プライドは、高慢と自負という両義性を持つ。通常、心理学で採り上げられることの多いプライドというもの
に対し、本書は、社会学からの接近を試みている。その時、透過させる対象は、自己、家族、地域、階級、容姿、
学歴、教養、宗教、職業、国家である。
プライドは自己に根差すものであるから、自己が採りあげられるのは自然。しかし、自分の所属集団である
コミュニティがプライドの基盤となると考えると、自己以外の、先に挙げた要因も当てはまる。
その基盤が揺らぎ不安定化することは、プライドが不安定化することでもある。つまり、プライドは、自己と
その関係性の中にあることが理解される。プライドを念頭に置くことで、社会を読み解くことができるのかも
しれない。また、その逆もである。
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プライドの社会学: 自己をデザインする夢 (筑摩選書 65) 単行本 – 2013/4/15
奥井 智之
(著)
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「プライド」をもつことが、各人の生存の条件となりつつある現代。たえず自己をデザインすることは、夢か悪夢か。プライド、この厄介な生の原動力の社会学的分析。
【著者からのコメント】
本頁掲載のカヴァー画像には写っておりませんが、本書には元々、オビが巻かれております。オビは、編集者氏、デザイナー氏、著者のコラボレーションの産物です。その文面を転載することで、「著者コメント」に代えさせていただきます。機会あれば、書物を通して、お目にかかりましょう。
〔オビ表〕
希望は作り出せるか
自分で自分のキャリアはデザインできるか。
自分に「誇り」をもつことは、美徳か悪徳か。
プライド————この厄介な生の原動力をめぐる社会学的分析。
〔オビ裏〕
わたしたちの周囲で、たしかに進行している事態がある。それは人々が、「理想のコミュニティ」を希求し、待望し、憧憬するという事態である。たとえばグローバリゼーションの時代に、ナショナリズムが勃興するという逆説がある。同様に理想の自己、家族、地域……についてのイメージは、わたしたちの周囲に満ち溢れている。よくも悪くもそれは、人々のプライド回復のための方策なのである。今日「理想のコミュニティ」の果てに人々が見いだすものは、いったい何であろうか。(「はじめに」より)
【著者からのコメント】
本頁掲載のカヴァー画像には写っておりませんが、本書には元々、オビが巻かれております。オビは、編集者氏、デザイナー氏、著者のコラボレーションの産物です。その文面を転載することで、「著者コメント」に代えさせていただきます。機会あれば、書物を通して、お目にかかりましょう。
〔オビ表〕
希望は作り出せるか
自分で自分のキャリアはデザインできるか。
自分に「誇り」をもつことは、美徳か悪徳か。
プライド————この厄介な生の原動力をめぐる社会学的分析。
〔オビ裏〕
わたしたちの周囲で、たしかに進行している事態がある。それは人々が、「理想のコミュニティ」を希求し、待望し、憧憬するという事態である。たとえばグローバリゼーションの時代に、ナショナリズムが勃興するという逆説がある。同様に理想の自己、家族、地域……についてのイメージは、わたしたちの周囲に満ち溢れている。よくも悪くもそれは、人々のプライド回復のための方策なのである。今日「理想のコミュニティ」の果てに人々が見いだすものは、いったい何であろうか。(「はじめに」より)
- 本の長さ256ページ
- 言語日本語
- 出版社筑摩書房
- 発売日2013/4/15
- ISBN-10448001571X
- ISBN-13978-4480015716
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登録情報
- 出版社 : 筑摩書房 (2013/4/15)
- 発売日 : 2013/4/15
- 言語 : 日本語
- 単行本 : 256ページ
- ISBN-10 : 448001571X
- ISBN-13 : 978-4480015716
- Amazon 売れ筋ランキング: - 854,272位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- カスタマーレビュー:
著者について
