今西錦司さんの進化論を厳密に検討するうえで、本書を避けて通ることはできないと考えたため、意味がないかもしれないことを懸念しつつ、ざっと目を通してみました。その結果、表紙のデザインの品性のなさからも推察されるとおり、やはり本書は真剣な検討に値しないものであることがはっきりしました。「名は体を表す」と言われるとおりで、経験的に言って、見た目と内容とは、ふしぎなことに、ある程度の相関関係があるものなのです。私がこれまで読んできた中には、これほど支離滅裂な本は、記憶にある限りほとんどありません。
著者は、「今西さんのまいた学問の種をしっかりと受けとめ」(本書、108ページ)と明言しています。しかし、著者は、今西さんの一連の主張をきちんと理解しないまま、従来的な立場――つまり、ネオ・ダーウィニスト流の競争原理――に無自覚的に立ったまま、生物の進化を要因論的に説明しようとするという、根本的誤謬を犯しています。また、著者は、言葉を額面どおりに受け止める傾向が強いためか、今西さんの発言の意味や意図を誤解してしまっている側面が数多くあるようです。そのような問題も手伝って、本書には、全く意味がわからない、たとえば次のような文章が頻出する結果になりました。なお、著者は、生命の発生と同時に種社会も発生したという今西さんの主張を誤りとして切り捨て、なぜか“種社会の始まり”は“カンブリア大爆発”にあると主張しています。
“人間社会のはじまりは人間のはじまり”という[今西さんの]言説は、種社会を進化の単位とする進化論からすれば明らかに誤りです。なぜなら人間社会とはヒト種社会のことであり、あらゆる種社会の起源は五億三〇〇〇万年前のカンブリア大爆発にあるからです。それに対して、“人間のはじまり”とは、言葉の意味からして、絶対にサルの時代に溯れません。(67ページ)
極端に言えば、今西さんの文章の引用以外の部分では、今西さんの考えかたや発言に照らす限り、1ページに何箇所もの誤りが指摘できるほどで、これでは、理論どころか、それ以前の思いつきですらありません。
著者が唱える“種社会選択説”とは、次のようなものです。たとえば、キリンの首が短期間のうちに長くなったのは、“キリンの種社会ソフトウエア”で、長い首が“性誘引記号”としてプログラムされたためなのだそうです。そのプログラムに従って、オスたちが首の長さを競って“交配競演”し、その勝者が交尾相手をたくさん得る結果として、長い首の形質が、「種社会単位で加速度的に子孫に遺伝した」(図D)というのです。これは、性淘汰という考えかたの焼き直しにすぎないと思いますが、仮にそうした遺伝子がそのような形で子孫に伝わったとしても、これでは、個体の変異が伝達されることになるわけですから、今西さんのいう、種全体がいっせいに変わるという主張の基盤にある考えかたとは、根本の点で相容れません。
また、この“理論”の中核概念である、“種社会ソフトウエア”がなぜ発生し組み込まれるのかとか、キリンの場合、首の長さがなぜ“性誘引記号”としてプログラムされるのかとかの、肝心な点に関する説明は、どうやらないようです。また、この場合、首が伸びることだけを説明できればいいわけではなく、首が長くなることによって生ずるさまざまな問題(気道の確保や血圧の制御などを含めた数多くの問題)が、それと並行して解決できなければなりません。著者の着想では、ネオ・ダーウィニズムの場合と同じく、その点が完全に無視されています。なお、この問題については、外科医の視点が生かされた、牧野尚彦著『ダーウィンとヒラメの眼』(青土社)が参考になります。
今西さんが、本書を見たら何というでしょう。今西さんは、「ダーウィニズムに立つかぎり、私の到達したような自然観には、達しえないはず」(『主体性の進化論』(中公新書版)116ページ)と発言していますが、本書の著者は、今西さんがそのような発言をした意図もその言葉の意味も、おそらく全くわからないでしょう。
本書は、今西さんの理解者を標榜する人であっても、どのような誤りを犯しやすいかを知るうえでは参考になるかもしれませんが、そのようなことに関心を持つ読者はまずいないでしょう。本書には、ふたりの大学教授が推薦文を寄せていますが、本書のどこに引かれたのか、非常に疑問です。
ちなみに、著者は、今西さんの「生物社会学」という用語に対しても不満を唱え、それに代わって「生物種社会学」なる造語を提唱しています。それはともかくとして、生物社会学の領域の正統な後継者としては、今西さんの昆虫学教室時代の後輩に当たる(故)小田柿進二さんがいます。その著『文明のなかの生物社会』(NHKブックス)は、現在、ほぼ完全に無視されていますが、これは、世界の生物学の最重要書として、後世で再評価されることになる名著だと思います。
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新今西進化論―ダーウィン理論への挑戦から勝利へ 種社会選択による種社会の分岐 単行本 – 2002/6/1
水幡 正蔵
(著)
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- 本の長さ230ページ
- 言語日本語
- 出版社星雲社
- 発売日2002/6/1
- ISBN-10443401885X
- ISBN-13978-4434018855
商品の説明
出版社からのコメント
出版社 地球社会基金, 2002/06/08
進化した今西進化論がついにダーウィン理論を超えた!
