてわかりやすい。話の筋がはっきりしていて単純に面白く、次が気になりページをめくる手が止まりません。
あぁ小説ってこういうので良かったのかと。
私は静謐な雰囲気と主人公が残された恋人を危惧する切実な想いに胸が締め付けられる『オリヴィエ・ベカイユの死』と、ある意味ホラーすぎてうわぁ…ってなった『スルディス夫人』が好きです。
2019年5月6日に日本でレビュー済み
19世紀フランスの作家ゾラ(1840-1902)の短篇集。第二帝政期以降のブルジョア社会における、人々の生活や欲望を描いている。
□
「オリヴィエ・べカイユの死」(1879年)
意識はありながらも、肉体的には自らの意志で動くことができず、周囲からも死んだものとして扱われ埋葬されていく男の視点を通して、「死とは何か=生とは何か」を考えさせられる。読みながらすぐにポー『早すぎた埋葬』を想起したが、解説によるとバルザックやゴーチエにも同主題の作品があるという。本作の主人公やゾラ自身が取り憑かれていた死への強迫観念というものは程度の差はあれ多くの人間がもっているのだろうが、「仮死状態のまま誤って埋葬されてしまうかもしれない」という恐怖はそんなに普遍的なものなのだろうか。やや不思議な感じがする。物語を通して、主人公の「死に対する意識=生に対する意識」が変容していく過程が、興味深い。
□
「ナンタス」(1878年)
産業革命が進行し急速に近代化した第二帝政期以降のフランスで、青年は「利益」と「力」を唯一の価値基準として自らの「意志」と「能力」のみを頼りに社会階層を上昇していこうとする。なぜなら、青年の自我は、自分が本来いるべき場所は、いまの自分の社会的位置とは別のところにあると思っているから。しかし、その上昇運動には終着となる頂点は無く、無際限に上り続けるしかない。そして、ついに人生の終着のほうが先に訪れてしまいそうになったときに気づいたことといえば・・・。スタンダール『赤と黒』にも通じるところがあるように感じた。
□
「シャーブル氏の貝」(1876年)
フランス西部の海岸街ピリアックが、空と海の青色と太陽光の白色とで、実に眩く描写されている。不妊に悩む夫とともにパリからやってきた美しい若妻エステルと生命力溢れる地元の青年エクトール、二人の気持ちの交わりが、ピリアックの海水浴や洞窟散策の場面で、性的な暗示を多分に込められながら官能的かつ詩的に美しく表現されており、本短篇集中の白眉。
□
「スルディス夫人」(1880年)
芸術家小説。市民的な労働を通してではなく芸術的な才能を通して社会に対して自己の存在証明を突きつけようと目論む者にとって、生活とは苦闘そのものであると思う。芸術上の破格な独創性を備えながら放蕩に溺れ堕落した生活を送ってしまう夫フェルディナンと、創作上は凡庸ではあるが手堅い技術をもち規律ある生活を送ろうとする妻アデル。そんな芸術家夫婦が、それぞれが抱えている野心・自尊心・劣等感を取引し合って危うい均衡を取ろうとする、その異様な緊張関係が凄絶だ。
□
「オリヴィエ・べカイユの死」(1879年)
意識はありながらも、肉体的には自らの意志で動くことができず、周囲からも死んだものとして扱われ埋葬されていく男の視点を通して、「死とは何か=生とは何か」を考えさせられる。読みながらすぐにポー『早すぎた埋葬』を想起したが、解説によるとバルザックやゴーチエにも同主題の作品があるという。本作の主人公やゾラ自身が取り憑かれていた死への強迫観念というものは程度の差はあれ多くの人間がもっているのだろうが、「仮死状態のまま誤って埋葬されてしまうかもしれない」という恐怖はそんなに普遍的なものなのだろうか。やや不思議な感じがする。物語を通して、主人公の「死に対する意識=生に対する意識」が変容していく過程が、興味深い。
□
「ナンタス」(1878年)
産業革命が進行し急速に近代化した第二帝政期以降のフランスで、青年は「利益」と「力」を唯一の価値基準として自らの「意志」と「能力」のみを頼りに社会階層を上昇していこうとする。なぜなら、青年の自我は、自分が本来いるべき場所は、いまの自分の社会的位置とは別のところにあると思っているから。しかし、その上昇運動には終着となる頂点は無く、無際限に上り続けるしかない。そして、ついに人生の終着のほうが先に訪れてしまいそうになったときに気づいたことといえば・・・。スタンダール『赤と黒』にも通じるところがあるように感じた。
□
「シャーブル氏の貝」(1876年)
フランス西部の海岸街ピリアックが、空と海の青色と太陽光の白色とで、実に眩く描写されている。不妊に悩む夫とともにパリからやってきた美しい若妻エステルと生命力溢れる地元の青年エクトール、二人の気持ちの交わりが、ピリアックの海水浴や洞窟散策の場面で、性的な暗示を多分に込められながら官能的かつ詩的に美しく表現されており、本短篇集中の白眉。
□
「スルディス夫人」(1880年)
芸術家小説。市民的な労働を通してではなく芸術的な才能を通して社会に対して自己の存在証明を突きつけようと目論む者にとって、生活とは苦闘そのものであると思う。芸術上の破格な独創性を備えながら放蕩に溺れ堕落した生活を送ってしまう夫フェルディナンと、創作上は凡庸ではあるが手堅い技術をもち規律ある生活を送ろうとする妻アデル。そんな芸術家夫婦が、それぞれが抱えている野心・自尊心・劣等感を取引し合って危うい均衡を取ろうとする、その異様な緊張関係が凄絶だ。
2020年8月14日に日本でレビュー済み
うっわ、長編で名高いゾラの短編?と思いこわごわ読みました。「居酒屋」「ナナ」長編2作の大ファンなのでイメージが崩れるのが怖かったんです。でもそんな心配は全く要りませんでしたよ!1作目、いや1行目から面白い。ゾラの短編はみっちりと無駄なく詰まっていて読み応えはありますし、情景などには美しい詩的表現も。ただたまにグロテスクにぶつかりギョッとするのはご愛嬌かな。年譜を見ましたが、天才でも裕福でも無いところに親しみを覚えました。でも死因が切ない!