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純然たる幸福 単行本 – 1994/7/1

4.1 5つ星のうち4.1 4個の評価

商品の説明

内容(「MARC」データベースより)

フランスの思想家ジョルジュ・バタイユが第二次世界大戦後に発表した論考及び対談の選集。待望のヘーゲル論ほか「無神学大全」第4巻「純然たる幸福」関係論文など、未邦訳重要論考17編を収録。

登録情報

  • 出版社 ‏ : ‎ 人文書院 (1994/7/1)
  • 発売日 ‏ : ‎ 1994/7/1
  • 言語 ‏ : ‎ 日本語
  • 単行本 ‏ : ‎ 386ページ
  • ISBN-10 ‏ : ‎ 4409030388
  • ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4409030387
  • カスタマーレビュー:
    4.1 5つ星のうち4.1 4個の評価

著者について

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ジョルジュ・バタイユ
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上位レビュー、対象国: 日本

2015年4月20日に日本でレビュー済み
無神学大全の一部、純然たる幸福、の草稿が収録されている。
その他にも、文芸批評、ヘーゲル論、エロティシズム論など、バタイユ思想のアンソロジーともなっている。
最後は、デュラスなどとの二つの対談も収録されていて、バタイユの様々な側面を垣間見ることができる。
4人のお客様がこれが役に立ったと考えています
レポート
2022年9月8日に日本でレビュー済み
本書は、バタイユの思想の後期にあたるような書であり、
「エロティシズム・死・供儀・諸命題」などの諸事態を考察しているような書である。
(還元可能なものか/あるいは還元不可能なものか)

以上のような概念に先立つ諸視点として、
バタイユの思想を遡行しながら、本書を考察することで、
その概念の二重性(空性・恣意性)の連続性を見わたせることができるのかもしれない、
と本書から考察することもできる。
(バタイユの中期の思想/『宗教の理論 』『呪われた部分 有用性の限界 』<無><動物性>など)

本書のバタイユの考察と類似性が見られるようなものを挙げることができるとすれば、
以下のものになるのだろう。
 ・ボードリヤール「他者性 langage」「鏡 objet」「パスワード」
 ・ウィトゲンシュタイン「言語ゲーム/同語反復 Tautologie/矛盾 kontradiktion」「像 Bild」
 ・ソシュール「ランガージュ・潜在的言語 les langues/二重性 dualitē/vacuitē・arbitrary」

また、以上のような諸視点に併せて、訳者あとがきにおいて、
本書のバタイユの下部集合的な諸視点(<総体><溶融>)などの解説がなされている。
 (訳者あとがき)
  ・「存在と無」のような哲学用語で観念化され実体化された「無」≪ではなく≫、
   「なにものでも(~)ない」(ne ~ rien)という言い回しで、
   (~)の中に埋め込まれている≪無≫であるのだが、
   バタイユはこの≪無≫の(~)この世界の根底的な(~)

  ・バタイユの著作の全体は(~)が(~)したまま<溶融 fusion>している<総体>である(491)
  ・後期バタイユの論考は(~)
   <総体 totalité>の無意味さ(あるいは恣意的に意味づけられたもの)を、
   無意味な(あるいは無意味さを目指す)表現形式で綴った一群の作品と抗争し、
   対立の中で密接に関係し合っている(~)(489)

  ・存在の限界における人間の<総体>の体験、これは様々な対立と矛盾の体験である(480)
  ・この<総体>をバタイユは<溶融 fusion(フュージオン)>と意識していた。
   なぜならばこれらの矛盾する要素たちは対立したまま連続しつながっているからである(~)
   (バタイユの考えるものは)異質なものが対立しながら共存している様、
   共存していることで、その異質性を際立たせている様である。 
   そしてこの<溶融>せる<総体>には意味がない(481)
   (非-知 non-Savoirと知の対立/無用性と有用性の対立)
   (事態 sachverhalt の総体 totalité/蓄積 accum・溶融 fusion)
   (記号の二重性/「無意味な意味」のナンセンスの探究)