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トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
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2013年5月3日に日本でレビュー済み
人間であれば 生きて行く上で<プライド>は何を対象にするのであれ 必要だし 持っている。それは一つの観点ではなく多面的に構成されている。その多面性を 文学作品の紹介を含めながら 社会学的な観点で取りまとめられたのが本書であり、読者が各々の立場で自らのプライドを検証できる構成になっており、読み進めながら 自らのプライドを検証かつ反証しながら 自己検証を果たすのに役立っていよう。社会学が専攻であるゆえに 広い視野で10項目のテーマで検討している。それらは、
第1章 自己―はじめに行動がある
そして、最初の第1章冒頭部で下記のように、プライドの社会学を開陳する意義を説く。曰く、
整形と(大学)進学は自己改造のための商品として、結構似ている。もし両者に違いがあるとすれば、いったい何か、と。読者の皆さんはこれに、どうお答えになるのであろうか。ちなみに読書も、、何らかの意味で自分を改造するための行為である。(p.24)
アイデンティティ概念はそれ自体、「理想の自己」の表明にあたるとわたしは思う。(p.39)
第2章 家族―お前の母さんデベソ
第3章 地域―羊が人間を食い殺す
第4章 階級―どっちにしても負け
第5章 容姿―蓼食う虫も好き好き
第6章 学歴―エリートは周流する
第7章 教養―アクセスを遮断する
生の技法
「教養」とは、自分らしい生の技法を形成する作業である ・・・「教養」とは別名、人間がプライドをもって生きるための技法である。(p.144)
有効期限
私が言いたいのは、「情報」≠ 「知識」ということである。そもそも大量の(大半がクズ同然の)「情報」から良質の「情報」を抽出できのは、一定の知識があるからである。本来知識は、論理的な一貫性と客観的な妥当性を備えた命題の体系である。もし知識がなければ、わたしたちは本能の赴くままに生きていくほかない。その意味では知識は、人間の存在理由(レーゾンデートル)である。(p.145)
書物の選別
わたしたちは、自分なりの知識のシステムを構築している。もっとも一つの問題は、どういう書物を読むかということである。書物の世界はそれ自体、一つの渾沌である。そのなかから「これ!」という一冊を選ぶことは、至難の業と言う他はない。(p.152)
・・・ わたしたちは「ググる(google)」ことで、あらゆる情報に「アクセス可能である」と聞かされている。しかし何度「ググり」続けても、教養=自分らしい生の技法が高まる訳ではない。というのも教養は、断片的な情報を選別し、組織する技法であるから。したがって本当に重要なことは、時として「アクセスを遮断する」ことであろう。そして教養=自分らしい生の技法に磨きをかけるべく、深く施策することであろう。それによってわたしたちは、わずかながら知的なプライドを回復することができるかもしれない。そう言いながらわたし自身、日々くだらない事柄について「ググり」続けている。疑いなくわたしたちは、目下反教養=無秩序の時代を生きている。(p.159-160)
第8章 宗教―神のほかに神はなし
第9章 職業―初心を忘るべからず
第10章 国家―国の威光を観察する
以上、本書が卓越した視点を維持しているのは、世界の古典的文学作品であるオースティンの『Pride and Prejudice』を皮切りに、哲学、思想、心理学、社会学など近代を中心に不易なプライドの構造を人間の知的な活動の重要な指標として位置づけ、最後には近代の象徴的組織である国家にも言及したことである。このあたりに著者らしいリベラルな意図が垣間見えるように思える。
第1章 自己―はじめに行動がある
そして、最初の第1章冒頭部で下記のように、プライドの社会学を開陳する意義を説く。曰く、
整形と(大学)進学は自己改造のための商品として、結構似ている。もし両者に違いがあるとすれば、いったい何か、と。読者の皆さんはこれに、どうお答えになるのであろうか。ちなみに読書も、、何らかの意味で自分を改造するための行為である。(p.24)
アイデンティティ概念はそれ自体、「理想の自己」の表明にあたるとわたしは思う。(p.39)
第2章 家族―お前の母さんデベソ
第3章 地域―羊が人間を食い殺す
