長編に近い分量の表題作の他、2つの短編「巫女」、「テミストクレス案」の全3作を収めた魅惑的な作品。「饗宴」に始まる歴史上の有名人物を題材にした歴史ミステリ・シリーズの総括でもあり(それとは一線を画しているが)、「ジョーカー・シリーズ」への踏み台でもあるが、単なる橋渡しの域を遥かに越えた重厚な作品である。舞台をアテナイに設定しているのは、一周して「饗宴」に戻っているが、これは本作が掉尾を飾るという意味合いも込められていると思う。
「巫女」、「テミストクレス案」の両短篇は、共にギリシア-ペルシア戦争を背景に、本戦争のアテナイ側の功労者(これ自身、虚実にまみれているが)であった、デルポイ神殿の超絶的「巫女」アリストニケ、ペルシア軍を海戦で破ったテミストクレスを主人公にした作品。従来の歴史ミステリ・シリーズとは異なり、主人公が殺人事件の謎を解くのではなく、主人公の人物像に迫っている点が大きな特徴。主人公が智略・胆力(あるいは本物の霊感)に優れた傑物だったのか、単なるインチキ占い師あるいは裏切り者だったのかを緻密かつ虚々実々なミステリ的構成と丹念な史料調査に基づいて描いている。"はじめに"で、「NIKE(ナイキ)」のシューズをあるギリシア人が恬として「ニケ(女神の意)」と発音したというエピソードを作者が披露しているが、このエピソードが本作の主旋律となっており、一種の「藪の中」的意匠が物語に深みを与えている。
表題作はミステリから完全に離れた歴史絵巻。パルテノン神殿再建を題材に、民主制の確立に命を賭けた超人的政治家ペリクレスとその幼馴染で再建の総指揮を執った奇矯な天才芸術家フェイディアスとの友情を中心軸として往時のアテナイを描き切った力作。「物の見方の両義性」をモチーフとしている点は上述の短編と同様で、民主制と寡頭制、神(信仰)と科学、愛憎といった現代でも存在する対立軸を意識しながら、パルテノン神殿再建~ペロポネソス戦争間のアテナイの人間模様を迫真性を持って映し出している。
3編共に、読者を物語に惹き付ける魅力に溢れており、作家的充実を感じた。作者の原点であるギリシアに対する熱い思いも伝わって来た。作者の代表作の1つと言って良い傑作だと思う。
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パルテノン (実業之日本社文庫) 文庫 – 2010/10/5
柳 広司
(著)
古代ギリシア黄金期をダイナミックに俯瞰!
ペルシア戦争で勝利をおさめ、民主制とパルテノン神殿の完成によって、
アテナイが栄華を極めた紀元前五世紀。都市国家(ポリス)の未来に希望を託し、
究極の美を追究した市民の情熱と欲望を活写する表題作「パルテノン」ほか、
「巫女」「テミストクレス案」の三編を収録。『ジョーカー・ゲーム』で
ブレイク前夜に刊行、著者の「原点」として位置づけるべき意欲作、待望の文庫化!
ペルシア戦争で勝利をおさめ、民主制とパルテノン神殿の完成によって、
アテナイが栄華を極めた紀元前五世紀。都市国家(ポリス)の未来に希望を託し、
究極の美を追究した市民の情熱と欲望を活写する表題作「パルテノン」ほか、
「巫女」「テミストクレス案」の三編を収録。『ジョーカー・ゲーム』で
ブレイク前夜に刊行、著者の「原点」として位置づけるべき意欲作、待望の文庫化!