  ・無意味と「無意味の意味」の追求の矛盾(連鎖・反復)(490)
  ・「(~)(「存在と無」のような観念)にとっての自然は、観念の挫折なのであり、
   一つの否定なのである。反抗であると同時に無意味(~)」(500)
  ・「(~)は苦痛の否定である」(498)
   (記号の二重性の連続性/空性・恣意性)

  ・物の作り出す生産行為は当の行為者をも<物のように固体化する>
   (神話的な象徴記号/シミュラークル的鏡/蓄積)(484)
  ・供儀も動物への(~)も、近代人にとっては、失われた<総体>への回帰する契機になりうる
   (非-物同士の関係/事物=客体 objet の消尽)(487)

参考図書
『宗教の理論 (ちくま学芸文庫)』『呪われた部分 有用性の限界 (ちくま学芸文庫)』
『生物から見た世界 (岩波文庫)』『不可能な交換』『誘惑の戦略 (叢書・ウニベルシタス)』
『欲動 (弘文堂思想選書)』『カオスモスの運動 (講談社学術文庫 (993))』『欲望のウロボロス』
『ウィトゲンシュタイン全集1/全集8/全集9/全集3・2』
『パスワード 単行本 – 2003/3/15(ボードリヤール)』『パワー・インフェルノ』
『ソシュール小事典』『言葉とは何か (ちくま学芸文庫)』
『ソシュール 一般言語学講義: コンスタンタンのノート』
『世界の大思想 3-10 ベルグソン-時間と自由/創造的進化-』『物質と記憶』
『笑い(ベルクソン)』『意識に直接与えられたものについての試論 (ちくま学芸文庫)』
『分解の哲学-腐敗と発酵をめぐる思考-』『0円で生きる―小さくても豊かな経済の作り方』
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1 文化・芸術論
  (アーネスト・ヘミングウェイの『誰がために鐘は鳴る』について
   ;ピカソの政治的絵画;クレー;文化の曖昧さ;人間と動物の友愛
   ;芸術、残虐の実践としての;作家の二律背反について―ルネ・シャールへの手紙
   ;レオナルド・ダ・ヴィンチ(一四五二-一五一九)人の住みえぬ地球に?)

2 エロティシズム論
  (エロティシズムの逆説;エロティシズム、道徳の支え
   ;エロティシズムあるいは存在を疑うこと)

3 ヘーゲル論
  (ヘーゲル、死と供犠;ヘーゲル、人間と歴史;ヘーゲル弁証法の基底への批判)

4 思想論
  (第一の要請;非‐知;真面目さの彼方;飽和状態の惑星;純然たる幸福)

補遺(デュラスとの対話;シャプサルによるインタビュー)
著者等紹介
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(前-記号学)
・明瞭な見解に<還元しえぬもの>、これは<何ものも隠してはいない>(335)
・正当化しえない宇宙のなかで生起するものしか、
 宇宙と同様に<正当化しえぬもの>しか見出すことができない(~)(328)

・ブラックホールの誘惑
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(記号の二重性/空性・恣意性)
・「何もない=無 rien(リアン)」は、<物>を意味するラテン語 remから出発してこの語に(~)
 (182)
・一方に「純然たる<虚無>」がある。
 人間が「<しばらくの間だけ>この<虚無>と別の存在になっているにすぎない」。
 他方には歴史の世界がある。この世界においては人間の否定作用は(~)(197)

・「動物は死につつある。だが動物のこの死は(人間の)意識の生成なのである」
 (恣意的に意味付けられた「死」といわれる概念)
 (<無>/神話的な象徴記号/物・着衣・裸体・存在化・表象化・形相化/空性・恣意性)
 (194)

・存在のかわりの<何もない=無 rien>が存するようになる(180)
・<内的体験>では<何かしらの物(=客体 objet)>が破壊されて<無>に変わる。
 その結果、最終的にエロティシズムにおいて<客体と主体は一致する>ということ(~)
 われわれは物の消滅を体験するわけだ(否定的に把握される)(~)
 私の把握するものは<残された空虚>なのである
 (それと同時に、何ものも把握することはできない、と言うことが(~))(181)

・(言語の)自殺は、そうした現在のヴィジョンを導入して、存在を、
 後に続く諸瞬間の気遣いから解放する。そうなるとまるで諸瞬間の連鎖——
 これが(~)の展望を(恣意的に)秩序づけている——は死んだようになる(354)