第4章 階級―どっちにしても負け
第5章 容姿―蓼食う虫も好き好き
第6章 学歴―エリートは周流する
第7章 教養―アクセスを遮断する
生の技法
「教養」とは、自分らしい生の技法を形成する作業である ・・・「教養」とは別名、人間がプライドをもって生きるための技法である。(p.144)
有効期限
私が言いたいのは、「情報」≠ 「知識」ということである。そもそも大量の(大半がクズ同然の)「情報」から良質の「情報」を抽出できのは、一定の知識があるからである。本来知識は、論理的な一貫性と客観的な妥当性を備えた命題の体系である。もし知識がなければ、わたしたちは本能の赴くままに生きていくほかない。その意味では知識は、人間の存在理由(レーゾンデートル)である。(p.145)
書物の選別
わたしたちは、自分なりの知識のシステムを構築している。もっとも一つの問題は、どういう書物を読むかということである。書物の世界はそれ自体、一つの渾沌である。そのなかから「これ!」という一冊を選ぶことは、至難の業と言う他はない。(p.152)
・・・ わたしたちは「ググる(google)」ことで、あらゆる情報に「アクセス可能である」と聞かされている。しかし何度「ググり」続けても、教養=自分らしい生の技法が高まる訳ではない。というのも教養は、断片的な情報を選別し、組織する技法であるから。したがって本当に重要なことは、時として「アクセスを遮断する」ことであろう。そして教養=自分らしい生の技法に磨きをかけるべく、深く施策することであろう。それによってわたしたちは、わずかながら知的なプライドを回復することができるかもしれない。そう言いながらわたし自身、日々くだらない事柄について「ググり」続けている。疑いなくわたしたちは、目下反教養=無秩序の時代を生きている。(p.159-160)
第8章 宗教―神のほかに神はなし
第9章 職業―初心を忘るべからず
第10章 国家―国の威光を観察する
以上、本書が卓越した視点を維持しているのは、世界の古典的文学作品であるオースティンの『Pride and Prejudice』を皮切りに、哲学、思想、心理学、社会学など近代を中心に不易なプライドの構造を人間の知的な活動の重要な指標として位置づけ、最後には近代の象徴的組織である国家にも言及したことである。このあたりに著者らしいリベラルな意図が垣間見えるように思える。
2013年8月15日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
かなり興味を持って買ったのだが、読みにくい。
頭に入ってこない文章。
この手の本で挫折するのはめずらしい。
頭に入ってこない文章。
この手の本で挫折するのはめずらしい。
2017年5月16日に日本でレビュー済み
家族社会学者はデータを駆使するものだと言い、その真似をしてみると言いつつ、
核家族数や単身世帯数の数字を列挙するだけで「家族が壊れるときは社会が壊れるとき」だと
貧しいデータで安易な主張に走り、とどめに「ここ数年の芥川賞作品に目を通してみました」である。
芥川賞作品からとりあえず家族が描かれているものを列挙してあらすじを書いて、また「家族が壊れると…」式の主張。
仮にも人文・社会科学に携わる者が「芥川賞作品に目を通してみました」程度のことで小説にもヒントを得る頭の柔らかい学者だとアピールするのも全く情けない話だし、
それで主張することが「まともな家族からまともな人間が育って国に貢献する」と述べて婚外子差別を正当化した政治家と似たり寄ったりであることにこの著者の限界を感じてしまう。
また、悪文も目につき、すんなり入ってこないのだ。
ジダンとマテラッツィの「頭突き事件」に触れて「ジダンはイスラム教徒だが、イスラム教徒であろうとなかろうと家族を侮辱することは…」と文章を続けるのだが、
じゃあそこでイスラームを出す必要があったのだろうか。イスラームに触れるならイスラームの家族観や他の宗教の家族観の比較をして記述の必然性が欲しいものだが、イスラームを出した途端に「そうであろうとなかろうと」とそれを撤収して、以後はイスラームについて何も触れない。これは端的に悪文だろう。
また、現代の遊び(テレビゲーム等)と昔の遊び(かごめかごめ等)にいささか懐古的に触れて「この遊びはわたしの子ども時代には余命を保っていた。しかし果たして、いまはどうであろうか」と問題提起し今昔の比較に移るのかと思いきや次の文章では「仲間を組んで遊んでいると、しばしば喧嘩が起こった」と著者の喧嘩の回想に至り、その後は特に現代の遊びについて触れられることはない。
