まえがき 粉飾決算が跡を絶たない。粉飾決算を防止すべく会計制度が整備されても所
詮,後追いの感が拭えない。いま必要なのは,粉飾決算に結びつく会計操作を深
く理解し,粉飾決算を水際で抑えることであろう。本書の基本的な目的は,会
計操作の現状を知ることにある。具体的には,(1)なぜ会計操作をするの
か,(2)粉飾決算に結びつく会計操作をいつ行うのか,(3)どのような会
計操作をするのか,(4)粉飾決算に結びつく会計操作は発見可能か,(5)会
計操作と監査はいかに関連しているのか,(6)会計操作で誰がだまされるの
か,(7)会計操作は株式市場にどのような影響を与えるのか,という問いに対
して回答を提示する。その回答は,アメリカの先行研究を踏まえ,日本企業の
データを用いた実証分析の結果に依拠している。
本書は大きく3部に分かれ,第1部では,粉飾決算と会計操作の関係を明らかに
し,日本企業による会計操作について基本的な分析を行う。第2部で,会計操作
の検出方法を示し,企業の資金調達と会計操作の関係を解明する。またコーポ
レート・ガバナンスと会計操作の関係や,経営者の利益予想と会計操作の関連性
を分析し,会計操作の動機と実態を多角的に捉える。第3部では,会計操作が株
式市場に与えた影響を実証する。使用する変数は,株式リターンと株式取引高お
よびビッド・アスク・スプレッドである。
これまで,ケース・スタディにより日本企業の会計操作を調査した本はいくつか
出ているが,本書では調査方法に統計学を適用し,多くのサンプルを用いて普
遍的な説明を試みる。おそらく,会計操作を科学的に分析した著書は本邦初であ
ろう。客観的な証拠を得れば,会計操作への対処法が明らかになり,粉飾決算
を防止する制度設計が,説得力を持って進められるにちがいない。健全な財務報
告に支えられた,効率的で公正な経済社会の形成に,本書の分析が少しでも貢献
できるならば,それに優る喜びはない。
最後に,本書の技術的な特徴を示したい。第1に本書は,ばらばらの論文集で
はなく,共通のサンプルを用いて同じアプローチにより,全体を通じて会計操作
の実態を解明したものである。1つの章も欠けてはならない。第2に,統計的な
手法を用いて実証分析しているが,統計学になじみのない読者のために,巻末に
「統計Appendix」を設けた。この箇所を適宜見ていただければ,本書の実証分析
は十分に理解できるはずである。第3に,各章で「ステップ・アップ」を設定し
た。本論はわかりやすく記述しているが,やはり研究者としてこだわりたい
各論もある。そのときは,こだわりたい各論を「ステップ・アップ」として示した。
著者について
【編著者】
須田一幸:早稲田大学大学院ファイナンス研究科教授。著書に『財務会計の機能
−理論と実証−』等がある。
山本達司:名古屋大学大学院経済学研究科教授。著書に『企業戦略評価の理論と
会計情報』等がある。
乙政正太:関西大学商学部教授。著書に『利害調整メカニズムと会計情報』等がある。
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