この本は、タイトルにあるように、ヨーロッパ思想史の見地から「自由」という概念とは何かを論じた書物です。
形式としては講義録から加筆訂正を加えた平易な文体で書かれていますが、内容としてはアカデミズムでの議論にまで踏み込んだ重厚と言っていいものです。
著者の半澤先生は、「自由」概念がヨーロッパでどのように理解されていたのかを読み解くために、第1章において
・個人が共同体内の決定に関わる「政治的自由」
・個人の内面に関わる「非政治的自由」
・他者からの隷属から解放されているという「状態としての自由」
・「状態としての自由」を基にどのような行為を行うかという「能力としての自由」
という4つのキーワードを基にヨーロッパにおける自由論の歴史を紐解くことを宣言します。
そして、この4つのキーワードを基に、プラトン、アリストテレス、キケロを中心にした古代ギリシア、ローマ思想における自由論及び共和主義論に始まり、アウグスティヌス、トマス・アクィナスと言った中世カトリック思想において、ヨーロッパ世界における自由論及び共和主義論の完成に至るまでの経緯が描かれます。
その過程で共和主義とは、
・能力及び状態において互いに自由で平等な民衆とその一員である指導者と言う政治社会の構成の問題
・被治者の自由意志による同意に基づく法の正しさの問題
の二つの問題からなる政治共同体論と定義されます。
そして17世紀のスアレス、ロックによる自由論及び共和主義論の継承と変質の過程が描かれ、次に18世紀のモンテスキューまで維持されてきた自由に関する4つのキーワードが時を経ずしてヒューム、ルソーと言う二人の対照的な思想家によって分裂してゆく過程が描かれます。
更にヘーゲルによる自由論及び共和主義論に対する破壊活動によって、ヨーロッパ世界を含む全世界が軍国主義と戦争の世紀に巻き込まれてゆく過程が、そしてヘーゲルの国家中心主義に対する自由主義者たちの抵抗の過程までが本書では記述されます。
以上の半澤先生の記述を見て考えさせられることは、思想史という難しい学問分野の視点を通して見るならば、
ヨーロッパにおける自由論や共和主義論がキケロ、更にはキケロの思想を受け継いだカトリック世界の伝統と切り離しては考えられないことが実感されます。
そして半澤先生の記述からは、トマス・アクィナスやスアレスと言ったカトリックの思想家抜きで共和主義を語るポーコックの
マキァヴェリアン・モーメント―フィレンツェの政治思想と大西洋圏の共和主義の伝統
が抱える非歴史的な共和主義論の問題点が指摘できましょう。
更には、アイザリア・バーリンの
自由論
や、ハイエクの
隷属への道 ハイエク全集 I-別巻 【新装版】
、ロールズの
正義論
や
ロールズ 哲学史講義 上
、
ロールズ哲学史講義〈下〉
に見られる様な、20世紀後半におけるヒューム復権の過程において自由論から「能力としての自由」、更には「能力としての自由」とは切り離せない目的論を放逐しようとする現在の英米の自由論の問題点も見えてくる事と思われます。
そして、半澤先生の上記の思想史記述をみるならば、他の一般的な日本の政治思想研究が未だに持っている英米独及びプロテスタンティズムに基づくヴァイアスの強さも実感されることにもなるでしょう。
惜しむらくは、この本が出版されたのが2006年ということです。
2008年のリーマンショックによって新自由主義の欠陥や問題点が露呈した以後の現在をどのように考えるのか、この本に書かれている自由に関する4つのキーワードをもとに分析する事もできるでしょう。
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ヨーロッパ思想史のなかの自由 (長崎純心レクチャーズ 第 8回) 単行本 – 2006/2/1
半澤 孝麿
(著)
- ISBN-104423710668
- ISBN-13978-4423710661
- 出版社創文社出版販売
- 発売日2006/2/1
- 言語日本語
- 本の長さ399ページ
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登録情報
- 出版社 : 創文社出版販売 (2006/2/1)
- 発売日 : 2006/2/1
- 言語 : 日本語
- 単行本 : 399ページ
- ISBN-10 : 4423710668
- ISBN-13 : 978-4423710661
- Amazon 売れ筋ランキング: - 328,864位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- - 591位西洋哲学入門
- カスタマーレビュー:
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2013年4月7日に日本でレビュー済み
2006年8月2日に日本でレビュー済み
長年、一部の知識人の間でしか知られていなかった著者の仕事がようやく注目され始めている。
思想史という厄介な分野に於いて彼ほど自覚的に、そして真摯に方法論を模索し、それを実践している
知識人は他にいない。
この書物は前著にの方法論を実際に行なってみたものだという。
著者のこの書物に関するエッセイは「創文2006年四月号」の
「『ヨーロッパ思想史の中における自由』余滴」で読むことができる。
思想史という厄介な分野に於いて彼ほど自覚的に、そして真摯に方法論を模索し、それを実践している
知識人は他にいない。
この書物は前著にの方法論を実際に行なってみたものだという。
著者のこの書物に関するエッセイは「創文2006年四月号」の
「『ヨーロッパ思想史の中における自由』余滴」で読むことができる。
2006年7月7日に日本でレビュー済み
元々が講義録なので「やわらかな文体」なのだそうだが、内容はえげつない。これから、思想史をやろうとする人の必読文献になると思う。また、今年の読書アンケートなどでも、あげられることは必至だと思う。ほんものです。