新版古寺巡礼京都の14巻。体裁はシリーズの他の巻と同じで、まず最初は著名人のエッセーで、多くの巻では独りよがりな意味のない雑文が多いのだが、本巻は歌人の道浦母都子によるもので、充実した12ページ。内容はまず、叡山電鉄の車窓から見える新緑の楓の魅力についてで、6月に同寺を訪れた私も同感で緑が実に美しい。
九十九折りの徒歩30分のかわりに、二分で登れるケーブルを高齢者には薦めており、ケーブルを降りた時から「気」を感じたとしている。実際、九十九折りを徒歩で登ると寺に達するときは、体力を消耗しており「気」などは感じる余裕はとてもないのが若者でもほとんどではないかと思われる。徒歩の長所は、ケーブルだと通り過ぎてしまう由岐神社に寄れることだが、これは帰りに九十九折りを下っていけば訪れることができる。行きも帰りも徒歩であると、ケーブルの終点にある多宝塔を見逃すことになるので、行きはケーブルで、帰りは徒歩で九十九折りがおすすめ（もっとも、奥の院から西門に降りて貴船に寄るという人にとっては、ケーブルか九十九折りの二者一択にはなる）。
次に鞍馬山のヒメボタルの紹介があるがp9、私は貴船でホタルスポットに宿泊先の「ふじや」のサービスで連れて行ってもらい川沿いにゲンジボタルを見ることができたが、違う種類のホタルが同領域で見られる情報は貴重。
道浦は女性歌人の大先輩である与謝野晶子を尊敬しており、鉄幹・晶子夫妻の鞍馬寺との関連を詳述。晶子の書斎「冬柏亭」は、そのまま鞍馬寺に移築されており、道浦が訪れたときは内部も含めて公開されていたようだが、2020年６月に訪れた時には、「冬柏亭」は雨戸が締めきってあり、紹介の看板も汚れて、注意しなければ見落としてしまうところであった。鞍馬寺には整備をして公開をして欲しいところ。
鞍馬弘教の開祖である信樂香雲は晶子の直弟子で、鉄幹の告別式の導師を務めた。鞍馬寺の霊宝殿の鉄幹の歌碑の解説が素晴らしく、“遮那王が背くらべ石を山に見てわが心なほ明日を待つかな”を“遮那王、すねわち牛若丸が奥州へ下る際、名残りを惜しんで背くらべをしたという石。その石を鞍馬の山に見て、私もまた、明日という未来を心待ちにする気持ちになった気がする”と解説している。霊宝殿の与謝野記念室の紹介では晶子の “亡き人の鞍馬の石に残す歌明日を云へるが哀れありけり”について、“鉄幹の一周忌は鞍馬寺で行われているが、かつて二人で来た時、存命だった鉄幹は、明日があると信じた歌を残している。今となっては、かなしい思い出となってしまった”として、この一首が身に沁みたp14と書いている。
17－80ページは本シリーズに特徴の建物や宝物のカラー写真とその簡潔な解説。四季折々の写真や秘仏の写真も収録。国宝の毘沙門天立像から鞍馬の火祭の写真まで網羅しており充実。
次いで10ページの鞍馬寺貫主信樂香仁のメッセージ。これも本シリーズでは多くの寺の代表が、寺と関係のない個人的なエッセーを書いているのに対し、本書のものは、本尊の前にかかっている仏具の羅網（らもう、飾り網）の解説することで、“羅網は地球、太陽、月のまわりに金線で個々人、あらゆる生物が時空を超えて結ばれている、網の目の一点は宇宙に響く。私の意に世界が動き、反対にひとりの私が他の意によって動かされる”と鞍馬弘教の思想を紹介。羅網に関しては、鞍馬山の自然の豊かさと絡めて別章でも解説されている。ここでは「木の根道」は表土が浅く、硬砂岩で木の根が深く入れないため根が地表を這うp128などと解説されている。
鞍馬弘教は1947年に信樂香雲が開宗したもので、宗派にこだわらない宇宙エネルギーを尊天と呼んで信仰するもの（「ガイドブック鞍馬山」鞍馬寺出版部による）だが、本書には、鞍馬弘教に関する説明はほとんどない。これは本シリーズの他の巻にも共通する特徴なのであるが、寺の説明に母体となる宗派の信条説明がないというのは、残念なことである。
その他の章は、歴史、埋経、天狗、自然、文化財について一章が割かれている。本シリーズの魅力である寺ゆかりの文学作品を紹介する章「文学散歩」の内容が乏しいのが残念。たとえば別の章で「更級日記p96」「古今著門集p98」「徒然草p103」「太平記p120」などについて紹介されているのに、これらの代表的な作品の引用もない。改訂版ではこの章の貧弱な内容を大改訂して欲しいところ。
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