「果たして今はどうであろうか」と言った直後にその問いを捨てられたら、じゃあそれは何だったのだ、とモヤモヤしてしまう。
このように問いを立てては放棄、立てては放棄…を繰り返すのが著者の文章の癖であるようだ。
ジダンとマテラッツィの「頭突き事件」や「芥川賞作品を読んでみました」に代表されるように、
取り上げる事例があまりに安易すぎることも軽薄なイメージを強めてしまう。
核家族数や単身世帯数の数字を列挙するだけで「家族が壊れるときは社会が壊れるとき」だと
貧しいデータで安易な主張に走り、とどめに「ここ数年の芥川賞作品に目を通してみました」である。
芥川賞作品からとりあえず家族が描かれているものを列挙してあらすじを書いて、また「家族が壊れると…」式の主張。
仮にも人文・社会科学に携わる者が「芥川賞作品に目を通してみました」程度のことで小説にもヒントを得る頭の柔らかい学者だとアピールするのも全く情けない話だし、
それで主張することが「まともな家族からまともな人間が育って国に貢献する」と述べて婚外子差別を正当化した政治家と似たり寄ったりであることにこの著者の限界を感じてしまう。
また、悪文も目につき、すんなり入ってこないのだ。
ジダンとマテラッツィの「頭突き事件」に触れて「ジダンはイスラム教徒だが、イスラム教徒であろうとなかろうと家族を侮辱することは…」と文章を続けるのだが、
じゃあそこでイスラームを出す必要があったのだろうか。イスラームに触れるならイスラームの家族観や他の宗教の家族観の比較をして記述の必然性が欲しいものだが、イスラームを出した途端に「そうであろうとなかろうと」とそれを撤収して、以後はイスラームについて何も触れない。これは端的に悪文だろう。
また、現代の遊び(テレビゲーム等)と昔の遊び(かごめかごめ等)にいささか懐古的に触れて「この遊びはわたしの子ども時代には余命を保っていた。しかし果たして、いまはどうであろうか」と問題提起し今昔の比較に移るのかと思いきや次の文章では「仲間を組んで遊んでいると、しばしば喧嘩が起こった」と著者の喧嘩の回想に至り、その後は特に現代の遊びについて触れられることはない。
「果たして今はどうであろうか」と言った直後にその問いを捨てられたら、じゃあそれは何だったのだ、とモヤモヤしてしまう。
このように問いを立てては放棄、立てては放棄…を繰り返すのが著者の文章の癖であるようだ。
ジダンとマテラッツィの「頭突き事件」や「芥川賞作品を読んでみました」に代表されるように、
取り上げる事例があまりに安易すぎることも軽薄なイメージを強めてしまう。
2013年4月21日に日本でレビュー済み
2010年の『社会学の歴史』(東京大学出版会)以来の奥井智之先生の新刊。「おわりに」によると,2004年の『社会学』(東京大学出版会)と合わせて概説書を2冊発刊した後,「わたしたちの生と深く関わる主題を選んで、より個別的な仕事がしたい」と思われたそうで,最初にひっかかってきた主題が本書のテーマである「プライド」だったとのこと。
目次を見ると,「はじめに」と「おわりに」等を除くと本書は10章から成っています。そしてそれぞれに6つの小見出しが立って,プライドとの関わりが語られていきます。各章の分量,それを構成する小論の長さに過不足は感じられず,スムースに読んでいくことができます。
本書を社会学の専門家の皆さんがどう読まれるかはともかくとして,「社会学」というムズカシイことは忘れて(○○の経済学と同様に。笑),一般の読者は,プライドについて,奥井先生の書かれた文章からあれこれ考えるだけで充分楽しいし,ためになります。私は興味のあるところ,覚えておきたいところに付箋を立てていたら,本が付箋でボウボウになってしまいました。1か所だけ引用。222ページ。
「バウマンはグローバル化=個別化が進行する状況において、ナショナリズムは不可避であると言う。そこでは個人の弱さや脆さが、「想像のコミュニティ」の潜在力に作り替えられるというのである。日増しにグローバル化=個別化する世界のなかで、ナショナリズムが影響力をもつのは不思議である。しかしそれは、わたしたちのプライド回復のための主要な(ほとんど唯一の)方策となってきている。」
ここでいわれる「想像のコミュニティ」というのは,文脈からも判断可能かとは思いますが,「国家」のことです。民主党政権成立のときや現在の安倍政権の高い支持率の背景には,こうした個人の危機があるのではないかと思ったことでした。 またそのプライドをズタズタにした民主党に対する現在の人々の冷たさ,自衛隊を認めた社会党の凋落などは,傷つけられたプライドという側面から説明ができそうです。