・供儀は(放棄 abandon)は、意味を表す言説 discoursによって表現<されない限りにおいてのみ>、
 (~)<自律的な>、存在様式となる
・至高であるものとは、何かに役立つということ<ではない>(227)

・死の侵入、この存在自身(人間性)の<否定作用(動物性)>が、
 唯一この<否定作用>だけが達成するのであり(~)
 (人間性といわれる項の消尽/放棄という意味での供儀)(214)

・エロティシズムとは、人間の(~)の中で働いている、<存在を疑うもの>のこと(~)(158)
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(アプリオリな、命題-真/恣意的な意味が形づくられた諸世界の体系 systēme)
・(~)(恣意的な意味づけ)は、死の観念(を作りだし、そしてそこ)から逃れ、
 <虚無>自体をも何か存在するものとして語る(436)

・人間的な動物は、死を発見する(つくりだす)。
 この死とはまさしく人間的な死(分離・分節化)に他ならない(~)
 すなわち個人の分離(分節化)と、分離を行う言説(discours・パロール/分節化)による、
 <分離されていることへの意識とを前提にする>死である(207)

・「(恣意的に意味づけられた)人間性(といわれる概念)を所有した動物」(205)
 (死といわれる概念をつくりだすヒトの恣意的な分節化/動物性の分節化)(207)

・或る(~)の死は、或るハエの死以上に重要性をもつことはない(331)
・人間の死という<特殊な>帰結(~)
 自分たちの死に厚顔無恥な壮麗さ——
 これは自分たちの恐怖(強迫観念 obsession)の壮麗さでしかないのだが——を与えている
 (吝嗇・猥褻性の二重性/空性・恣意性)
 (諸共同体の恣意的に意味づけされた概念の対抗贈与/見世物・パロディ化)(332)

・意味の否定しか存在しなくなる諸世界(反復ループ)(314)
・(恣意的に意味づけを形づくる)人間とは絶えず自分自身と異なってゆく動物である(259)
・無秩序は姿を隠した秩序なのであり、この夜は昼の仮面(鏡)なのである(335)

・諸共同体のシステム内の神話的な象徴記号を蓄積する供儀の反復(エロティシズム・死の逆説)
 (諸共同体のシステム/生贄・人質・鏡)
 (神話的な象徴記号が消尽しないシステム/項・対立項・サイバネティックス的装置)
 (対抗贈与的な倒錯・ポトラッチ・殉教的・蓄積/潜在的な溶融性の蓄積/度合い)

・(~)は恐るべき罪業の要請であり、ある意味でそれを必要としている(~)
 なぜなら、それは罪があってはじめて、その罪を赦すものたり得るからで(~)
 (~)は、人類を、このような狂気の極限を内包する人類を暗示するものであり、
 (~)のみが、人類がそのようなものの存在に(~)
・悲劇の根源が(~)であるのは、そこに(~)
 (『ジル・ド・レ論―悪の論理─』/11、18頁)

・中世では処刑はすべて見世物であった(~)
 諸侯の行列や宗教的行列、そして処刑は、教会や域塞同様、大衆を支配していた(~)
 人間生活の道徳的意義、そして最も深奥な意義がそこから定められる(~)
 (そして、また同時におそらくは人生にはほとんど道徳的意義はなく、
  いや最終的には人生にはおよそなんの意味もないようなもであることがわかる(~))
 (記号の二重性/空性・恣意性)(『ジル・ド・レ論―悪の論理─』/152頁)

・蓄積された富は労働(奴隷・支配)と同じ意味をもつ。
 これに対して諸種族のポトラッチ(対抗贈与)において浪費され、
 分配される富は遊び(一時的カタルシス)の意味を有する(以後、反復)
 (過度な遊び)(『ジル・ド・レ論―悪の論理─』/116頁)

・歴史の終焉、言い換えれば厳密な意味での人間(人間性の歴史)の消滅、
 自由で歴史的な個人の決定的な消滅は(~)の停止を意味している(~)
 (「私、個人といわれる概念(人間性)」の終焉・死)(254)
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