エボデボで明らかとなった最初の衝撃は、動物がその形態の違いに拘らず皆、共通の遺伝子の発現を調節するマスター遺伝子(=ツールキット)を持っているという事であった。
人間の体にある約25000種類のタンパク質をコードしているのは、ヒトDNAの約1.5%残りの約3%が調節遺伝子(=遺伝子スイッチ)である。これらがいつ、どこで、どのくらい生成するかを決め形態を作り上げる。
カンブリア紀の葉脚類が備えていた単純な管状の歩脚が甲殻類では遊泳、歩行、呼吸などを効率よくこなす節のある肢に、水生昆虫では鰓に、陸生昆虫では翅に、クモでは書肺に変った。全て、古代の肢のデザインの変形であった。
手持ちのツールキットを使い回し発生過程を修正し、それによって得られた新しい形の利用方法を生み出した。(大きさ、形、個数を決めるホックス遺伝子のスイッチとなるDNA遺伝子配列変化によりホックス発現領域の相対的位置が変わる)
この事実は、進化の中間段階に対する疑問の答えとなる。
同じ器官が、同時に異なる機能をこなし、異なる器官が同時に同じ機能をこなすのである。
「相同器官」という概念がある。元々同じであった構造が種により様々に変更されているという意味である。
例えば、サンショウウオと恐竜とネズミの前脚とヒトの腕は元々同じ構造であった。何れも共通祖先の前肢から進化したものである。
「連続相同」という概念がある。反復された系列として起源し、動物ごとに異なる変更を遂げた関係にあるという意味である。
例えば、四足類の前肢と後肢、推骨とそれに付随した肋骨、節足動物の口器と触覚と歩脚である。
エボデボにより昆虫の翅の起源が明らかになりつつある。
翅を作るために必要なタンパク質が見つかった。それは、甲殻類の二肢型付属肢のうち外側についている鰓にあった。
つまり、これらは相同器官であり合理的説明がつくのである。このタンパク質は、元々昆虫の祖先にあたる水生甲殻類で呼吸用の葉状体づくりに使用されていた。なので、それが水生昆虫の翅にそのまま使われ続けた可能性が高い。そして、内側の翅は歩脚となったというものである。
水中生活する幼虫と空中生活する成虫は、全く別の生きものである。それが、一つのゲノムの中で起きている。その秘訣は発生プログラムが別となっている事である。
それは、摂食、遊泳、呼吸、歩行という多機能をこなす水生節足動物の付属肢を特殊化した器官に作り替えることで全く新しい生態系への進出と全く新しいデザインの確立を可能とした。
それでは、陸の翼はどうか。
それは、腕の鳥、指の翼翼竜、手の翼コウモリである。
ディスタルレス遺伝子は、節足動物の足を作る遺伝子である。ところが、蝶の翅では斑点を作る。何故か。それは、特定のタイミングでスイッチオンする事により新しい機能を獲得したのである。
二色以上が織り成すパターンを生み出すには、色素遺伝子の発現とそれを調節するスイッチが必要である。
ホモ・サピエンス属の脳の進化についての面白い仮説がある。突然変異による顎筋の縮小により頭骨への圧力を減少させ、その結果として頭蓋は薄く、大きくなれたというものである。それと同時に顎の繊細な動くも可能となり発話を可能とする上ではどうしても必要な進化であったというものである。
但し、一個の突然変異によって進化が飛躍的に起こる事はない。人類特有の特質は、何万世代あるいはそれ以上の時間をかけ沢山の遺伝子によって起こっているのは間違いない。
現生類人猿と袂を分かった人類進化の謎つまり、遺伝的差異特に、言語機能を司る脳についてもエボデボは明らかにしてくれるだろう。
ただ、重要な身体的進化の大半は、ホモ・サピエンスが起源する前に起こっている。
進化とは、遺伝子頻度の変化より発生様式の変革による形態の進化がより重要である。そしてそれは、オリジナルな無からの発明でなく既存の構造を遺伝子経由するという手近な材料のやりくりを自然はしている。それは、一番手頃な経路の選択であった。
読み応え満点の本であった。
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シマウマの縞 蝶の模様 エボデボ革命が解き明かす生物デザインの起源 単行本 – 2007/4/24
- 本の長さ405ページ
- 言語日本語
- 出版社光文社
- 発売日2007/4/24
- ISBN-104334961975
- ISBN-13978-4334961978
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登録情報
- 出版社 : 光文社 (2007/4/24)
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- 言語 : 日本語
- 単行本 : 405ページ
- ISBN-10 : 4334961975
- ISBN-13 : 978-4334961978
- Amazon 売れ筋ランキング: - 397,263位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
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2008年5月16日に日本でレビュー済み
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進化発生生物学という新しい理論にもとづいて、さまざまな進化−形態の変化を説明している。人間とチンパンジーの遺伝子は4%ほどしか違わないのに、なぜこうも異なる生き物になるのか。あるいはたった一つの細胞である卵から、なぜさまざまな体のパーツが出現してくるのか。発生は大いなる謎だった。しかし、ツールキット遺伝子という、ある遺伝子が作用するタイミングや場所をコントロールする遺伝子の存在がその謎を明かしつある。それは、進化論をより堅固なものにしている。ただ、難点をいえば、一般書としてはやや難解なところ。グラフィックを多用するなど工夫が欲しかった。また、終盤にある進化論を否定する聖書原理主義者たちに対する怒りは、理解できるけれども、感情的すぎて、せっかくの好著を台無しにしている。不要な部分だったと思う。
