宇宙開発、特に日本の糸川博士以降の流れについて子供も大人も読める本。
ただ日本の『非軍事的な宇宙開発』(P185)を誇るがためか、
米ソの宇宙開発について軍事・非軍事の記述が入ってきて、
中には『アメリカ政府がベトナム侵略戦争を遂行した』(P56)とか、
某党の広報紙でしか見ないような表現まで用いられている。
本著が出版された2005年以降、中国・インドの宇宙開発もニュースになっており
これら新興国の技術についても軍事・非軍事の判断を聞いてみたいところ。
そもそも日本のロケット研究も軍需物資(の残り物)から始まっており、
広く小学生を対象にした本で米帝悪者のような記述には疑問が残った。
フォン・ブラウンに、ナチスに協力して良心が痛むことはなかったかと問い、
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逆転の翼: ペンシルロケット物語 (ノンフィクション科学の扉) 単行本 – 2005/11/1
的川 泰宣
(著)
- 本の長さ189ページ
- 言語日本語
- 出版社新日本出版社
- 発売日2005/11/1
- ISBN-104406032258
- ISBN-13978-4406032254
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登録情報
- 出版社 : 新日本出版社 (2005/11/1)
- 発売日 : 2005/11/1
- 言語 : 日本語
- 単行本 : 189ページ
- ISBN-10 : 4406032258
- ISBN-13 : 978-4406032254
- Amazon 売れ筋ランキング: - 832,187位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- - 1,303位実用・工作・趣味 (本)
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2007年7月21日に日本でレビュー済み
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第二次大戦の敗北により、我が国の航空宇宙分野における研究開発は重大な空白を余儀なくされました。かつて名機ゼロファイターを送り出した日本の航空技術者たちは、すすむべき方向を失って茫然自失の有様で、その様子は、国としてのアイデンティティを喪失した日本自身の姿でもあったのです。
そうした中、戦中に「隼」を手がけた新進気鋭の航空設計者、東京大学の糸川教授は、ひとたびは音響学に活路を見出すものの、幼少期からの大空と宇宙への憧憬もだしがたく、「ロケット旅客機」構想の名の下に、ついに宇宙開発への路を歩み始めます。そんな彼を支えたのは、富士精密をはじめとする新生日本の技術者陣と、平和的技術立国の理想に燃える東大生産技術研究所の若手研究者グループでした。
たび重なるトラブルとアクシデントをものとせず、彼らの夢はたった23センチの「ペンシルロケット」という姿で世に姿を現します。そして、「ペンシル300」や「ベビー」を経て名機「カッパ」が生み出され、日本はついに人工衛星を軌道投入する技術を保有するに至ったのでした。
糸川教授はフォン・ブラウンと同年のお生まれだそうですが、フォン・ブラウンと同様、糸川教授には宇宙を目指す熱い想いと、そして重なるトラブルに決してヘタレない強い心がありました。著者は糸川教授の独創的思考の背景を「感動からあこがれへ、そして未来への決心へ」という言葉で表現していますが、滋味掬すべきものがあるように思います。
そうした中、戦中に「隼」を手がけた新進気鋭の航空設計者、東京大学の糸川教授は、ひとたびは音響学に活路を見出すものの、幼少期からの大空と宇宙への憧憬もだしがたく、「ロケット旅客機」構想の名の下に、ついに宇宙開発への路を歩み始めます。そんな彼を支えたのは、富士精密をはじめとする新生日本の技術者陣と、平和的技術立国の理想に燃える東大生産技術研究所の若手研究者グループでした。
たび重なるトラブルとアクシデントをものとせず、彼らの夢はたった23センチの「ペンシルロケット」という姿で世に姿を現します。そして、「ペンシル300」や「ベビー」を経て名機「カッパ」が生み出され、日本はついに人工衛星を軌道投入する技術を保有するに至ったのでした。
糸川教授はフォン・ブラウンと同年のお生まれだそうですが、フォン・ブラウンと同様、糸川教授には宇宙を目指す熱い想いと、そして重なるトラブルに決してヘタレない強い心がありました。著者は糸川教授の独創的思考の背景を「感動からあこがれへ、そして未来への決心へ」という言葉で表現していますが、滋味掬すべきものがあるように思います。