- 本の長さ432ページ
- 言語日本語
- 出版社実業之日本社
- 発売日2010/10/5
- ISBN-104408550078
- ISBN-13978-4408550077
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登録情報
- 出版社 : 実業之日本社 (2010/10/5)
- 発売日 : 2010/10/5
- 言語 : 日本語
- 文庫 : 432ページ
- ISBN-10 : 4408550078
- ISBN-13 : 978-4408550077
- Amazon 売れ筋ランキング: - 930,250位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- カスタマーレビュー:
カスタマーレビュー
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トップレビュー
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2014年4月12日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
2013年1月11日に日本でレビュー済み
2004年に出た単行本の文庫化。
「巫女」と「テミストクレス案」の2中編と、長編「パルテノン」が収められている。
いずれも古代ギリシャの著名な人物を主人公にすえ、その実像を描こうとした物語である。いや、実像というよりは、柳さんが「こうだったらおもしろいな」というキャラクターを自由に空想したものと言うべきか。
「巫女」はデルポイの巫女アリストニケを描いたもの。これがもっともおもしろかった。
「パルテノン」は、パルテノン神殿をつくったフェイディアスと、当時のアテネの最高指導者ペリクレスを描いたもの。当時の政争と民主主義について理解を深めることができた。
「巫女」と「テミストクレス案」の2中編と、長編「パルテノン」が収められている。
いずれも古代ギリシャの著名な人物を主人公にすえ、その実像を描こうとした物語である。いや、実像というよりは、柳さんが「こうだったらおもしろいな」というキャラクターを自由に空想したものと言うべきか。
「巫女」はデルポイの巫女アリストニケを描いたもの。これがもっともおもしろかった。
「パルテノン」は、パルテノン神殿をつくったフェイディアスと、当時のアテネの最高指導者ペリクレスを描いたもの。当時の政争と民主主義について理解を深めることができた。
2012年5月31日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
夢を見るように、そう、夢を見るように、読みました。
2度も3度も繰り返し、遠いギリシャの国でその歴史の中で翻弄されているように。
何度も繰り返して読むうちに、ふと気がついたら、紅茶をこぼしてしまい、ふにゃふにゃになった茶色のしみがついたページをさらにめくりました。
仕事をやめて、ギリシャを旅した、若き日の柳先生が、不思議な猫と出会い、ふとした瞬間にものがたりが落ちてくるような夢を見ながら描いた小説。
面白くないわけがないじゃないですか。
2度も3度も繰り返し、遠いギリシャの国でその歴史の中で翻弄されているように。
何度も繰り返して読むうちに、ふと気がついたら、紅茶をこぼしてしまい、ふにゃふにゃになった茶色のしみがついたページをさらにめくりました。
仕事をやめて、ギリシャを旅した、若き日の柳先生が、不思議な猫と出会い、ふとした瞬間にものがたりが落ちてくるような夢を見ながら描いた小説。
面白くないわけがないじゃないですか。
2012年4月12日に日本でレビュー済み
この数年、柳広司を読み続けていたけど、なかなか入手できなかったこの本がやっと実業之日本社文庫の創刊により文庫化。ずっと待ってた割には文庫化されて1年半が経過し、この柳広司の原点とも言うべき本を読んだ。
内容は、柳広司の真骨頂とも言うべき、歴史ミステリー。テーマはギリシャの歴史。アテネとかスパルタなんていう言葉ぐらいは知っているけど、あまり詳しくないところだったけど、そこはストーリーテラーとして名高い柳広司、そんな知識不足の私でも楽しめるものになっている。
長編ではなく、3編の中編がまとめられているが、初期の作品のせいか、ちょっと固い感じもして、最近の作品のような軽妙さにはかけるような気がするが、やはり柳広司の作品らしく、歴史をテーマにしながら、現代にもつながる問題意識が感じられる。特に表題作でもある「パルテノン」では、永遠の政治テーマでもある「民主制」への深い洞察が見受けられ、とてお面白かった。巻末の宮部みゆきの解説も良かった。
内容は、柳広司の真骨頂とも言うべき、歴史ミステリー。テーマはギリシャの歴史。アテネとかスパルタなんていう言葉ぐらいは知っているけど、あまり詳しくないところだったけど、そこはストーリーテラーとして名高い柳広司、そんな知識不足の私でも楽しめるものになっている。
長編ではなく、3編の中編がまとめられているが、初期の作品のせいか、ちょっと固い感じもして、最近の作品のような軽妙さにはかけるような気がするが、やはり柳広司の作品らしく、歴史をテーマにしながら、現代にもつながる問題意識が感じられる。特に表題作でもある「パルテノン」では、永遠の政治テーマでもある「民主制」への深い洞察が見受けられ、とてお面白かった。巻末の宮部みゆきの解説も良かった。
2011年6月8日に日本でレビュー済み
ギリシア史に疎い私にも楽しく読めた。「どこまでが史実で、どこからがフィクションかわからない」という柳ワールドをより楽しむには、日本ではなく海外を舞台にするほうがよいのかもしれないと感じさせる一冊。
しかし、こんなに平明な文章を書く人だったかなあ。超読みやすい。
しかし、こんなに平明な文章を書く人だったかなあ。超読みやすい。