一、
同じ非暴力でもガンジーとダライ・ラマでは、かなり違った印象を受けました。
インド独立運動におけるガンジーとチベット解放運動におけるダライ・ラマの非暴力の違いは、
ガンジーの非暴力が「戦う非暴力」であるのに対してダライ・ラマの非暴力は「戦わない非暴力」
であるという点です。ガンジーはヒンズー教徒ですが、修行僧ではなく、もともとは弁護士であり、
若い頃、南アフリカでの有色人種差別反対運動が、その原点にあります。つまり彼は、民衆の一員とし
て、社会的差別と戦い、社会的弱者の権利を獲得することが原体験にあるわけです。
したがって、社会的弱者の権利を獲得する手段として「非暴力の戦い」が位置づけられ、
祖国インドの反植民地・反英独立闘争が位置づけられているわけです。
さらには、ヒンズー教の聖典の『バガヴァド・ギータ』は、クリシュナ神が戦いに躊躇する
戦士・アルジュナに「戦士としての義務を果たせ」と命ずる場面があり、インド独立運度家のバイブルで
あり、ガンジー自身も、『バガヴァド・ギータ』を毎日朗誦していました。
二、
これに対してダライ・ラマは、幼少時からチベット神政政治の長であるダライ・ラマ１４世として教育
され、自らも修行僧としての訓練を受けています。また仏教経典には、ヒンズー教における『バガヴァ
ド・ギータ』のような「戦うこと」を奨める経典は、まったくありません。ダライ・ラマは、自らを「涅
槃（ニルヴァーナ）」という「心の平安」を目指す一修行僧として捉えており、政治的な意味において
「戦うこと」に対して非常に消極的なのです。
三、
同時にガンジーは「インド民衆の目覚め」「インド民衆の力」を呼び覚まし、自らもインド民衆の一員
として、反英・インド独立闘争の先頭に立ちました。１９３０年の「製塩法」に反対する「塩の行進」で
は、数千人の民衆と共に、２４日間・３８０ｋｍを歩き通しました。またガンジーの最大の武器は「断食
行（ハンガー・ストライキ）」でした。生涯で１１回の断食行を行い、ついにインドの独立をかちえまし
た。最後の断食行は、１９４８年、７９歳の時であり、ヒンズー・イスラム両教徒間の和解を求めての、
決死の断食行でしたが、道半ばでついに暗殺されました。ここにガンジーの「戦う非暴力」の真髄があり
ました。
四、
これに対してダライ・ラマの「戦わない非暴力」において、最大の武器は「説法」でありました。
彼は、インド亡命後、世界を行脚して「チベット仏教の再発見」を体験します。
「チベット仏教」の高度な精神文明こそ、物質文明を謳歌する欧米先進諸国に対する最大の国際貢献であ
るという自覚でした。したがって、ダライ・ラマのチベット独立運動は、「心の平安」をもたらすチベッ
ト仏教の精果を、世界の人々へのメッセージとして伝えることを通して実現することであったのです。
それは、ガンジーのような「民衆の目覚め」「民衆の力」を呼び覚ますという方向をとらなかったことに
よる限界を持つものでしたが、一修行僧としてダライ・ラマの立場からは、最善の方法であったと言えま
す。
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