これでキリンの長首もクジャクの雄の尾羽も説明がつく!本書は、今西錦司が発見した「動物種社会」には、各々独自の“交配権ルール”(=MPR)があることを新たに指摘。MPRに基づく“種社会選択”が、集団遺伝学にも適合する進化の動因となることを解明した。本書は今西進化論を再構築し、進化論(『種の起源』)の全面改定を迫る。今まさに『種の起源』(『自然選択による種の起源』)は、“種社会の起源”の発見と“種社会選択”という進化メカニズム論の出現で全面崩壊の時を迎えた。今西錦司生誕100年、没後10年の西暦2002年に放たれた、科学・思想界に激震をもたらす書。本書の刊行でキリンの首が“個体間の生存競争”ではなく“種社会単位の交配競演”で長くなったことは、早晩全人間社会的常識となるであろう。
進化した今西進化論がついにダーウィン理論を超えた!
これでキリンの長首もクジャクの雄の尾羽も説明がつく!本書は、今西錦司が発見した「動物種社会」には、各々独自の“交配権ルール”(=MPR)があることを新たに指摘。MPRに基づく“種社会選択”が、集団遺伝学にも適合する進化の動因となることを解明した。本書は今西進化論を再構築し、進化論(『種の起源』)の全面改定を迫る。今まさに『種の起源』(『自然選択による種の起源』)は、“種社会の起源”の発見と“種社会選択”という進化メカニズム論の出現で全面崩壊の時を迎えた。今西錦司生誕100年、没後10年の西暦2002年に放たれた、科学・思想界に激震をもたらす書。本書の刊行でキリンの首が“個体間の生存競争”ではなく“種社会単位の交配競演”で長くなったことは、早晩全人間社会的常識となるであろう。
内容(「MARC」データベースより)
今西錦司が発見した「動物種社会」には、交配権ルール=MPRがあることを新たに指摘。MPRに基づく種社会選択が、集団遺伝学にも適合する進化の動因となることを解明する。今西進化論を再構築し、進化論の全面改訂を迫る!
登録情報
- 出版社 : 星雲社 (2002/6/1)
- 発売日 : 2002/6/1
- 言語 : 日本語
- 単行本 : 230ページ
- ISBN-10 : 443401885X
- ISBN-13 : 978-4434018855
- カスタマーレビュー:
著者について
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トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
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2010年8月29日に日本でレビュー済み
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2009年3月9日に日本でレビュー済み
今西進化論のすみわけ理論は完全に無視。ダーウィンの配偶者選択を自らの発想と主張する進化論に存在価値はあるのだろうか?
著者はダーウィン進化論を学習しなおすべきだと思う。
著者はダーウィン進化論を学習しなおすべきだと思う。
2002年6月7日に日本でレビュー済み
本書はダーウィン理論に対する根源的な批判であり、かつそれに替わる積極的な進化メカニズムの論証である。ダーウィン理論の核心は無目的、無方向、ランダムな個体変異が生存競争の結果適者のみを残すというかたちで進化を「説明」する。しかし、これは本来の「選択」-形態認知・比較判別・決定-というとは無関係の過程に選択の名を冠したものに過ぎない。方向性をもち、しばしば急速に生じる進化、たとばえはキリンの首の急速な伸長(中間の首の化石が出ない)はダーウィン理論とは相容れず、進化論の致命的な欠落部分だった。本書は「交配権ルール」-キリンの場合には雄が首の長さを競う長首コンテストという種社会的な選択過程-を発見して進化論の欠落を埋めることに成功した。しかもこれは、棲み分けと配偶選択に生物の「主体性」を見だした
今西理論の的確な再構築と創造的発展になっている。今後の展開を期待したい。
今西理論の的確な再構築と創造的発展になっている。今後の展開を期待したい。
2002年6月21日に日本でレビュー済み
オスとメスが求め合う、こんな単純なことが進化の原動力なんて、何故誰も考えつかなかったのか。下等生物から高等生物まで雌雄は存在する。それにはこんな理由があったのだ。それと、全ての(高等)生物には「種の意思」があり、それが急速で方向性を持った進化を可能にした、という主張も面白い。気楽に進化の世界を楽しんでいるうちに問題の本質が分った気になれる。まあ、つめは甘いが。