1959年、札幌市出身の写真家、亀畑清隆氏による写真集。161ページ、白黒。各ページごとに写真1枚を掲載している。対象となっている廃線は以下の通り。1)瀬棚線 2)岩内線 3)万字線 4)羽幌線 5)天北線 6)興浜北線 7)美幸線 8) 興浜南線 9)相生線 10)標津線 12)根北線
廃駅(現役の分岐駅を含む)1つごとに1枚の写真であり、それぞれの写真は、駅の痕跡の有無にかかわらず、2005年現在の「駅があった場所」を静かに示すものとなっている。
鉄道という文化財の価値は、本来どのように見積もられるべきであろうか。通常、「収支係数(営業係数)」というものによって、その経済的な価値が測られることが多い。これは、100円の営業収入を得るのに、どれだけの営業費用を要するかを表す指数で、100円以上であれば赤字、100円未満であれば黒字である。廃止されていった線区の多くはこの名目によってその運命が定まった。
最近、私は江差線に乗った。北海道の函館市と江差町を結ぶ線区であるが、2014年5月に木古内−江差間が廃止されることになっている。車窓風景の美しい路線で、私もそれを楽しんだ。江差町で宿泊した私は、この魅力的な町を散策したが、あちこちで聞かれたのは江差線の廃止を惜しむ声であった。
江差線に乗っていると、一つの象徴的な風景が目に飛び込んでくる。木古内駅付近でみられる建設中の北海道新幹線の威容である。
私は、出版社に勤めるかたわら、紀行作家として活躍した宮脇俊三(1926-2003)氏の書物を愛読した人間である。その宮脇氏のある書の前書きに、こんな文章があった。
東京-大阪間に新幹線が開通し、便利になった。しかし、便利になるということがどういうことか考えることがある。会社の所要で大阪まで行ったとき、かつては「遠いところをわざわざ来てくれた」という相手方の感情が、こちらの商談に対しても陰ながら強く働いた。しかし、新幹線が開通するとそれがなくなった。1回の出張で済む仕事が2,3回要するようになった。便利になったら会議も出席しなくてはならない。今まで断っていた私事用務も、断れなくなる。
もちろん、宮脇氏は「新幹線が良くない」と言っているのではない。利便性の向上によって失われるものの価値を、そっと指摘しているだけに過ぎない。しかし、私はこれがとても印象に残る。現在、函館まで建設されている北海道新幹線は、将来札幌まで延伸されるという。その路線の9割近くは「トンネル」だそうだ。今、函館から札幌まで列車に乗ると、大沼を抱える駒ヶ岳の優美な姿、向こうに有珠山を抱える内浦湾、太平洋に突出する絵鞆岬、それに樽前山、恵庭岳といった美麗な火山の数々を見て、札幌に到着する。時間は要するが、それに匹敵する「旅情」が心に残ったものだ。そして、「これが北海道なのだな」という強い印象を旅客に与えた。
これが、新幹線となると、ほとんどがトンネルの、行ってみれば“長大な地下鉄”となるわけだ。“旅情”が“ビジネス”へと変質していく。それこそ普段の生活で通勤のために往復しているような感じで、目的地に運ばれるのである。旅は距離の問題ではない。旅情により、「日常生活からかい離した」感動が得られるかどうかである。それが新幹線には、ほとんど感じられない。「ビジネス」と「旅情」の棲み分けの象徴が前述の宮脇氏の文章にはあるが、北海道新幹線は北海道への移動を「旅」から「ビジネス」へと変質する象徴に思える。
一概にそれが悪いとは言えないかもしれないが、私はある時点から近代化の名において、ときどき、人はものすごく大切な何かをどこかに置いてきてしまっているように思う。そんな忘れていった「何か」を、偲ばせるものがこの写真集にはある。
これらの写真に残るものは「形の記憶」である。周囲の街並みや風景は、どこかしらに「そこに駅があった」記憶をとどめているものが多い。周囲の構造や線形、あるいは自然の造形がそれを想起させる。かつてそこに駅があったという事を、知っていて見ることにより、初めて知覚される感傷がある。その感傷は、きわめて旅情に近い感興に繋がっている。
これらの写真は雄弁というわけではない。決して絵葉書になるような「完成された」風景を示してはいない。むしろターゲットは「風景の欠損」にある。そしてその「欠損」こそが、この時代に人々が、社会が放逐した価値観を代弁している。また、あえて風景の美しいことで知られた湧網線、富内線、胆振線、士幌線などが取り上げられていないことが、特有の郷愁のようなものを誘う。
取り上げられている駅周辺では、概して現在、一層過疎化が進行している。集落のなくなったところもある。何かを切って捨て、切って捨てを繰り返している最近を、一瞬を捉えることで表現した切ない写真集だと思う。
それにしても、北海道新幹線が札幌まで延伸されるころに、この地にどれほどのビジネスとしての価値が残っているのだろうか。
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北海道廃線駅跡写真集 大型本 – 2006/4/1
亀畑 清隆
(著)
- 本の長さ161ページ
- 言語日本語
- 出版社柏艪舎
- 発売日2006/4/1
- ISBN-104434077376
- ISBN-13978-4434077371
登録情報
- 出版社 : 柏艪舎 (2006/4/1)
- 発売日 : 2006/4/1
- 言語 : 日本語
- 大型本 : 161ページ
- ISBN-10 : 4434077376
- ISBN-13 : 978-4434077371
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2013年7月5日に日本でレビュー済み
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2006年6月13日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
全ての写真に撮影した日付だけではなく、時刻まで記載されている。このことが全てを物語っていると思う。つまりこの写真集は、「2005年7月・8月の廃線跡巡りの旅の記録」なのである。そう考えると、短いキャプションにある撮影地の人々とのやりとりや路線の現役時代の思い出などが、写真と同じくらいの主張をもって迫ってくるように感じたのは、私自身がそういう旅ばかりしているせいなのかもしれないが……。
それはさておき、写真そのものについては、モノクロでピーカンな写真の中に、キャプションで指摘された遺物を探し出すのは少し苦労したのでこの☆数。
それはさておき、写真そのものについては、モノクロでピーカンな写真の中に、キャプションで指摘された遺物を探し出すのは少し苦労したのでこの☆数。