2011年7月23日に日本でレビュー済み
進化というと遺伝子が突然変異して、あとは自然淘汰で・・・という説明を受けてきた人は多いだろう。
だが、「じゃあそもそもどう遺伝子が変わると、どう生物の体は変化するの?」という問題はあまり扱われてこなかった。
本書は、そうした問題に光を当てた「発生進化学」の解き明かした新しい生物の実像を見せてくれる。
最大のポイントは、どの遺伝子がいつ動くか、あるいは動くか動かないか、を決めている「マスター遺伝子」の存在である。
マスター遺伝子がを少し変わるだけで、例えば触角の位置に脚が生えたハエなどのとてつもなく大きな変化が引き起こされる。
ハエと人間とで大半の遺伝子が同じだという衝撃的な事実は、こうした「ブロックごとの積み方のわずかな変化」で大きな変化を引き起こせることによっているのだ。
全体にやや難し目の本だが、これまでの進化論の本にはないアングルから光を当てていて非常に楽しめた。
だが、「じゃあそもそもどう遺伝子が変わると、どう生物の体は変化するの?」という問題はあまり扱われてこなかった。
本書は、そうした問題に光を当てた「発生進化学」の解き明かした新しい生物の実像を見せてくれる。
最大のポイントは、どの遺伝子がいつ動くか、あるいは動くか動かないか、を決めている「マスター遺伝子」の存在である。
マスター遺伝子がを少し変わるだけで、例えば触角の位置に脚が生えたハエなどのとてつもなく大きな変化が引き起こされる。
ハエと人間とで大半の遺伝子が同じだという衝撃的な事実は、こうした「ブロックごとの積み方のわずかな変化」で大きな変化を引き起こせることによっているのだ。
全体にやや難し目の本だが、これまでの進化論の本にはないアングルから光を当てていて非常に楽しめた。
2010年10月21日に日本でレビュー済み
生物間で共通した複数の遺伝子キットの発現の場所とタイミングにより無数の形態を作り上げる手法や、
体節構造(同じ構造の反復)の一部を使いまわして新しい機能に特化させるという手法など、
進化発生生物学による、生物多様性を生み出す仕組みの解明について書かれた快著です。
膨大な多様性を生み出す仕組み(抗体の異物認識部位の多様性や生物形態の多様性など)には、
共通して、いわゆる「順列組み合わせ」の原理が用いられているとの指摘に納得。
体節構造(同じ構造の反復)の一部を使いまわして新しい機能に特化させるという手法など、
進化発生生物学による、生物多様性を生み出す仕組みの解明について書かれた快著です。
膨大な多様性を生み出す仕組み(抗体の異物認識部位の多様性や生物形態の多様性など)には、
共通して、いわゆる「順列組み合わせ」の原理が用いられているとの指摘に納得。
2007年9月1日に日本でレビュー済み
ダーウィンは自然界の生物の多様性に触発されて「種の起源」を表したが、皮肉な事にその後の進化論では現在の生物の多様性(形状、模様、サイズ等)を上手く説明できなかった。著者はこれを、進化学・遺伝学に比べ、発生学を疎かにしていたせいだとし、これらを統合した進化発生生物学(Evolutionary Developmental Biology, 略してエボデボ)に基づいて、上記の問題を解決しようとしたもの。
まず、発生を組み立てるツールキット遺伝子が種を越えてほぼ共通である事が示される。つまり、人も他の動物も体のデザインを決める遺伝子は共通なのだ。それでは、何故多様性が生じるのか。実はツールキット遺伝子を制御するスイッチ遺伝子が存在する。スイッチ遺伝子のon/offによってツールキット遺伝子が発現するか否かが決まる。シマウマの縞のような重複パターンに見えるようなものも、別個のスイッチで制御されるのだ。そして、スイッチ遺伝子は発生時の胚の状態で制御される。つまり、進化(形態の変化)とは胚の地図が変る事によって引き起こされるのだ。そこで、胚の地図が(突然変異で)微妙に変るだけで生物の多様性が生み出されるという仕組みである。発生学を取り入れたエボデボ理論の威力である。こうした説明が題名通り、シマウマの縞や蝶の模様あるいはショウジョウバエなどを使って丁寧に説明される。エボデボ理論の別の威力は、「進化が確かに起こった」事を示している点だと著者は言う。進化論を教えない州が数多く存在するアメリカの科学者ならではの感想であろう。また、人間の進化の過程が他の動物の進化の過程と変らないという事を示し、斬新な生命観にも触れる。
ツールキット遺伝子という種間で一様に持っている仕掛けから、発生に着目し、生物の多様性を見事に解明した画期的な書。
まず、発生を組み立てるツールキット遺伝子が種を越えてほぼ共通である事が示される。つまり、人も他の動物も体のデザインを決める遺伝子は共通なのだ。それでは、何故多様性が生じるのか。実はツールキット遺伝子を制御するスイッチ遺伝子が存在する。スイッチ遺伝子のon/offによってツールキット遺伝子が発現するか否かが決まる。シマウマの縞のような重複パターンに見えるようなものも、別個のスイッチで制御されるのだ。そして、スイッチ遺伝子は発生時の胚の状態で制御される。つまり、進化(形態の変化)とは胚の地図が変る事によって引き起こされるのだ。そこで、胚の地図が(突然変異で)微妙に変るだけで生物の多様性が生み出されるという仕組みである。発生学を取り入れたエボデボ理論の威力である。こうした説明が題名通り、シマウマの縞や蝶の模様あるいはショウジョウバエなどを使って丁寧に説明される。エボデボ理論の別の威力は、「進化が確かに起こった」事を示している点だと著者は言う。進化論を教えない州が数多く存在するアメリカの科学者ならではの感想であろう。また、人間の進化の過程が他の動物の進化の過程と変らないという事を示し、斬新な生命観にも触れる。
ツールキット遺伝子という種間で一様に持っている仕掛けから、発生に着目し、生物の多様性を見事に解明した画期的な書。