ドイツの巨匠的な指揮者を扱った画期的な評伝『クナッパーツブッシュ―音楽と政治』(2001)に続き、倫理学者・思想史家である奥波氏は、ついに巨匠中の巨匠ともいうべきW.フルトヴェングラーに対峙する。これは待望された著作であり、そして私たちの期待は充たされた。
ナチ=政治と音楽=芸術との関係をめぐって、フルトヴェングラーは同時代以来喧しい議論の対象とされて今日に至る。議論の規模とその深刻さにおいて、ナチス・ドイツにとどまったクナたち他の指揮者・音楽家に対するそれをはるかに上回るであろう。彼はナチス・ドイツの犯罪に加担したのか? あるいは、国内亡命者としてナチスの犠牲者の一人であったのか? あるいは、ユダヤ人音楽家を多数救ったことからもわかるように、ナチスとの秘かな戦いを繰り広げていたとすら言えるのか? 明らかにされている伝記的事実は、ヒトラー、ゲッペルスらナチ要人とフルトヴェングラーとの関係がきわめて複雑微妙としか言いようのないものであることを示している。そのため、戦後60年以上たって、いまだに先入主や党派性に左右されて、議論の決着はついていない。
この難問に対して本書は、フルトヴェングラーやその同時代人の言説をその文脈や背景を含めてきわめて丁寧に読みほぐすことで、説得的な解答を与えている。
少年時代以来培われたフルトヴェングラーの音楽観・思想を丹念かつ公平に跡付けることで、ナチス・ドイツにとどまり活動し続けたという彼の行動が、きわめて(それなりに?)思想的に首尾一貫したものだったことが明らかにされているのではないか。ここには、名指揮者の優柔不断や政治音痴に対する勝手な「理解」や彼のエゴイズムへの単純な非難を超えた、思想史的純度の高い議論が展開されている。
本書の締めくくりの議論ではアドルノが援用されているが、「アウシュヴィッツ以後、詩を書くことは野蛮である」という彼の名台詞に対して、奥波氏の共感は、アウシュヴィッツ以降を生きなければいけないことの問題を考えたアレントの態度―芸術観にむしろあるようだ。
フルトヴェングラーの「問題」はこれで最終的に解決されたわけではないだろうが、今後の議論は奥波氏の思索がたどり着いたところから始まらなければならないだろう。
また、「政治と芸術」に限らず、たとえば「差別」の問題などについても、私たちの現代日本の諸問題と19-20世紀ドイツ社会の問題とをいつも以上に軽やかに結びつけ、対比の議論を展開する奥波氏の手際は鮮やかである。「大阪のおばちゃん」なんて言葉も出てくるのであるが……
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フルトヴェングラー (筑摩選書 12) 単行本 – 2011/2/16
奥波 一秀
(著)
- ISBN-104480015167
- ISBN-13978-4480015167
- 出版社筑摩書房
- 発売日2011/2/16
- 言語日本語
- 本の長さ350ページ
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登録情報
- 出版社 : 筑摩書房 (2011/2/16)
- 発売日 : 2011/2/16
- 言語 : 日本語
- 単行本 : 350ページ
- ISBN-10 : 4480015167
- ISBN-13 : 978-4480015167
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2014年4月5日に日本でレビュー済み
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ユダヤ人という言葉をかすめた一節に扱われた差別用語問題は、いささか大所高所からの物言いとも聞こえる。そのような中立を標榜する見方にこそ、反差別用語意識を助長して、闇雲の反差別用語キャンペーンを張ることへの意識的無意識的な迎合、あるいは自己満足が巣食ってはいないか。当今のあまりの差別用語アレルギー、その自己規制過剰の蔓延に一抹の危惧を感じるのは杞憂か。敢えて一筆啓上する次第。
2022年11月12日に日本でレビュー済み
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①フルトヴェングラーの演奏論は数多くあるが、政治的評伝は少ない。その意味では本書は大変貴重な本である。
②ドイツの優秀の指揮者でドイツから亡命した者は少なくない。ワルターは代表的である。しかし、フルトヴェングラーはドイツに残って音楽活動に専念した。
③それは少なくともナチスに忠誠を誓うことが求められたはずである。ドイツ民族の精神を体現する音楽を演奏するのは、ナチスのため、民族精神のためではなく、戦意高揚のためでもない。フルトヴェングラーにとって、ドイツ音楽こそが最高の音楽だったからだ。ベートーベンを中心としたドイツ音楽をベルリンフィルを率いて指揮出来ることは、最高の栄誉であった。
④『音と言葉』を読めば彼の音楽的精神や価値観は理解出来る。しかし、彼はベルリン・フィルに対して独裁者として振る舞った。最高の演奏をするためだ。
お勧めの一冊だ。
②ドイツの優秀の指揮者でドイツから亡命した者は少なくない。ワルターは代表的である。しかし、フルトヴェングラーはドイツに残って音楽活動に専念した。
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