そうそう。今井美樹さんの大ヒット曲『PRIDE』(作詞・作曲=布袋寅泰)の「あなたへの愛こそが私のプライド」という歌詞について。実はこれまで,この歌詞はストンと私の胸に落ちてこなかったのですが,本書を読んでわかった気がしました。正のプライド=誇り・自負・生の原動力・自己肯定の源,と。
目次を見ると,「はじめに」と「おわりに」等を除くと本書は10章から成っています。そしてそれぞれに6つの小見出しが立って,プライドとの関わりが語られていきます。各章の分量,それを構成する小論の長さに過不足は感じられず,スムースに読んでいくことができます。
本書を社会学の専門家の皆さんがどう読まれるかはともかくとして,「社会学」というムズカシイことは忘れて(○○の経済学と同様に。笑),一般の読者は,プライドについて,奥井先生の書かれた文章からあれこれ考えるだけで充分楽しいし,ためになります。私は興味のあるところ,覚えておきたいところに付箋を立てていたら,本が付箋でボウボウになってしまいました。1か所だけ引用。222ページ。
「バウマンはグローバル化=個別化が進行する状況において、ナショナリズムは不可避であると言う。そこでは個人の弱さや脆さが、「想像のコミュニティ」の潜在力に作り替えられるというのである。日増しにグローバル化=個別化する世界のなかで、ナショナリズムが影響力をもつのは不思議である。しかしそれは、わたしたちのプライド回復のための主要な(ほとんど唯一の)方策となってきている。」
ここでいわれる「想像のコミュニティ」というのは,文脈からも判断可能かとは思いますが,「国家」のことです。民主党政権成立のときや現在の安倍政権の高い支持率の背景には,こうした個人の危機があるのではないかと思ったことでした。 またそのプライドをズタズタにした民主党に対する現在の人々の冷たさ,自衛隊を認めた社会党の凋落などは,傷つけられたプライドという側面から説明ができそうです。
そうそう。今井美樹さんの大ヒット曲『PRIDE』(作詞・作曲=布袋寅泰)の「あなたへの愛こそが私のプライド」という歌詞について。実はこれまで,この歌詞はストンと私の胸に落ちてこなかったのですが,本書を読んでわかった気がしました。正のプライド=誇り・自負・生の原動力・自己肯定の源,と。
2013年4月29日に日本でレビュー済み
本書は、社会学者の眼を通して見た「プライド」論である。
人間存在をどうとらえるかということは、社会学の根本的な問題であり続けてきた。と、著者は書く。著者は、「自己」、「家族」、「地域」、「階級」、「容姿」、「学歴」、「教養」、「宗教」、「職業」、「国家」という十の切り口を通して、「プライド」を考察する。「家族」、「地域」、「階級」、「宗教」、「国家」などは、社会学が、正面から取り組んできたテーマである一方で、「自己」からはじまる「容姿」、「学歴」、「教養」、「職業」は、よりそれぞれ個々人に根ざしたテーマであるといえよう。
本書の魅力は、それらが文学や映画を通して、あるいは著者のパーソナルヒストリーを通して語られることである。社会の鏡といえる文学や映画を、著者が読み取り、あるいは著者の個人的体験の先に、社会が語られる。書かれる内容は、個別的、具体的でありながら、そこを通して語られるものは個別解ではなく一般解に迫っているといえるのではないでしょうか。
人間存在をどうとらえるかということは、社会学の根本的な問題であり続けてきた。と、著者は書く。著者は、「自己」、「家族」、「地域」、「階級」、「容姿」、「学歴」、「教養」、「宗教」、「職業」、「国家」という十の切り口を通して、「プライド」を考察する。「家族」、「地域」、「階級」、「宗教」、「国家」などは、社会学が、正面から取り組んできたテーマである一方で、「自己」からはじまる「容姿」、「学歴」、「教養」、「職業」は、よりそれぞれ個々人に根ざしたテーマであるといえよう。
本書の魅力は、それらが文学や映画を通して、あるいは著者のパーソナルヒストリーを通して語られることである。社会の鏡といえる文学や映画を、著者が読み取り、あるいは著者の個人的体験の先に、社会が語られる。書かれる内容は、個別的、具体的でありながら、そこを通して語られるものは個別解ではなく一般解に迫っているといえるのではないでしょうか。