タムくん(ウィスット・ポンニミット)の魅力は、その荒々しくも愛らしいタッチ、思わず顔が綻んでしまう台詞の数々も然ることながら、やはりテーマの設置にあると思われる。それは"トキメキ"という語に集約されよう。なにも恋愛に関わることばかりが”トキメキ”と呼ばれるわけではあるまい。見慣れた景色に心動かされたり、何の気は無しに入った店の料理が美味しかったりと、その有り方は様々だ。もちろん、彼の作品群において恋と愛は重要なキーワード足り得る。しかし、その２つには覆い切れない深淵な"トキメキ"の世界が繰り広げられていることは疑う余地が無い。
『帽子の下の煙』はあたかも壮大な叙事詩のように広大な背景が伺える。彼の得意なSF的導入に始まり、"彼"と"彼女"のそれぞれの視点を行き来しながら、最後にそれらが一気に交わり緩やかな流れを形成し、私たちをも巻き込んで流れてゆく。それでいて、私たちにも共通するであろうある種の意識を持ち合わせてもいる。とにかく親しみやすさに充ち満ちているのだ。
彼の作品に興味を持ったならば、どれを手にとっても損をすることはない。けれど、その第一歩が『帽子の下の煙』であることは、大変幸福なことである。
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